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俺様日記  作者: 清野詠一
8/39

廻り出す刻1



★4月08日(金)



「おーれの名前はコーイチダー♪うーらの畑でカマを掘る♪…って掘るかボケッ!!グワッハッハッ!!」

今日も今日とて陽気な鼻歌を口ずさみながら元気良く登校。

教室に入り、席に腰掛けると同時に、

「よッ、委員長!!今日もでっかいね(パイパイが)♪」

気さくに挨拶。


「……」

軽やかに無視された。


「ありゃりゃりゃりゃ…委員長様?」


「……」


「…伏原?」


「……」


「…み、美佳心さんッ!!」


「…」


「いや、そんな凄い目で睨まなくても…」


「…なんや?」

相変わらず、絶対零度を弾き出すようなクールな物言い。


俺は片手をズバッと挙げながら、

「おはようッ!!」


「……」


「ありゃ?無視ですかい?」

俺はヤレヤレと溜息を吐いた。

彼女の隣りになってから……かれこれ今日で二日…いや三日目。

何度となくコンタクトを取ってみたけど、返って来た言葉が『アホ』に『五月蝿い』に『なんか用か?』ぐらいのみ。

全部足しても10秒にも満たない。


何故に彼女は、いつもこう……ノリが悪いのだろう?

関西なのに…

照れ屋さんにしては、度が過ぎるぞ。


…ま、智香のように五月蝿いよりはマシだけど…


俺は腕を枕代りに、机の上にゴロンと頭を転がす。

「あ~~春は朝から眠いですのぅ…」


「……」


「ぶにゃ~~ん♪エエ気持ちだニャア」


「……」


「しかし…布団で寝るより、机に転がってる方が気持ち良いのは何でだろう?」


「……」


「…」


「…神代クンや」

珍しく、委員長が話し掛けてきた。


「…にゃに?」


「あんた、さっきから何でウチの方ばかりジーッと見つめてるねん?」


「…気にすんな。俺は別に委員長を見てるわけじゃねぇ」


「…」


「正確に言うと、おっぱいの観察」

伏原ちゃんの眉が、ピクンと大きく跳ねた。


「あんた…何でそう、アホやねん」


「失礼な事を言うにゃ。こう見えても俺は、先のテストで惜しくも学年2番だった男だぞ」


「……噂には聞いたわ」


「フッ、この俺様…やる時はやる男なのよ」


「……」


「にしても、たわわに実ってるなぁ。何食ったらそんなにデカくなるんだ?」


「み、見るなやッ!!」


「へぇへぇ。だったらあっち向いてますよーだ……」


「…」


「………ぐ~」







…目が覚めたら、丁度お昼休みに入る頃だった。

よもや登校してから今まで寝っ放しとは…

何で誰も起してくれないんだ?

ロンリー過ぎるぞ。


さて、今日のお昼は何を食べようかのぅ…

等と考えながら、思いっきり財布を忘れたので穂波に500円を借りて食堂へ向う。

そこでパックのフルーツジュースと惣菜パンを3つほどゲット。


生憎と『穂波と一緒に食べる』と言う恐ろしい選択肢は最初から存在しないので、どこで食べようかと考えながら紙袋を下げてブラブラ歩いていると、

「あ、神代クン」

いきなり背後から声を掛けられた。


「んにゃ?って長坂と……その他2名か」


「なによ、その他2名って…」

自動迎撃ツインテールを装備した小山田が、鋭い眼光を投げつけてくる。

相変わらず、人を苛めて悦に入ってしまうような目つきだ。


「ん~~スマン、スマン。…それよりも長坂、何か御用ですかな?」


「う、うん…」

長坂は一瞬、小山田と跡部に視線を走らせると、どこか意を決したように、

「じ、神代クンさぁ…その……いつも伏原さんに声、掛けてるでしょ?……なんで?」


「は?何でと言われてもなぁ…お隣りだから、かな?」


「そ、そうなんだ…」


「神代…」

小山田が俺の前に出る。

そして僅かに目を細めながら。

「あまりあの女と…仲良くしない方が良いわよ」


「え?なんで?」

仲良くどころか、今の所は毎日無視されてるんだが…


「何でって……アイツは嫌な女だからよ」


「…はぁ?」


「変に真面目って言うかガリ勉だし…」


「ん?勉強する事は良い事だと思うぞ。そもそもそれが学生の本分だ」

昼まで寝ておいて、どの口が言う…って気もするけど。


「ゆ、融通が利かないって言うか…ああしろこうしろって五月蝿いし…」


「…だって委員長様だからしょーがないじゃん。命令には服従だ」


「か、関西弁丸出しだし…」


「羨ましいのぅ。俺もせめて茨城弁の一つも喋りたいだっペ」


「む、胸だって嫌味なほど大きいし…」


「……頑張れ小山田」


「チッ…」

小山田はツインテールの先端を俺に向けながら、腕を伸ばして軽く胸座を掴むと、

「ともかく、アイツには色々と黒い噂があるのよッ!!」


「はぁ?黒い噂?」


「そ、そうよ。毎日夜遅くまで駅前とかぶらついているし…」


「…ほぅ」


と、今度は長坂が続けるように、

「年上の男の人と一緒に歩いてるって聞いたよ。実は援交してるって噂もあるし…」


「何と…」


そして更に跡部が間に割って入り、

「神代ク~ン…その紙袋の中、なぁに?」

全く関係無かった。


「しっかし夜遊びやら援交やら……穏やかな話じゃないですなぁ」


「そ、そうでしょ?あの女は、黒い女のよ」


「ん~~…でも小山田。それはあくまでも噂だろ?お前が見たわけじゃねぇーだろ?」


「ま、まぁ…」


「だったら、噂と言うだけであまりクラスメイツをおとしめるような事は言うな」

俺はピシャリと言う。

「それに俺は、現実主義者だ。自分の目で見た事しか信用しない男だ。分かったか?」


「ひ、人が親切に言ってあげてるのに……じゃあ何?アンタは伏原を信用してるってわけ?」


「信用も何も…俺は現実主義者と言っただろ?つまり今の俺にとって、伏原さんイコール委員長イコールおっぱいの大きいメガネッ娘だ。それ以外には無い」


「……」


「お前達も見ただろ?あの制服すら突き破りそうな尖がった胸……凄いよなぁ……ビッグだよなぁ……青い果実どころか、まさに奇跡の果実って感じだよ。ちょっぴり齧ってみたいよね」


「神代……アンタたってとことん、馬鹿なのね」


「な、なにぉうッ!?」


「…ふん、まぁ良いわ」

小山田は鼻を鳴らし、俺をもう一度睨み付けると、踵を返した。


「な、なんだったんだ…ってか跡部。何を見てるんだ?」

跡部は相変わらずポヤーンとした顔で、俺の手にしている紙袋を見つめていた。


「……なに入ってるの?」


「昼飯だよ。なに?腹減ってんのか?お前…昼飯は?」


「今からだよ」


「そっか。長坂は?」


「え?わ、私もこれからだけど…」


「…良し。ンだったら偶には3人で食わないか?」


「……何で私を無視するの?」


「ぬぉうッ!?小山田…まだいたのかよ」


「クッ…」

小山田は眉を吊り上げ、ついでにツインテールも吊り上げながら俺を睨み付けた。

「神代……一度、臭い目を見てみる?」


く、臭い目ってなにッ!?痛い目じゃないの??

「悪かった悪かった…で、どうだ?偶には一緒に飯でも食わねぇーか?」


「……別に…良いわよ」


「良し。ンだったら、屋上にでも行くか」



と言うワケで本日は、実にまぁ…2年振りぐらいに、トリプルナックルの面々と昼飯を食った。

長坂と跡部はニコニコ笑顔だったけど…

小山田は何故かずーっと不機嫌だった。


何でだろう?

もしかしてアレか?女の子の日だったとか…


それはそうと、あの伏原美佳心ちゃんについて、そんな噂が出回っているとは…

うぅ~む、とてもそうは見えないけどなぁ…

だって野暮ったいじゃん。

分厚い眼鏡にボサボサ髪を後ろでツインに縛っただけの…

ぶっちゃけ、引き篭もって漫画でも描いていそうな女の子じゃん。

それが援交?

どうにもイメージがねぇ…

・・・・・・

今度、俺様情報部の智香にでも聞いてみるかな?




★4月09日(土)



「どひぃぃぃーーーーーーーーーーッ!!」

俺はまたもや、全力で駆けていた。

「急げ俺ッ!!唸れ両足ッ!!高まれ小宇宙こすもッ!!」

商店街を疾風の如く駆け抜け、公園を突っ切る。


無敵超人コーイチダー……今朝も既に遅刻寸前だった。

理由は、まぁ…夜更かししちゃったとか春だからとか、色々と々とあるのだが、やはり一番の原因は、穂波の馬鹿が起こしに来なかった事だ。


「ちくしょぅぅぅ、穂波のビチグソ野郎が……罰として昨日借りた500円、絶対に返さんからなッ!!」

吼えつつも更に俺はスピードUP。

自慢じゃないがこの俺様チャン、走る事にかけては陸上部の奴らとタメを張るほど速いのだ。


フッ、何せ餓鬼の頃から、穂波の魔手からを逃れる為に散々走り回っていたからのぅ…


公園を抜け、緩やかな坂を上って角店を曲がると、ようやくに学校の塀が見えてきた。

あとはこのまま校門まで一直線。


チラリと塀越しに校舎を見つめると…

――ゲッ!?残り僅か3分ッ!?


「いかんッ!!反省文なんて面倒臭くて書きたくねぇーーーッ!!」

俺は尻に鞭を入れ、第4コーナーを回り最後の直線にかける。


頑張れ俺ッ!!

栄光はもうすぐだッ!!


「ワープ開始ッ!!ムォォォォーーーーーーーーッ!!」

奇声を発し、俺は砂塵を巻き上げながら流れるように校門に滑り込むが、

「――ぬぉうッ!????」

まるで一昨日の光景が再び甦ったかのように、不意に目の前に、またしても女性徒の後ろ姿がッ!!!


『―DANGER!!!!―』

ワープ失敗、ワープ失敗、原因は画面の無いゲームッ!!


いかぁぁぁぁぁんッ!!

ギア変換ッ!!両足首、全速後退モードへ移行ッ!!!

一昨日の教訓を活かすのだぁぁぁぁぁッ!!!!


だけどぶつかった。


――ゴカンッ!!


ヤケに鈍い音と共に、ぶつかった女性徒が弧を描いて吹っ飛んで行く。

その距離、約50メートル。

そして女性徒は砂煙を巻き上げながら校庭をゴロゴロと転がった。


「キャーーーーーーッ!?もしかして死んじゃったッ!?」

俺は慌ててその場に駆け寄った。

「だだだだ、大丈夫か?ってゆーか、生きてるか?もしもアカンかったらどうしよう?…埋めるか?」


「…」

女性徒はゆっくりと半身を上げ、此方を向いてオロオロしている俺を見上げた。


「お…」

その女の子は、一昨日もぶつかった……確か3年生の喜連川財閥のご令嬢様だった。

どこかポーッとした、良く言えば不思議…悪く言えば脳障害の可能性ありな表情で、俺を見上げている。


「だ、大丈夫?」


「…」(コクン)

静かにゆっくりと、お人形さんのように可憐な先輩は頷いた。


「怪我…してないか?」


「…」(コクン)


「そ、そっか…」

よ、良かったぁぁぁぁ…

これで闇から闇へ葬られる心配は無くなった…かな?

「と、取り敢えず…ほら、立たないと」

俺はその場で、ジッと動かずにただ黙ってポヤーンと蹲ったままの先輩に、手を差し伸べる。


「…」(コクン)

彼女は頷き、俺の手を取り、そして妙にスローモーな動作で立ち上がった。


「あ~あ~…また汚れちゃって」

呟きながら、彼女のスカートについた土埃を手で払う。


しかし…あれだけ豪快に吹っ飛んで地面を転がったのに、掠り傷一つないと言うのは…実に不思議じゃのぅ。

未知のシールドでも張っているのかにゃ?


「全く…一昨日も気を付けるよーに、って注意したじゃないですかぁ」


「……すみません」


「いや、悪いのは全面的に俺の方なんですがねッ!!ガハハハハハッ!!」


「……?」


「ところでアンタ…いや、マドモァゼル…確か喜連川先輩……ですよね?」


「…」(コクン)


「そっか…なるほど。うむ、さすがお嬢様なり。なんとなーく、お姫様って感じがするしなッ!!」

言いながら俺はグワハハハハと笑う。

先輩は少しだけ困ったような顔をしていた。

その仕草が、何だか妙に可愛い。


「おっと、自己紹介が遅れましたが……我が名は神代洸一。この学園の2号生筆頭にして、一番偉大且つ愉快なガイです。そして行く行くは世界を牛耳る男です。もっとも今の俺の財産と言えば、金のエンゼルでゲットしたオモチャの缶詰ぐらいなんですがねッ!!ガッハッハッハッ…」


「???」


「しっかしまぁ…立て続けに同じようなシチュエーションでぶつかるとは…ひょっとしてこれは運命の出会い?なーんて……ただの不注意なんですが」


「…運命?」

それまでどこか超然とした…いや、単にボォーッとしていた先輩の顔が、何故か急にパッと明るくなった。

そしてどこか真面目な瞳で俺を見つめ、

「運命…」


「ど…どうしたんですか?」


「……貴方は…運命を信じますか?」


「は、はい?何ですかいきなり…」

少々戸惑い、俺は頭を掻きながら聞き返す。

と同時に、運命のチャイムが『キーンコーン…』と校庭に鳴り響いたのだった。





「このドアホゥがッ!!!」

一時限目が終るや否や、俺は穂波の元へ駆け寄り、大きく吼えた。

「貴様のせいで、反省文を書かなくちゃならねぇーじゃねぇーかッ!!この落し前、どう付けてくれるッ!!あぁんッ!!」


「……へ?」

穂波は目をパチクリとさせていた。

「え、え~と…洸一っちゃん。どーゆーこと?」


「どうもこうもあるかッ!!貴様が起こしに来なかった所為で俺は…俺様の名誉が…」


「そんなこと言ったって……だって私、今日は日直だもん。早く来ないとダメだもん」


「日直?ンなもん知るかボケッ!!」


「ムッ…洸一っちゃん。何でも人の所為にするのは悪いクセだよ。遅刻が嫌だったら、ちゃんと自分で起きなさいッ」


「…はい。って、そーじゃねぇーッ!?なんで俺が怒られるんだよ…」

確かに、穂波の言う事はもっともだ。

正論だ。

それは分かる。

がしかし…それでも納得がいかねぇ…

起こしに来ないのなら、前もって言っときやがれってんだ。


「フッ、まぁ良い。今回の一件は、格別の計らいを以って不問にしてやろう」


「洸一っちゃん、エラそー…」


「お黙りッ!!しかしながら…しかしながらだ。俺様を遅刻させた罰として、イネさん…じゃなくて貴様に昨日借り受けた500円は没収だ。分かったか穂波。俺の慈悲に感謝しろよ」


穂波の目がキュピーンと光った。

「500円…返してよぅ」


「あぁん?聞こえんなぁ?」


「洸一っちゃん…」

穂波は左腕をクイッと曲げ、それをゆっくりと振り子のように振る。

「返してよぅ…」


「フッ…断わるッ!!」

と言った瞬間、穂波の左腕が鞭のようにしなり、俺の頬を襲った。


――パシンッ!!!


「ぬぉうッ!?」


「洸一っちゃん…」


「馬鹿な…フリッカージャブだと?何時の間にそんな新テクをッ!?」


「返してよぅ」


――パシンッ!!


「クッ…」

な、なんてスナッピーなジャブなんだ…

しかも軌道が読み難いッ!!

ってゆーか、なんで俺は殴られてるんだ??


「洸一っちゃん…返して」


――パシンッ!!!


「うぐッ!?」


「返してよ…私の千円」


――パシンパシンッ!!


「ハゥハゥッ!!!ふ、増えてるし…金額もパンチも…」


「洸一っちゅわぁぁぁん」


「わ…分かったッ!!分かったから…その手を引っ込めてくれぃ」

さしもの俺様も、少しタジタジだ。

よもや穂波が、これほどの遣い手になっていようとは…

何て侮れん女なんだ。


「分かれば良いんだよぅ」

穂波はデトロイトスタイルなファイティングポーズを解くと、スッと手を差し出してきた。


小さくて可愛い手…

がしかし、拳は凶器だと言うことが、よっく分かった。


「チェッ、何で俺様が…」

財布を取り出し、500円玉を穂波の手の平に乗せる。


「…」


「…え?ま、まだですか?」

俺はもう一枚500円玉を乗せた。


「えへへへ~♪洸一っちゃん。貸したらちゃんと返さないとイケナイよぅ」


「気のせいか?俺…500円余分にタカられたような気がするんだけど…」


「……あん?」

穂波は再び、ヒットマンスタイルを取った。

「何か言った?」


「うぅん。別に何も言ってないデス…」



放課後……

人影の疎らになった教室の中で、俺は作文用紙に向ってペンを走らせていた。


「洸一っちゃん。まだぁ?」

と穂波が言えば、

「コーイチ。さっさと片付けてよぅ……遊ぶ時間が無くなっちゃうわよ」

と智香までもがエラそーに言う。


「じゃかましいッ!!ちゃんと書かないと停学の恐れがあるんだよッ!!」

全く、あのヒゲ担任め…

少し遅刻したぐらいで、この俺様に反省文を書かせるとは…

こうなったら学校全体に、怪文書でも流布してやろうか?


そんな事を考えながら、科学的に分析した遅刻の理由及びこれからの対策を理路整然と書いていると、カラカラッと教室の扉が開く小さな音。

何気に視線を走らせると、そこにはあのお人形のような喜連川先輩が、まるで東北の山の辺りにでも住んでいそうな妖怪的雰囲気で、独りぽつねんと佇んでいた。


「あ、あれ?先輩……どうしたんです?」


「…」

喜連川先輩はゆっくりと教室に入って来ると、トコトコと俺に近付き、

「…こんにちは」

小さく会釈した。


「はい、こんにちは」

俺も挨拶を返す。


「…お友達?」

先輩は、ポカーンとアホ面晒している智香と穂波をチラリと見やり、呟いた。


「え?あ、まぁ…友達と言うか……単なるキ○ガイと馬鹿です」


「……こんにちは」

先輩は智香と穂波にも丁寧に挨拶した。


うむぅ、さすがお嬢様だ……実に礼儀正しい。

がしかし…何が何だか全く分からない。


「あ、あのぅ…喜連川先輩?その…俺に何か用ですか?」

もしかしてもしかすると…

ぶつかった事に対し、慰謝料的なモノを請求しに来たとか…

俺、そんなに貯金はないぞ?

あるのはオモチャの缶詰だけだ。


「……神代……洸一さん」


「な、何故に我が栄光ある真名をッ!?って、朝に自己紹介したか」


「…神代さん」


「はい?なんでしょうか?」


「貴方は……運命を信じますか?」


「……は?」

な、なんだろうこの人は?

いきなり教室に入ってきて、唐突に運命がどうとか…

もしかして…穂波と同じくワンダーワールドの住人かにゃ?


「う、運命ですか…」

俺はチラリと、智香と穂波に視線を走らす。

彼女達は……ソッポを向いていた。

関わり合いにはなりたくない、と言う意志を態度で示している。

ぬぅ…


「う、うぅ~ん…ま、ぶっちゃけた話……運命と言う言葉は、嫌いな方かにゃあ」


「嫌い……ですか?」


「まぁ、なんちゅうか…運命って何か他力本願な言葉って感じじゃないですか。良い事も悪い事も、それが運命…って、何だかねぇ?俺の人生は、俺だけのものですよ。良い事も悪い事も、俺が自分で決めた結果なんです。運命なんてあやふやなモノに支配されるのは、我慢が出来ないですよ」


「…」


「でもまぁ……確かに、運命としか言い様の無い、偶然のような必然…みたいなモンはありますね。例えばララァとの出会いのように」


「……占います」


「――何ですかいきなりッ!?」

驚く俺を尻目に、先輩は目の前に腰掛け、おもむろに制服のポケットから、何十枚かの古ぼけたカードを取り出した。

「タ、タロットカード…ですか?一体、何をするんです?俺の隠されたスタンドは何か調べるんですか?」


「……私と神代さんの出会いが運命かどうか……占ってみます」


「は、はぁ…」


「…では」

と、カメレオンばりにスローモーな先輩にしては珍しく、シャッシャッと小気味良い音を立てながら、見事な手捌きでカードをシャッフル。

そしてそれを、机の上にそっと置いた。

いやはや、実に手馴れたもんだ。


な、なんか良く分からんが……ドキドキしますねぇ…


「先ずは……私を暗示するカード」

小分けにしたカードの山から、1枚を引いて机上に置く。


ぬぅ…アレは確か…『隠者』のカードだったか?

どーゆー意味があるのだろうか?


「次は神代さん…」

もう1枚、カードを捲って晒す。


――ゲッ!?愚者ばかのカードッ!?


「…そして今日の出会いは…」

慎重に、先輩はカードを捲ると…


――マイガッ!?『死神』のカードだとッ!!

お、おいおいおい……俺と先輩の出会いって……良いのか?これは良いことなのか?


「……そしてこれからの事……」

と、先輩の手がカードに伸びた瞬間、窓から春一番と呼ぶに相応しい突風が教室に流れ込み、机の上のカードを辺り一面に吹っ飛ばした。


「あ……」


「うわっとッ!?カードが……おい、穂波に智香。拾うのを手伝え」

俺は風に飛ばされて床に散らばっているカードを拾い集める。

先輩はと言うと、手にした1枚のカードを、ただ黙って見つめていた。


な、なんだかなぁ……



「……それでは、ごきげんよう」

喜連川先輩はそう言って会釈すると、何事も無かったかのように教室から出て行ってしまった。

俺達は呆けた顔で、ただ黙って立ち尽くしているだけ。


な、何だったんだ一体…


「ねぇコーイチ。…どーゆーこと?」

と智香。


「さ、さぁ?」


「洸一っちゃん……喜連川先輩に、今度クラブへ遊びに来て下さいって言われたよ?」

穂波がどこか心配そうな顔で言った。


「クラブって……例のオカルティックな倶楽部だったけ?……なんで俺がッ!?」


「知らないよぅ。でも先輩に誘われたんだから、絶対に行かないと…」


「……穂波。一緒に付いて来てくれるか?」


「いや」

穂波は即答した。

「な、なんか……喜連川先輩って、少し変わってるもん。怖いよぅ」


「たくさん変わっているお前に言われるとは、喜連川先輩も不本意だと思うが…」


「…あん?」

穂波は左腕を鎌の様に振り出した。


「な、何でもないデス」

俺は攻撃体勢を取っている穂波から視線を逸らし、話題を変えるように、

「と、ところで……喜連川先輩って……名前、何て言うんだ?」


「え~とねぇ…」

智香がポケットから分厚い黒革の手帳を取りだし、パラパラと捲りながら、

「…のどか…って言うみたい。喜連川のどか。オカルト研究会の部長。成績優秀容姿端麗で、言わずと知れた喜連川財閥の御令嬢にして、現代に甦った最強の魔女」


「ま、魔女ッ!?しかも最強ッ!?なんだそりゃッ!?」


「し、知らないわよ。そーゆー噂だモン」


「ど、どんな噂だよ…」

しかし魔女云々はともかくとして…のどかさんと言うのか…

う~む、確かに『のどか』って感じだ。

イメージに合ってる。

花子とかトメ子とか言う名前だったら、お嬢様株が大暴落する所だったぜ。


「あ、先輩が帰って行く…」

穂波が窓から校庭を眺め、そう言った。


「ほぅ……ってアレは…なんだ?」

俺も窓から外を眺め、呟いた。

のどか先輩は、校門前に停められた、妙に車体の長い真っ黒な車に乗り込む所だった。

はて?あの車…前にもどこかで見たような気が…


「あ~~…あれは確か、喜連川先輩の送迎車よ」

智香が目を細め、走り去って行く車を見つめながら言った。

「ほら、先輩の家って……超の付くお金持ちじゃない。だから誘拐とかテロとか…そーゆー危険を避ける為に、送り迎えはあの特殊な専用車でって事なのよ。さすがVIPは違うわねぇ」


「な、なるほど。まさに天上人って感じじゃのぅ。しかし……何でそんなお嬢様が、ウチの学校に?」


「さぁ?」

智香も分からないと言った風に、首を横に振った。

そして何かを思い出したのか、

「あ、ところでさぁ……喜連川と言えば、例のメイドロボなんだけど…」


「例の?って、あぁ……前に言っていた、完全人型のどうの…ってヤツか?」


「そう、それよそれっ」

智香はチョイチョイと俺と穂波を手招きし、何故か声を潜めながら、

「実はねぇ…そのメイドロボの事で、とっておきの極秘情報があるのよ」


「はぁ?極秘情報?どうもウソ臭ぇなぁ…」


「良いから、黙って聞きなさいよ。あのね、喜連川で造ってる新型メイドロボなんだけど……その運用テストの為にね、ウチの学校に暫らく通う事が決ったのよ」


「ほほぅ……って学校に通う?ん?新型ってそこまで人に近いのか?」

どうも想像し難い。

俺のイメージでは、人型と言ってもせいぜい出来が良くて名作SF映画に出て来る金色のロボぐらいだと思っていたんだが…

「むぅ…どんなメイドロボなんだろうなぁ?」


「さ、さぁ?そこまではちょっと…」


「…ふ~ん。しかしウチの学校が選ばれたっちゅうのは、中々に名誉な事だな。のどか先輩が在学しているからかな?ふむ…ま、何にせよ、この学園の守護者である俺様が、そのテストとやらが上手くいくように、見守ってやらねばなるまいて…」


「そ、それよりも洸一っちゃん…」

穂波がクイクイッと俺の制服の袖を引っ張った。

「反省文…出来たの?」


「……もう少しだ」



ま、そんなこんなで反省文を頑張って書いた後、穂波と智香と連れ立って、駅前で遊ぶ。

しかし、喜連川のどか先輩かぁ…

妙な人と、知り合いになったもんだ。




追記

智香に「二荒さんと何かあったの?」と聞かれた。

何故に?と問い返すと、

「いや、私さぁ……あの二荒さんと同じクラスなんだけど……それとなくだけどさ、コーイチの事で色々と質問されるのよ」


「……ま、少しだけ…色々とな」

その場は無難に答える。

よもや、下着姿を見てしまい恨みを買っている、とは言えない。


しかしあの二荒が俺のことを……

なんでだ?

もしかして、まだお仕置きが足らないとか……そーゆー事なのかにゃ?








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