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第七話 カッステンの幼馴染 後編 

 その言葉を警察官が口にした時、全てが静寂に飲まれたようだった。太郎を除いて。他の入院患者、鳥の囀りや風の音まで太郎を除けば何もかもである。


「しさつ……?」


 少女が反芻するようにその言葉を口にする、意味など分かっていないのだろう。

 その意味を察した警察官二人が少女の元に寄り、優しく話しかけた。


「お父さんと、お母さん。仲悪かった? 喧嘩してた?」


 何の迷いもなく少女は答えた。


「う、うん。毎日喧嘩してたよ、教育資金がどーとかって」


 少女は、両親の関係を話してくれた。毎日のように両親は口論になっていたという。片方が何日も帰ってこないときすらもあった。

 一方で、両方共少女には優しく接していた。最近は、口論では収まらず暴力も互いに振るっていたという。空き巣が入ったかのような荒らされた部屋で、心寂しく暮らしていたと。


「ありがとう」


 警察官は優しく少女に微笑みかけると、僕たちの方を見る。


「あなた達も、何か知ってることはありますか?」


「廊下でいいですか?」


 イアンの母親が警察官を連れて廊下に出る。少女の前では口にできないことだろうか。廊下に出て、人通りがなくなると警察官が疑問をぶつける。


「お金の問題でそこまでなるでしょうか? 刺殺された父親の隣で茫然自失の母親が逮捕されましたが、何も口を割りません」

 

「さあ? 隣から『離婚する!』とはよく聞こえてきましたね。元々の性格不一致と金銭問題が絡んだんだと思います」


「なるほど、他には」


「……父親は世間体を気にしてましたからね。教育の重要性を常に訴えていたり、離婚には反対してたんじゃないでしょうか?」


「つまり、娘さんの進路とその資金で揉めていたと。元々の性格不一致が絡んで暴力にまで発展。しかし、父親は世間体を気にする立場から離婚には反対。そこで母親が刺殺したというわけですか。ありがとうございます。他には何か?」


 警察官がこちらを見る。ステフィーのせいで事件に突っ込んでしまったため、太郎がここの住民だと思っているのだろう。無理はない。


「いえ、僕たちはここの住民じゃないので」

 

「あ、そうでしたか。すみません」


 関係のない太郎がこの事件に深入りするべきではなかった。当事者の問題だ。

 帰ろうと思い窓の外を見るが、どうにも病院の外の様子がおかしい。少し前まで快晴だったにも関わらず、今現在灰色の雲が急ぐように空を埋め尽くしている。そのままいけば間違いなく大雨になるだろう。


「あれれ~おかしいぞ~」


「びしょ濡れになりながら船に戻らないと行けませんね。というか、出航まで後どのくらいですか?」


 アマラに言われるまでは、すっかり忘れていた。やはり、面倒事にそう易易と首を突っ込むべきではない。そして、面倒事に突っ込ませた当事者であるステフィーは何かをしでかした自信に溢れている顔をしている。


「まあ、誘った私がいうのもあれですが邪魔ですね」


 アマラはステフィーを恥じるように詫びた。やはり、後になって後悔したらしい。


「ここでは、少し黙っていてくれた訳だけだし、良いんじゃないかな」


「普通の人なら黙りますよ。それが普通です」


 普通の人なら相当衝撃的な発言だが、ステフィーは笑っている。


「ふん、これが所謂『ツンデレ』というやつだな」


 本人は全く気にしていなかったようだ。

 太郎たちは警察官に船の時間が間に合わないことを告げ、病院の入り口へ戻る。しかし、ついさっきまで降っていなかったにもかかわらずすでに雨が降り始めていた。


「思ったよりも降ってますね」

 

「傘いるかな?」


「雨は天の憂い、信仰心が足りぬのだな。オスメスオス──」


 ステフィーはしきりに何かを唱え始める。すると、病院の関係者と思しき人物がステフィーを見ながら小声で何かを話していた。


「とりあえず、雨の中を突っ切ろうか」


「ええ、そうしましょう」

 

 太郎たちは、ステフィーと同類だと思われたくなくて雨の中を突っ切るべく覚悟を決めた。病院の入り口にある扉を開けた瞬間、庇もあるというのに容赦なく雨粒が太郎たちを直撃した。

 一瞬で全身びしょ濡れになる。


「傘、いらないね」


 この風雨では、傘を持っていたとしてもどのみちびしょ濡れになることは確定であった。

 

「はい」


 太郎たちは、港まで走り出した。

 開発が遅れているだけ合って、舗装されていない道路は泥濘みがある。ようやく泥まみれになりながらも、なんとかカッステン港へと到着した。


「まだ出ていません。間に合ったみたいですね」


 アマラは安堵のため息をついた。


「……何かおかしくない?」


 太郎は違和感を覚えた。出航間際なのだから、人の気配がして当然なのだがどうも人気がない。


「とりあえず、乗ってみましょうか」


 アマラの意見に同調し、船と埠頭をつなぐタラップから船内へと入る。すると、添乗員を見つけた。


「あれ? 乗客の方ですか? あいにく本船は強風のため欠航となります。出航予定時刻が決まり次第またお知らせしますので。それと、雨が船内にも入り込んだので一時的に船内での宿泊はできません。それではごゆっくりどうぞ」

 

 添乗員からそう言われると、船から降りるように諭される。タラップが出ていたのはミスだったようで、太郎が船から降ろされるとタラップは回収されてしまった。


「今晩の宿、どうします?」


「どうしようかね……」

 

 仕方なく、カッステン港の近くにある宿で一晩を過ごすことになった。節約のため一部屋だけにしようと太郎は考えたが、アマラが金はあるんだからと二部屋借りることとなった。しかし、借りようとした際にステフィーが帰ってきてしまった。アマラに同部屋を要請したが、拒否されてしまったため結局三部屋借りることとなった。

 大雨の中でとくにやることもないので、宿屋の近くにある食堂で食事をすることになる。一応宿屋にも食堂はあるが、観光地価格であり負担が大きいのだ。それと、ステフィーが相席しているが、会計は別の予定だ。

 太郎が海鮮丼を食べていると、ふとアマラから視線を感じた。

 だが、熱が籠もっているとか、そういった視線ではない。どちらかというと否定的な視線だ。


「着替えの服持っていないんですか?」


 アマラは、ずっと太郎の服が気になっていたようだ。

 事実、この服は全然洗っていないし虫食いも多い。アマラが顔を顰めたくなる理由もわかる。

 しかし、代わりの服などもっていない。この世界に来たときに悪徳商人から騙されてもらった異臭のする服しかもっていないのだ。


「ああ、そうだよ」


 その言葉に、アマラは反応をするわけでもなく黙ってしまった。

 見てくれこそ悪いが、服を買うには金がかかるのだから。そんな中、食堂の従業員であろう老婆が近づいて来る。


「服かい? 安いのいっぱいあるよ、見てくかい?」


 大声ではなく、小声で太郎の耳へと告げた。

 

「ええ、それじゃ」


 アマラたちに断りを入れると、太郎は立ち上がり老婆の後をついていく。


「あんた、周りの目も少しは気にしなよ」


 不快な服装ならば、誰も信用してはくれない。そんなようなことをいいたいのだろう。しかし、太郎は勘違いしてしまう。


「気にしてますよ……。でも、彼女はついてくるんです。何度置いてこうとしても……」


 太郎が言っているのはステフィーのことだった。実際、ステフィーの奇行は太郎の服装が霞んで見える位で人の目を引いてしまうのだ。


「……。まあ、そうだよね」


 たまたま食堂の中ではステフィーは大人しかったので老婆が気が付かなかったが、そもそも大人しくとも目立つ存在である。老婆はどこか納得がいった。

 そうして、老婆は食堂の従業員立入禁止と書かれた区画を通り階段を降りる。


「立入禁止って書いてあったんですけど、いいんですか?」


「大丈夫さね」


 老婆は何か解説するわけでもなく、黙々と太郎を引き連れて地下にある倉庫へ向かった。そして見えてきたのは、大量に積まれた衣類や道具類である。


「ここ、ホールセールクラブか何かですか?」


 倉庫と取れる巨大な空間に、山積されている大量の物。ホールセールクラブだと思われても仕方のない場所だ。

 

「違うけど、ここは宿屋だから色んな忘れ物があるんだ。連絡がつかなかった物はここに置いて、販売しているんだよ」


 そう言って、老婆は倉庫内の服置き場に太郎を案内した。


「……何だこれ」


 置いてあった服は数十枚。しかし、太郎が見て固まってしまうくらいにはそれらは予想外の物ばかりであった。

 性的な絵が描いてある服、気持ち悪い何かが描かれた服。とてもじゃないが、まともとは言い難い服であった。


「まともな服はないんですか?」


「これが全部さね」


 太郎は望みをかけて老婆に聞いたが、一瞬で一蹴される。

 仕方がないので、太郎の美的センスからして一番まともな奴を選ぶこととなった。


「何ですか、これ」


 新しい服を着て食堂に戻った時、太郎の方を見て間を置かずに放ったアマラの最初の一言だ。


「タローさん……。私の言いたいことわかりますか?」


「……はい」


 「その結果がこれですか」


 選んだ服、それは青いイクラが夥しい程に描かれた服だった。

 青色というのは、食欲が減退する色として有名だ。実際に食欲が減退するようで、ステフィーは後ろで吐いている。


「デフォーシさん、落ち着いてくれ。これが一番まともだったんだよ。他には無数の蟻が描かれた服とか……」


 太郎は必死で抗弁した。アマラと口論になったが、さすがに店の中で口論をやるのは他の人にとって迷惑なだけである。

 そのため、太郎側が折れることとなった。結局、びしょ濡れの服に着替えて泣きながらトイレで食事した。


 

 翌日、太郎は宿屋で一夜を過ごした。

 欠航の原因となった雨風だが、嘘だったかのような雲ひとつない晴天に。また、船の方から連絡が来て今日の夕方には船が出発するらしい。


「全く、ひどい一日だった」


 太郎が買った青いイクラの服だが、ルームウェアとなった。そのため、外に出るのはもちろん昨日びしょ濡れとなった服しかない。ある程度乾いているものの、どこか生乾きで着ていてもどこか気持ち悪さを感じる。

 そんな太郎が宿の前で待っていると、アマラが一人でやってきた。


「まあ、あんな服じゃ忘れても取りに行こうとは到底思えませんね」


「そ、そうだよね。ところで、ステフィーさんは?」


 置いていきたいのは山々だが、どのみち付いてくるのだ。だったら、自己の視界内に置いておいたほうが安心である。


「ああ、病院に行きましたよ」


「なんて勝手な人だ」


 太郎たちは病院へ向かう羽目になった。

 それにしても、関係のない人がこんなに深追いして良いのだろうか。

 病院へ急いで到着すると、少女とステフィー、警察官と少年の母親、どこかの職員らしい人が会話をしているのが遠くから見えた。


「きっとステフィーさん不審者扱いされて警察呼ばれちゃったんですよ」


「なるほど」


 思わず納得し、二人で公務執行妨害になってはならないと外に出る。しかし外から様子を見ていたが、どうも逮捕されるようには見えなかった。


「どうしたんでしょうね? 近くに行きましょうか」


 ステフィーが警察の厄介になるとして、一緒に居た太郎たちもいずれ事情聴取などを受けるかもしれなかった。そのため近づいてみるが、少女が不満げな顔をしていた。早く逮捕されてほしいのか。


「ここには居れないの?」

 

 少女が呟く、すると職員は少女の目線に立ち話しかける。


「ごめんね、あなたには施設に来てもらうしかないの」


 簡単な話だ。父親は殺害され、母親は逮捕されたのだから両親は居なくなる。そして不幸なことに親族が居ないため、施設での暮らしを強いられる訳だ。

 少女の目が腫れているのを見ると職員は長い間説得していたのだろう、大方少女も受け入れつつ合った。


「ねえ、何で行っちゃうの?」


 そう大声が室内に響いた。太郎たちが声の主を見ると、そこにいたのはイアンだった。

 イアンは少女の元へと呼吸を荒げながら急いでやってくる。イアンが少女の元に駆け寄ると、少女は視線を少年と合わせようとはせずに俯いた。突然の両親との別れでも相当つらいというのに、幼馴染とも別れなくてはならない。幼い少女にとっては到底耐えられるものではない。


「よくわからない。私だって、ここ離れたくない。イアンくんと一緒に居たいよ! でも……もう住む所なんて……」

 

 少女は顔がぐしゃぐしゃになるまで泣きながら喋った。その言葉に、室内に居るもの誰もが言葉を失った。


「一緒に暮らそ? 良いでしょ?」


 少年は咄嗟に考えついたことを提案し、少年は児童養護施設の職員と、母親の方を見る。しかし、誰一人として首を縦には振らない。

 怯むイアンに職員の一人が近づく。


「ごめんね、それはできないんだ。身寄りのない子どもは児童養護施設で暮らすことになるんだけど、サウジリーフにある児童養護施設はカッステンにはない。北部にしかないんだよ」


 カッステンは南部の中心地とはいえ、北部に比べると微々たる人口しかない。当然だが、児童養護施設の需要などないのだ。

 その言葉を聞いたイアンは一瞬黙り込んだあと、急ぐように口を開いた。


「じゃあ、作れば良いんでしょ? 造って! 一生のお願い! どうすれば作れるの?」


 床の木材に、イアンの涙が何滴も零れ落ちる。跳ね返るわけでもないこの雫は聞き取れる程度の湿っぽい音を立てた。

 しかし、涙の甲斐虚しくまたもや誰も何も発しようとはしない。

 児童養護施設には色んな手間が掛かる。国庫補助金があるとは言え、全てが全て賄えるわけでもない。許可の問題、児童の問題。まだ少年のイアンにはその大変さが全くもって理解出来ていないだろう。


「答えてよ!」


 少年の悲痛な叫びは、ここに居るもの全員に響いた。しかし、例外を許すわけにも行かず職員は心を痛めながら少女を諭そうと説明の続きをする。


「だったら、僕も行く。そうすれば、ずっと一緒なんでしょ?」


「お願い、イアン。落ち着いて」


 涙を必死に堪え、イアンは動かなかった。一緒にいたいという抗議の現れだ。母親の言葉は届いているだろうが、それ以上に自己の目的を果たしたいのだ。


「イアン! 私達のことも……考えてよ!」


 途中で声色が変わったのを判断し、イアンもさすがに動揺した。北部に行くということは何かをもう一度思いつめたのだ。イアンを育んできたこのカッステンの自然も、イアンを暖かく見守ってきたこの街も、イアンを生まれたときから大切に育ててきてくれたイアンの両親とも別れを意味することだと。

 歯を食いしばり、彼は走り出した。一瞬見えた幼い少年の瞳には、一つのものしか映っていなかった。


「我が信託に魂を揺さぶられ、布教しようというのだな。良き心がけだな」


 何をどう解釈したのか、ステフィーが何故か納得する。


「相変わらず空気を読みませんね、彼女」

 

 アマラが呆れながらそう言った。


「そうかな?」


 ステフィーは基本的に意味不明な行動が多いが、今回ばかりは何かが違う。太郎はそう感じていた。

 そして、何か決心を決めたイアンは突如病院を抜け出し、ステフィーも同じく病院を抜け出していった。


「と、とりあえず帰る支度しましょうか」


「そうですね」


 太郎はアマラは、今日の夕方に出航する予定のピールスリン行きの船に乗るための支度をするために一度宿に戻ることにした。

 そして、二人がいなくなった病室では児童養護施設の職員が少女に話しかけた。


「今日の夕方、カッステンを経つ。未練がないようにね」


「……はい」


 ◇

 

「ステフィーさんどこ行ったのでしょう?」


 時刻はもう夕方。そろそろ船が出発する時刻なのだが、朝の病院で少年とステフィーが飛び出して以来、姿がどこにもなかった。


「諦めてピールスリンに帰りましょう。イアン君は心配ですが、ステフィーさんならしぶとく生き残るでしょう」

 

「だね」


 ピールスリン行きの船に乗ろうとするが、車椅子に座っている少女を見つけた。

 南部は陸路が発達していないため、北部まで海路での移動となる。車椅子に乗っけられた少女は小さな船に職員とともに乗り込んだ。不安な顔を受かべる少女と、彼女を慰める職員。両親を失い、見知らぬ土地で暮らすのは相当つらいだろう。


「ピールスリン行きの船までもう時間がありません。少年は心配ですが、もう乗り込みましょう。遅れます」


 アマラとて、少年のことは心配だ。ステフィーが中途半端に突っ込んでしまったせいだが、仮にも関わってしまったのだ。心配にもなる。

 しかし、アマラの言葉に太郎は何も動じなかった。

 

「いや、大丈夫。遅らせてるから」


「え?」


 本来なら、もう乗船は締め切られようとしている。しかし、未だに乗船口は開いており閉まる様子はない。


「え? そんなことできるのですか?」

 

「賄賂を渡してね」

 

「え? あのクソ船長にですか? 相当高くついたでしょう」


 アマラとてあのクソ船長の性格の悪さは熟知している。相当高くついたのだと考えた。

 

「いや、乗客にだ」


「どうさせたんですか?」


「ナッツを注文させて、添乗員のナッツの出し方にクレームをつけさせたんだよ」


「どこかで聞いたことありますね」


 船を遅らせた原因を話していると、遠方からうっすらと声が聞こえる。

 振り向くと、走ってきたのはイアンだった。もうサウジリーフ行きの乗船口は閉められていたというのに。何かを大切に抱えていた。

 少女がそれに気づくと、職員に押してもらい甲板へ出る。事故が起きて初めて二人は面と向かい合った。二人共涙を押さえきれずに居た。

 イアンは抱えていた箱を掲げる。しかし、彼の力では船に届くかは心許ない。するとステフィーに箱を渡すと、グングニルを発動する。


「何してるんですか! あの厨ニ女騎士!」


 アマラがそう思うのも納得だ、槍なんか出してどうするのだろうと。最悪箱に突き刺さって破れる可能性もあった。


「いや、あれは送り届けているんだ。甲板に、イアンの、気持ちを」


 太郎はすぐにわかった。普通のグングニルで箱を送り出そうとしても当然だが破れてしまう。しかし、彼女の魔法は違った。そう、ブルーストで使った時には小龍一匹倒せなかったのだ。その程度の魔法では箱は破れないのだ。

 グングニルで突き上げた箱は無事甲板に渡った。少女は両手で抱えると、少女の荷物の中から凹んだ箱を取り出す。


「凹んでますね、何でしょうか」


 少女は動かしにくい腕を精一杯使って港の方に放り投げた。少年が無事受け止めると、船の汽笛が鳴る。イアンは涙を受かべるが、必死に堪える。少女も同じようだ。堪えつつも大きく手を振った。船が歪んだ地平線に消えるまで。

 イアンは轍のついた凹んだ箱を開け始めた。箱に入っていたのは、解れかかったマフラーと欠けた木製の矢筒。箱が完全に潰れるまで抱きしめると、慟哭した。

 このときばかりは空気を読まないステフィーさんも少年を優しく見守っていた。


「さて、私達も帰りま──」

 

 アマラが帰ろうと言おうとしたとき、汽笛が鳴る。周りを見渡すが、停泊している船はピールスリン行きただ一隻である。

 乗船口は既に閉められており、ゆっくりと進み始めた。


「……あれ?」


 そして、すぐにピールスリン行きの船は真っ直ぐな地平線に消えていった。港に確認したが、ナッツの出し方にクレームをつけたクレーマーは、降ろされてしまいすぐに問題は解決してしまったらしい。


「……ピールスリン行きの船って次いつですかね?」


 太郎は恐る恐る港の職員に話しかけた。


「ピールスリンですか? 直行便はありません。港を二つも経由しないといけませんね」


 何の悪意のない屈託のない笑顔で職員は答えた。

 その解答を受けて、太郎たちは職員とは真逆の表情になる。


「ちなみに、次の便って」


「三日後です」


 そう言い残すと、港の職員は立ち去ってしまった。

 そして、残されたのは太郎たち三人。

 暫くの間、受け入れられない現実に打ちのめされてしまう。

 ようやく気力が戻った時に、太郎は大声で叫んだ。


「あァァァんまりだァァアァ」


 その慟哭は少年の声よりも大きかったという。

改定 2022/06/11

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