INSIDE★1
★二荒 真咲/3月25日(金)
…夜、お風呂から上がって部屋へ戻ると、携帯が鳴っていた。
番号を確認すると、それは北海道へ転校してしまった、友人の吉沢唯の番号だった。
なんだろう?こんな時間に…
濡れた髪をバスタオルで拭いながら、携帯を耳に当てる。
『あ、もしもし真咲?』
相変わらず陽気な、彼女の声が響いてきた。
「珍しいな唯。お前から電話なんて…」
『いやぁ~…ちょっと真咲に伝えたい事があってさぁ』
唯は明るく笑った。
昔からぶっきらぼうな私とは違い、唯は明るく、いつも愉しそうに笑う。
「伝えたい事?なんだ?」
『いや、それがさぁ…夕方にさ、神代の所に電話を掛けたんだけど……』
「――ッ」
神代と言う姓に、思わず言葉が詰まる。
神代洸一…
私の通う学園で一番の馬鹿。
末世的、問題児だ。
もちろん、それは周りの人が言うだけであって…
少なくとも私は、そうは思っていない。
神代は確かに、色々と問題は起こすけど、それでも善人だ。良いヤツだ。
助けを求めている人とか困ってる人を見掛けると、放っておけない男なのだ。
ただ……その為の行動が、少し常識から外れているだけなのだ。
「じ、神代に電話って……」
『ん?真咲の事でちょっと怒ってやったのよ。ほら、この間アイツに着替えを覗かれたって…』
「――ンな゛ッ!?な、なんでそんな事で電話をッ!?いいい、一体何を言ったんだ唯ッ!!」
『落ち付きなさいって。別に…ちゃんと真咲に謝るよーにって言ってやっただけよ。そうすれば、真咲も神代と話す良いチャンスになるじゃない』
唯はどこか嬉しそうに言った。
「チャンスって…わわ、私は別に…」
『真咲さぁ…バレンタインにチョコ渡したとか言ってたじゃない。けど勇気が無くて匿名で渡したとか…本当に真咲は奥手なんだから。同じ学校なのに、神代と殆ど話した事も無いんでしょ?だからこれを機に…』
「そ、そーじゃなくて…私は別に神代となんか…話す事なんか無いし…」
『真咲…あんた、神代の事が好きなんでしょ?足捻挫してアイツに助けられた時から、ずっと好きだったんでしょ?神代、あれでも人気あるから……ウカウカしてると誰かに取られちゃうよ?』
「すす好きって……わ、私は違うッ!!神代の事が好きなのは、唯の方じゃないかッ!!」
『あはは……私はもう…良いのよ。うん。北海道だしさ。それに真咲には敵わないし……』
「い、いや…だから私は別に…」
『…真咲って、本当にそーゆー事には弱腰って言うか勇気が無いって言うか…空手はあんなに強いのに…』
フゥ~と唯の溜息が聞こえてきた。
『ともかく、今度アイツが話し掛けてきたら…変に意地とか張らないで、ちゃんと話をしなさいよ。それじゃあね』
「あ、ちょっと唯……」
電話は既に切れていた。
神代洸一…
確かにアイツは、クラスの男子とか……普通の男とはちょっと違う。
アイツの前へ出ると…時々、思考が飛んでしまう。
何故なんだろう…
良く、分からない。
好きとか…そーゆーのは、苦手だから、あまり分からない。
ただ…
唯の言った通り、あの時から…アイツを見ていた事は確かだ。
だけど、これが恋だとは…断定出来ない。
まだ自分の気持ちが、正直、自分で良く分からないから…
★喜連川 まどか/3月27日(日)
ベッドに寝そべりながら、何するわけで無く、ただ天井を眺めていた。
傍らには、あの男が預けていった紙袋。
中身は漫画の本と変なヲタクアニメのドラマCDだ。
「…変なヤツ」
そう独りごちる。
「だけど…少し良いヤツ」
我が家の執事長であるロッテンマイヤーを、不審者と偽って追われてると言ったら……いきなり向って行って、そしてそのまま吹っ飛ばされた男。
ワケが分からない。
それにあの男は……いきなり私の前で下半身を曝した。
ハッキリ言って、ショックだった。
生まれて初めて……男のモノを見てしまった。
あれには、さすがの私も少しだけキレてしまったけど…
「アイツは…やっぱりアイツなのかなぁ」
小学生の頃…
海外へ転校する直前、その頃少し傲慢だった私は、近所の空き地でクラスメイトの男子達に不意打ちを食らった事があった。
その時、私を助けてくれた少年に、面影が似ている。
あの日から、私は自分を鍛え上げた。
それは真咲に勝ちたかった事もあるけど…
「…そう言えば…アイツの校章、真咲と同じ学校だったけど…」
かつて同じ道場で空手を学んだ二荒真咲。
親友でありライバルであり…今は少し、後輩の事で喧嘩状態だ。
「……真咲に聞けば…分かるかな?」
呟いて私はフルフルと頭を振った。
真咲にはあまり、詮索されたくない。
「それに真咲に聞くぐらいだったら姉さんに……って、ダメか」
苦笑し、そして次に溜息が漏れる。
姉さんには、友達がいない。
もちろん、色々と理由はある。
喜連川の御令嬢と言うこと…
かなり控えめな性格と言うこと…
そして趣味がマニアックと言うこと。
だが、それら全てを踏まえた上で、姉さんに友達がいない最大の原因はあのジジィ…
祖父にあると言っても過言ではない。
「全く、過保護過ぎるのよ。友達作るのにやれ家庭環境とか素行調査とか面接とか…馬ッ鹿じゃないの」
私はベッドから跳ね起きた。
そして傍らに置いてある紙袋を見つめ、
「駅前で待ってたら…もう一度会えるかも」
そうしたら、一応はお礼だけは言おう。
良く分からなかったけど、助けようとしてくれたワケだし…
それに公園では、踏み台になってくれたし…
「…うん。一言だけでも…お礼は言わなくっちゃね」
★喜連川まどか/3月28日(月)
ゆったりとした車のシートに体を沈め、後ろへ流されて行くネオンの瞬きを窓からボンヤリと見つめる。
「…ロッテンマイヤー。曲を変えて」
「…この曲は、まどかお嬢様が好きな曲では?」
「そーゆー気分じゃないのよ…」
私は小さく鼻を鳴らし、静かに瞳を閉じた。
あの男に…出会えた。
預かったモノを返す事が出来た。
お礼も言った。
なのに心はちっとも晴れない。
むしろ、何かモヤモヤとした嫌な気分が増している。
「本当に…彼女じゃないのかしら?」
「……何か仰りましたか、まどか御嬢様?」
「何でもない。運転に専念してなさいよぅ…」
アイツは、彼女ではないと言ったけど…
ただの友達、と言う風には見えなかった。
何処に行ってたんだろう…?
そして何処へ行くのだろう…?
やっぱり、デートをしていたのだろうか?
何故か凄く…気になる。
「――って、何で私が気にしなくちゃいけないのよッ!!」
「お、お嬢様ッ!?ど、どうかなさいましたかッ!?」
「…独り言よ、ロッテンマイヤー」
「ひ、独り言にしては少々大きいような…」
執事の困惑した顔が、バックミラーに映る。
「…ところで、まどかお嬢様……あの小僧は一体……」
「…何でもないわよ。余計な事は気にしなくて良いわよ」
「余計な事と申されましても…私はお嬢様方の執事であり、お目付け役でもあります。お嬢様方に悪い虫が集るのを防ぐのも重要な仕事の一つで、御館様からはくれぐれもと…」
「……そんな事ばかり言ってるから、私はともかく姉さんにはボーイフレンドの一人も出来ないのよ…」
「のどか御嬢様に男友達は必要ありませんッ!!」
ロッテンマイヤーは怒鳴る様に断言した。
「来るべき時には、御館様が相応しき男性を御用意なされます。それまでは何卒、清き御体で…」
「…なに時代錯誤な事を言ってるのよ。だいたい姉さんぐらい美人なら、彼氏の一人や二人いてもおかしくないのに…」
「か、彼氏ですとッ!?」
「前見て運転しなさいよぅ…」
「お嬢様方に彼氏などと…もしも御館様の耳にでも入れば―――ハッ!?もしかしてまどか御嬢様…先ほどの男は、よもやお嬢様の…」
「――違うわよッ!!」
私は何故か大声で怒鳴り付けた。
「フンッ!!女の子に囲まれてデレデレヘラヘラしている男に、興味なんかないわよッ!!そーよ、あんな男なんか…」
「な、何を怒っていらっしゃるのか…」
「お、怒ってなんかないわよッ!!し、失礼しちゃうわねぇ」
「……申し訳御座いません」
★榊 穂波
困った…
非常に困った事になった。
あの女…一体、誰だろう?
凄く綺麗だった。
しかも洸一っちゃんを見る目に……僅かだけど熱が篭っていた。
私には分かる。
アイツは敵だ。
「……ヤバイよ、智香」
「へ?ど、どうしたの穂波?いきなり……何がヤバイの?」
智香は帰りがけにコンビニで買ったジュースを飲みながら、呑気に聞き返してくる。
「私の夢の前に……大きな障壁が出来ちゃったのかもしれないよ」
「…へ?」
「私も…覚悟を極めないと」
「ほ、穂波?なに一人でブツブツ言ってるのかなぁ?智香ちゃん的には、ちょっと怖いんだけど…」
「……例の計画…実行に移すわ」
「え?なに?」
「……えへへへ♪何でもないよ、智香」
「…そ、そう?なら良いんだけど…」
★伏原 美佳心/3月29日(火)
今日も勉強…
明日も勉強…
そして明後日も…
全ては、神戸時代に親友と交した約束の為…
――同じ大學に行こう――
だから今日も勉強に精を出す。
ただでさえ、偏差値の低い高校に編入させられたんや…
その遅れを、この予備校で少しでも取り戻さなくてはアカン。
だけど最近…妙に空しさを憶える。
こっちに転校して来て、早1年…
ずーっと勉強だけに打ち込んできた。
友達は…いない。
いなくてもエエ。
そう思うていたんやけど…
「……ホンマにこれで、エエんやろか…」
呟き、またペンを走らす。
考えたらアカン。
考えたら……
「って、めっちゃ気になるわぁ…」
ウチは溜息を吐きながら、予備校の窓を眺めた。
カーテンは閉っている。
が、その向うから、時折何やら影がチラチラと動く。
窓拭きのバイトや…
それはエエねん。
せやけど…
「何で笑うとるねん…」
先ほどから、気になって仕方がない。
窓の外から
『ガハハハハ……愚民共よッ!!』
等と妙な声が聞こえて来るのだ。
「やっぱ、春やからオカシイのが出て来るんやろか…」
私はもう一度大きな溜息を吐き、ノートにペンを走らせた。
★風早 智香
「…ん?」
自宅で情報誌を眺めていると、スマホの着メロが鳴り出した。
誰?こんな朝早くから…
スマホの液晶を眺める。
着信は、穂波からだった。
な、なんだろう?
昨夜の事もあるし……少し、嫌な予感がする。
「あ、もしもし…智香ちゃんだけど…」
『智香ッ!!』
「穂波…どうしたの?」
『…うふ♪うふふふふふ♪』
スマホから漏れる、穂波の笑い声。
間違いない…
これは何か良からぬ電波を受信した時に発する、穂波独特の黒い笑いだ。
『…ねぇ智香…』
「な、なぁに?」
『実はさぁ…智香の大好きな、アメリカの何とかってバンドのチケットが手に入ったんだけど…ほら、この前、言ってたでしょ?特別公演がどうのって……実はさ、そのチケットが偶然、手に入ったんだけど…欲しくない?』
「――え゛ッ!?本当ッ!?」
私の大好きなバンドの追加公演の事だ。
特別限定のチケットだから、絶対に手に入らないと思っていたのに…
「よ、良く入手出来たわねぇ…」
『エヘヘ…お父さんの仕事の関係で、ちょっとね』
「あ、そうなんだ…」
穂波のお父さんは、確か音響機材を扱う会社の偉いさんだったわね。
なるほど、その関係で、色々と顔が利くのかぁ…
『ねぇ智香…欲しいでしょ?貰ってくれる?』
「当然よ」
『良かったぁ♪あ、でもね……この公演、明後日限定なんだ』
「明後日?」
カレンダーに視線を走らす。
明後日は…31日の木曜日…
「ってダメだよ…明後日は皆で花見じゃないの。あ~あ~…残念だなぁ…他の日は無かったの?」
『うん、明後日のチケットしか無かった。でも智香…行きたいんでしょ?チケット2枚あるし…どう?』
「ど、どうって…そりゃ行きたいけど…でもお花見が…」
『お花見なんて、いつでも出来るじゃん』
「へ?それって……もしかして、お花見の日を替えてくれるの?」
『うぅん、替えないよ』
「は?」
穂波が何を言ってるのか、全然に分からない。
「え?どーゆーこと?」
『だからぁ……このチケットは、私なりの友情の証。お詫びの贈り物なんだよぅ』
「え…?」
『っもう、智香は鈍いなぁ』
スマホから穂波の溜息が漏れ聞こえた。
『だからね、私が言いたいのは……このチケットあげるから、お花見には来ないでって事なの』
「え?」
花見には来るなって…
「え?え??それ……どーゆーこと?」
『決ってるじゃない。今度のお花見……私、勝負に出るのよッ!!』
「勝負って……え?も、もしかしてコーイチと……二人っきりになってって…こと?」
『そうよ。だからね智香、本当に悪いんだけど、このチケットで……』
「…いやよ」
『え?』
「あのねぇ穂波。そりゃアンタの気持ちは痛いほど分かるけど……そーゆー事はさぁ……コーイチの気持ちも大切だし…」
『………洸一っちゃんの気持ちなんて、この際は無視だよぅ……クスクス』
「ほ…穂波?」
『兎にも角にも…今は先ず、事実を作る事が先なのよ。目的より、結果を優先させるのよ……クスクス』
「……」
『と言うワケで智香。お花見…来ないよね?』
「……行くよ」
私はキッパリと返事をした。
「穂波には協力はしたいけど、コーイチを騙すなんて事は…」
『……智香、電波の具合が悪いのかなぁ?良く聞こえなかったけど……』
「だから…私もお花見に行く」
『…チッ!!』
大きな舌打ちが響いた。
『チッチッチッチッ…チッ!!』
「ほ、穂波?」
『……最近……空気って……乾燥してるよね?』
「…へ?」
『こーゆーお天気の時は…お家とか……良く燃えるよねぇ』
「……」
『智香……これ以上私を苦しめないで。これ以上私に…修羅の門を潜らせないで』
「…」
『…と言うワケで智香……お花見、欠席だよね?』
「…う、うん」
『エヘヘヘ~♪ごめんね智香。あ、それと……欠席の事は、智香から洸一っちゃんに伝えておいてね』
「――わ、私が??」
『…当たり前だろ?』
穂波の声が急に低くなった。
『私から電話したら…光一っちゃんに気付かれるかもしれないだろ?』
「…」
『と言うワケで智香、お願いね♪あ、チケットはちゃんと届けるから……誰か友達でも誘って楽しんできてね♪』
「…わ、分かった」
『うん、ありがとう智香♪やっぱり智香は豪ちゃんと違って、物分りが良いなぁ♪』
「…え?豪太郎クン……どうかしたの?」
『……どうもしないよ。……クスクス』
「…」
豪太郎クン…無事?