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第三話 船の上

「あれ……ここは……?」


 太郎は、自分が眠っていることに気がつくとそのまま体を起こした。

 太郎がいる部屋は、激安の部屋でありほとんど手入れがされていない。ベッドのシーツはボロボロで虫食いやシミもある。壁に目を向けても同様で汚れていたり剥がれかかっている。おまけに、天井からは常に水が滴っているという有様だ。

 そして、太郎が寝ていた場所のすぐ隣には少女がいた。

 太郎は少女を見て、ようやく今までの出来事を思い出した。


「ああ、そうだ。異世界に転生してひどい目に遭ったんだ」


 太郎は伸びをするも、自分が今までにないほどにすっきりした目覚めであることに気が付いた。昨日は色々ありすぎて、こんな見窄らしいベッドですら熟睡できてしまったからだ。


「ん? あれ、ここどこ?」


 アマラも目が覚めたようで、ゆっくりと体を起こす。太郎同様に寝起きのためまだ脳が覚醒していないらしく、焦点の定まっていない瞳で漠然と辺りを見渡す。


「おはよう、デフォーシさん」


 太郎はアマラに声をかけるとベッドを降り、軽くストレッチを行う。

 この部屋はサービスも何もないため、朝食はでない。それどころか、水すらないため夜中に喉が渇いた場合は近くの井戸まで行かなければならにという不便なものだった。

 だからこそ金欠の二人でも一部屋借りられるほど安い。

 男女が同じ部屋。何も起こらないはずもないと太郎は考えてしまっていたのだが、特に間違いは起こらなかった。二人とも非常に疲れていたため、それどころではなかったのだ。

 その後、チェックアウトを済ませて宿屋を立ち去った。


「それにしても、酷い宿だ。よく営業してるな」


「私達みたいな利用者が少なからず居るんでしょうね」


「そうだ。忘れてたけど、今からブルーストで暴風竜の探索をするんだ。君もどうだい?」


「行きます。行かせて下さい!」


 アマラは目を輝かせながら太郎の提案に同意した。

 その後質素な軽く朝食を済ませた後、ピールスリンの南にある船着き場に向かう。周辺諸国の中でも最大級の港湾で、歴史的な役割も大きかったらしい。

 太郎たちは海に沿いながら歩いていると、ブルースト行きの船の添乗員と思しき人物を見つける。


「暴風竜探索クエストを受託された方はこちらにいらしてください。なお、ブルーストまでの運賃は15ネス、航海保険が10ネスです」

 

 太郎は昨日から思っていたが、どうも費用がかかりすぎだ。

 また金を取られるのか。そう思いつつ財布を取り出しすも、大きな声が辺りに響き渡り太郎はその声の方へと向いた。


「お前なにやってんだ!」


 大声を出したのは、船内から現れた人物だった。添乗員を叱責している所を見ると、添乗員の上司なのだろう。声のする方へ振り向いた添乗員は、ひどく驚いた様子で声を出した。


「せ、船長!?」


 添乗員は腰を抜かし、床に尻餅をつく。だが、船長はその添乗員に向かってゆっくりと歩み寄っていた。


「またぼったくりか。お前のせいで公務員全体の評判が下がるんだよ!」

「す、すみません。船長。本当は運賃も保険料もいらないんです」


 添乗員は頭を何回も垂れながら船長に謝る。


「謝る相手は俺じゃないだろう。彼らだろうが!」


 太郎は、ここの公務員はみんな金欲の塊かと思っていた。しかし、彼は中々にまともなようだった。

 添乗員は太郎たちの方に何回も頭を垂れて謝る。


「許してくださいなんでもしますから」


 ん? 今なんでもするって言ったよね? 太郎の心に邪な考えが浮かぶ。そんなにやける太郎をよそに、船長が近づく。


「迷惑掛けて済まなかったな。俺は船長のウィズイン・ウィスタリアだ。俺は規律はきっちり守る男だ。もし部下がまた規律を破っていたら言ってくれ」


「ありがとうございます。助かりました」

 

 彼のような聖人が増えれば、もっとこの国はましになるだろう。そう思いお礼を言う。


「なんてことはない。なにしろ、勤務時間内だからな。所で、交渉料3ネスね」


 前言撤回。やはり彼も、この国の公務員に蔓延っている利欲を渇望する者のようだった。


「え? お金とるの?」


「あたりめえだ! 何なら運賃20ネスにしてもいいんだぞ」


「わ、わかりました……」


 数分後、紆余曲折あったが、船は出発した。太郎たちと空っぽの財布を乗せて。太郎はこれでようやく快適な時間になると思っていた。



「酔った。うぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 太郎は必死で海に向かって吐瀉物を吐き続ける。船の上に吹かれる潮風、それに酸味が加わった瞬間であった。そんな太郎を見かねてか、船長が近づいてくる。


「うるせぇ! 甲板に吐いたら掃除代として、吐瀉物1リットル当たり1ネスだからな。酔い止めなら2ネスで売ってやるぞ」


「ううう、ちくしょう」


 この船長は頭がおかしい。それは明白だった。うざいし面倒くさいしがめついが、話を聞いてくれる。なんだかんだいい人らしい。ここの公務員は碌な教育をされていないと思いつつも吐き気を抑えるだけで精一杯だった。


「吐かないでくださいね。気持ち悪いですし」


「ううう、君もか」


 24時間かかると言われているが、体感時間では明らかに1ヶ月ぐらい過ぎているのではと思う。


「しょうがない。酔い止めを買うか」


「きゃああああああああああああ」


 船内で女性の悲鳴が上がる。だが、それは決して生半可な考えで出た声とも思えなかった。

 船内の方を見ると、乗員が隅に押し寄せあっていて船長も駆けつけている。真ん中で何かあったのだろうか。太郎はそう思い、急いで甲板から船内に移動した。そこでは船員と船長が話し合っている。


「なんだなんだ? 誰か吐いたか?」


「どうやら誰か倒れているらしいです」


 本来であれば船長はこういった問題に柔軟に対処しなければならないのだろうが、船長の顔は不快という言葉を表したような顔だった。


「え~、事件とかめんどくさい。休憩時間だし。それにレ〇ドバトル始まるからあとでいい?」


「何言ってんすか?船長でしょ? いいから行ってください」


「しょうがねぇなぁ。船長だから行ってやるよ。あ、時間外分の給料忘れるなよ」

 

 船長が苛つきながら群衆を掻き分けて進むと、そこには魔法使いが倒れていた。太郎も群衆をかき分けて進むが、どうやら殺人事件のようだった。現場には、多くの人だかりができている。


「どうやら容疑者は見つかってないってよ」「密室なのにどうやって殺したんだ」「なんだか外傷が全くないんだとよ。自殺じゃないんですか」群衆の話が聞こえてくる。


 太郎には調査員に見覚えがあった、乗車するとき運賃についてギルドメンバーと揉めていたのを覚えている。確か相手は3人いたはずだ。

 だが、3人ともアリバイはあるようだ。弓者はバーで酒を飲んでいた、賢者は甲板で景色を見ていた、剣士は食堂で他のギルドと賭博をしていたらしい。


「ん?」


 太郎はあることに気がついた。3人をはじめとして、乗客全員を食堂に集めた。


「この中に犯人がいる!」


 太郎は大きな声でそう宣言した。


「なんだと!」


「やだ、怖い」


「そんなに早く?」


 クエストのために船に乗ったのに、こんな事件に巻き込まれて混乱しているであろう他の乗客の声が聞こえてくる。

 その場にいる多くの乗客が太郎に注目するが、乗客の一部がその場に船長がいないことを不審がる。


「そんな……そういえば船長は?」


「休憩時間だからって寝てるよ」


「ああ」


 その一言で片付けられるほどに、船長の職務怠慢っぷりは有名らしい。

 太郎は野次馬が静かになったところで話を始めた。


「どうやら彼は殺されたようです。そろそろ白状したらどうなんですか? 良心の呵責に耐えるのはつらいでしょう」


 太郎は、この場にいるであろう犯人の良心に向かって語りかける。自白させる算段だ。

 しかし、すぐに告白するものは現れずに暫く沈黙が続いた。そして、一人の人物が名乗りを上げた。


「俺がやった」


 手を挙げ、太郎の前に来たのは剣士だった。


「俺は最初から分かっていたがな」


 賢者は堂々と自慢気に言った。


「じゃあ、なんで言わなかったんだ。犯人隠避じゃないのか?」


 賢者に厳しい声が届き、賢者は困った様子で次に紡ぐ言葉を探す。


「え? あの、ほら。早く出頭させるよりも一度落ち着かせてから任意出頭させた方がいいでしょ? 確か、そういう事例もあったよ? 本当だよ? 裁判所の判決例にあるから……ね?」


 賢者は軽い気持ちで言ってしまったようで、慌てふためき弁明をする。


「こんな奴は子供を作らんほうが良い。子や孫に馬鹿が移る」


 賢者に集中砲火が浴びせられるが、剣士は気にしないで赤裸々に語った。


「しかたなかったんだ。魔法使い……俺にハンガーを投げつけたんです…。誰にもあることさ、ただ僕はそれが許せなかっただけだ!」


 犯人から語られたその壮絶な内容に、太郎ら乗客は凍りついたように固まった。そして、多くの乗客は思った。なんてくだらない動機なんだと。


「そんなくだらん理由で人ひとりの命を奪ったんですかあんたは!」


 どこからともなく船長が現れ剣士を責める。どうせ事件を解決したとか言って警察から表彰されて売名されたいがための行為だろう。


「まあ、犯人を見つけたのはすごいです!」


 アマラが羨望の目で太郎を見る。

 それは他の客も同様であり、少しの間太郎はちやほやされながら船の旅を過ごした。

2022/05/20 再改訂

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