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俺様日記  作者: 清野詠一
4/39

3月後期・勤労編



★3月24日前編(木)




放課後、俺は無料情報誌に目を通しながら家路に着いていた。


明日は終業式…

そして明後日からは、短い春休み。

この休み期間の間に、何としても日払いで稼げるバイトを探さなければ…

正直、餓えに苦しんでしまう。

3月もまだ1週間近く残している現時点で、所持金は遂に2千円を割り込んでしまった。

使える金額は、一日僅か200円ちょっと。

コンビニでオニギリ買ったら、もうお茶も買えない予算。

これでは自炊すら出来ないではないか。


うぅ~む…いざとなったら関係諸国(穂波とか智香)に、救援物資的な差し入れを頼めば良いんじゃが…

あいつ等に頼むと、後で色々と高く付くからなぁ…


「何かエエ感じのバイトはないですかねぇ。少なくとも一日一万円ぐらいは稼ぎたいのぅ…」

そんな事を独りごちりながらいつもの駅前公園を横切っていると、どこからか『うわぁ~ん』と子供の泣いている声が耳に響いてきた。


「んにゃ?」

雑誌から顔上げ、緑溢れる公園を見渡す。

と、俺様が『日立の木』と命名した巨大な針葉樹の根元で、小さな女の子が上を見上げて「びぇ~ん」と漫画チックに泣いている姿が目に入った。


やれやれ…

面倒臭ぇ、と思いつつも……そこはそれ、正義の人であり紳士な俺様としては、見過ごす事は出来ない。

何より、泣いてるチビッ娘を助ける→その娘の母親に感謝され謝礼を貰う→俺様ウハウハ、と言うような誰も不幸にならない美味しいイベントが起こるかもしれないではないか。

………

ちょっと紳士の道からは外れているような気もするが…

今は懐的に、非常事態宣言中なのだから致し方なしだ。


そんなワケで俺様は、ボリボリと頭を掻きながら、大声で泣き喚いているガキンチョの元へ歩いて行き、

「どうしたチビ助?迷子か?」

優しく声を掛けてやった。


「うわぁぁぁ~んッ!!」

小さな女の子は、顔中を涙と鼻水のコラボレーションで飾り立て、この世の終わりだッ!!と言うような勢いで泣いていた。


「と、取り敢えず泣き止め。傍から見たら…俺様が変質者みてぇーじゃねぇーか」


「うぅ…うぅぅ…」


「…で?何があったんだチビ助?」


「うぅぅ…タ…タマ三郎が…」


…誰?

「タマ三郎が…どうかしたのか?」

俺が腰を落として尋ねると、その女の子はサッと木の上を指差した。

そこには、細い枝にしがみ付いている、お世辞にも可愛いと形容出来ない汚い子猫が一匹…

「…なるほど。あの猫…チビ助の猫か?」


「…うん」


「そうかぁ……だったら憶えておくが良い。あのぐらいの歳の猫は、好奇心が旺盛な分、頭はまだまだ馬鹿なんだ。だから絶対に降りられない所まで平気で登って行ってしまうんだ。だから子猫を飼う時は、飼い主が常に目を光らせてないとダメなんだぞ。……分かったか?」


「…うん」


「うむ、分かれば宜しい。……では、さらばだ」

有り難い説法をチビッ娘に施した俺は、そのまま何事も無かったかのようにその場を立ち去ろうとするが、

――ガシッ!!

いきなり制服の裾を掴まれた。


「な、なんだよぅチビ助…」


「うぅぅ…」

目尻一杯に涙を溜めた女の子は、裾を掴んだまま木の上の猫を指差す。


「もしかして…この俺様に、あの猫を助けろとでも言うのか?」


「…」(コクン)

言うのだった。


「……あのなぁチビ助よ。この俺も、ご町内ではスーパー地球人と呼ばれた最強のガイなんじゃが……さすがに、この高さでは不可能だぞ?脚立でも持って来ない限り、無理。それに……なんだ、人に物を頼む時は、謝礼が必要だ。世知辛いが、それが人の世と言うものだ。世の中の理と言う奴だ。……分かったか?」


「…うん」


「うむ、分かれば宜しい。……では、さらばだ」

人生について有り難い説法を施してやった俺は、そのまま何事も無かったかのようにその場を立ち去ろうとするが、

――ガシッ!!

どうにも僕も離してくれない。


「ま、まだ分からんのかチビ助よ…」


「う~…」

小さな女の子は必死な面持ちでスカートのポケットを弄り、中から何かを取り出して俺に手渡した。

それは小さなキャンディーだった。

…しかも既に舐めた形跡がある。


「…チビ助よ。貴様は食い掛けの飴一つで、俺様を働かそうと言うのか?」


「…」(コクン)

言うのだった。

大胆不敵とはこの事だ。


「ぐ、ぬぅ……天晴れなほど、無礼な謝礼じゃねぇーか」

俺はその飴を口の中に放り込む。

仄かに甘い…

「が、しかし…その度胸に免じて、飴一つ分だけ働いてやる。感謝しろよ、チビ助」


とは言ったものの…はてさて、どうすれば良いのやら…

俺は小娘と共に大木を見上げ、暫し思案。


猫のいる高さは、地上約3メートル…

そこまで、一本の枝も生えていない。

これでは俺様の100あるスキルの一つ、木登りは使えない。


うぅ~む、これは思ったより、難しいですねぇ…


取り敢えず、当面の選択肢としては…

1:洸一ビームで枝ごと打ち落とす

2:足をにゅい~んと2倍に伸ばす

3:舞空術

等々とあったりするけど…俺は本当に正気か?


「仕方ねぇ。ここは一つ、揺すって落としてみますかな」

大木に手を当て、ウリャッ!!と気合いを込めて力士気取りでテッポウを打つ。

が…びくともしない。

するワケが無い。

さすが日立の木だ。


「ぬぅ、ならば今度は…」

俺は助走を付け、偉大なプロレスの先駆者である巨人様の32文ロケット砲も真っ青なダイナミックなドロップキックを一発。

ドォーンと鈍い音と共に大木は僅かに揺れ、メキャッと言う破滅の音と共に足首に激痛が走った。


「ぬぉぉぉーーーッ!?あ、足が……両の足が変な方向に曲がってるぅぅぅぅッ!!」

俺は地べたをゴロゴロと駆け転がった。


ちくしょうぅぅ…何故に俺様がこのような目に…


と、その時だった。

地面を転がっている俺の頭上から、

「……何してるの?」

どこか困惑気味の声。


顔を上げるとそこには、お嬢様学校で有名な梅女こと梅小路女子学院の制服を着た女の子が一人、不思議そうな顔で俺を見下ろしているのだった。





★3月24日(木)中篇



その女は、整った眉を顰め、あからさまに不審人物を見るような目つきで、俺様を見下ろしていた。

やや吊り上がった目尻にどこか小悪魔的な瞳。

活発そうな性格を表すかの如く、髪をポニーテールで結んでいる。

梅女の制服に身を包んだ、やたら端整な顔立ちのその女は……ハッキリ言って、美人だった。

俺様史上、5本の指に入るほどの美女だ。

ま、そんな事はどーでも良いが…


俺は痛む足首に顔を顰めながら、ゆっくりと立ち上がる。


「ねぇ……アンタ、何してるの?」

女はもう一度同じ事を聞いてきた。


「何をしてると言われても……見りゃ分かるだろ?」

と俺がぶっきらぼうに答えていると、チビ助がトタタタと駆け寄り、その梅女の生徒のスカートを掴んだ。


「ど、どうしたのお嬢ちゃん?」


「…」

チビ助は無言で木の上を指差した。

どうやらこの俺様では埒が開かないと判断し、今度はこの女に助けを求めようと考えたようだ。

……実にしたたかな餓鬼である。


「ん?木の上?……あ、猫」


「……そーゆー事だ」

俺はフンと鼻を鳴らした。


と、その女は僅かに目を細め、

「……アンタが犯人?」


「悪者ですかッ!?」


「違うの?」


「あ、あのなぁ……この偉大だけど気さくな正義の使者である俺様が、何をしたっちゅーねん?俺は単に、このチビ助の頼みを聞いて哀れなニャンコをレスキューしてやっている所だぞ?分かったか?分かったんなら、俺に謝れッ!!」


「ふ~ん…」


「ふ~ん…って、何だかヤケに淡泊じゃないかい?」


「…ねぇアンタ、前にさぁ…どこかで会った事…ない?」

その女は無礼にも、俺様のナイスな顔をジロジロと見つめ、藪から棒にそんな事を尋ねてきた。

「正義の使者がどーとか…その口ぶり…前にも聞いた事があるんだけど…」


「ま、前って…いつだよ?」

ちなみに俺は、生まれた時から正義の人なのだ。


「うぅ~んと…よく憶えて無いけど…大昔かな」


「アバウト過ぎだろッ!?」


「そう?」


「そうだよ…」

な、なんなんだこの女は…


「……ま、良っか」

その女は何処か苦笑を溢すと、女児に向き直り、その頭を優しげに撫でながら、

「私がお嬢ちゃんの猫を助けてあげるね」


「……うん♪」

チビ助はにこやかに微笑んだ。

俺様には見せていない笑顔でだ。


ったく…何でしょうかこの女は…

この俺様の出番を横取りするとは…美人だけど、性格はイマイチだな。


俺は憮然とした表情で腕を組み、その女がどのようにして猫を助けるのか見届けることにした。

失敗したら、思いっ切り嘲ってやる。

そしてその後で、俺が華麗に猫を助けてやる。


そんな事を考えていると、

「ちょっとアンタ。そんな所でボォーッと突っ立ってないで、少しは手伝いなさいよ」


「……え?俺?」


「そーよ」


「そ、そうよって…手伝うの?」


「当たり前でしょ」


「…ぬぅ」

いきなり初対面の男を下僕扱いかよッ!!

スゲェ我侭な女だぜ…


「ゴチャゴチャ言ってないで、この木に手を付いて、私を支えてよ」

女は命令口調だ。

しかもどこにも躊躇とかがない。

他人に命令するのに慣れているって感じだ。

…どこぞの女王様かな?


「お、おいおい……それってまさか、俺様を踏み台にして…」


「当然じゃない」


「当然ッスか!?」

俺は少しだけ仰け反った。

「あ、あのなぁ……どーして初対面であるこの俺様が、お前の踏み台にならなくちゃいけねぇーんだ?天は人の上に人を作らずとお札の人も言ってるが…余人ならともかく、この偉大でご町内では首領様とまで呼ばれる俺様が……」


「ゴチャゴチャ言ってないで…早くやるッ!!」

女の瞳がキュピーンと光った。


「――ぬはッ!?」

背中に冷たい物が大量に迸り、無意識の内に膝が震え出す。

理由は分からないが、この女は非常に危険です、と心の奥から警告が発せられていたのだった。





★3月24日(木)後編



「…チッ、しゃーねぇーなぁ」

俺は梅女の女に命令されるまま、渋々と日立の木に手を添えた。

すると女は、まるでましらの如き身軽さで、あっという間に俺様の肩まで登り上がる。

しかも土足でだ。


ぐ、ぐぬぅ…何たる屈辱ッ!!

この俺様を足蹴にするとは……

でもでも、何だろう…

少し興奮するッ!!


「ちょっとぅ。もう少し足を伸ばしてよ」

頭上から響く容赦のない声。


「ぬぅ…」

俺は根性テンコ盛りで女を肩に乗せたまま思いっきり背を伸ばし、歯を食い縛りながら上を見上げると、

――ぬぉうッ!?

目に飛び込んできたのは、その女のシークレットゾーンだった。

梅女の短めのスカートから伸びる、むっちりとした健康的な太股。

そしてその奥に見えるは…ストライプのパンティエッ!!


す……す、凄ェーーーーーッ!!


まさに砂被り席で全開状態ッ!!

この神代洸一…生まれてこの方、こんな至近距離で同世代の女子(しかも美人)の下着を見たのは初めてだ。

しかも無料ただで。

これが所謂、不幸中の幸い、とゆーヤツなのか?


し、しかし…何と言う衝撃的映像…


口の中に生唾が溢れ、思わずゴックン。

ただでさえ思春期ゆえに無軌道な下腹部も、勝手にムクムクと大きくなってくる。

――これが若さだよ山ちゃんッ!!

うぅ~む、素晴らしいッ!!

俺は穴よ開けッ!!と言わんばかりにその美しきパンチィを、文字通り穴が開くほど真剣に見つめちゃうが…

ちょいと待て、俺。

確かに俺は…一介の男子高校生だ。

そーゆー事にも興味津々な年頃だ。

がしかし……さすがに、漢のする事ではない。

いくらクソ生意気な女とて、コイツは善意で行動しているのだ。

正義と真実がモットーである紳士な俺様としては…やはりマズイんではないかい?

ってゆーか、そもそも紳士は下着を盗み見なんかしないだろーがッ!!


「…クッ」

俺は泣く泣く、顔を背けた。

ジャスティスに生きる自分が、少し恨めしい。


「はい、おいで~猫ちゃん♪こっちだよぅ………っと」

その女は軽やかに俺の肩を蹴ると、優雅に地面に着地を決めた。


やれやれ、やっと解放されたか…


「はい、お嬢ちゃん」


「タマ三郎ッ!!」

チビッ娘は子猫を受け取り、満面の笑顔でギュッと抱き締めるが……猫の方は些か迷惑そうな顔をしていた。

「あ、ありがとうお姉ちゃん♪」


「お安い御用よ」

その女は、なんちゅうか…とても良い感じの笑顔でチビ助の頭を撫でた。

チビ助はチビ助で、子猫の頭を撫で、ご満悦のご様子。

非常に微笑ましい光景ではある。

がしかし…


「ってチビ助ッ!!俺に感謝の言葉は無しかよッ!?」





「ったく、なんだかなぁ…」

子猫を抱き締めた幼子を見送った後、俺はしょんぼりと肩を落とし、日立の木の根元に置いてある自分の鞄を担いだ。


今日は厄日だ…

運勢は最悪の日だ。

こんな日は大人しく家に帰って、風呂入って寝よぅ…


等と考えながら再び家路に着こうとするが、

「な、なんだよ?」


俺の目の前には、梅女の制服を着た可愛いけど性格が破綻している女が立ち塞がっていた。

どこか探るような瞳で、俺様を見つめている。


「ねぇアンタ。やっぱ昔…会った事ない?」


「…へ?」


「良く憶えて無いけど……遠い昔に、この近くの空き地で女の子を助けた事がない?」


「…憶えてないのぅ。何せ俺は一日一善をモットーにしているからな。女の子を助けるのは日常茶飯事だ」

ちなみに、男を助けた記憶は無い。

実に不思議である。


「ふ~ん…」


「な、なんだよぅ…」

何故かその女に気圧される、俺。

テンパった穂波の側にいる時のように、心臓がドキドキと早鐘を打つ。


「…ま、良っか。それよりも……はい」

女はスッと手を差し出した。

木目の細かい張りのある肌……それに思ったよりも小さめの手だ。


「…なんだ?手相でも見ろと言うのか?」


「違うわよ。見物料よ、見物料」


「……はい?」


「アンタ…私の下着、ずーっと見てたでしょ?その見物料」


「な、なにぃぃぃッ!?」

え?嘘?この女、貧乏学生である俺から金を取るわけ?

…ってゆーか、なんで??

「な、なんて蓮っ葉な事を言い出すんだ。…もしかして…最初から俺の財産が狙いかッ!?」

財布の中はビックリするほど入ってないんだぞ。


「なによぅ。ジーッと卑らしく見上げてたじゃない。ひょっとして……気付かないとでも思ってたの?」


「い、卑らしくなんか見てねぇーよッ!!」

真面目に見てたのだ。

しかも穴を開ける勢いで。


「でも見てたじゃない。…物凄く恥ずかしかったんだから…」


「ぐ……た、確かに…見えちゃったと言うか…特別に俺様が愛でてやったと言うか…」


「はいはい、そんな事はどーでも良いから……見物料。…くれないと、交番へ駆け込んで痴漢が出たって騒ぐわよ?」


「ぬぅぅぅぅ」

ちくしょぅぅぅぅ…なんて女だッ!!

こんな事なら、もっと真剣に見てやれば…いやいや、デジカメに収めて後で売り捌けば良かった…


「ねぇねぇ、早く頂戴よぅ」

女はまるで、ネズミをいたぶる猫のような瞳で、ポニテを揺らしながら尚も手を突き出す。


「………ぃよぉーーーーーーーし、分かったッ!!」

俺は大きく膝を打った。

「確かに、不可抗力とは言え…お前のブルーストライプなパンティは見たッ!!それは認めようッ!!」


「ち、ちょっとぅ…あまり大きな声で言わないでよ」


「が、しかし…金は払わんッ!!!」

ってか、持ってないし。


「…え?」


「その代り、特別に俺様のステッキーなおパンツを見せてやるッ!!それでお相子だッ!!」

言って俺は、ズボンのベルトに手を掛けた。


「ちちち、ちょっと待ちなさいよッ!?そ、そんなモノ見たく無いわよッ!!」


「默れ默れ黙れぇーーーいッ!!これが俺の生き様よ……とくと拝見しがやれッ!!」

ベルトを外し、ボタンも外し、羞恥心までも外した俺はおもむろにズボンをずり下げるッ!!

がしかし…

「―――ぬぉうッ!?」

勢い余って、おパンツ本体まで下げてしまった。

さすが俺の生き様だ。


「うぅ~む…」

ひゅ~~と春一番な強い風に曝される、俺様のトップシークレット。

しかも先程の衝撃的映像の所為か、俺様の分身は少しだけアップグレードしていた。


「あ…あぁ……あぁぁぁ…あわわわ…」

女はポカーンと口と目を大きく開けながら、目の前でブラブラと振り子の様に揺れている俺様の不思議を見つめていた。

「あわわわわわわわ…」


「…え~と…その…これは違うんですよ?」

俺はそそくさとおパンツとズボンをずり上げる。

さしもの俺様も、少し恥ずかしい。

けれど見せると言う行為に、少し興奮もしていたのは、秘密だ。


「……じゃッ!!そーゆー事で…」


「な……何がそーゆーワケなのよーーーッ!!」

女はいきなり吼えた。

顔中を真っ赤に染め上げ、後ろで縛ってるポニテまで逆立っている。

「い、いきなり変な物を見せつけて…」


「へ、変な物とは失礼なッ!?俺と俺の愚息に謝れぃッ!!」


「だ、默れこの変態ーーーーーーーッ!!」

瞬間、女の姿が華麗に弧を描くと同時に、

――ズドンッ!!

凄まじい衝撃音と共に彼女の回し蹴りが腹部に減り込み、更には地面から垂直に突き上げるようなアッパーが炸裂。


「ふぎゃーーーーーーーーーんッ!!」

俺は日立の木を軽く飛び越え、春の星座の一つになったのだった。



ちくしょぅぅぅぅぅぅ…

一体、俺が何をしたって言うのか…

どうして人助けをして、最後には殴られるのか…全然に、分からんッ!!

世の中理不尽だッ!!


しかしあの女……一体、何者だろう?

梅女の制服を着ていたけど…

梅女と言えば、由緒正しいお嬢様学校の筈だ。

華族の令嬢が通っていたと言う、名門中の名門。

それが何であんな化け物を飼っているのか…奇怪至極なり。






★3月25日(金)



今日は短かった3学期の終業式。

1年間、ご苦労さんの日だ。


穂波は『帰りにどこかへ遊びに行こうよぅ』とか甘ったるい声で誘うが、生憎と先立つものがない。

それに、お馬鹿な智香は明日から追試が控えているし…

どうせなら、智香の追試が終ってから遊びに行こう、と言う事にした。

それまでに、多少は稼いでおかないとなッ。



さて…

そんなこんなで帰宅後、ゲームをしたり本を読んだり録り溜めたアニメを見たりで過ごし、気が付くとあっという間に夕方。

俺は風呂の準備をしつつ米を研いで炊飯器にセットし、バイト情報誌を眺めながらゴロゴロと時間を潰していると、リーンと耳障りな電話のベル音。

面倒臭げに居間に置いてある電話の子機を耳に当て、

「はいはい、神代の洸一様だが…」


『神代ーーーーーーーーーッ!!』

鼓膜が破裂しそうになった。


「う、うぉぉぅ…み、耳が…耳が痛い…」


『ちょっと神代ッ!!聞いてんのッ!!』


「い、いきなり大声で喚くなッ!!ってゆーか誰だよっ!!名を名乗れぃっ!!」


『……分からないの?』


「…もしかして……美代ちゃん?美代ちゃんか?」


『…誰?』


「知らん。俺が聞きたいぐらいだ。それよりも何の用だ吉沢?こんな早い時間に掛けてくるなんて、珍しいじゃねぇーか…」

俺は窓から外を眺め、ついで壁に掛けてある時計に目をやる。

時刻は18:00…

西の空には、ほんの僅かではあるが茜色の空が残っていた。


「ふむ…春になって、段々と日も長くなってきましたねぇ」


『…はぁ?』


「いや、何でも無い。それよりも…今日は一体どうした?」


『どーしたもこーしたもないわよッ!!』

吉沢はまた吼えた。

『神代ッ!!あんた……真咲に一体、何をしたのよッ!!』


「ま、真咲?」

って誰だっけ?

「…あ、あぁ…二荒の事か」


『なに呑気なこと言ってんのよッ!!あんた…真咲の着替えを覗いて、あまつさえ襲い掛かろうとしたって話じゃないッ!!』


「ぬぉうッ!?い、一体、何の話しですかッ!?」


『惚けないでよッ!!私はその話を聞いて、卒倒しそうになったんだからねッ!!』


「卒倒なら良いじゃん。俺なんかガチで死に掛けたぞ。ってか、何だか知らんけど、誤解全開なんじゃが…」


『何が誤解なのよ?真咲の着替えを覗いたって言うのは本当なんでしょ?…この変態ッ!!見損なったわよ神代ッ!!』


「いや、だからさぁ……アレは偶然が重なり合った不幸なアクシデンツと言うかさぁ」

ちなみに不幸なのは、俺様の方である。


『全く……真咲はねぇ…泣いてたんだよ?電話で神代に着替えを見られたって、泣いてたんだよ?』


「……嘘を吐け」


『う、嘘じゃないわよッ!!』


「いや、絶対に嘘だろ?」


『う゛……まぁ…泣いてはいなかったけど』


「やっぱり嘘じゃねぇーか…」

そもそもあの時、泣きたかったのは俺様の方だ。


『でもね神代。真咲はああ見えても…物凄く繊細な女の子なんだよ?空手を習ってるけど、その辺の女の子より、よっぽど女らしいんだよ?分かるでしょ?』


分かりません。

「ほぅ…俄かには信じ難いが……そうなのか?」


『そうなのよッ!!だから神代に着替えを見られて、どれだけショックを受けたか……それにアンタ、まだちゃんと謝ってないでしょ?』


「そ、そんな事を言われてもなぁ。そもそも謝る前に僕チン、血の海に沈んでゴーゴーヘブンな状況だったんですが…」

むしろ俺に謝って欲しいぐらいだ。


『なにワケの分かんない事ゴチャゴチャ言ってるのよッ!!アンタも男なら、ちゃんと責任は取りなさいよッ!!』


「いや、今頃になってその話しを蒸し返すのはどうかと。それに禊は済ませたし…」


『うるさいッ!!だったらせめて、ゴメンの一言ぐらい言いなさいよッ!!余所の男ならともかく、神代にはその責任があるんですからねッ!!』


「……へ?それ、どーゆー意味?」


『そ、それは…自分で考えなさいよッ!!この馬鹿ッ!!』


「あぅ…」


『全く…真咲に会って、ちゃんと謝りなさいよ。分かった?』


「わ、分かったよぅ。納得は出来ないけど…」


『…なんですって?』


「いや、分かりました隊長ッ!!ちゃんと侘びは入れますッ!!」


『っとに神代は鈍感なんだから…』

ブツブツ謎めいた事を溢しながら、吉沢は電話を切った。

しかしまぁ、アイツも随分とヒマな女である。


にしても…

今になって二荒に謝れと言われてもなぁ…

既に終った事なのに、あの時のことを思い出させるのは、些かどうかと思うぞ?

下手したら、もう一度殴られるかもしれないではないか。

それにだ、既に学校が終ってるし…

俺、アイツの電話番号も住所も知らないし…

どーやって謝れば良いと言うのだ?

全然に分からんわい。





★3月26日(土)



今日から春休み。

即ち、洸一クンの労働週間の始まりでもある。


さて、本日のバイトは…仕出し屋でお花見弁当の製作だ。

出来た料理を手際良く重箱に詰めて行くと言う、単純労働作業。

疲れはしないけど、精神的にちょいと参ってしまう系の仕事だ。



「あ~~…疲れたにゃあ」

夕方、バイト終えた俺は、ブラブラと気晴らしに商店街を歩いていた。

見事に、疲れた。

疲れ果てたよ、俺は。


仕事そのものは、定められた場所に料理を詰めて行くと言う、知恵おく…もとい、生まれ付き脳方面が不自由な方でも出来る仕事だから、決して重労働と言うワケではないんじゃが…

何しろ周りが五月蝿いじゃーーーーーッ!!

パートのババァが、五月蝿いんじゃッ!!

若い男がそんなに珍しいのか?

初対面にも関わらず、馴れ馴れしく話しを振ってきやがるし…

……

いや、それは別に良いんだ。

俺もどちらかと言うと社交的な方だし…

話し掛けてくるのは、別に良いんだ。

だけどね…

ずーーーーーーっと、って言うのはどうよ?

最初から最後まで、どーでも良い話しを振ってくるにゃッ!!

終いには俺、手にした鯛の塩焼きをババァの口に突っ込みそうになってしまったぞッ!!


「全く、少しは黙って仕事をしやがれってんだ…」

そんな事をボヤキながら、馴染みのスーパーで今日の晩御飯を調達しようかのぅ…と考えていると、


「あ、コーイチッ!!」

背後から聞き慣れた声。

「ちち、ちょっと待ちなさいよーーッ!!」


「…五月蝿いんじゃボケッ!!!」

俺は振り返りながら吼えた。

ったく、今日は厄日だぜ…


「な、何よぅ…」

後ろから俺を追っ駆けて来た智香は、片方だけ晒した大きな瞳をパチクリとさせ、

「こ、声掛けただけで、何で怒鳴られるのよぅ…」


う゛…

「す、すまん。ちょいと荒ぶっていた……許せ」


「べ、別に良いけど…何かあったの?」


「……朝から一方通行の会話と言う拷問を受けていた。耳が死にそうなんだ」


「…へ?何それ?」

智香は首を傾げるが…説明するのは面倒臭い。


「それよりも…何だお前?何で制服着てるんだ?」


「……今日は追試なのよ」

憮然とした表情で智香。

「で、昼に終って…今まで遊んでいたのよ」


「追試って…月曜もあるんじゃねぇーのか?それでも遊んでたのか?余裕じゃねぇーか」


「う、うっさいわねぇ。ちょっとぐらい遊んだ方が、脳の活性化になるのよ」


「よ、良く分からん説だが…それよりも何か用か?」


「そ、そうよッ」

智香は大きく手を打ち、俺をギロリと睨むと、

「ちょっとコーイチ、どーゆー事よ?」


「は?何のことだ?話しが全く見えんのじゃが…」


「だから…花見よ。花見の事よッ」


「花見?花見がどうかしたのか?」


「どうかしたのかって……アンタ、惚ける気?」


「…はい?」


「折角この智香ちゃんが、花見用にカラオケCDとか編集してるのに…どーして今年は来るなとか言うのよッ!!」


「……え?」


「ふんっ、全部穂波から聞いたわよ。アンタ、『今年は智香と豪太郎は無視して、二人っきりで桜を愛でよう』って穂波だけを誘ったって…」


「……」

物凄い眩暈がした。


「ふ~ん、やっぱり何だかんだ言って、コーイチは穂波の事…へーん…そっかぁ…そーゆー事かぁ…あ~あ~…智香ちゃんだけ除け者かぁ」


「ち、ちょいと待てぃッ!!なんで自己完結するんだよぅ」


「なによぅ…どーせコーイチは、穂波が一番だモンねぇ。所詮私なんか、中学の時からの友達だしぃ…幼馴染じゃないし…」


「あ、あのなぁ…」

俺はガックリと項垂れた。

「お前なぁ…この俺様が、穂波と二人っきりになる事を望むとでも思っているのか?」


「…思うわよ」

智香は何処か拗ねた様に唇を突き出して言った。

コイツにしては珍しい態度だ。


「やれやれ…良いか、智香。正直に言って、穂波とお前、どちらと二人っきりで遊びたいと問われれば、俺は速攻でお前だと答えるぞ?分かってるのか?」


「えっ?そ、そうなんだ…」


「当たり前だろ?俺が穂波と二人っきりになってみろ……どんな愉快痛快、そして地獄のようなイベントが起こるか…少しでもヘタ打ったら、俺の人生と言うゲームは、その場でゲームオーバーになっちまうんだぞ?しかも恐ろしいことに、コンティニューは不可だ」


「だ、だったら穂波の言ってたことは…」


「あん?ンなもん、アイツの捏造に決ってるじゃねぇーか。アイツの脳味噌は、時々シャブ中の幻覚より酷い幻覚を見るからのぅ…」


「そ、そっか…」


「ま、そーゆーわけで、お前も花見には参加だ。俺の好きな歌も編集しとけよ」



しかし穂波の馬鹿…

親友に嘘まで吐いて、俺と二人っきりで花見なんて…

一体、何を企んでいるんだ?

……

良くは分からないが…物凄く身の危険を感じる。

万が一に備えて、スタンガンぐらいは装備しておいた方が良いかな?





★3月27日(日)



今日もまた、酷い目に遭った…



本日のバイトは、引越しの手伝い。

この時期、就職やら転勤やら進学等などで、引越しのお仕事は忙しい。

思いっきり肉体労働ではあるがその分、時給は良いから俺のような無駄に体力だけはある苦学生にはもってこいのバイトだ。

もっとも、俺は要領良くと言うか効率良くと言うか…軽い荷物をさも重たそうに見せる特殊スキルがあるので、実はそんなに疲れはしないが……それはここだけの秘密だ。


さて、そんなこんなでバイトも無事に終った夕方、俺は本屋でマンガ本等の最新刊をゲットし、ついでCDショップで萌える男のアイテムであるアニメのドラマCDを購入した後、夕飯の食材を調達しにいつものスーパーへ向ってブラブラと商店街を歩いていると、偶然にもあの女を発見した。


ビルの陰にコソコソと隠れているあの女…

薄手のシャツにジャケットのアンサンブル、そしてデザインネクタイと何やら小洒落た生意気そうな格好をしているが、あの揺れるポニーテールに狡賢そうな瞳…

紛れも無くあの女は、つい先日公園で俺様を愚弄した挙句に貴重な生活費をタカろうとし、あまつさえ最後には殴る蹴るの暴行を加えた梅女の性格破綻女だ。



「お、おのれぇぇぇぇッ!!ここで会ったが百年目ーーーーッ!!」

俺は魂の叫び声を上げ、その女へ向って突進。

一言、文句を言ってやらねば気が済まない。


「え…?」

何かまた悪い事をしたのだろうか、人目につかないように隠れていたその女は、怒りに燃えながら駆け寄って来る俺に軽く驚きながら、

「あ、変態…」


「ンだとコルラァァァァッ!!!」


「ち、ちょっとぅ…静かにしてよ」

女は頬を膨らませ、俺を睨み付ける。

性格はぶっ壊れているが、やっぱり美人だ。

怒った顔にも、どこかドキリとしてしまう。


「お、お前なぁ……ついこの前の事を忘れたのかっ!!正義の人である俺様に対して行なった数々の暴行を忘れたと言うのかッ!!俺は忘れてないぞッ!!この恨み、今こそここで果さんッ!!源氏の血は全て根絶やしにしてくれるわーーーーッ!!」


「……アンタ……もしかして馬鹿?」


「ぬぉうッ!?か、返す返すも無礼な女めッ!!貴様、名前はアケミだろ?そして自分の事はアタイとか言うんだろ?…この蓮っ葉な馬鹿女めッ!!」


「…なんですって?」

その女の整った細い眉が、少しだけ跳ね上がった。

「アンタこそ、いきなりあんな汚い物を見せて…」


「き、汚いだとッ!?俺の愚息が汚いだとぅッ!?失礼な事を言うにゃッ!!俺のは物凄く綺麗だッ!!むしろ綺麗過ぎて、唇が届けば自分でキスしたいぐらいじゃッ!!」


「……アンタ、本当に馬鹿?」


「うわぁぁーんッ!!ハッキリ言って、堪忍袋の緒が5本は切れちまったぜッ!!この俺が本気で怒るとどうなるか……今こそ伝説とまで言われたスーパー地球人の力、見せてくれようぞッ!!」

俺は持てる戦闘力を限界値まで引き上げながらその女に詰め寄るが、そいつは遠い目で、全然違う方を見つめていた。

「ぬぉうッ!?思いっきり無視されてるーーーッ!!」


「ちょっと…静かにしてって言ったでしょッ!!」


「え?あ、ごめん。……って、何で俺が謝るんだよッ!?」


「あのねぇ…今はアンタと遊んでいるヒマはないの。分かった?」


「あ、遊んでるって……おおおお、己と言うヤツは……よ、よくもそこまで俺様をコケに…」


「シッ!!来たわッ!!」

いきなりその女は俺の腕を掴むや、物凄い力で俺をビルの陰に引っ張り込んだ。


「な、なんだよいきなりッ!?」

もしかして、またタカるつもりか?

今日のバイト代を強請るのか?

ちくしょう、金は渡さんぞっ!!

晩飯代だし。


「静かにッ!!」


「……はい」

女の真剣な瞳に気圧され、思わず素直に黙る俺。


実に摩訶不思議だ。

何故かこの女に命令されると、体が勝手に反応してしまう…

何故だろう?

そして…

どうしてオシッコがチビれそうになるのか…これも不思議だ。





「…ってゆーか、お前…何してるんだよ?」

俺は何故かその女と共に、ビルの陰にしゃがみ込んでいた。


「はぁ?見て分かるでしょ?…隠れてるのよ」


「隠れる?…なんで?」


「……はぁ」

女は面倒臭そうに溜息を吐いた。

そしてどこか自嘲気味な笑みで、

「実は…追われているのよ」


「お、追われてる??」

おいおい、穏やかじゃねぇーなぁ…


「そうよ」


「そうよって…なんだ?無銭飲食でもやらかしたのか?それとも街行く男を問答無用で殴り殺したとか……」


「違うわよッ!!アンタ、私をなんだと思ってるのよ?」


「偉大な俺様に暴行を働いたテロリスト」


「…」


「…で、どんなヤツに追われているのかにゃあ」

俺は凄い目つきで睨んでくる女の視線を躱しながら、ビルの陰から首を伸ばして辺りを覗うと、

「…あ、スンゴイのがいる…」


すぐ近くに、あからさまに怪しい男が居た。

どこぞのハイヤーの運転手のような姿…

執事と言うのか?

仕立ての良いスーツに蝶ネクタイに白手袋と…絵に描いたような執事様だ。

整えられた白髪に、天に向かって伸びている口髭。

そしてモノクルと言うのか、いまいち使い方が分からん片眼鏡を掛けている。

しかも…物凄くゴツイ。

胸板なんか俺の倍ぐらいはありそうだ。

ムキムキ科マッチョ種と言ったような謎の生物と言う感じ。

そのゴーレムのような執事が、キョロキョロと辺りを見渡している。


「も、もしかして…アレに追われてるのか?」


「そーよ」

女は頷いた。


「そうよって…どう見ても堅気には見えないジジィだけど…お前、何をしたんだ?ヤクザの女にでも手を出したのか?」


「それ、どーゆー意味よ?」


「深く考えるな。で、何で追われてるんだ?」


「べ、別に…それは良いじゃない」

女は何故か言葉を濁す。

「とにかく、私はアイツに追われてるのよ。拉致されそうになったから、逃げているのよ」


「ら、拉致って…穏やかじゃねぇーなぁ」


「でしょ?アンタもそう思うでしょ?だから逃げてるのよ」

女は顔を顰めた。


ふむ…

「いよぉーーーーっし、分かったッ!!」

俺はパンと膝を打ち、ゆっくりと立ち上がった。

「この俺に、任せておけぃッ!!」


「……へ?」


「フッ、貴様には怒れちゃうほど恨みがあるが……困ってるとなれば話は別だ。余所の土地ならばいざ知らず、ここは俺様の地元…言わば俺のテリトリー。俺の縄張りでそのような悪行、断じて許さんッ!!この正義の人である英国紳士の俺様が、アイツをとっちめてやるッ!!」


「え?え?」


「ま、袖擦り合うも多少の縁だ…大船に乗った気でいろッ!!」


「ちち、ちょっと…」


「いざ、吶喊じゃーーーーーーッ!!」

俺は手にしていた買い物袋を女に託し、ウォォォーッ!!といざ鎌倉の侍ばりの雄叫びを上げて颯爽と商店街に躍り出るや、辺りを威嚇しながら徘徊している謎のジジィをビシッと指差した。

「コルラァッそこの不審者ッ!!洸一様のご出馬じゃいッ!!大人しく、縛につけぃッ!!」


「…むっ?」

そのジジィは何ごとかと、此方を振り向いた。

片眼鏡の奥の野獣のような瞳が、キュピーンと光る。


――ぬッ!?

その視線の先には…あの女がいた。


チッ、早くも見つかったか…

ってゆーか、何で逃げないんだあの女はッ!!


俺はサッと身を翻し、その女を見つめるジジィの視線を塞ぐ。

こうなったら、少しは痛い目を見せてやるか…


「フッ、爺さん。今すぐ回れ右して帰れば良し。さもなくばこのレジェンドと言われた俺様の…」


「お…おじょーーーーーーーさまーーーーーーーーーーーッ!!」

突如そのジジィは怒声を発しながら、狂った牛の如く猛然と突っ込んできた。


「な、なんだッ!?やるか?俺と戦っちゃうのか?……上等だぜぃッ!!」

拳に力を込め、迎撃態勢。


南無八幡大菩薩、今こそ我に正義の力を…

来るなら来やがれッ!!


「どけぃ小僧ッ!!!!!」


――――ズドンッ!!!


「ふぎゃーーーーーーーーーーんッ!!!!」

俺は思いっ切りなタックルを受け、そのまま錐揉み状態で宙を舞い、商店街のアーケードを突き抜けて、再び春の星座の一つになったのだった…



うぅぅぅぅ…

痛いよぅ痛いよぅ…

全く、今日はとんだ厄日だ。

何故にこうも、俺ばかり不幸な目に遭うのか…


だが一つだけ、俺は知り得た事がある。

それは即ち、あの女は疫病神である、と言うことだ。

あの女に関わると、ロクな事にならない。

それが身を以って良く分かった。


今度街で見掛けたりしたら…そのままスルーしよう。

正直、命が幾つあっても足らないや。





★3月28日(月)



今日も昨日に引き続き、引越しのバイト。

本日のお客様は、かなりのアレだった。

ラーメンのチェーン店を経営する人のお嬢さんの引越しなんだが…

五月蝿いんじゃーーーーーッ!!

ベッドはあそこに置けとかタンスはここよりもあっちとか…

関取クラスに太った体で俺様に命令するにゃッ!!

全く…

非常にムカついたので、昼休みにそのラーメン屋に入り、店内に添え付けられている『お客様のご要望をお聞かせ下さい』と書かれたアンケートBOXの中に『娘の我侭を治せッ!!』と書いて入れてやった。



さて、そんなこんなで…本日はちょいと早めにバイトを上がり、日当を握り締めて駅前へ向う。

今日は気温の上昇と共に脳内に花畑が広がり始めた穂波と、追試を終えた智香と、ついでに豪太郎を加えたいつもの面子で遊ぶのだ。





「ふむ、ビリのヤードは久し振りじゃのぅ」


俺達は駅前ショッピングモール内にあるビリヤード場『バッテン小原』に来ていた。

学校帰りに何度となく寄った事がある、馴染みの施設だ。

店内は仄かに薄暗く、いかにもアダルティーな雰囲気を醸し出している。

店名を除けば、デートスポットにも使える小洒落た店だ。

それに場所がちと分かり難いので、あまり混雑してないのもポイントが高い。



「よっしゃ。本日は9ボールの総当たり戦で勝負と行こうかのぅ」

9ボールとは…説明するのが面倒臭いが、要は手玉を番号順に当てて行き、先に9ボールをポケットに入れた者が勝ちと言う、オーソドックスなゲームだ。


「で、勝負と言うからには当然なにかを賭ける訳だが…」


「そうねぇ。だったら私は、とっておきの情報を教えてあげるわ」

と不敵な笑みで智香。


「僕は使い古したスパイクを…」

と何故かはにかみながら豪太郎。


穂波に至っては

「腎臓ッ!!」

と笑顔で意味不明だった。


「あのなぁ…そんなもん、いらねぇーよッ!!嘘情報もいらん。中古のスパイクをどうしろと?もっとマトモな物を賭けろよ…」

特に最後のヤツは…どーすれば良いんだ?


「良し、だったら優勝者には…4位が2千円、3位が千円で2位が500円をやるって言うのはどうだ?そのぐらいが妥当な賭けだろ?」

優勝賞金は1位の総取りで締めて3500円だ。


「え~~…そんなの洸一っちゃんが有利じゃない」

穂波は頬を膨らませ、智香も豪太郎も大きく頷いた。


「そ、そうかぁ?」

ま、確かに…俺はご町内でも、ハスラー総統と呼ばれている程の腕前じゃからのぅ…

「うむぅ…だったらハンデを付けてやろう。俺は通常通り、ミスしたらチェンジするけど…お前達は1回ミスしても、そのままプレイを続行して良いぞよ」


「ん~…どうしよう智香?」

穂波は智香と豪太郎と額を寄せてヒソヒソと何やら相談。


まぁ、どんなハンデを付けようが、俺はミスなんてしないから…3500円は余裕でゲットだぜぃ。


「…うん、良いよ洸一っちゃん。そのルールでやるよ」




★第1ラウンド・俺様VS穂波/智香VS豪太郎


ファーストブレイクは穂波だ…

もちろん、ハンデである。


「よぉ~し、負けないぞぅ」

リアルなクマがプリントされたトレーナーに、ジーンズスカートと言う、どこか田舎臭いファッションの穂波が、「う~」と奇妙な唸り声を上げ、おもむろにキューを一突き。

だが、どう言う物理法則か手玉はいきなり左90度方向に吹っ飛び、いきなりスコーンとポケットに入ってしまった。


「あ…あれ?」


「お、おいおい…最初のブレイクで球に当らないヤツも珍しいぞ」

ってゆーか、手玉をポケットにダイレクトに叩き込むヤツを初めて見たわい。


「……ハンデだよぅ」

穂波は笑顔でもう一度手玉を置き、再度ブレイクショット。

カコカコーンと小気味の良い音が響き、今度は地球の物理法則に基づいて色取り取りの球が緑のラシャの上に散らばる。

「やったーっ♪二つも入ったよぅ」


「2番と5番がポケットか…」

なるほど、運だけは良いようだな。

がしかし、次に当てるべき1番ボールは…手玉から遥か彼方にある。

しかもその間には、無数のボールが…


フッ、穂波の腕では無理だな…


「うぅ~ん、難しいなぁ…」

穂波はウロチョロと台の周りを動きながら、どうやって打つべきか悩んでいる。


「…良し」

そしてようやく決ったのか、穂波は笑顔で手玉をちょっとだけ突付いた。

「はい、洸一っちゃんの番♪」


「き、汚ねぇヤツめ…」

今回の勝負は、と言うか俺達の間では、ノーフリーボールと言う鬼ルールを採用している。

通常はファウルすると、次プレーヤーがフリーに手玉を置けるのだが…

それだと俺が勝ち過ぎてしまうので、昔からこのルールを採用しているのだ。

つまり、ミスした手玉を、そのままその場所から次のプレーヤーが打つのだが…


「…難しくしやがって」

手玉は、1番以外のボールの中に紛れ込んでいた。

下手にショットしようものなら、確実に他のボールに触れてしまい、ファウルだ。


ったく、プッシュアウトも何も無いルールだし…

普通なら、生半可な腕前ではこの窮地を脱することは出来ないが…


「…余裕だぜ」

俺は台に身を乗り出し、キューをキュキュッと握り締める。

その先端は、1番ボールと反対方向だ。


「ど、どうするの洸一っちゃん?」


「…こうするのだ」

俺様渾身のショット。

手玉はカンカンカンと音を立て、時計回りに3方の壁をクッションしながら1番ボールへ。

カコンッと気持ちの良い音と共に、1番とおまけに3番までポケットに吸い込まれて行った。


「す、すっごーーーい」


「ぐわはははははッ!!もっと褒めるが良いッ!!」

洸一、鼻たーかだかである。

しかもこの勝負、既に付いたも同じだった。

手玉の先には当てるべき4番ボール…

そしてその直線上には9番ボールとポケット。

これならば、例えド素人でもでも勝つことが出来ると言うもんだ。


「フッ、穂波…最初のブレイクに失敗しなけりゃ、勝てる見込みはあったのに…残念でスなぁ」

俺はカカカと高笑いしながら、狙いを定めてキューを突出すがその瞬間、穂波はボソッと、

「洸一っちゃん。お金の代りに……オッパイ揉ましてあげるのじゃダメ?」


――スコーーーーン……


手玉は台を飛び越え、店の壁にぶち当たった。


「うわぁーい、洸一っちゃん失敗♪私の番だぁ♪」


「…って、汚ねぇーぞッ!?ショットの瞬間に恐ろしい事を言うにゃッ!!」


「動揺した洸一っちゃんが悪いんだよぅ」

穂波は嬉しそうに手玉を置き、楽勝とばかりにキューを突出す……それならばこっちも、

「…穂波。掛け金の代りにキスしてやるぞ」


「絶対だよっ♪」

穂波は意図も簡単に9番ボールをポケットに打ち込んだ。

「えへへへ~♪優勝したら、洸一っちゃんとキスだぁ♪これは絶対に勝たないとね♪」


「……あ、あれれ?」

動揺を誘うどころか…

なんか物凄く闘争心に火を付けてしまったような…

お、おかしいにゃ?





チキチキビリヤード勝負…第1ラウンドは、穂波と豪太郎が勝ちを得た。

そして第2ラウンド…

何としても、勝たなくてはッ!!

まかり間違って穂波が優勝した日には…貞操の危機だぞよッ!!



第2ラウンド・俺様VS智香/穂波VS豪太郎


「まさかコーイチが穂波に負けるなんてねぇ」

智香は玄人チックにキューのタップを鑢でシコシコと磨きながら苦笑いを一つ。

「コーイチは少し自信過剰なのよ。いつまでも余裕で勝てると思うから、負けるのよ」


「やかましい。そーゆーお前だって、豪太郎ごときに負けたじゃねぇーか」


「うっさいわねぇ…」

智香はいつも片目を隠している長い前髪を可愛いピンで留めながら、俺を一睨みし、ファーストブレイクに入る。

腰を後ろへ突出し、フルフルと何故か艶かしく尻を振る。

しかもこの馬鹿、今日は短めのスカートを穿いてるもんだから、何か白い物がチラチラと…


お、落ち付け俺ッ!!今は勝負に集中しないと…


「いっくわよぅ…」

スコーンと甲高い音を立て、キューに突かれた手玉がカラフルなボールにぶち当たった。

穂波よりは、確かに上手い。


「ふむふむ…」

智香は頷き、生意気にもクッションボールを狙おうとするが…ショットは思いっきり外れた。

「あ、あっれぇぇ?」

ハンデで再度挑戦。

が、今度は1番ボールに当たる前に、他のボールに触れてしまった。

ファウルだ。


「…選手交代だな」


「っかしいわねぇ。この台、傾いてるんじゃないの?」


「おかしいのは貴様の頭だ」

言って俺は手早くショット。

手玉は1番ボールを弾き飛ばし、次々と他のボールを巻き込んで行く。

「2番6番7番がポケットインか。先ず先ずだな」


「…」


「さて、1番は……あそこか」

力強くキューを繰出し、狙いの1番をポケットに叩き込む。

と同時に跳ね返った手玉は予想通りに他のボールにも当り、続けざまに8番ボールもポケットにぶち込んだ。

さすがハスラー総統である。


「フッ、グゥの音も出ないかい、智香くん?」


「…ぐぅ」


「おや?まだ出るようですねぇ。ならばさっさとケリを付けちゃいましょう」

俺はニヤニヤと笑いながら、3番ボールに狙いを定める。

俺の計算で行けば、この3番ボールの右端に当てれば…それがクッションとなって手玉は9番ボールをポケットに叩き込む筈だ。


「…悪ぃな、智香」


「…ふん」

智香はスタスタと台の向こう、俺の対面に立った。

手玉を通して、彼女の姿が見える。


な、なんだ?何を企んでる?

先程の穂波と同じように、俺様を動揺させようとしているのか?

……

ならば無駄な事だ。

今の俺は、完全に勝負に徹している。

まさに冷静そのもの、ハニワのように落ち付いちゃってる男だ。


「……では、行くぜぃ」

洸一、最後のショット。

がその瞬間、あろうことか智香は両の手で、自分の短いスカートを摘んで軽く上に持ち上げた。


――カッコーン……


手玉は甲高く響きながら、垂直に吹っ飛んで天井にぶち当たった。


「あらコーイチ?凄いジャンプショットだったけど、残念ねぇ…」


「お…お…お、お前は馬鹿かっ!!」

モロに見えちまったじゃねぇーかッ!!

衝撃的映像だったじゃねぇーかよぅぅ…


「な、なによぅ…」


「默れこの破廉恥娘がッ!!この俺様は、貴様をそんな娘に育てた憶えはないぞッ!!」


「私もアンタに育てられた憶えはないわよ」

智香は軽口を叩きながら、簡単に9番ボールをポケットに叩き込んだ。


「はい、コーイチの負けね」


「あ、あのなぁ…」


「何よぅ。しっかり見たんでしょ?勝負には負けたけど、得して良かったじゃない♪」

智香はシレッと言った。


「あ、アホかッ!?貴様は大和撫子として、恥ずかしくねぇーのかッ!!少しは慎みを持てぃ!!」

見ちゃった俺の方が恥ずかしいぞッ!!


「は、恥ずかしいに…決ってるじゃない」


「だろ?だったらなんでいきなり…」


「ん?ん~…勝負に勝ちたかった事と…それにアンタなら、まぁ良いかなぁ……なんて」


「…はぁ?」


「あ、あははは…とにかく、コーイチはこれで2敗目ね。……あららら、優勝の目が無くなっちゃったわねぇ」


「――ハッ!?し、しまったぁぁぁぁぁッ!!」





チキチキビリヤード勝負第2ラウンド…

勝ったのは穂波と智香だ。

これで成績は、

俺様:2敗

穂波:2勝

智香:1勝1敗

豪太郎1勝1敗


…え?嘘だろ?

という結果になっている。

ハスラー総統、面目丸潰れの巻だ。


マズイ…

非ッッ常に、マズイ。

俺の優勝は無くなった…

ま、勝負は時の運と言うし、それはそれで仕方の無い事だ。

バイト代もあるし、金を払うのは別に構わん。

が、しかし…

穂波の優勝だけは、何としても阻止しなくてはッ!!

今更、キスなんて冗談だバ~カ…

なんて事は言えない。

刺されてしまう。

かと言って、俺の大切な初めてを、彼奴に捧げるのは勘弁してもらいたい。

………

ってゆーか、したら最後、始まったばかりの青春がいきなり完結してしまうではないか…

うぅ~む、我ながら変な事を言ってしまったものだ。




第3ラウンド・俺様VS豪太郎/穂波VS智香



「えへへへ。洸一とビリヤードって、久し振りだね」

と、相変わらず眩しいぐらいの爽やかな笑顔で豪太郎は言う。

もちろん、それは上辺だけだ。

俺は知っている。

常日頃、誰彼構わず優しく接する彼奴のその笑顔の裏に、思わず尻を隠したくなるような一匹の修羅が潜んでいることを、俺は知っている。


「さて、洸一が相手なら、本気を出さなくっちゃ」

豪太郎は腰を振り振り、キューを構えた。

その艶かしい仕草…

相変わらず俺をドス黒い気分にさせてくれる。


「えいっ♪」

未だ声変りを向えていないのか、はたまた既に去勢されて男性ホルモンが分泌されていないのか、豪太郎は甲高い声を上げてキューを突出す。

カコカコーンと、ラシャの上をカラフルなボール達が滑る様に転がっていった。

ポケットに入ったボールは…無し。

いきなりファウルだ。


「う~ん、難しいなぁ」

豪太郎はもう一度キューを繰出す。

今度は1番ボールに当たる前に、他のボールに触れてしまった。

「ちぇっ。洸一の番だよぅ」


「…え?あ、そうか……」

俺はキューを構えるが、意識は、隣の台に向いていた。


隣の台…

穂波と智香が戦っている。

今の所、智香がかなり優勢だ。

いや、もはや勝ちと言っても過言ではないだろう。

つまり…これで穂波は2勝1敗になり、智香も同じ。

ここでもし、俺が負けたら…豪太郎も2勝1敗。

つまりは俺を除いて横並び…勝負はサドンデスに持ち込まれる。

それは即ち、穂波の優勝の目がグッと低くなると言う事だ。


どう足掻いても、俺は1勝2敗…

ならばここは、豪太郎に頑張ってもらうか…


「…フッ」

俺はキューを繰出し、手際良くボールをポケットに収めて行く。

もちろん、9番ボールにはワザと当てないようにしてだ。

そしてある程度ボールを叩き込んだ所で、

「…っと、手が滑ったか」

俺はワザとらしくそう言い、豪太郎とチェンジした。


9番ボールまでの直線上には、当てるべきボールと手玉のみ。

真っ直ぐに打ちさえすれば勝負あり、と言った所で俺は豪太郎に代ってやったのだ。


「あっれー?洸一らしくないミスだね」

豪太郎はニコニコと恵比寿顔。


フッ、俺に取って勝ちなどは些細な事…

問題は、如何にして穂波を優勝させないかだ。


俺はチラリと、隣りの台へ視線を走らせた。

あの展開なら、既に智香が勝ちを納めているだろう。

がしかし…


「――ゲッ!?」

隣りの台では、何故か穂波が9番ボールをポケットに叩き込む寸前だった。

そして智香はと言うと…

「――ゲゲッ!???」

台の片隅で、涙目で悶絶していた。

手にしていたキューも、何故かへし折られている。


一体、何が起こったのだろうか…

恐ろし過ぎて想像したくないぞよ。





ビリヤード勝負…

穂波が全勝優勝を果たし、俺は全敗した。

納得いかない事ばかりだけど、今更それを言っても詮無いこと…

ここは潔く、現実を受け止めるのが男と言うもんだ。



「えへへへ~♪豪ちゃんと智香は同率で2位だから500円ずつね」

穂波は天使のような可愛い笑顔で、悪魔の如く金をたかる。


「ちぇっ、残念だなぁ」

と豪太郎が500円玉を渡し、智香も何故かブルブルと震えながら500円を手渡した。


「さて、洸一っちゃんは4位だから二千円だけど…」


「…使えない二千円札で良いか?」

俺は財布を取り出した。


が、当然の如く、穂波はフルフルと首を振り、とびっきりステキな笑顔で、

「えへへへへ~♪金じゃねぇーよなぁ…洸一さんよぅ」

俺を脅し付けた。


「ぐ、ぐぬぅ…」


「ねぇコーイチ…どーゆーこと?」

と智香。


すると穂波は俺の腕を取り、

「メイクラブだよッ♪」


「なんだそりゃッ!?現金の代りにキス一回って約束だろーがッ!!」


「――うぇッ!?」

智香と豪太郎は驚愕の表情を俺に向けた。


「ちちち、ちょっとコーイチッ!!ど、どーゆー事?キスって…一体、どーゆー事??」


「うぅぅぅ…つい動揺させようと、口から出ちまったんだよぅ…オイラが浅はかだったんだよぅ」


「な、なんでそんな馬鹿な約束を……」

智香はあからさまに呆れた顔で詰め寄ってくるが、穂波はその間に割り込むと、

「はいはいはいッ!!理由はどうあれ、約束は約束だモンねぇ……ね、洸一っちゃん♪」


「クッ…致し方あるまい」


「うふふふふふふふ♪洸一っちゅわぁぁん……はい♪」

穂波はムニュッと唇を突き出した。

恥じらいと言うものが全く存在しない、有無を言わせぬアクション…

夢にまで出てきそうだ。


「こ、ここでかよ…」


「そうだよぅ♪」


ぬぅ…

穂波の馬鹿め…

皆の前で俺にキスさせ、既成事実と言う外堀を埋める気だな?

が、その手に乗ってたまるかッ!!


「……しゃーねぇーなぁ。ま、約束だからな」

俺は何か文句を言いたそうな智香と豪太郎を手で制しながら、穂波の肩を軽く掴む。


「こ、洸一っちゃん…」

穂波はゆっくりと瞼を閉じた。


正直、可愛いと思う。

がしかし……ニヤリと笑っているようにも見える。


「…では、行きます」

俺は顔を近づけ、触れるか触れないかの軽いチュウを一つ……ほっペにしてやった。

「…任務終了でス。お疲れ様でしたッ!!」


「……おい」

穂波はいきなり俺の胸座を掴んだ。

「おいおいおい、洸一さんよぅ。あんまりふざけた真似すると…コンクリ履かせて沈めるよ?」


「な、なに言ってやがるッ!?ちゃんとキスしてやっただろーがッ!!すっげぇー恥ずかしいんだぞ、こっちはッ!!」


「…違うでしょ?キスと言ったら、唇と唇がブチューでグチュグチューでレロレロなんだよ?」


そんなキスは嫌だ。

「あ、あのなぁ…俺が負けて払う金は、二千円だ。二千円なら、ほっぺでも大サービスじゃボケッ!!」


「う~……洸一っちゃん、ズルイよぅ」


「お前がズルイとか言うな」

俺は軽く、穂波のおでこを小突いた。

全くこの天然は…

「さ~て、ビリヤードも楽しんだし…ぼちぼち飯でも食いに行くか?」


「そ、そうね」

智香はどこか安心した様に頷き、豪太郎も笑顔で頷いた。


「う~…」

が、穂波はまだ、納得いかねぇ、と言うような顔をしている。

「いつか……いつの日かカナラズ…」


「な、なにブツブツ言ってるんだよ?」


「………え?何でもないよ、洸一っちゃん♪」





駅ビルを出ると、既に外は夜の帳が降りていた。

繁華街特有の色取り取りのイルミネーションが瞬き、街は仕事帰りのお父さんや寄り添って歩く若いカップル等で賑わっている。


「さて、どこで飯を食う?ファミレスにでも行くか?」

俺が言うと、智香は顎に手を当て、何かを思い出す様に、

「そう言えばさぁ…駅裏の焼肉店でさ、食べ放題コース1500円って言うのをやってる筈だけど…」


「それに決定だ」

俺は即断し、先頭切って歩き出す。


焼肉か…

実に久し振りだ。

そもそも肉と言うもの自体、久し振りだ。

何しろここ数日間、財政的に食生活が貧しかったしなぁ…

明日もバイトがあるし、ここはタンパク質を補給して精をつけますかねぇ。


そんな事を考えながら、ズンズンと夜の街を風を切るように歩いていると、

「ねぇ…ちょっとアンタ」

不意に横合いから、声を掛けられた。


俺は街頭アンケートの類いかと思い、ヤブ睨みなフェイスを向けるが、

「う、うわぁぁーーーーんッ!?」

思わず仰け反ってしまった。


そこには、俺の疫病神が立っていた。

そう、あの髪をポニテにした、ごっつ美人だけど性格属性はエビルでカルマ値がマイナスの梅女の生徒だ。

その女が、薄茶色のチノパンにチェックのシャツと言う、ちょっとアクティブなファッションで佇んでいるではないか。


「ななな…何故にここにッ!?」

俺が驚いていると、皆が何事かと駆け寄ってきた。


「別に……偶々歩いているアンタを見掛けたから声を掛けたんだけど…」

その女は言いながら、どこか訝しげな視線を、俺の後ろにいる穂波と智香に向けた。

「もしかして…彼女?」


…彼女?

な、何と言う青春的響き…

だが悲しいかな、今の俺には彼女など、妖精と同じぐらい想像上の生き物なのだ。


「か、彼女って……コレとコレがか?」

俺は穂波と智香を指差し、

「ンな馬鹿な……はっはっはっ…なぁ?」

と二人に笑い掛けるが、

「…むぅぅ」

「…」

智香と穂波は、どこか怒ったような…そんな不機嫌な顔をしていた。


な、何故だ?

何か俺、悪い事を言ったのか?


そして逆に、梅女の女の方は「ふ~ん…」と、おでこに掛かった髪を指で掻き分け、どこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。


な、なんだろう?

良く分からんが、場の雰囲気が思いっきり悪くなった様な感じがするんじゃが…


「そ、それよりもだ、お前…俺に何か用かよ?」

俺はぶっきらぼうに尋ねる。

コイツに関わるとロクな事がないから、さっさと切り上げたいのだ。


「はぁ?当たり前でしょ?用があるから声を掛けたのよ」


「クッ…なんだよぅ。って、ひょっとして、また俺に何か因縁を付ける気か?」


「…アンタって、本当に人を不愉快にさせるのが得意ね」

疫病神はギロリと俺を睨み付け、何やら紙袋を突き付けるように手渡した。


「な、なに?もしかして爆弾?」


「アンタの忘れモンよ。昨日、私に渡しておいて、そのままアンタ星になっちゃったじゃない」


「…お、おおッ!!そうかそうか…」

昨日ゲットした漫画とCDか。

買い直さなければ、と思っていたんじゃが…いや、助かったわい。

「そっか…悪ぃな、わざわざ。…ありがとよ」


「…フンッ、気にしなくて良いわよ」

梅女の女は素っ気無く言うと、そのまま踵を返して俺の前から去って行くが…不意に足を止め、

「昨日は…ありがとうね」


「…へ?」


「まさかロッテンマイヤーに向って行くとは思わなかったから…」


「…は?」


「じゃあね」

女は意味不明な言葉を残し、車道に止めてあった無駄に長い黒塗りの車に乗り込んで、走り去って行ってしまった。


「リ、リムジンかよ…何モンだ、アイツ?」

しかもあの車、前にも学校で見たような気が…


「…ねぇ洸一っちゃん。今の…誰?」


「あ?」

振り返ると、穂波がデスマスクのような無表情さで、俺の服の裾を掴んでいた。


「今の女の子…誰?」


「し、知らんッ!!」


「…誰?すっごく美人だったけど…誰なの?」


「いや、マジで知らんのだ。ついこの間公園で出会って…いきなり俺様に殴り掛かって来たんだよぅ」


「ふ~ん…」

穂波はまるで、エッチなビデオのモザイクすら見透かせそうな細い目で、俺を睨んでいた。

「本当かなぁ?」


「あ、当たり前だ。だ、だいたい……俺がどんな女と知り合いになっていようと、貴様には関係ないッ!!」


「…」


「…か、関係なくはないかも知れない…デス」




ま、そんなこんなで、俺は穂波のご機嫌を取りつつ、焼肉屋へ行ったわけだが…

しかしあの女、一体、何者だろうか?

取り敢えず、俺に取って不幸の使者であると言う事は、穂波のワケの分からん愚痴を聞いているウチに確信したワケなんだが…

そう言えば智香のヤツが、

「どこかで見たことあるような…」

とかほざいていた。


ふむ…

あまりお近づきにはなりたくないが、少しだけ興味が沸いてきましたぞ。















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