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あまやどりさん

作者: かえりみち

 私は外国でアパートを経営しているのだが、ある店子がうちの敷地に車を放置したまま引っ越していってしまった。

 もっとも車が放置されていた場所は何もない空き地だったのが不幸中の幸いだった。もしかするとそんな土地だったから放置したのかもしれないが。

 ともあれ放置車を処分するにも金や手間がかかるし、その土地に新しく建物を建てたり、他人に貸したりする予定はない。ということで私はしばらくうっちゃったままにしておくことにした。


 それからしばらくたったある雨の夜のこと。私がアパートでの仕事を済ませ、前述の放置車のある土地の前を通りかかったところ、いきなり「バン!」と大きな音がした。

 飛び上がるほどに驚いて音のした方に顔を向けてみると、雨に打たれるくだんの放置車があった。どうやら車の窓を何かが思いっきり叩いたらしい。

 

「ホームレスでも入り込んだかな? 嫌だなあ」とも思ったが、一日の仕事を終えて、やっと休めるというところに、わざわざ問題事に頭を突っ込むのも馬鹿らしい。「明日の朝にまた様子を見に来て、まだ中にいるようならその時に出て行ってもらおう」とそのまま家に帰ることにした。

 家に向かって歩きながら「また音が鳴るかな?」と、少し警戒していたがそんなことはなかった。


 翌朝、通常業務を一通り終えてから空き地に向かった。だが何もおかしなところはなかった。相変わらず、不法投棄された車がでんと鎮座ましましているだけだ。

 車の中を覗き込んでみても何も変わったところはない。もうちょっと詳しく調べようとドアに手をかけたところ、鍵がかかっていることに気づいた。


 昨夜、中にいた何者かが出ていくときに鍵をかけて出て行ったのだろうか? それとも昨日音がしたと思ったのは気のせいだったのだろうか?


 冷静に考えてみれば、気のせいである方がよっぽど説得力がある。自慢じゃあないが、私の頭はお粗末なことに定評があるのだ。


 実際、お粗末な頭の出来の私はその日の午後の新しく入居希望の人との交渉やアパートの修繕などで忙しくしていると、不思議な音のことなどすっかり忘れてしまっていた。


 不思議な音について思い出したのは、次の雨の晩のことだ。

 いつも通り帰宅と見回りも兼ねて空き地の前を通りかかると、また「バン!」という音がした。振り向けばやっぱりそこには放置車。

 出来の悪い私の頭でも、さすがに車のドアに鍵がかかっていたことは覚えている。

「じゃあどうして中から音がするのだろう」と疑問に思い、車に近づいてみた。


 雨に濡れた雑草がジーンズの裾を濡らすが、気にしない。どうせすぐに帰ってシャワーを浴びるからだ。雑草を踏み締めるようにして歩き、車の前に立った。

 窓から中を覗き込む。


 ――見えない。


 当然と言えば当然だった。明かりもロクにない雨の晩に覗きこんでみたって、車の中をしっかり確認できるわけもない。

「まあいいか」と私は思い直した。中に何かいても怖いし、何もいなくても怖い。私はオカルトは好きだが、超常存在そのものが好きなのではなくて、オカルトの持つ曖昧さが好きなのだ。


 内心ドキドキしながらその場を離れる。帰る道すがら、後ろからまた「バン!」という音がすることはなかった。


 翌日、Tシャツをもらった。ワンピースのチョッパーとお茶の広告がデザインされている奴だ。ダサかったので嫁にあげた。


 その後も雨の晩、その空き地の前を通りかかるたびに「バン!」と放置された車の中から音がする。

 そして数日以内に、アパートに新規入居者が来たり、貰い物や懸賞が当たったりする。シャンプーやミネラルウォーターなどといったささやかなものだが。


 私は論理的に考えた。これは「バン!」という音の主が雨宿りの代金替わりに授けてくれているに違いない、と。

 そして私はその音の主に「あまやどりさん」と名をつけて、放っておくことにした。


 空き地に車が放置されてもうすぐ七年。「あまやどりさん」からのお礼で車の処分代金くらいは優にあるのだが、まだ私に放置車を処分するつもりはない。


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