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第九話 戦いの始まり 後編

 流石、貴族の屋敷というだけあるだろう。中は数メートルはあるであろうシャンデリア、分厚い門扉の前には噴水など豪華な装飾で埋め尽くされ、壁は全面黄金色に輝いている。


「うむ。中々に絢爛華麗な建物、我が信託を広める拠点としては充分なり」

「あなたは不用意に目立つので門番してて下さい。槍も持ってるし」

「確かに屋敷を巡るよりも、外から見える門番の方が信託を庶民に届けやすいな。流石だ我が眷属よ」


 ステフィーは見掛けだけの高そうな槍を高らかに掲げ、笑いながら戻っていった。


「取り敢えず貴族に平和的了承(脅迫)を迫る前に、地下に監禁されているであろう奴隷たちの救出を先にしましょう」

「こんな所にも監禁されているのか……アマラもここかい?」


 アマラが平和的了承よりも自身と同じ様に虐げられている奴隷の解放を優先したいのは当然だった。


「ええ、酷い所でしたよ」


 今までトラウマを思い出させてはいけないと聞いていなかったが、ここの牢獄から逃げ出してきたらしい。


「それにしても、よく逃げ出せれたね」

「ええ」

 

 アマラは屋敷の壁を指差した。何の変哲もない金色の壁であるが、どうも周りと色が違っていた。


「あそこに、穴が一ヶ月くらい空いていたんですよ。幸いにも、牢獄の鍵が錆び付いてて簡単に壊れたのも相まって逃げ出せれたんです」


 ぼったくりをしなければ行けないほど公務員の給料が少ないのだから、ここの補修費が一ヶ月降りなかったのだと太郎は納得した。


「こっちです。」


 アマラの言う通りに廊下を進む。奴隷が抵抗したのか廊下の床には血痕が多く見られる。最奥部まで進もうとしていると、太郎たちは廊下に面した部屋から出てきた二人の貴族にばったり出くわす。

 二人の貴族は何やら会話をしていたらしく、こちらを見るなり酷く驚いた様子だった。


「あら?そこの方々からむごい庶民臭がしますわ」

「警備は一体何をしているのかしら?」


 ばれると厄介ごとになると咄嗟に考え、太郎たちはボウアンドスクレイプを行う。明らかに太郎たちを軽蔑しているような目だが。

 咄嗟に太郎は適当に思いついたことを口にする。


「僕たち、ゼネコンの視察員です。改修工事の依頼に来たので下見に来ました」


 ゼネコンとは言ったものの、作業服も装備もない。バレるのは時間の問題だろうと太郎は思った。

 どうでも良さそうな顔をしながら貴族たちは疑問をぶつける。


「貴族御用達の建設会社はどうなったの?」


 貴族の屋敷を改修するくらいなのだから、きちんと許可を得たゼネコンで無ければならないとは当然だった。ここでも太郎は適当に思いついたものを口にする。


「え?……。先月倒産したらしいです。生憎の不景気なもので」

「二か月前に食堂を全面改装したばかりじゃない。確か工事額5000000ネスって言ってなかったかしら。だったらもう少し多く出したのに。……庶民の税金から」


 平然と庶民の税金からと口にするあたり、やはり彼女らもまた庶民を軽視する貴族に違いないと太郎は確信する。しかし、太郎は咄嗟に良い言葉が思いつかなかった。


「え……いや、あの。そのですね」


 太郎が言葉を濁していると、もう一人の女性貴族がアマラを舐め回すように観察する。


「そっちの女性の方はどっかで見たことあるような。……あ!確か大公の奴隷にいたじゃない」


 まずい、バレた。太郎はそう思ったのも束の間、上空に拘束魔法を展開して女性貴族二人に向ける。魔法陣から白い糸が出て彼女たちを拘束する。


「な、なによこれ!警備員はどこ?門番はなにをしてたの?」


 まさか自分たちが襲われるとは夢にも思ってなかったようで、二人共心の底から焦っている様に見える。


「フッ……」


 太郎が笑いながら貴族の眼の前にやってくると、睡眠魔法を掛け彼女らにとって衝撃の事実を告げる。


「お生憎様。門番はな、時間厳守だったんだよ!」

「時間……厳守」


 反芻するように呟くと、貴族は気を失った。太郎もここまで精神が弱いとは思っておらず、出来れば奴隷を酷使する貴族を聞き出したかったのだ。


「そういえば。何気に、魔法使うの初めてですね」

「ああ、そういえば」


 異世界に転移して一週間。ブルーストで敵に襲われたときは、普通に物理攻撃で倒せたため使わなかった。こんな形で使うとは太郎も思っていなかった。


 聞き出すのを諦め、地下牢獄に向かおうとすると、後ろから人影が忍び寄る。


「「なんだ?」」

「ちっ。ばれたか」


 後ろには武装をした一人の青年が立っていた。どうやら身なりからして貴族では無さそうだった。呆気にとられる暇もなく、彼は剣を掲げる。それに気づき、僕も剣を構える。


「いくぞッ!」

「うむ」


 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!


 むっ、誰かは知らんがさすがだ。


 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!


 謎の男が跳び退って間合いを取った。


「ど、どういうことだ!?」

「……?」


 太郎からすれば、男は何を考えているのかはわからなかったがどうやら太郎のことをただの兵士だと思っていたのだろうと察した。


「何で改革派で剣技を磨いた私と、ただの貴族の護衛の貴様が互角に斬り合っているのかと訊いているんだ!」


 何でと訊かれても、能力アップを受けているのだから仕方がないと太郎は内心思った。しかし、そのことが知れれば面倒事になるので面倒事は避けたいところだ。


「やるではないか。まぁ相手の能力をソックリそのままコピーするスキルがあるなんて言う必要もないがな!」


 自覚があるのか無いのか、彼は剣を再び構えた。


「ほう、さては馬鹿だなあんた」

「好きに言うがいい。我が改革派はこのピールスリンを統べる新たなる支配者となるのだ」


 ピールスリンに来たばかりなので、有名かもしれないと思いつつ聞いてみる。


「改革派?聞いたことないな。君は構成員かい?」

「それに関して答える必要はない。まさか私が改革派の広告宣伝部の長だとは気づかれてはいないだろうしな!元々参謀本部に居たが、二ヶ月で異動となったのは言わないがな!」


 言っていることが本当だとして、どうでも良さそうな広告宣伝部に異動にさせたのは普通の判断だ。むしろ、広告宣伝部とは言え長にしたのは随分と優しい組織なのだろうか。


「ところで君の名前は?」

「ふん。そんな死に直結する情報を言うわけないだろうが。私がオットー・ウデーンとはばれていないだろうからな!」

「言いにくい名前だな。悪いがちょっと三途の川を渡ってもらう」

「ここで死んでたまるか。オットー・ウデーン死すとも改革派は死せず!」


 前と後ろと真上からオットーの剣が迫ってきた。そんな錯覚を受けるほど彼の動きは速く、そして不規則だった。一瞬で仕留めようと強化魔法でも使っているのだろうか。

 太郎はその尽くを躱して、壁に掛かっている絵画を魔法で圧縮し簡単な剣を作るとオットーの斬撃を受け止める。絵画の額縁に金が大量に含まれているだけあって、強度は中々のものだった。


「ところで、なんで君は僕たちを襲うんだい?改革派は貴族と親密な関係にあるのか?」


 オットーは耳を傾けず攻撃を続けた。


斬撃――斬撃――斬撃――。


   薙払――薙払――薙払――。


     刺突――刺突――刺突――。


 斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃――薙払、薙払、薙払、薙払、薙払――刺突、刺突、刺突、刺突、刺突――。


 もはや見切るなど不可能。

 されど諦めるなど不可能。かのようにオットーは思った。しかし、太郎の剣の一振りによってオットーは再び後ろへ飛び退くことを余儀なくされた。


「貴族の手下の分際で、やるな。腑抜けたことを言いおるが」

「手下?僕は貴族を殺そうとしているんですよ?」

「ふん。揺動か。そんな嘘で私は騙せんぞ」


 どうやらこの男、本気で太郎たちを貴族の手下だと思っているようだった。遠くで見ていたアマラも呆れた顔をする。


「この娘を見てくれ!手配書に載っていただろ!」


 太郎はさっき剥がした手配書を突き付け、遠くで見守っているアマラを指差した。


「なん…だと…」


オットーは剣をその場に落とす。戦意喪失を見届けると、太郎がオットーに近づく。


「僕は彼女や奴隷たちを解放するために、この国を変えるんだ。で、君たちの目的は?」

「……部外者を巻き込む訳にはいかない。まあ、奴隷制の廃止と減税、ギルドの民営化を目的としている。特にギルドは汚職の賜物だ。分割・民営化して競争させなければならない。……なんて、お前みたいな若造にこんな政治経済の話なんかわかるわけがないだろうがな!とりあえず俺は政治を握っている政府を倒すために先に行く。お前らは奴隷を解放するんだろ?」

「ああ」

「そうか。達者でな。」


 そういってオットーは奥のほうへと俯きながら向かっていった。


「僕たちも早く奴隷たちを解放しよう」

「ええ」


 そうして、太郎はアマラに案内してもらい、奴隷が収容されているという地下施設へ向かった。地下につながる階段を降りると、「ここの扉です」とアマラが呟いた。


 視線の先には錆びた鉄扉があった。ドアノブを捻ってみるが、鍵がかかっているのか、錆びついているのか動かなかった。


「破壊しよう。下がってて。」

「はい」

 

 アマラが安全な場所まで避難したのを確認すると、太郎は空中に魔法陣を描いた。


「グランドブレイク!」


 鉄扉は勢いよく吹き飛び、それどこか周囲の内装全てが吹き飛んだ。

 恐る恐るひどい血腥い臭いがする中に足を踏み入れる。収容所のようで、最初の鉄柵に囲われた部屋には生首が吊るしており、胴体が地面に倒れている。地面には赤黒い染みが出来ていた。


「惨い。なんてくそ野郎だ」


 そう自然と太郎は呟きながら奥に進んだ。

 ここから先は見るに堪えない物ばかりだった。夥しい程の人の山。残虐な拷問器具・実験道具がそこら中に転がっている。

 歩いていると、太郎たちの物音に気づいたかのように奥で物音がした。


 物音の元へ向かってみる。そこには少女が横たわっていた。


「だ……れ……?」


 両手足の無い少女はか細い掠れた声でそういった。化膿した傷を見ると最近のもののようだ。集る蠅、湧く蛆がここからでも確認できる。そして、何かを首に巻いている。


「ひどい……」


 太郎は思った。アマラだってこうなっていた可能性は充分にあったのだと。太郎は無言で拳を握りしめ牢獄の扉を触る。


「誰だ?」


 入り口を見ると、そこに立っていたのは複数人の兵士だった。


「投降しろ。命までは取らん。それとも、ここで死ぬか。」


 兵士のリーダー格らしき男がそう告げる。しかし、太郎たちの答えは決まっていた。


 太郎はグランドブレイクを使い牢獄の鉄柵全てを破壊した。


「そうかそうかつまり君たちはそういう奴だったんだな。答えは後者だ。君たちがね」

 

 グランドブレイクの破壊力に兵士たちは腰を抜かしたようで動揺を隠せていない。中には気絶したり漏らしている兵士も居た。

 リーダー格の男は蹌踉めきながら立ち上がると兵士たちに目を瞑りながら命令する。


「吶喊!」


 リーダー格の男は理解していたのだ。このまま突っ込めば自分たちがやられることなど。それでも、上からの命令には逆らえなかった。玉砕覚悟で剣を構えて兵士たちは太郎に突撃した。

 幸いにも、太郎たちは兵士の気持ちを察していた。侵入者は玉砕覚悟で突撃せよと貴族から命令されていたのだろう。逃げ出したりすれば勿論、貴族に殺されることなど、想像に容易い。

 太郎も同情心が湧き、殺すのはかわいそうだと睡眠魔法をかけた。全員が倒れたのを見届けると、グランドブレイクで貴族居住区の庭に繋がる通路を堀、彼らを投げ入れた。貴族に見つからずに逃げ出せますようにと太郎が願いながら。

 一方、アマラは少女の救出にあたっていた。


「今助けますね」

 

 そういってアマラは壊れた鉄柵から少女の居る牢獄に入った。


「……来ないで」


 少女はアマラから逃げるようにそう答えた。少女の言葉にアマラが訝しげていると、仕事を終えた太郎がこちらに向かう。


「大丈夫。僕たちは貴族じゃない。君たちを助けに来たんだ」


 太郎はきっと怯えているのだろうと思い、少女の言葉を聞かずに牢獄の中に立ち入る。


「やだ……辞めて……」


 するとアマラが何かに感づき、太郎の手を引っ張ろうとする。しかし、遅かった。


「止まって!」

「え?」


 太郎は咄嗟に言われたアマラの言葉を実行に移せず、一歩進んでしまった。足に細い糸の様な物が引っかかる。その瞬間、少女の首に巻かれていたものが閃光を放つ。


「まずい!」


 咄嗟のことですぐ太郎は太郎たち二人に防御魔法を張ったが、少女には防御魔法は間に合わず、もろに爆発を食らう。

 急いで向かうが彼女の首と胴体は分かれており皮が捲れている。そして、付近に五臓六腑が飛び出た無残な姿が倒れていた。


「……。もう少し考えてから行動してください」

「ごめん」


 自分のせいで人を一人死なせてしまった。という負担は太郎の心に重くのしかかった。


「さっさと次行きましょう。元凶から潰さないとこの非道はなくせません。ここにはいないらしいです」

「ああ」


 牢獄全体を見回したが、もう彼女の他に奴隷はこの場所にはいなかった。アマラによると、もう少し奴隷がいたらしい。どこかに連れていかれたのか。或いは……。太郎は最悪の展開を考えそうになった。いや、考えるのは止そう。思い直し、太郎はこれから奴の首を取らねばならないと決意した。


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