第十六話 奴隷収容所 中編
「いいや!限界だ押すね!今だッ!」
監獄で閃光が起こり爆発音が鳴る。太郎は間近で聞いたため音を聞いたというよりかは、衝撃波を全身で受けた感じであった。
太郎が目を開けると、あたりには吐き気を催す臭いと黒煙、赤い血。直後に、上から血塗れの片腕が飛んでくる。
自分が殺されたと知ってもあまり動じなかった太郎でさえ片腕が飛んできたときには思わず怖じけてしまう。
何の躊躇いもなく行われた行為に、アマラは静かに怒りを燃やし、拳を握りしめる。
「……」
「あれれ~おかしいぞ~。もう戦意喪失かい?今、どんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?」
幕僚長は今までの態度とは一変し、アマラを夢中で煽り始める。中高年の癖して中身は随分と幼稚だったのだ。
アマラを十分に誂い終えると満足した様子でさっきから突っ立っている貴族の方を見る。
「ついでに君もだよ」
「え?」
貴族親衛隊の幕僚長たる人物が貴族に怪我一つ負わせただけでも重罪である。しかし、この頭のおかしな奴らから幕僚長は救ってくれるのだと、貴族が思っていた矢先の出来事である。貴族が唖然としていると、貴族も閃光とともに爆ぜていった。
「きたねぇ花火だ」
幕僚長がかっこつけるように台詞を吐いた。
「全くだよ」
太郎は幕僚長の意見に同調するかのように服についた血や肉片などを布で擦り始めた。
そんな中、一人憎悪を煮え滾らせていた。
「こんな外道。放って置けません……」
カルラは幕僚長に焦点を合わせ襲いかかる。しかし、幕僚長はカルラの剣を難なく躱し続ける。
「そういえば君は今日退職したじゃないか。全く困るよ。法律上自己都合で退職するときは一か月前から口頭でもいいから上司に伝えないと。こっちだって人手不足なんだよ。私の弟子である中尉も悲しんでいたよ。ところで話聞いてる?」
「……」
「聞いてないな」
それにしても、あの中尉はこいつの弟子だったのか。確かに、中々に強そうである。
カルラの攻撃を易々と躱し続ける幕僚長には少し本気を出さないと勝てなさそうだった。
「カルラ!避けろ」
カルラが避けたら奴だけにとびきりの破壊魔法をぶちかます。そうすれば一撃で奴は死ぬ。太郎が照準を幕僚長に合わせようとするが、幕僚長は感づいたのかカルラに付きまとう。
「長距離砲でも使うつもりかな?私だって馬鹿じゃないんでね」
幕僚長は器用にもカルラの剣戟を全て交わすものの、反撃しようとはせずに執着し続けていた。このまま魔法を放てばカルラごと巻き込んでしまう。
「所詮英雄気取りなどその程度か。がっかりだ」
幕僚長は銀色に光る県を剣鞘から取り出すと、攻めに転ずる。
咄嗟に太郎は考えるも有効な打開策が思い浮かばなかった。カルラの剣戟を全て躱せる幕僚長なら、余裕で剣戟がカルラの首や胸を突き刺せることができるはずだった。
「うおおおおおおっ!」
ステフィーが今までに見たこともない形相でランスを持ち突進した。
幕僚長は剣先がカルラの首を貫く寸前で剣戟を止め、ステフィーの攻撃を回避した。
「ゼロが幾つ集まったところで答えはゼロだと学校で習っただろう」
「学校?我の信託を一切聞かず、人類の神秘も必修教科にされていない政府の自己満足機関なんかに行くわけなかろうぞ。大体、信託を教えている途中の眷属に攻撃しようとはその心、作り直さねばならんな!」
あの形相ってそういう意味だったのかと太郎は思うが、今までの言動を考えればむしろ自然なことであったと感じた。
「そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。よくわかったよ。君から仕留めるとしよう」
幕僚長は地面を強く蹴り一回転して後ろに仰け反ると剣が光り輝く。
「まずい!」
アマラは安全な場所から彼女らの危機を悟る。それは太郎も同様だった。どう考えても睡眠魔法で寝てくれる相手だとは思えなかった。
「ふははははは。ずっと俺のターン!殺したら楽しめないからな。無力化するだけの傷で済ませてやる」
幕僚長が剣を一振りした衝撃波がステフィーの右肩に直撃し服が肩から深紅に染まる。
「この程度の痛み、信託を広めるためならばなんてことはない。臥薪嘗胆ぞ」
ステフィーもランスを持つと何やら呟き始める。念仏かと思ったが、楽観主義者であるステフィーがそんなことをいうはずもない。そう、信託だったのだ。
その瞬間、太郎はステフィーのランスが光っているように感じられた。
「いや、光ってませんよ。目の錯覚です。ところで、右肩を怪我したらランスを扱うのは難しいでしょうね」
冷静なアマラのツッコミを受けランスを再び凝視するが全く光ってなどいなかった。
それにしても、ここまでくるともう容赦はできなかった。しかし、ステフィーもいる以上遠距離魔法は被弾の可能性があった。そのため剣を取り幕僚長に襲い掛かる。
刹那、黒い影が幕僚長と太郎の間に入ると太郎の剣戟を受け止めた。
「数時間ぶりだな」
黒い影は中尉であった。幕僚長と中尉、仲間がいるとはいえ同時に相手にしなければならないというのは厳しかった。
「クソ野郎め」
ふと太郎が思ったことを呟いた。
「『クソ野郎め』といっているが、貴族をあられもない姿で歩かせて食事も碌に与えず服と装飾品を強奪したお前らには言われたくないな!」
正論を言われ太郎は途端に口を噤む。そしてアマラも「……」と口を開きっぱなしであった。
「ここでは邪魔が入る。それに君と僕は同じ感じがするんだ。二人で静かな場所に行こう」
そして、中尉は何やら魔法を唱えると二人の姿は消えて無くなった。
「あの時の借りは返してもらう」
転移したのは収容所前の山道だった。人の気配はなく戦うには絶好の場所だ。
「お前とやりあってる時間などないんだ。」
しかし、見逃してくれるとも思っていない。幕僚長の弟子なのだからかなり強いことには間違いなかった。仕方ないと割り切り剣を中尉に振るう。
「もうやりあってる時間はない!」
しかし、中尉は躱す。
「こんなことしたら奴隷たちが危ないんじゃ……?」
中尉は戦いたいのか太郎の不安を煽る。
「それはどうかな?」
しかし、奴隷は無事に保護し解放したのだ。
「??奴隷が居ない?まさか、転移か?」
「ああ、そうだよ。やっと理解したか。だよ。奴隷たちを地区に転移させた。もちろん、爆弾も取り外したよ」
勝ち誇ったように言って戦意を消失させようとしたが、そんな様子はない。
「なるほど、あのステフィーとかいうやつが言ってた通りだね」
「ん?どういうことだ」
あの厨ニ野郎の言葉を引用するなんてまさか洗脳されてしまったのかと太郎は思わず中尉の身を案ずる。
「実に愚かだ。君たちは。まさか、爆弾が首元にしかついてないとでも思ったか?ばかめ!」
「まさか……!」
太郎は背筋が凍り着く。そして、助けられなかった奴隷の少女の姿が頭を過る。
「……人間のクズめ」
鋭い目つきで中尉を睨むと急いで自分に転移魔法を掛けて、収容所に飛ぼうとするも妨害が入った。
「転移魔法一日一回しか使えないのに……。妨害されたけど使用扱いになったじゃないか……」
転移魔法は使い勝手が悪かった。
「全く、だったらあの奴隷たちをこっちに越させればいいだけの話だろ?」
期待に応えるように中尉は収容所の奴隷を全員この場へと転移させてみた。
太郎は急いで一人一人の奴隷を確認し息を確認した。
「よかった。……。生きてる」
辛うじて意識はあるようだ。安堵の溜息を吐くも中尉がいつまで黙っているとも限らない。奴隷たちを守るためにも立ち上がり矛先を中尉に向けた。
一方の中尉はニヤリと笑うととある奴隷の元まで行った。
「コッチヲミロォ」
その瞬間。眠っていた解放奴隷は爆炎に呑まれる。
「きたねぇ花火だ」
辺り一帯硝煙のにおいに包まれ、阿鼻叫喚の様だった。太郎がやったとはいえ眠っていた解放奴隷たちが、熱さに足掻きながらもすぐに倒れていった。全員にピンポイントで爆炎に呑まれたようで救おうものならその間に中尉に何をされるかわからない。救えたとしても、太郎が離れたらまた中尉によって爆炎に呑まれる。助かる手段などなかった。己の無力さを悔い地面に膝をついた。
「その台詞……さっき聞いた!……。それにしても、また救えなかった」
「己の力不足を実感したか。所詮お前とお前らの目的は彼らも救えないほど弱く、儚い自称英雄譚だったんだね」
「……」
「さあ、次は君の──ん??」
太郎は振り返らなかった。けれども、後ろからの大群の気配は十分に感じ取ることができた。
「まずいな……一先ずさらば!」
「おい!」
中尉は消え失せた。




