第十八話 逃避行
内容が内容なので消されるかもしれませんね。
「汚物は消毒だー! 」
親衛隊兵士が魔法でピールスリンのデモ隊・改革派に向けて火炎魔法を放ち続けた。辺り一面焼け野原となり、死体は転がるなど凄惨な光景である。一方で、そんな親衛隊を黙って見つめる改革派ではない。改革派も親衛隊を狙っていた。
「この物語が、奴隷制の存続を望んでいるってんなら─────。──────まずは、その幻想をぶち殺す!!」
改革派の凍結魔法が親衛隊の体を固定する。しかし、次々と現れる親衛隊の兵士の攻撃によって氷は溶かされ、別の改革派兵士が次々と倒れていく。
「このままじゃ……ピールスリンが……」
ピールスリンの現状に絶望するアマラ。しかし、太郎たちには何もできない。
「アマラ、ただでさえ、幕僚長と中尉との戦いで疲れてるんだ。雑魚とはいえ、幾千もの兵士相手に戦える筈がない。今は逃げて力を蓄えるのが先だ」
ゆっくりとその場を離れようとする。
「そ、そうですよね」
「それにしても、親衛隊の兵士が多すぎる。巻き込まれちゃうかもな。どうしたら」
親衛隊兵士との遭遇を下げたいが、そんな便利なアイテムは持っていない。逃げながら考える太郎を他所に、ステフィーが逆行する。
「眷属よ、それは無理に避けようとするからだよ。逆に考えるんだ。「戦っちゃってもいいさと。」考えるんだ。フハハハハ」
継ぎ接ぎのランスを高らかに掲げ敵陣に突っ込むさまは最早哀れですらあった。
「いや、そのりくつはおかしい」
冷静に真顔で太郎は分析して突っ込んでいる間に、ステフィー諸共太郎一行は親衛隊兵士に見つかった。雑魚兵士一人に見つかってもステフィーを盾に攻撃すればいいことなのだが、どうもその兵士は他の兵士と様子が違っていた。一般の兵士とは思えぬ重厚感のある姿にステフィー以外の一行は気圧される。
「ブァカ者がァアアアア 親衛隊の統率力は世界一チイイイイ!!しかも、幕僚長のパワーを基準にイイイイイイイ・・・この私の腕の力は作られておるのだアアアア!! 」
彼の両腕は既に無く、金属製の義手に取って代わられていた。生身ではありえないような動きもできるため、軍事用として開発されたのだろう。
「実はこの腕、両手とも小銃が内蔵されているのだ。厚さ30ミリの鉄板なら容赦なく蜂の巣にできるぞ」
かかってこいと言わんばかりに彼は一行を挑発する。おそらく戦闘データが欲しいのだ。そんなことも考えずステフィーが兵士の前に出る。
「ほう、貴様に我と同じ波動を感じる」
彼の注意がステフィーにそれたことを確認すると太郎は大きく息を吸い込んだ。
「逃げるんだよォ! 」
それにつられてアマラやカルラも太郎を追うが、ステフィーは気づく由もなかった。
「貴様一人で私と渡り合えるというのか。いいだろう。来い!」
仲間の不在を指摘されステフィーが振り返っていなくなったことを悟った。
「我が肉壁となる覚悟が定まっていないのか!」
しかし、ステフィーの声は太郎たちに声が届かない場所まで逃げていた。
「そういえば転移魔法使えましたよね?使いましょう」
アマラは走って息を切らしつつ太郎に転移魔法の使用をせがむ。
「中尉との戦いで使っちゃったんだよ。時間制限もあるし!」
全ての魔法を簡単に使えると神らしき人物は言っていたが、もう少し魔法についてよく聞くべきであった。
こうして、太郎一行はピールスリン港へ向かって走っていった。ピールスリンは周辺国の中でも比較的規模が大きく、ピールスリン港に至っては周辺国の港湾の規模を軽く凌駕するレベルの代物でもあった。ともなれば旅客船も多く発着していると考えたのだ。
しかし、港までの道のりは貴族親衛隊の攻撃によって無残にも破壊されていた。整備された道路は熱魔法か何かによってひしゃげておりこれが大変走りにくい。
道中、建物の瓦礫に埋もれた死体を食べている人物を見かけた。その人物は全裸で人間とは思えないほど目と口が大きい俗に言う化け物であった。化け物が視線に気づいて食べるのを止めてこちらを向いたが、一行が見えていないふりをするとまた死体を貪り始めた。
「>そっとしておこう 」
「はい」
死体を貪る謎の怪物を通り過ぎ、先を急ぐ。
「港に行ってピールスリンから脱出しよう」
隣国との国境に行くよりも船に乗って対岸の国家に行くほうが遥かに早く着くからだ。
「そんな都合よく定期便あるでしょうか?」
「あったとしても運転見合わせでしょう~」
国外脱出用のために増便している可能性もあるが、既に出発している可能性もある。
「とりあえず向かってみよう。船がなかったら泳げばいいさ」
しかし、かなりの道のりを走ってもいまだに港に着かなかった。
「もう、親衛隊はすぐそこまで迫っています。主人公補正でなんとかできませんか」
アマラは真面目に言っているのか、ネタとして言ったのかはよくわからないが、どっちにしろこのままでは親衛隊も直ぐ側まで迫っており、港湾を接収させられかねない。
「そんな簡単に主人公補正なんて発動するわけが……。あ!」
否定しようとしたその瞬間、太郎はあることを閃いた。
服の内ポケットに入っているスマホを取り出し、とある相手に電話を掛けた。
「もしもし、神様ですか?」
無事に電話は繋がったが、神様は太郎のことを思い出せないらしい。
「ん?ああ、君は確か……佐藤ジャック君だったな」
「山田太郎です」
長い間を空けたにも関わらず名前を間違えたため、太郎は間髪を入れず即座に修正した。
「実は、折り入って頼みが有るんですけど」
「なんじゃ?言ってみい」
「実は今、港まで向かっているんですけど、敵に追いつかれそうなんです。どうにか速い移動手段を用意してくれませんかね」
「そうじゃのう。よし、ワシの力を使って空車の馬車を出現させようぞ」
「ありがとうございます。でも、どうしてここまでしてくれるんですか」
「今までに何人もの転生者に電話番号伝えたんだがの、スマホが壊れたのか話したくないのかは知らんがまともに連絡してくれんのじゃ。だから連絡してくれたことが嬉しいからの。やってやろう。ただし、結構力使うから、あまり使ってほしくはないのう。じゃあの」
スマホを切り、近くを見渡すと目の前に馬車が現れた。しかも、『空車』と看板に書かれていた。
「あ、馬車です。捕まえましょう。さすが、主人公補正ですね」
三人は空車の馬車を無事に捕まえることに成功した。アマラとカルラはスマホが何なのかはわかっていないが、主人公補正を生み出す道具として認識してくれた。
「君たち乗るかい?一応非常事態宣言出ているので、料金は増し増しだよ?大丈夫?」
馬車主の若い青年は、手配したとはいえこんな状況でも楽観しているようだった。
「はい、大丈夫です。因みに、ベルトって強制着用ですか?」
太郎はベルトがすっかりトラウマになってしまった。いくら手配したとはいえ、ベルトの強制着用なら乗らないというのも考えている。
「一応法令ではそういうことになってるけど、こんな非常事態までそんな些細な事守る必要はないと思うけどね、じゃ、出発するよ」
三人が馬車に乗り込むと、馬車は勢いよく走りだした。道中、瓦礫に埋もれて助けを請う人、一家心中する人、瓦礫で動けない中で火事に巻き込まれる人などを何人も見た。しかし、三人は自分たちが助かったことに安堵し、他の人を心配する余裕などなかった。
「君たち運いいね。この馬車を捕まえてなかったら死んでたんじゃないかな?そういえば、なんでまだ街にいたんだい?」
「いやー、実はこんなことが起こってるとは知らずに来たんですよ。いったい何があったんですか?」
一応の話はオットーから聞いたとはいえ、詳しくは聞いていなかった。できる限り自然に話を聞くことに成功した。
「実は、数時間前に政府が奴隷解放を決定した旨の記者会見をしたんだ。『我が国に於いて、奴隷解放運動が日に日に激化している。我が国も奴隷解放に向けて前向きに検討しなければならない。』と。それに対して貴族や親貴族系の団体、ダンティルやストピームの地主などが反発したんだ」
「ストピーム?」
太郎はその固有名詞の意味がわからなかった。地主といってるあたり地名だろう。
「ストピームというのはダンティルやプリンシド同様ピールスリンを構成する自治州の一つです。ストピームはピールスリンの南部にある島嶼群一帯を指します」
カルラから説明を聞き、馬車主は話を戻す。
「でも、あることが起きたんだ」
「あること?」
一体何が起こったのか、太郎は耳を傾ける。
「犯人はまだわかっていないけど、多分政府の関係者かな?貴族の居住施設が全壊したんだ。政府はこの社会不安を抑えようと、奴隷制に反対で力を持っている貴族を潰そうとしたんだと思う」
太郎は氷結魔法を受けたように固まった。アマラが無言で真顔のままこちらを見てきたが、太郎はただただ固まることしかできなかった。しかし、反応は示さなければならないため、無理に口を動かして反応した。
「へ、へー。そんなことがあったんですかー」
あからさまな演技に、馬車主は不信感を抱いたが話を続けた。
「これに激怒した貴族が、これを貴族に反発する政府の仕業だとして、貴族親衛隊と協力して武装蜂起を起こしたんだ。それでこの内戦が始まったという訳さ」
「そ、そうなんですかー」
内戦の間接的な原因が自分にあると知り、そのうち太郎は考えるのを止めた。
「運賃は20ネスだけど、非常事態宣言中ということもあり、今なら500%増しの120ネスね」
「は、はい。安いですね」
思考停止中のため金銭感覚もまた崩壊していた。
「安くないと思うよ」
馬車主の冷静なツッコミにも動ずることなく太郎はただただ立ち尽くし、そのうち馬車は去っていった。
「さ、さて。港をみよー」
港は人で溢れかえっていた。そのため乗り場に行くことすらままならない。
「あの貴族から貰ったお金がまだ余っているので、賄賂を渡して乗せてもらいましょう」
「賄賂を渡して乗せてくれそうな人いますかね?」
思考停止した太郎に代わって、アマラとカルラが船を探す。
しかし、港に停まっている船はみな頭の硬そうな人ばかりであり賄賂が通じそうな人は皆無である。そして、アマラが最後の船着き場に向かうと聞いたことのある声がした。
「ハインクフ行きの臨時船、運賃今なら特別に300ネス、保険料込みでたったの700ネス。あと一名限定です!」
あの遠くからでもわかる腐った精神の人物、ウィズイン・ウィスタリアだった。
「あのブルースト発の船で解雇されなかったんですね。やりますねぇ」
「解雇されたけど。まあ、その後臨時便の船長になってくれと多額の報酬金を提示されたのでな。まあ、今は就業時間内だから真面目にやるよ」
正直船長として全く相応しくないが、緊急時でも金のために来てくれるので実家のような安心感があった。
「お願いです。ハインクフ行きの臨時便に乗せてくれませんか?」
「え?今一名乗っちゃったんだよ。だって、もう乗客が上限に達してるんだよ。上限以上は転覆の危険があるから乗せるなって言われているから」
『就業時間内』という言葉は恐ろしい。たとえどんな腐った黒い精神の持ち主でも真面目に働くのだから。
「そんな……」
例え賄賂を渡しても、掟を守るウィズイン・ウィスタリアはきっぱりと拒否するだろう。そう思いつつ、カルラと思考停止中の太郎と合流した。
「3人で6300ネスはどうですか?」
カルラは相場の三倍の額を提示するも、この船長はきっぱりと断るはずだとアマラは思った。
「3人乗せるなど吝かでもない。大船に乗った気持ちでちょっと待っとれ!」
クソ船長の掌返しにアマラは絶句した。
こうして、太郎たちが乗る代わりに、見知らぬ夫、妻、子どもの三人家族が代わりに降ろされた。その家族は必死にウィズイン・ウィスタリアに抗議をするが、何も気にせず出発した。
出発後、太郎が後ろを向くと親衛隊が港湾を襲撃していた。クソ船長に抗議した家族は親衛隊に見つかるやいなや三人とも海へ飛び込んだ。家族はどうなったかはわからなかったが、少なくとも港湾にいた人物の殆どが親衛隊によって殺害された。親衛隊に殺されるよりは溺死した方がましなのだろう。
それとも、生き延びているのか。
親衛隊に蝕まれてくピールスリンを見ながら、太郎たちはハインクフへ向かった。
今年中には内戦編は終わらせたいです。




