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俺様日記  作者: 清野詠一
9/39

廻り出す刻2





★4月11日(月)



朝、小雨が降る中、いつものように穂波といつもの通学路を通って学校へ向う。

既に桜の花も大半が落ち、雨に濡れた様はどこか物悲しい雰囲気を醸し出していた。


「ところで洸一っちゃん。一つ聞きたいんだけど……良い?」

隣りを歩く穂波が、珍しくおずおずと切り出した。


「フッ、なんだ?」


「…洸一っちゃん。なんで傘……ささないの?」


「…野武士だからな」

俺は小雨でしっとりと濡れた髪を掻き上げ、ニヒルな笑みを零した。

「雨の日に傘もささずに歩く。こんな粋な男が一人ぐらいいても良いじゃねぇーか……フッ」


「……馬鹿?」


「な、なにぉうッ!?」


「風邪、引いちゃうよ?」


「フフーン、生憎とここ10年ばかり、風邪如きで寝込んだ記憶はないのぅ」


「……やっぱり馬鹿だよぅ」


そんな下らない会話を交しながら歩いていると、何時の間にやら智香が加わり、俺の隣を歩いていた。

「ねぇねぇねぇ、知ってる?」


「何がだ?俺が傘をささない理由か?」


「そんなコーイチの腐った美学はどーでも良いとして……例の一年生の話よ」


「――霊の一年生ッ!?」

なんだそれは??

良く分からんが、取り敢えず急いで霊界110番へ…


「洸一っちゃん。微妙に違うと思う」

穂波が溜息を吐いた。


「そ、そうなのか?まぁ、何やよぅ分からんが……一年坊主がどうかしたのか?」


「いや、それがねぇ……噂だけど、何でも今年の新入生の中に、不思議チャンって呼ばれる女の子がいるんだって」


「不思議チャン?ンなもん、ここにもいるじゃねぇーか」

俺は穂波を指差す。


「ひ、酷いよぅ洸一っちゃん…」


「酷いのは貴様の頭蓋の中だ。ま、それはさておき……その1年、何が不思議なんだ?神でも見えるのか?」


「や、まだよく分からないんだけどさぁ。詳細は追って報告するわ」


「貴様はTV番組のナレーターか?」



ベショベショにしっとり濡れた俺は、ペチョンペチョンと陸に上がった河童のような足音を響かせ、穂波と共に教室へ。

勢い良く扉を開け、

「諸君ッ!!おはようで御座るッ!!今日も一日、勉学に励むで御座るっ!!うわっはっはっは」

下々の者に、朝から無駄に暑苦しい挨拶をしながら自分の席へ向う。


「よっ、委員長…グッモーニンッ!!!」


「…」

ステキなほど無視された。


うぬぅ…

どうして彼女は、他者と全く交わろうとしないのだろうか?

どうしてロンリーな学園生活で満足しているのだろうか?

俺には分からない。

何か、深い理由があるのだろうか?

それとも、僕の知らない信仰でも持っているのだろうか?


…ま、あまり詮索するのも何だしなぁ…

お節介も度が過ぎると、嫌われてしまうからのぅ…


「さて、着替えるかな」

俺は何故か机の中に仕舞ってあるハンガーを取り出し、丸洗い直後のように水の滴ってる制服をそれに掛ける。

シャツもベショベショのグショグショだ。

腕の所なんか、肌が透けて見えるぐらいだ。

ついでにそれも掛ける。

あまつさえTシャツも濡れ濡れで、ベッタリと肌に纏わり付いて実に気持ち悪い。

取り敢えずこいつも掛ける。

更にはズボンも…かなり大量のオチッコをチビってしまったようにグッショリと濡れており、非常に切ない気分になる。

だからこれも掛ける。

当然の事ながら、パンツも既に致命的ダメージを受けていた。


「…良し、こいつも干しておこう」


「――って、アンタ何してるねんッ!?」


「…んにゃ?」

見ると委員長をはじめ、クラスの皆が息を潜め、俺様を注視していた。

穂波なんか目を充血させて凝視している。


な、なんだぁ?


「あ、あんた……何いきなり脱いでんねんッ!!しかも何でパンツまで脱ごうとすんねんッ!!」

クールな委員長にしては珍しく、顔中を真っ赤に染めながら声を荒げる。


「な、何でって言われてもなぁ。雨に濡れて気持ち悪いから、体操服にでも着替えようかと…」


「ア、アホかッ!?余所で着替えーやッ!!何でいきなり教室で全裸や…恥ずかしくないんかいッ!!」


「は、恥ずかしいけど……俺的には濡れたパンツを穿いてる方が恥ずかしい。何しろ紳士だからな」


「……アカン。あんた…全然アカンわ」

委員長は重い溜息を吐いた。


「や、アカンと言われてもなぁ…」


「って、パンツに手を掛けるなやッ!!」


「わ、分かったよぅ。余所で着替えるよぅ…」

俺はブツブツ零しながら教室から出ると、不意に、すぐ近くを歩いていた見知らぬ女性徒と目が合ってしまった。

柔らかそうな軽くウェーブの掛かったセミロングの髪をしている…ちょいと気弱そうな顔した女の子だ。

病的なほど、その肌は白い。

陶器で出来たお人形さんのような可憐な女の子だ。


ほほぅ…中々に可愛いですなッ!!

取り敢えず、微笑んでおこう。


「…ニヤリ」

と笑う俺。


「あ…あ……」

その女の子は、口元を押さえ、震えていた。

パンツ一丁で突然として現れて微笑む俺を見つめ、ガタガタと震えながら、

「キ……キャーーーーーーーーッ!!!」


「――ぬぉうッ!?」

瞬間、廊下の窓ガラスが、パンパンパンッと小気味の良い音を立てながら砕け散った。



「全く以って、ワケが分からんのぅ」

気が付けば俺は、パンツ一丁で新入生を追い回し、あまつさえ廊下のガラスを叩き割った永遠の反逆児、と言う噂が広がっていた。

濡れ衣も良い所である。

ま、俺がガラスを割ったわけではない、という目撃者も多数居たわけだし、パンツ一丁で出歩いた、と言うことだけで、先生達からのお小言は済んだ。

もっとも『次に何かしたら、暫らくは学校を休んでもらうぞ』と言う有り難いお言葉も頂戴したが…


「やれやれ、暫らくは大人しくしていた方が吉か…」

等と零しながら、ボンヤリと雨の降頻る窓の外を眺めていると、

「…神代クン。次を読んで」

と、現国の先生。

名前は…生憎と失念してしまった。


この先生は、一昨年新任したばかりのピチピチの若い女の先生で、他の先生の評判も良く、生徒達からの人気も高い。

もっとも俺的には、全く興味が沸かない。

確かにこの先生は若いし可愛いし、気さくでボインちゃんだ。

がしかし…

何となく、顔が穂波に似ているのだ。

だからちょっと…俺としては一歩引いてしまうのである。


「あ~~…はいはい、っと」

俺はゆっくりと席を立った。

ところで、どこを読めば良いんだ?

全く分からない。


(…なぁ委員長)

俺は小声で、臨席の伏原の美佳心ちゃんに声を掛けた。

(ズバリ尋ねるが、どこを読むべきかのぅ?)


「……」


(うぉーい、こんな時まで無視ですか…)

やれやれ、困った女の子だにゃあ。


「神代くん、どうしたの?早く読みなさい」

と先生。


「あ~~…ちょいとお待ちを。どうも喉にエヘン虫的なモノが……ゴホッゴホッ!」

俺はワザとらしく咳をしながら、

(なぁ委員長。頼むよぅ……ページだけでも教えてよぅ)


「……」


(ぬぅ…教えてくれないと、今この場でパンツを下ろし、若々しいリビドーを発散させるぞよ)


「くっ…」

委員長は震えていた。

そしてギュッ奥歯を噛み締めるような苦々しい顔で、

「…8ページや」

と呟く。


(サンキュゥゥ~♪)

え~と、8ページ8ページ…

「あ~~…ゴホンッ、『夢中で男自身をしごく彼女の姿を見ている内に、俺の中に新たな欲望が沸起ってきた。沙織さん。そう呼び掛け、俺はゆっくりと立ち上がる。彼女の眼前には、熱く欲情している俺自身が猛々しく……』って、俺は何を読んでるんだッ!?」

慌てて手にした本を眺めると、

「あ、教科書じゃねぇーや…」

暇つぶしに買った官能小説だった。


う~む……

教室内は、シーンと静まり返っていた。

皆が皆、ポカーンとハニワのように口を開けて、俺を見つめている。


「………ダーハッハッハッ!!面目無いッ!!」

取り敢えず、頭を下げてみる。


「じ、神代くん…」


「おっと先生…分かっちょります。何も言わんで下さい。罰としてこの神代洸一、廊下に立っちょりますッ!!」


「え?ち、ちょっと神代くん…」


俺は先生が止めるのも聞かず、堂々と教室の前から廊下に出ようと扉を開けるが、

「――ぬぉうッ!?」

目の前に、喜連川先輩がヌボーッと佇んでいた。


せ、先輩?

ゴシゴシと瞼を擦り、もう一度見つめる。

間違い無い、最近お知り合いになった喜連川財閥のご令嬢、喜連川のどか先輩だ。


「き、喜連川先輩…」


「…神代さん。おはよう御座います」

先輩は礼儀正しく頭を下げた。

もちろん俺も、それに習う。


「お、おはよう御座います先輩。ってゆーか……今は授業中なんですが…」


「…?」

先輩は不思議そうな顔をし、そして教室内で固まっている下賎な者達を眺めると、

「…皆さん。おはよう御座います…」


「いや、挨拶はともかく……一体、何の御用で?」


「…神代さん。今日はクラブ活動の日です」


「………は?」


「…是非、参加して下さい」


「――俺がですかッ!?」


「…はい」


「や、いきなり参加してと言われても……僕チン、部員じゃないですし…」


「見学でも…」


「う、うぬぅ…」

どうしよう?

確かに、一度来て下さい、的な事は言われたが、まだ心の準備が…

ハッキリ言って、いや言わなくても、何かとてつもなく嫌な予感がする。


だってオカルト研究会なんですぜ?

オカルティーな事を研究するクラブですぜ?

そんなモン研究して、何をどーする気なんでしょうか?

しかも主催者である喜連川ののどか先輩は、智香情報だと魔女と噂される程のちょいとアレな人。

俺の第八感エイトセンシズが、深く関わると取り返しのつかない事になるぞよ、と警告を発している。


「え、え~と……その……誠に申し訳無いというか…」


「…」


ぬぅぅッ!?そんな困った顔で見上げられても…

「いや、その……だから…俺、いえ僕としましては……」


「…ありがとう御座います」


「―うぇッ!?僕、まだ何も言ってないんですけど…」


「ですが…来ないと取り返しの付かない事に…」


「…は?そ、それはどーゆー意味でしょうか?」


「…解呪」


「…へ?かいじゅ?」


「呪いを解くことが出来ません」


「え?呪いを…解く?」

………

「――掛けてたのかよッ!?」

一体、いつの間に??


「神代さん。来て下さい」


「いや、来て下さいも何も…呪いが掛かってる以上、それは来いッ!!て事ですよね?」


「はい」


「即答、ありがとう御座います」

な、なんてこったいッ!!

何故に俺が、オカルト研究会なんぞに…

いや、そもそも、どうしてこの庶民派と言うかホンマの庶民である僕チンが、喜連川のお嬢様に気に入られたのか…

全く以って謎ですのぅ。



何時しか雨も上がり、柔らかな陽射の射す爽やかな放課後。

俺は鞄を肩手に、こっそり帰ろうと教室を出ると、

「……神代さん。こんにちは」

目の前に喜連川先輩が、相も変わらずボォーッとと言うかトロ~ンというか……ともかく不思議な(一般的ではないと言う意味)表情で佇んでいた。


「こ、こんにちは…」


「…では御案内いたします」


ど、どこへ?

もしかして地獄?

「え、え~と……その……オカルト研究会へですよね?」


「…です」

先輩は小さく頷き、ペタペタと歩き出した。

気のせいか、彼女の背中から有無を言わせない何かを感じる。


「ぬぅ…」

俺はガックリな溜息を吐き、その後に続いた。

何だか妙なことになっちまったなぁ…

一人じゃ心細いので、部活動の無い穂波や智香を誘ったけど…

智香は『絶対にイヤッ!!私そーゆーのって…あまり得意じゃないのよ』

と頑なに拒絶するし、穂波に至っては、無言で俺にフリッカージャブをプレゼントしてくれた。


ンハァァァァ~…

心の中で重い溜息を吐く。

よもや帰宅部不動の4番でエースの俺様が、部活動を見学する日が来ようとは…

しかもそれがオカルト研究会ッ!!

……

別にオカルトとか、超常現象などに興味は無いッ!!とまでは言わないけれど…

かと言って、興味津々と言う程、病んではいない。


……ま、良っか。

どうせ見学だけだし、退屈凌ぎぐらいにははなるかな?

「…ところで先輩」


「…はい?何でしょうか神代さん?」

前を歩いている先輩が、チラリと俺を振り返る。


「いや、その……他の部員達は、どんな人達なのかなぁ~っと」

オカルト研究会と言うぐらいだ…

どうせヲタクっぽい輩や厨二を患ってしまった輩が大勢、ひしめいておるのだろう。


「……皆さん、幽霊部員なんです」


「あ、なるほど…」

まぁ、普通の感性の持ち主なら、クラブに籍だけ入れて、真面目にオカルト何てモノは研究しないだろーなぁ…


「…残念な事に、今のところ人間は私だけ…」


「ふ~ん、そうなんですかぁ…」

………

……

って、ちょいと待て?

何か少し、会話的におかしくないかい?


そんな事を疑問に思いながら、俺は何時しか新校舎の方に来ていた。

音楽室や理科室、視聴覚室などの特別教室が入っている校舎だ。

そして階段をゆっくりと上がり、文科系クラブの部室が並ぶ廊下に躍り出る。

もちろん、当然の事ながら、俺様は入学以来初めてここに来た。

未知の階層だ。


へぇ、思ったより綺麗じゃねぇーか…

体育会系の汗臭いクラブハウスとは違い、この辺りの廊下はどこか清楚な感じが漂っていた。

何となく、文化的な匂いもする。

俺は喜連川先輩の後に続きながら、立ち並ぶ各部室を眺めていった。


ふむ…光画部に新聞部に美術部に…なるほど、それにアニメ研究会…

漫研にパソコンクラブに…ふむふむ、手芸部に吹奏楽部に…お、軽音もあるのか。

中々どーして、ウチの学校って、かなりクラブ活動が盛んじゃねぇーか…


「…到着です」


「お、ここで…す……か…」

俺の言葉はそこで空中分解した。


先輩が主宰しているであろうオカルト研究会は、その趣きからして、他のクラブとは一線を画していた。

先ず、見た目が違う。

部室の扉が他のクラブとは大きく違うのだ。

他のクラブは、当たり前だが如何にも学校備え付けの安っぽいドアであった。

がしかし、このオカルト研究会は違う。

木材については詳しくないが、取り敢えず銘木から切り出したであろう、その深みのある色は、実に見事であった。

重厚且つ気品溢れる扉だ。

例えるなら、一流企業の社長室に据え付けられているような扉なのだ。


ぬぅ、さすがは喜連川と言った所か…

ま、それはそれで良い。

私財を投じて扉を替えようが、俺の知ったことではない。

それよりも問題なのは…

扉に無数に貼られた、様々なお札の事だ。

陰陽的と言うか密教的と言うか、ともかく、厨二が泣いて喜びそうな御札が何枚も貼られているのだ。

しかもまぁ、各宗教入り乱れの、何でも有りな感じで、この上ないほどの禍禍しい雰囲気を醸し出している。

あまつさえ、スタンプのように血の色をした手形とかが彼方此方に染み付いていた。


こ、これって…やっぱ演出とか…そーゆーのだよね?

「あ、あの…先輩。なんでお札がこんなにたくさん貼ってあるんですか?やはりオカルト研究会と言う雰囲気を少しでも出そうと……そーゆー事ですよね?」


「…被害者を出さない為です」


「あ、なるほど…」

被害者ってなにッ!?


「では、参りましょう神代さん」

先輩は扉のノブに手を掛ける。


この扉の向うには、一体何が待ち受けているのか…

よもや黄泉路が口を開けて待ってる、なんて事はないよね?



ギギィィィ~…と重い軋み音を立てながら、地獄の…もとい、オカルト研究会の扉が開く。


「さ、神代さん……どうぞ」

そして類い稀な美貌の持ち主である喜連川の御令嬢様が、俺を中へといざなった。


い、良いのか俺?

本当に足を踏み入れて…良いのか?

俺に霊能力は無い。

もしあるとしたならば……

おそらく俺の守護霊様が、俺を羽交い締めにしながら首をブルンブルンと大きく横に振っている光景を見る事が出来たであろう。


「え、え~と…お邪魔しますですぅ」

ゆっくりと、恐る恐る部室に入る俺。

そして、

「う、う~わ~………」

最初に発した言葉がそれだった。


オカルト研究会は、薄暗かった。

窓は暗幕で覆われ、外界との交流を完全にシャットアウトしている。

そして室内はと言うと……

取り敢えず16年間生きてきて、初めて目にするものばかりだった。

古今東西のオカルトグッズの展覧会と言うか…まさに神秘の秘宝館。

しかもそのどれもがフェイク的な物ではなく、モノホンの雰囲気……つまり怨念的な何かを感じる。


「……せ、先輩。この部屋…クーラーとか入ってないですよね?」


「?」


「いや、入って無いんなら良いんですよ。少し……と言うかかなり肌寒くって…き、気のせいですよね♪グワァッハッハッハッ!!」

俺はこの部屋の中に充満するアンダーグラウンドな雰囲気を吹き飛ばすが如く豪快に笑うと、さも明るい口調で、

「ところで、このナイスデザインなアンティーク的な椅子は何ですかい?」

いきなり目についた椅子を指差し、尋ねた。


「…バスビー・ストゥープ・チェアです」


「へぇ~、聞いた事無いですねぇ。どこかのブランドで?」


「……呪われた椅子です。座るものは死んじゃいます」


くッ…

「ハッハッハ…なるほどッ!!ではここに置いてあるのは……これは如何にもワラ人形ですけど、やっぱり相手を呪ったりとか……する奴ですかい?」


「…違います」

喜連川先輩はクスリと笑った。


「あ、そうですよねぇ。呪いとかそーゆーのはちょっとねぇ…」


「それはジュリエッタです。部員の一人です」


「…は?」

その瞬間、ワラ人形がピクピクと僅かに動いた。


――ぐ、ぐぬぅッ!?

情け無い話しだが、少しだけ熱い物が下半身を湿らした。

「い、嫌だなぁ先輩。どんなトリックを使ったのかは知りませんけど、あまり驚かせないで下さいよぅ…ハッハッハ!!」


「…?」


「そ、それに…このガラスケースに入った市松人形ですけど…これ、如何にも髪が伸びますって感じですけど…別に伸びませんよね?」


「…当たり前です」


「で、ですよねッ!!髪が伸びると思われているのは、実はカビの一種とか……そーゆー説もありますもんね」


「その方はクラブの顧問で私の親友です」

先輩が言うや、市松人形は『キィーーーーーーーーーッ!!』と夢に出てきそうな奇声を発した。


「………スンマセン。俺……やっぱダメッす」


「?」


「いや、なんちゅうか……ハハ、今日は少し体調が悪いのかなぁ?どうもさっきから幻聴が聞こえたり、それにさっきから悪寒も…」


「…大丈夫です」

先輩は優しく微笑むと、そっと手の平を俺の頭の上に乗せ、

「…恐くありません」

まるで母親が子供あやすように、ゆっくりと撫でた。


「せ、先輩…」

何だか知らんが、ポワ~ンとして……実に気持ちが良い。

先輩の趣味とは裏腹の、本当の優しさが手の平から伝わってくるようで…


「…さぁ、消えるのです」


「…は?」


「お行きなさい」

先輩が呟くや、俺の背後から『チッ!!』と言う凄い舌打ちが聞こえた。

「…神代さん。もう大丈夫です」


「――何がですかッ!?」


「それは…」


「いや、良いですッ!!言わんで下さいッ!!」

聞くと夜中に一人でオシッコに行けなくなるからなッ!!


「でも…もうお体の調子は良いでしょ?」


「え?そう言われてみれば確かに…悪寒も消えてるし…」


「悪戯好きなのです、あの子は…」


「――あの子って誰ッ!?」


「それは…」


「いや、やっぱ言わなくて良いですッ!!俺もう……耐えられ無いッス」


「…??」



先輩の話しは、延々と続いていた。

オカルト研究会の過去・現在・そして未来と言う、壮大だけど何の益にもなりそうにない話しが、延々と続いていた。


相変わらずな静かな口調。

聞き取れないほどの小さな声で、表情変えずに淡々と話す先輩。

だけど瞳はキラキラッに輝いていた。

如何にこのクラブの活動に情熱を傾けているのかが良く分かる。

……

実は少し迷惑だ(笑

そんな風に熱く語られても、俺は一体どうしたら良いのか…



「…と言うわけなのです、神代さん。御分かりに、なりましたか?」

先輩はようやくに語り終えたのか、軽く息を吐きながら相変わらずのポヤーンとした瞳で俺をジッと見つめた。


「え?あ、あぁ…まぁ…何となく、オカルト研究会の基本理念は理解できました」

もちろん嘘である。


「…良かったです」

先輩の目が、微かに和む。

「それでは神代さん。是非オカルト研究会に…」


「――うぇッ!?」


「???」


「い、いやその…さすがにいきなり部員になるのは、ちと…」


「…ダメ…ですか?」

と先輩が悲しげに言うや、例の市松人形が『キィーーーッ!!』と吼えた。


「い、いや…その…ダメと言うか…僕には務まりそうにないと言うか…」


「大丈夫です」


なにがだ?

「で、でもでも…」


『キィーーーーーーーーーーーーーッ!!』


市松人形の雄叫びに、俺はビクッと体を震わせながら、

「え、え~とですねぇ…その…僕的には、実はオカルトそのものに興味が無いと言うか…怖いのは苦手と言うか…」


「…」


うっ、そんな哀しそうな目で見られてもなぁ…

「…わ…分かりました。では、仮入部、と言うことで……良いっスか?」


「仮…入部?」


「ええ。まぁ…ヒマがあったら参加する、と言うことで…」


「…構いません」

先輩はコクコクと頷き、机の引出しからヤケに古ぼけた大きな紙を一枚取り出した。

それには何やら魔法陣チックなエンブレムに、未知の言語がビッシリと書き込まれている。

「では神代さん、ここに署名を…」


入部届けか何かかな?

「分かりました」


俺は先輩に差し出された赤いサインペンで、薄汚い、まるで濡れてフニャフニャになったダンボールのようなその紙に、名前を書き込んだ。

「え~と…これで良いですか?何かこの紙、書き辛いからあまり綺麗に書けなかったですけど…」


「…はい、これで良いです」

先輩は紙を綺麗に丸め、胸に抱いた。

「…これで神代さんは、永遠にオカルト研究会…」


「は?」

今、永遠とか言わなかったか?

「あ、あのぅ…つかぬ事をお伺いしますけど…その紙、一体なんです?入部届けじゃないんですか?」


「…これは契りの契約書です」


「は?」


「神代さんの身も心も魂までも、未来永劫、オカルト研究会に捧ぐ為の契約書…」


「――マイガッ!?」


「ちなみにこの紙は、人の背中の皮…」


「ギャーーーーーーーースッ!?そ、そーゆーのが嫌なんですよぅぅぅ」


「大丈夫です。私が付いてますから…」

先輩はそう言って、優しく俺の頭を撫でた。

何が大丈夫なのかは全く分からないけど、何だかとても…気持ちが良い。


「ほ、本当ですか?ボクの身の安全は保証してくれるんですか?絶対に絶対ですか?」


「…」


「…なんで黙ってるんですか?」


「………大丈夫です」


今、すこーし考えてたような気がする…

「まぁ、先輩がそーゆーのでしたら信用しますけど…可愛くてカッチョイイ後輩を裏切ったりはしないで下さいよ?友としてちゃんと守って下さいよ?」


「…友?」

頭を撫でている先輩の手が止まった。

「友…友達?」


「へ?まぁ…先輩後輩と言うよりは、その方が良いでしょ。むしろこの場合は戦友になるのかにゃ?」


「友達……お友達…」


「…どうしたんですか先輩?」


「お友達記念」

先輩はそう呟くと、例の藁人形を掴み、

「差し上げます」


「ごめんこうむります」

俺は即答した。



「さて、ボチボチと帰りましょうか?」

俺がそう言うと、先輩はコクコクと頷いた。


見た目は相変わらずボォーッとしているけど…

なんとなーく、嬉しそうな感じがする。

表情は変わらないけど、先輩の感情は瞳の動きでそれとなく分かると言う事が、この数時間で理解出来た。


「…では、参りましょう」

先輩と俺は廊下に出た。

既に外は群青色の夜の帳が降り始め、西の空に僅かに茜色を残しているだけである。


「…今日はたくさん、お喋りしました」

隣りを歩く喜連川先輩が呟く。

「…初めてです」


「そうですかぁ。そりゃ良かった」


「…です」


「…ところで先輩、一つお尋ねしますけど…俺に掛けられた呪いと言うのは、どーなったのでしょうか?」


「……ふふ」


「え?最初から掛けていない?」


「…はい」


「…ぬぅ」

なるほど…

予想通り、ブラフかよ。

ま、最初からそうじゃねぇーかと思っていたんだけど…


「…怒りましたか?」


「うんにゃ、別に…」

俺は苦笑を零した。

成り行きとは言え、こうして不思議な先輩と知り合いになれたんだし…

何より、この世には僕の知らない世界が広がっていると言うのが、身を以って理解する事が出来たんだし…

騙されたとしても、腹は立たねぇーや。

寧ろ少し得した感じだ。



下駄箱で靴を履き替え、先輩と共に校庭に出ると、体育会系の部の面々はまだまだ練習に汗を流している最中であった。

サッカーやら陸上やらの選手が、グラウンドを所狭しと走り回っている。

その中には、ランニングをしている空手部の姿もあった。


う~む、青春していますねぇ…


普段は速攻で帰宅している俺にとっては、滅多にお目に掛かれない光景だ。

しかしまさかこの俺様が、仮とは言え部活動に参加する事になろうとは…

1年の時には考えられなかった事だ。

ま、これで暫らくは退屈しない学園生活を送る事が出来そうだな。


「…ところで先輩、これからどうします?」


「…?」


「いや、クラブが終ったんなら…普通は駅前をぶらつくとか…あ、何か少し食って帰りますか?角店で特製肉まん食いながら駄菓子のジュースでも飲むっていうのはどうでしょうか?でもあの手のオレンジって、オレンジの味じゃなくて何か化学の味がするのが不思議ですよねぇ」


「…すみません」

先輩の瞳が、悲しみに染まる。


「へ?何で謝るんですか?」

と首を捻っていると、ズドドドドドッ!!と物凄い地響きの音。

そして続く、

『お嬢さまーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!』

野太く、厳つい声。


俺は慌てて正面を見やると、校門から砂煙を上げ、マッチョなジジィが駆け寄って来るではないか。

「あ、あれ?あのジジィ…前にもどこかで…」


「どけぃ小僧ッ!!!」

ジジィはいきなり俺を突き飛ばした。


「――はふんっ!?」

宙を舞い、俺はグラウンドを弾むようにして転がる。

な、なんてパワーだ…


「お嬢様。お迎えに上がりました」


「…」


「どうかなされましたか、のどかお嬢様?何やら浮かない顔をなされておりますが…」


「…」


「は?神代さんに謝りなさい…と?はて、何を仰っておるのか…このロッテンマイヤーには、ちと分かりかねますが…それよりも、早くしませんと本日の晩餐会に間に合いませんぞ」

ジジィは豪快に笑いながら、先輩の肩にそっと手を添える。

そしてそのまま、校門に止めてある馬鹿でかいリムジンに、有無を言わさない感じで連れて行こうとするが…


「待ったれやクソジジィッ!!」

神代洸一、復活。

「いきなり天下無双と呼ばれたこの俺を突き飛ばしておいて、侘びの一つも無しかいッ!!」


「―――笑止ッ!!」


「ハゥァッ!?」

ジジィの裂帛の気合いに、不覚にも尿系の物がパンツの中に溢れた。

とんだ天下無双だ。


「下がれ下郎ッ!!」


「な、なんだとぅッ!?」


「貴様が何者かは知らんが…のどかお嬢様に近付く事はまかりならんッ!!」


「な、何を言うてんだアンタ?」


「フッ…我が名はロッテンマイヤーッ!!喜連川家筆頭執事にして、御館様より御嬢様方の警護役を仰せつかっておる。分かったか小僧ッ!!」


「…いや、分かんねぇーよ。そもそもロッテンマイヤーってなんだよ?どー見たって爺さん、コテコテの日本人だろうに…」


「き、貴様……平安の頃より代々受け継がれし伝統と栄誉に彩られた我が名を愚弄するとは……その罪、万死に値するわッ!!」

ジジィは青筋を立てながら、猛然と突っ込んで来た。



風を切り裂く豪腕。

ジジィ渾身の一撃を辛うじて躱しながら、俺は地面を転がる。


「お、おのれぇ…ゴミ虫の分際でチョコマカと…」


「ゴ、ゴミ虫ッ!?」


「フンッ。小僧…貴様なぞ、高貴なのどかお嬢様に近付く害虫と同じよッ!!」


「が、害虫ッ!?」

ご近所でも菩薩と呼ばれるほど温厚な俺様ちゃんでも、さすがにカチンと来た。

来ちゃいましぞ。

「こ、このクソジジィ…黙って聞いてればいい気になりやがって…」


「ほぅ…貴様如き虫けらにも、人並みにプライドがあるのか?面白い…ならば掛かって来いッ!!」


「テ、テメェ…眼球飛び出すまでぶん殴ってやるッ!!」

俺は地を蹴りあっという間にジジィの懐に飛び込むや、渾身の右を放つ。


――ドゴンッ!!


凄まじい音と共に、俺の拳がジジィの腹部に埋まった。

この神代洸一、自慢ではないが、今だかつて喧嘩では負けた事がないのだ(ただし穂波は除く)。


「ど、どうだジジィッ!!俺様の悶絶ボディブローの味はッ!!」


「……やはり所詮はゴミ虫か」

ロッテンマイヤーと名乗るジジィは、蚊ほどのダメージも感じていないのか、平然としていた。


ば、馬鹿な…

地元最強と呼ばれた俺のナックルが…

「こ、この…」

俺は更に、オラオラッとジジィの腹に連打を叩き込む。


「ふっ…効かぬわッ!!!」

ジジィの拳が唸った。


『いや、マジでその時はダメかなぁ~と思いましたよ。ええ、覚悟を決めたって言うか…走馬灯すら見えましたもん』(某市在住・Zさん16歳)


――クッ、避けきれねぇーかッ!!

目を瞑り、歯を食い縛って来るべき衝撃に耐える。

がしかし…何時までたっても攻撃は襲って来なかった。


あ、あれれ?

俺は恐る恐る目を開くと…そこには何故か地面に片膝を着いているジジィと、それを見下ろしながら立っている空手着姿の女の子。


……二荒真咲?


「ぬぅ、我とした事が不意を突かれるとは…」

ジジィは顔を顰め、ゆっくりと立ち上がる。


「…フンッ。暴漢が出たと騒いでいたので来てみれば…喜連川の用心棒ゴリラだったとはな」

二荒はおっとこ前な口調でそう言うと、チラリと俺に視線を走らせ、

「何があったのかは知らんが……ウチの学校の生徒に手を出した以上、このまま黙って見過ごす事はできんッ!!」


「ぬぅ…」

ジジィの顔が僅かに歪んだ。

「貴様……いや、貴方様は確か……まどかお嬢様の御友人の…」


「…」


「…クッ、ここは大人しく引き下がるとするか」

ジジィは重々しく溜息を吐いた。

が、俺を睨み付けると、

「小僧ッ!!今日の所はそこなお嬢さんに免じて、許してやろう。がしかしッ!!この次にのどか御嬢様に近付いた時には…命は無いと思えッ!!」


「にゃ、にゃんだとうッ!!」

この神代洸一も…熱い魂に溢れた男である。

するなッ!!と言われたら、何としてもやりたくなってしまうのが人情だ。

だから俺は…

「せ、先輩ーーーーッ!!」

ジジィの脇を摺り抜け、オロオロとしている喜連川先輩の元へ駆け寄るや、その体をギュッと抱き締めた。

先輩はパッと見、華奢な感じがしたけど…思ったよりボリュームがあると言うか…フニャフニャでポニャポニャしていた。


「うぅぅ…先輩…喜連川先輩……って言うか、のどかさんッ!!」

彼女の柔らかく、良い匂いのする髪の毛に顔を埋めながら、俺は甘えた声を出す。

「あの厳ついジジィが僕を苛めるよぅ。末代まで呪ってやって下さいよぅ」


「じ、神代さん…」

先輩は少しだけ困った顔をしながら、俺の頭をナデナデと優しく撫でてくれる。


おおッ!!ムチャクチャ気持ちが良いですぞッ!!堪らんですぞッ!!

「神代さんなんて他人行儀な。今日から俺のことは、洸一と呼び捨てでOKです」

俺は更にジジィを挑発する様に、先輩に甘く囁く。


「…洸一さん」

芹香さんは頬を染めながら、キュッと俺の制服を掴んだ。


「こ……小僧ーーーーーーッ!!!」

ジジィ絶叫。

しかも半泣き。

あまつさえ全身におこりが。

どうやら怒りが頂点に達したようだ。


「き、貴様ぁぁぁ…絶対に生かしては帰さんッ!!」


「はんッ!!やれるモンならやってみやがれ……って?」

突然、息が苦しくなった。

と言うか、何故か首がキリキリと絞まっている。


あ…あれれ?

俺はワケが分からず、のどかさんの体から身を離すと…

「…二荒……真咲しゃん?」

鬼の様な形相で、二荒が俺の首を鷲掴んでいた。


「神代洸一……き、貴様と言う男は…貴様と言う…」


「お、おいおい二荒……取り敢えず落ち付け。…ってゆーか、何でお前がキレてんの?」


「だ、黙れこの…大馬鹿野郎ーーーーーーーッ!!」

二荒の体がフッと消えると同時に、下から突き上げるような衝撃。


――ゲッ!?ガゼルパンチッ!?

「あふーーーーーーーーんッ!!」

俺は校舎を飛び越え、流星群の一つになったのだった。




…俺……なんでいつもこんな目に遭うんだろう?











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