表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺様日記  作者: 清野詠一
3/39

3月中期・殴打編




★3月17日(木)



あ~…困ったにゃあ…


今日も今日とて穂波に起こされ、学校へと向かう。

その足取りは重い。

何故なら、眠いからだ。


「洸一っちゃん。なんか疲れた顔してるね?どうしたの?」

穂波が心配そうな顔をで俺を見上げてくる。


「…眠い」


「…夜更かししたの?」


「…色々とな」


昨夜はアレから…ちょいと大変だった。

ま、ぶっちゃけた話し、帰宅途中に挙動不審者としてお巡りの大軍に追っ駆け回されただけなのだが…


「…とうっ」


「う、うわッ!?い、痛いよぅ洸一っちゃん…」

俺の手は穂波のお下げを握り締めていた。

「っもう、いきなり何すんのよぅ」


「い、いや…なんかユラユラと揺れてるから、つい…」


「洸一っちゃん、ブラックバスみたい…」


「フッ、ご町内ではブルーギル洸一と呼ばれているからな」


ま、そんなこんなで穂波のお下げを触りつつ、眠い目をしたまま学校へ向う。

んで、当然の如く爆睡。

気が付けばあっという間に放課後だった。

……

俺は何をしに学校へ通っているのか…ちと謎だ。



放課後、校門前で穂波と智香と待ち合わせ。

今日は一昨日までのテストの慰労会、皆で遊びに行っちゃうのだ。

ちなみに豪太郎は部活があるから不参加。

もちろん、最初から誘う気は無いけどな。


「さぁ、遊ぶわよぅ」

勉学の事以外になると燃え出すお馬鹿な智香が、フンフンッと鼻息も荒く、俺と穂波を引っ張る様にして駅前へ向う。

目指す先は馴染みのカラオケ店、『りんごスタジオ』。

智香の馬鹿は、頭さえ使わなければそれなりに何でも上手い。

特に歌うことは、得意中の得意だ。

声も綺麗で張りがあるし、『将来はシンガーよッ♪』等とアホな小学生みたいな事を言っているが…あながち不可能ではないかもと思ってしまうほど、歌は上手い。

もちろん、俺様の足元にも及ばんがなッ!!


と言うわけで、早速に入室すると同時に、智香は速攻で曲番を打ち込み、熱唱。

少し前に流行ったJ-POPなのだが…

さすがに、上手い。

声の伸びも良いし、高音も響いてる。

オリジナルより上手い…と思う。

がしかし…


「~♪」


続いて穂波も唄う。

こちらも智香ほどではないが、それなりに上手い。

しかも狂ったと思えるほどのグニャグニャした振り付けも、妙にサマになっている。

智香がシンガーなら、穂波はアイドルと言った感じだ。

が、しかし…


「しゃばい……しゃばいですのぅ」

俺はマイク方手に、ゆっくりと席から立ち上がった。

「ハッキリ言おう。貴様らの唄は……軽過ぎるぜッ!!」


「な、なによコーイチ…」


「ふっ、所詮は耳憶えの良い単調なリズムに、チープな詩を乗っけただけのライトミュージックと言うことさ」


「アニソンのCDを買っちゃうコーイチが、そーゆーことを言う?」


「アレはアレで良いんだよッ!!味があるんだよッ!!ソウルなんだよッ!!」


やれやれ、これだから女は…

往年のロボットアニメの曲なんか、俺様のスタンダードナンバーだぞ。


「まぁ良い。これから俺が本当の唄…トラディショナルでソウルフルな真の歌って言う物を聞かせてやる。しっかと拝聴しやがれ……穂波ッ!!Bの6666番だッ!!」

俺はマイクを握り締め、小さな壇上へと上がった。

それと同時に流れる重厚な且つ哀愁漂う伴奏…


「聞けぃッ!!これぞ漢の歌…日ノ本の民の心ッ!!心震わす東北の演歌に魂で泣けぃッ!!」


ま、こんな調子でカラオケでストレスを発散させた後、ゲーセンで智香の馬鹿とダンスゲームで勝負したりして時間を過ごした。


しかし…

予想外に、散財してしまった。

穂波の馬鹿チンが、クレーンゲームに入っている3歳児が天啓を受けて描いたような造詣をしたクマ公のヌイグルミが欲しいと駄々をこねて……結局は3千円もつぎ込んでしまったのが致命的だった。


あ~~どうしよう?

今月、半月を残して所持金は数千円…

もちろん、小遣いではなく生活費がだ。


うぅ~む、なんちゅうか…かなりヤバい。

マジでバイトを探さないと、御飯だって3日に1度しか食べることが出来なくなるぞよ。





★3月18日(金)



放課後、穂波を待っていると……帰る前に図書室に寄りたいとの事。

んで、仕方なく付き合う。

この学校へ入学してから早1年…

図書室へ行くのは、実はこれが初めてだ。

ちょいと楽しみ。


ちなみに、何故に俺様が穂波と行動を共にしているかと言うと…

実は今日の晩御飯、穂波が作ってくれるのだ。

昨日ゲーセンで無理矢理取らされた、呪われたクマ公ヌイグルミ(3000円)のお礼と言うことだ。

うむ、大量に作らせ、明日のお昼まで持たせよう。



「ほ~う…これが噂に聞く、図書室と言う場所か…」


「別に噂でも何でも無いよぅ」

困った顔で穂波。

「私、ちょっと本を返してくるから、洸一っちゃん待っててね。……本に悪戯しちゃダメだよ」


「悪戯ってなんだ?」


「女の子が読みそうな本に、変なモノ挟んでおくとか…そーゆー事はしないでね」

穂波はそう釘を刺し、俺を置き去りにして何処かへ行ってしまった。


「うぅ~む、行動パターンが読まれていますねぇ…」

ちょいと縮れたお毛けを数本、本に挟んで置いといてやろうと企んでいたんじゃが…まさかズバリと言われるとはねぇ…


「しかし…結構、広いじゃないか」

俺はかなり奥行きのある図書室を眺め回した。


何だか、懐かしい雰囲気だ。

黴と埃と湿気の入り交じった匂い…

この空間だけ、まるで時が止まっているかのような…そんな錯覚すら覚える。


「ふむ…せっかく来たんだし、俺も何か借りてみようかのぅ」

そう独りごち、ブラブラと人気の無い図書室を散策。


実はこの俺様、意外と思うかもしれないが、本を読むのが好きだったりする。

もちろん、漫画本の事ではないぞ。

面白ければ、文字のビッシリと詰まった本だってちゃんと読むのだ。

何しろ、お金を掛けなくて済む娯楽だしね。


「さてさて、何か笑っちゃうような本はないですかねぇ」

無数に並んでいる棚の一つ一つを、ざっと眺め回して行く俺。


しかし、さすが学校の図書室…妙にお堅い本ばかりですな。

しかも何故か不思議な事に、古臭い洋書まで置いてある。

一体、誰が読めると言うのだろうか?


「これは…英語じゃねぇーし…もしかしてヘブライ語か?こっちは…なんだこれ?古代ギリシャ文字?」

俺は何だかなぁ~と頭を掻きながら、本の背表紙をチェックしながら歩いていると、

「…んにゃ?」


目の前に、女の子が立っていた。

実用的な大きなメガネを掛け、お洒落に等に無頓着なのか髪を無造作にツインテールに縛っただけの、ちょっと野暮ったい女の子が、背伸びしながら万歳するように腕を目一杯に伸ばしている。

どうやら、棚の一番上の本を取ろうと奮闘しているようだが…さすがにそこまでは届かないらしい。

踵を上げ、爪先立ちでどこか必死な面持ちだ。


うむぅ…

この何とも言えない定番のシチュエーション。

当学園随一の英国紳士ジェントルマンとしては、当然ながらスルーする事は出来ない。

男は黙して語らず、ただ行動するのみッ!!

決して地味目の彼女が、胸が棚に引っ掛かってる程のボインちゃんだからでは断じて無いッ!!


俺は背がグングン伸びる謎の身長方を実践しているような彼女に近付き、その背後から手を伸ばして本棚から本を抜き取る。


「えっ…」

メガネの女の子は振り返り、軽く驚いた表情で俺を見上げた。


もちろん俺は、紳士の名に恥じぬ様、我ながら自慢しちゃうニヒルな笑顔で彼女に本を手渡す。

うむ、まさに完璧なりッ!!

が、しかし…

その女の子は、訝しげな表情で俺と本を交互に見つめると、

「…ちゃう」

と、折角に俺様が取ってやった本を突き返してきた。


「これは…ちゃうねん」


「ち、ちゃうって…関西ッ!?」


女の子の目が、物凄く険しくなる。

「…あ゛?なんや?関西やから…なんやっちゅーねんッ!!」


ひぇッ!!?

洸一クン、思わず一歩後ずさり。


「あ、いや…誤解しないでくれ。俺はその…生まれて初めて、リアルでで関西弁を聞いたもんだから…その…良かったらサインをくれぃ」

ってか、正直…驚いた。

見た目からして地味子なので、どこかコミュ障患った感じでボソボソ声で返して来ると勝手に思い込んでいたら、いきなり関西弁だもん…

例えるなら、プルプル震える小型犬が、いきなり目の前でメェ~と鳴き出したようなモンだ。


「は、はぁ?」

関西系メガネッ娘は、その分厚いメガネの奥にある綺麗な瞳をパチクリとさせながら、マジマジと俺を見つめた。

「あんた…どっかで見た顔やなぁ。…せや、確か…神代君やったな?隣りのクラスの」


「ぬぉうッ!?な、何故に我が誇り高き名を…」


「はんっ、アンタは有名やからなぁ」

関西メガネッ娘は、薄い唇の端を僅かに吊り上げ、

「ついこの間の卒業式ン時も、体育館でロケット花火を打ち上げて先生達に追っ駆け回されとった学校一の問題児やしな」


「ハッハッハ…あの時は参ったぜぃ。俺なりに卒業する諸先輩達の門出を祝おうと思ったんだけど、まさかロッケト花火が倒れて水平発射されるとは…予想だにしなかったモンなぁ」


アレには本当、俺様も驚いてしまった。

100本単位のロッケト花火が、よもや卒業生目掛けて襲い掛かるとは…

あの一件で、俺は3日間の自宅謹慎を言い渡されたんだよなぁ。

……

ま、そんなモンは無視して、いつも通り学校へは通ったけどね。


「しかし、俺様はそんなに有名なのかぁ…そうかぁ…」


「…悪い意味でな」


「…まぁ良いや。それよりも…さっき、ちゃうとか言ってたけど…何が違うんだ?」


「あん?それは…ウチの読みたかった本の事や」

関西な女の子は目を細め、少しヤブ睨みな表情で呟いた。


「本?……これじゃないのか?」


「当たり前や。何でウチがそないな本…」


「ふむ…」

俺は手にしていた本のタイトルを読む。

「…解剖学Ⅱ/女性の体…か」


確かに、あまり女の子の読む本とは言えないかもしれない。

しかし、解剖学Ⅱ/女性の体…

うむ、特別にこれは俺様が借りてやろう。


「そうかそうか…それは悪かった。だったら…もしかしてこっち?」

俺は手の伸ばし、棚から『解剖学Ⅰ/男性の体』を取り出すが、


「……」


な、なんか凄い目で睨んでますねぇ…

しかも道端に落ちてる犬の排泄物を見るような目だよ…


「え、え~と……どれ?」


「その隣りや」


「あ、なるほど……この生物大図解・生殖器官編だね?」


「ちゃうわッ!!逆の隣りやッ!!」


「あ、そうなんですか…」

俺は言われた通り本を取り出し、

「ど、どうぞ…お納め下さい」

何故か敬語で手渡した。


や、やれやれ……何だか妙に疲れたぞ?

なんちゅうか、この関西メガネッ娘は……見た目は引き篭もり属性を持つような地味ィ~な感じだけど、中身はワイルドと言うか猛獣と言うか…そんな気がする。

下手に関わると火傷だけじゃ済まんぜ、と言った感じだ。


「んじゃ、また…」

俺は軽く溜息を吐き、乾いた笑いを溢しながらそそくさとその場を立ち去ろうとするが、

「あ、ちょっと待ちーや…」

いきなり呼び止められた。


「へ?ま、まだ何か…御用ですかな?」


「…と、取り敢えず…お礼は言うとく。あ、ありがとうな」


「あ、いや…ハッハッハッ、俺様は紳士だからなッ!!礼には及ばんッ!!」

って言うか、面と向って礼を言われると…ちょいと恥ずかしいじゃないですか。

それに何で「ありがとう」なんだ?

関西なら「おおきにっ」か「まいどっ」だと思うんじゃが…



「洸一っちゃん…」

関西弁でメガネで巨乳と言う、それだけで3翻、親なら7700点はあるであろう女の子と別れた後、穂波が小走りに近付き、どこか不審そうな顔を俺に向けてきた。

「今の伏原さんだけど…何を話してたの?」


「は?伏原…さん?」

伏原…

はて?どこかで聞いたような…


「うん。私のクラスの委員長だけど…知ってるの?」


「いや、初対面だ。しかし伏原か…ふむ…って、もしかして彼女…名前は、みかしん?」


「へ?う~ん…確か…みかこ、さんだったかな?」

穂波は顎に指を当て、軽く首を捻った。

「あまり親しくないから分からないけど…でもどうして洸一っちゃんが名前とか知ってるの?」


「まぁ…色々とあってね」

よもやテスト用紙を丸写しにしたとは言えない。

しかし、伏原美佳心ちゃんかぁ…


「彼女…頭良いだろ?」


「う、うん。そうだよ洸一っちゃん。伏原さん、学年トップなんだよ。凄いね」


「ほぅ…学年トップですか。なるほどねぇ」

うむ、やはり俺の目に狂いは無かったな。

これでテストは完璧だ。

「しかしこんな所でライヴで関西弁を聞けるとは、夢にも思わなかったなぁ。少し得した気分じゃわい」


「な、何を得したのか分かんないけど…洸一っちゃん、伏原さんと何を話してたの?」


「…ふっ、秘密だぜ」


しかしあの伏原美佳心ちゃん、結構、可愛かったなぁ。

パッと見は、大きなメガネで髪もボサボサで、何か地味っぽいけど、磨けばかなり光る逸材だと思う。

しかもオッパイも大きかったし…

ただ、性格はかなりキツそうだね。

あの地味な容姿の裏に、修羅が潜んでいると俺は感じたよ。


さて、寝る前に図書室から借りてきた解剖学Ⅱ女性の体でも、読んでみますかねぇ。





★3月19日(土)



本日は別に何も無し。

のんびりとした日を過ごした…と、思う。



今日は土曜日。

つまりは半ドン。

午後から何をしようかのぅ…

と寝惚け眼で考えながら歯を磨いていると、ピンポーンとチャイムの音。


そしてカチャカチャと鍵を抉じ開ける音が響き、

「洸一っちゃぁぁぁん♪」

いつもの穂波の声。


「洸一っちゅわぁぁん、朝だよぅ……って、あれ?今日は起きてるんだ…」


俺は口を濯ぎながら、

「まぁな。今日はちょいと早く目が覚めた」


「早く…って言っても、もう学校へ良く時間だけどね」


「そうか。じゃあちょいと待ってろ。着替えてくる…」


「あ、洸一っちゃん」

穂波は生意気にも俺を呼び止めた。

「着替える前に…髪、直した方が良いよ?」


「…髪?」


「そうだよぅ。凄い寝癖がついてるよぅ。まるでサボテンみたい」


「どれ…」

改めて鏡を覗き込むと…なるほど、確かに穂波の言う通り、髪の毛が全包囲攻撃態勢を取っている。

サボテンと言うより、ウニと言った所だ。


「……構わん」


「か、構わんじゃなくて…直しなさい」

穂波はそう言うと、おもむろにキッチンでタオルを濡らし、それをレンジの中に入れた。

「レンジでチンすると、熱い蒸しタオルが出来るから…それを髪の毛に当てると、すぐに寝癖は取れるよ」


「あん?面倒臭ぇよ。これはこれで、俺らしくて良いんだよ。何か粋がってる様で、そこはかとなくカッチョ良いし…」


「光一っチャン、どーゆー神経してるの?」


「人ン家に勝手に鍵抉じ開けて入って来るお前が、神経がどーのとか言うな」


「……洸一っちゃん。言う事聞かないと…レンジで脳味噌もチンするよ?」


「…直します」

俺は素直に頷いた。


「全く洸一っちゃんは…身嗜みとか、そーゆー事には無頓着なんだから」


「良いんだよ。何せ素材が素晴らしいからなッ!!ガハハハハッ!!」


「……あっ、チン出来た」


「おや?スルーですかい?」

俺はやれやれとソファーに腰掛け、おもむろにTVを点ける。

相変わらず、愚にもつかない朝の情報番組が流れているが…

「ほぅ。もうすぐ、桜が開花するのかぁ…」


「うん、今年は暖かいから…早いみたいだね」

穂波がホカホカと湯気を立てているタオルを持って現れた。

そしてそれを俺の頭の上に乗せながら、

「洸一っちゃん。今年もお花見に行こうね♪」


「うぁ?…そうだなぁ…今年も、お馬鹿な智香とアレな豪太郎を連れて、4人で花見と洒落込むかぁ」


「……今年は……二人だけで行こうよぅ」


「へ?なんで?」


「何でって…何となくだよぅ。ね、良いでしょ洸一っちゃん?」


「嫌です」

俺は即答した。

当たり前である。

「お前と二人っきりで行ったら、危険じゃねぇーか……」


「えッ!?それって…もしかして洸一っちゃん、酔った勢いで私に変な事しちゃうとか……」


「朝から寝惚けてんのか、お前?」


「ち、違うの?」


「当たり前だ。そもそも危険なのは、俺様ボディの方だぞ。端的に言うと、俺の貞操がデンジャーだ」


「ぶぅぅ……酷いよ洸一っちゃん」


「酷いのはお前の頭ン中だ」


「洸一っちゃん…」

穂波は俺の頭の上からタオルを取り去り、しっとりとした髪に櫛を当てながら、

「あのねぇ洸一っちゃん。桜の木の下にはねぇ……死体が埋まっているのよ」


「は、はいぃぃ?」

な、何を唐突に言い出すんだ、こヤツは?


「……光一っちゃんも……埋めちゃうよ?」


「…」


「洸一っちゃん。今年は二人でお花見しようよぅ」


「い、いや……でも……やっぱ智香と豪太郎がいた方が盛り上がるし…」


「…洸一っちゃん。桜の木の下にはねぇ……たくさんの死体が埋まっているのよ」


「…」


「洸一っちゃん。埋まりたくないよねぇ?アイスの棒でお墓作られたりしたら……嫌だよねぇ?」


「お、俺は金魚か?」


「洸一っちゃん。二人でお花見…しようよぅ」


「で、でもだなぁ…」


「光一っちゃん、行方不明かぁ…」


「ボソッとした声で言うにゃッ!?マジ、怖いじゃねぇーか…」


「ねぇったら、洸一っちゅわぁぁん」


「…断わるッ!!と言ったら……俺はどーなる?」


「え?別にどうにもならないよ。ただ……」


「ただ…にゃに?」


「来年の桜は……もっと満開になるの。栄養が行き届くから」


「………前向きに善処してみます」



しかし、何故に穂波は執拗に俺と二人っきりでお花見をとか言うのだろうか?

全く分からん。

が、毎年の事だ。

この時期になると、穂波の心は妙な電波を受信し易くなるからなぁ…

ま、花粉症みたいなモンだ。






★3月20日(日)



今日もまた、超常現象を目の当たりにしてしまった。



今日はこの俺様、アルバイトの日。

駅前道路の交通量調査と言う……何とも地味で退屈でオマケに眠くなると言う…そんなバイトだ。

全く、何が悲しゅうてこの小春日和の日曜日、走り去る車を眺めてはカチャカチャと手にしたカウンターを押しているのか……我ながら摩訶不思議。

俺の青春は何処へ飛んでった?

が、愚痴を溢していても仕方が無い。

これも生活の為だ。

何せ食費すら尽き掛けている状況だからなぁ…



「あ~……しかし予想通り、退屈じゃけんのぅ」


そもそもこの交通量の調査って、何か意味があるのか?

テキトーで良いじゃねぇーかと思うんだけど……まぁ、これで金が貰えるんだから、文句はあまり言えないが…


そんな事をボヤキながら、カチャカチャとリズム良く親指を駆使してカウントを取っている時、俺の目の前で事件が起きた。

……いや、事件と言うよりは事故だ。


「…ん?犬畜生か?」


ビュンビュンと車が行き交う道路の向こう側、歩道をみすぼらしい小さな犬コロが、トボトボと歩いているのが目に入った。

迷い犬?それとも野良?

どちらにしても今の御時世、首輪を付けずに犬が歩いているとは珍しい…


俺はボンヤリと、そんな哀愁漂う駄犬を見ながら、何気に口笛を吹いてみた。

と、その犬畜生……俺様に気付いたのか、その場で立ち止まるや、こっちを向いてブルンブルンと尻尾を振り出した。


「…ふっ、愚かな。見ず知らずの俺様にまで尻尾を振って媚を売るとは……犬としてのプライドが無いですな」

俺はもう一度、口笛を吹いてみる。

と、その馬鹿犬、あろうことかおもむろに道路を突っ切って俺様の元へ…


「――ぬぉうッ!?ば、馬鹿犬がッ!!」

俺は慌てて椅子から立ち上がる。


交通ルールを無視して駆け寄って来る犬畜生。

猛スピードで迫る車の大群。

俺様のスーパーハイエンドな頭脳は、1ナノ秒以下の超高速演算によって、的確かつ最も安全な解答を導き出した。


―――無理ッ!!!


どーやっても、あの駄犬は助からない。

俺が道路に飛び出しても、間に合わない。

ってゆーか、俺も危ない。

いや、俺が危ない。


結論:見なかった事にする。


瞼を閉じ、あの犬コロが無惨な姿……トラの敷物のように道路にペタンとへばり付いちゃってるシーンを視界から消せッ!!

夢に出てきちゃうじゃないかッ!!

あと動物霊は祟るって話だしなッ!!


俺は咄嗟に瞼を閉じようとするが、

「――って、走り出してるし俺ッ!?」


さすが紳士である。

考える前に体が動いてしまったようだ。


ち、畜生ーーーーーーーーッ!!

何で俺様が犬コロの為にこんな危険な真似を…


けたたましくクラクションを鳴らし、迫り来る車の群。

俺は涙目で犬コロを拾い上げ、猛然とダッシュッ!!


―――が、やっぱり間に合わない。


すぐそこには、大型トラックが唸りを上げて迫って来ていた。


うわぁーーーーーんッ!!俺、地縛霊決定ッ!!!

我が一生、悔いだらけだーーーッ!!


と、覚悟を極めたその瞬間だった。

いきなり俺の近くに迫っていたトラックが、見えない壁にでもぶち当たったかのように、いきなり大破し吹っ飛んだ。

それと同時に街路灯からショーウィンドゥ、更には近くのビルの窓ガラスなどが、凄まじい破裂音を立てて吹き飛ぶ。


「な、何が…」

俺は馬鹿犬を抱いたまま、歩道に転がった。


何が起こったのか、全く理解出来ない。

ただ言えるのは…

俺と犬は助かった。

がしかし…

街は大パニックだった。

まるで自爆テロでも起きたかのような、大惨事だ。

止まらぬクラクションに、泣き叫び、右往左往と逃げ惑う人々…

うららかな日曜日の風景が、一瞬にして地獄絵図と化している。


「うぅ~む…」

よもや身の危険を感知して、俺の中の眠れる力的なモノが発動したとか……そーゆーのじゃないよね?

僕の所為じゃないよね?


何となくバツが悪くなり、キョロキョロと辺りを見渡す。

と、ビルの陰に佇む一人の少女の姿が目に飛び込んできた。


あれ…?あの娘は確か、前にも商店街で…


その少女は、パニックになっている人々を前にオロオロとしていた。

が、俺と目が合うと、そのまま逃げる様に走り去って行った。


「うぅ~む、分からん。全く分からんのぅ……犬コロよ」

俺は胸に抱いた犬畜生に向ってそう独りごちるが…

その馬鹿犬、俺の胸の中でウンチョを垂れていた。


「……たわけーーーーーッ!!」


洸一、犬コロの頭を鷲掴み、サッカーボールキックを一発ッ!!

犬畜生は『キャウ~ン』と情け無い声を上げながら、逃げ惑う人々の頭上を越え、星になった。



しかし……一体、何がどーなっているのか…

俺には理解できん。

出来ないけど、ちゃんとバイト代が貰えたから、今日の所は良しとしよう。





★3月21日(月)前編



本日は振替休日で休み。

もちろん、何の振替かは謎だ。

そんな麗らかな小春日和の安息日…

この俺様、今日もバイトに精を出していた。

世間では、同年代の男女がワイワイキャーキャーと青春を謳歌しているのに、その裏で額に汗して働く俺……

おおっ、まさしく勤労学生ッ!!

これぞ高校生の鏡ッ!!

………

ぶっちゃけ、ただの貧乏人と言う感じがしないではないが…

そーゆー事を考えるのは止めよう。

だって涙が溢れちゃうモンねッ!!



「ったく、なんかもう…鉄板で焼かれて嫌になっちゃうよなぁ…」

俺はブツブツと、独り溢していた。

周りは、ウンザリするような人だかり。

恋人同士、友達同士、はては家族連れまで…

皆さん、実に笑顔が眩しい。

なんちゅうか、テロリストの気分が分かると言うものだ。


「やれやれ…」

俺は深い溜息を吐きつつ、楽屋にて支給された謎の衣装に着替える。


今日の洸一チン、実はバイトで遊園地に来ていた。

もぎり…?

売店…?

園内清掃…?

いやいや、さにあらず。

今日のバイトは……ズバリ、TVのヒーローショーの悪役。

しかも下っ端戦闘員A。

何だかもう……本当に泣きたい気分で一杯だ。


「全く、何故にこの俺様が単なる戦闘員なのか……悪なら悪で、幹部にしろっちゅーねん」

そんな事をボヤきながら、黒タイツに妙な仮面と言う、何処に出しても恥ずかしい戦闘員の服を着込む。


何でもこのTVヒーロー…現在、子供達に大人気だそーだ。

特撮系にはちと疎い俺様は良く知らないが、話しに拠れば、過激なアクションがウリらしい。

何と説明したら良いか……殆どガチンコバトルと言うのか?

毎週毎週、ここぞとばかりに悪役をボコボコにするのがウケていると言うことだ。

いやはや、世も末である。


で、遊園地で行なわれるこのTVヒーローのショーなのだが……

これも、かなりマジな戦闘を行なう。

と言うか、『ヒーローを殺す気でやれぃ』と先ほど事務所の人に言われた。

モノホンのガチンコバトルだ。

もちろん、ヒーローの方も本気で襲い掛かって来ると言う事で、それなりの強者が着ぐるみの中に入ってるらしい。


なるほど……

道理で、時給が高いと思った。

下手すりゃ怪我しちゃうもんなぁ…

もしかして、治療費込みでの時給なのかな?


しかしまぁ…この俺様が本気を出して良いのか?

戦闘員が勝っちまったら、ショーにならんと思うんじゃが…


そんな事を考えながら、舞台の脇でその他大勢の、何だか妙に草臥れて肩を落としている先輩戦闘員達と共に待機。

舞台では、進行役のお姉さんがマイク片手に、たくさんのチビッ子と極少数の大きなお友達に向って、何やら声を張り上げていた。


さて、間も無く始まるか…

俺の出番は、第2陣だ。

ヒーローが登場し、第1陣が突撃。

そして全滅の後、俺様以下5名の戦闘員は、「キェーーッ」と奇声を発しながらヒーローに襲い掛ると言った段取り。

もちろん、殺す気で突撃するのだ。


ところで、ヒーローって…どんなんだ?

首を伸ばし、舞台を覗うと…今まさに、そのヒーローとやらが登場する所だった。

子供達の黄色い歓声を受け、何やら奇抜なアクションを極めながら部隊の中央に踊り出る。


なんちゅうかヒーローは…シャア専用ウォーズマンと言った、版権的にはどうよ?と言う造詣をしていた。

むしろ正義の味方と言うより、怪人サイドと言った方が良いだろう。


アレが人気沸騰中のヒーローねぇ…

俺の餓鬼の時の特撮モンは、何処から見ても正義ですッ!!て感じだったんだけどなぁ…


「…ま、どーでも良いか」

俺は腕を組み、舞台の袖で着ぐるみヒーローを観察。


さて、どのぐらいの腕前か…お手並み拝見と行こうじゃないか。


『キェーーーーーーッ!!』


奇声を発し、総勢5名のウェーブ第1陣が突撃開始。

ヒーローを取り囲み、マジなパンチやマジなキックを繰出す。

所謂、袋にしちまえーーーッ!!な状況。

がしかし…

僅か5秒と持たず、戦闘員達は全滅していた。

何が起こったのか、あまりの速さに良く分からなかったが…

戦闘員の中には、モノホンの血反吐を吐いてる奴もいた。


う、うそーーーーーーーーんッ!?

洸一クン、少々シッコスが零れてしまい、黒タイツに僅かに染みが出来てしまった。


お、おいおいおい……尋常じゃねぇーよ……

マトモじゃない強さだよッ!!

着ぐるみの中身はなんだ?

もしかして白熊でも入っているのか??


ヒーローは鼻息も荒く、呻き声を上げて痙攣すらしている戦闘員達を踏み付けながら、仁王立ちしていた。

ちびッ子は大拍手だ。

そしてそれ以外はドン引きだ。


「ぐ、ぐぬぅ……」


何だか、妙に悔しい。

俺達は名も無い戦闘員だけど…

それでも、自分だけ目立ちやがって…

何様のつもりだッ!!(答:ヒーロー様)


やってやる…

やってやるぜ、俺はッ!!

下っ端戦闘員の底力…思い知るが良いッ!!


「キェーーーーーーーーーーーッ!!」

俺は奇声を発し、数名の仲間達と共に舞台に登場。

そして問答無用で襲い掛かる。


食らいやがれッ!!俺様のデリシャスパンチをッ!!

唸る俺様の豪腕。

が次の瞬間、俺の体は何故か宙を舞っていたのだった。





★3月21日(月)後編



神の領域まで高めた俺様の正義の拳、ジャスティス・ナックルが、今まさにヒーロー野郎の顔面に叩き込まれようとした瞬間、俺は下方から顎方面に向け強い衝撃を受け、そのまま宙を舞いながら後方伸身3回転ひねり付きと言う、難易度Z級の高い技を極めつつ、頭から舞台に激突した。


な、なんだ…?

物凄く頭が痛いんじゃが…一体何が起こったんだ?


震える、と言うよりは痙攣している四肢に力を込め、舞台の中央に視線を走らせると…

「……ゲッ!?」

俺と共に突撃した戦闘員達は、既に壊滅していた。

腕とかが変な方向に曲がっている奴もいるし、壁に埋まってエジプトの壁画のようになっているヤツもいた。


「く、くそぅ…」


チビッ子達は大歓声。

そしてそれに応えるヒーロー。

滅茶苦茶、腹が立つ。


お、おのれぇ……よくも俺様の戦友達(バイト仲間)を…


俺は気合いを込めまくって立ち上がると、

「キェーーーーーーーーーーーッ!!」

再度突撃開始。

このままやられっぱなしでは、神代洸一の名が廃ると言うものだ。


やらせはせん…やらせはせんぞーーーーーーーーーーーーッ!!


――バキッ!!!


「うわぁーーーんッ!!やられたーーーッ!!」

洸一、今度は舞台の袖まで吹っ飛んでいた。


ば、馬鹿な…

この俺様がたった二度の攻撃を食らっただけで……

意識を……





「…あれ?」

気が付くと、俺は楽屋の片隅で寝かされていた。

どうやら、あのまま気絶してしまった様だが…


「あぅぅぅ、痛いよぅ…」

体中の骨や筋が、悲鳴を上げていた。

まさに全身打撲……ムチャクチャに痛い。

それに楽屋内を見渡すと…バイトに参加した全員、何やら怪我を負い、非常に疲れた顔をしていた。


うぬぅ…

な、なんちゅう過酷なバイトだ…

時給が高いのも頷ける。

がしかし…

ちょいと酷過ぎないかい?

いくらショーとは言っても、俺達も同じ人間……

何故にここまで、酷い扱いを受けなければならないのか…


それを考えていると、無性に怒りが込み上げてきた。

あのヒーロー野郎…自分が強いからって、手加減無しにムチャクチャやりやがって…

一言、文句を言ってやるッ!!


俺は痛む体に鞭を入れ、楽屋を飛び出した。

絶対に、『ごめんなちゃい』と言わせてやるッ!!

もしも言わなかったら、このまま人権団体に駆け込んでやるぞよッ!!


俺は狭い通路を走り、もう一つの楽屋へ辿り着くや、

「――コルラァァァァッ!!」

扉を蹴破り室内に乱入。


「一言、物申すッ!!って…」


―――そして、時は止まった。


「…えっ?」


ヒーローは、着替えの真っ最中だった。

着ぐるみを脱ぎ、自分の服に着替えている。


「え…えっ??」

ヒーローは、全体的に細身だけど、出る所は出ていた。


「…え???」


ヒーローは、シンプルデザインのスポーツブラを着けていた。

って言うか、女だった。

更に言えば、俺の知ってる女だった。

着替えの途中で乱入して来た俺に対し、彼女はかなり動揺しているようだ。


「え…え…ええ…???」


「…二荒…真咲……さん?」


「え?え?え…????」


納得の強さを誇る我が学園の女千人長様は、最初呆然としていたが、段々と顔中が茜色に染まり、その内に、体が小刻みに震え出す。


「……え~と……これは違うんですよ?」

何が違うのか全然分からんが、俺はステキなスマイルを施しながら、そそくさと部屋から出て扉を閉めるのだが…


――――バンッ!!


「ふぎゃんッ!!?」

いきなり扉は吹っ飛び、俺はそのまま壁にぶち当たった。


「じ…神代…洸一……」


地獄門は開かれ、赤鬼と化した二荒が、今まさに俺の元へ迫ろうとしている。


「お、落ちつけ二荒ッ!!いや、落ち着いて下さい二荒様ッ!!」


「き、貴様と言う奴は…」


「は、話せば分かるッ!!」

多分。


「何を話す事があるんだッ!!」


「だ、だから……その……何を話すべきか、先ずそれを話し合おうッ!!」


「こ、この…変態野郎ーーーーーーーーッ!!」


凄いッ!!としか形容出来ない二荒のパンチが頭蓋に減り込み、俺はそのままスーパーボールのように狭い通路を弾みながら吹っ飛んだ。

そしてそれが、ヒーローショー第二部・楽屋裏編の幕開けだったのだ。



うぅぅ…痛いよぅ痛いよぅ…


結局この日、朝から働き得たものは…

切り傷・擦り傷・打ち身・捻挫・打撲と、無数のアザのみ。

バイト代は全て、治療費で消し飛んでしまった。


神様…

僕、何か悪い事をしましたか?

もしかして、アレですか?

餓鬼の頃、賽銭をくすねた事を、まだ根に持っているのですか?


にしても、よもやヒーローの中身が二荒だったとは…

って言うか、あいつ本当に女か?

いや、それ以上に同じ人類か?

尋常じゃねぇ強さだよ…

………

でも、見た目と違って中々にグラマラスなのには、少し驚いたけどね。





★3月22日(火)



今日は珍しい事に、何故か早くに目が覚めた。

顔を洗い、久し振りにのんびりとした朝食。

穂波はまだ、俺を起こしに来ない。

これもまた、珍しい。


「ふむぅ……ま、良っか」


靴を穿き、誰に言うでもなく「行って来るぜ」と独りごちりながら玄関の戸を開ける。

外は爽やかだった。

青のカンバスに刷毛で描いたような擦れた白い雲。

少し乾燥した空気が肌に心地良い。


「うぅ~む、めっきり春じゃのぅ…」

背伸びを一つ、ブラブラと学校へ向って歩き出した所で、

「洸一っちゅわぁぁぁぁぁん♪」

別の意味で春らしい声が、後方から響いて来た。


「待ってよぅぅぅぅ……一緒に行こうよぅぅぅぅぅ」


やれやれ…

俺は軽く溜息を吐き、

「默れキチ○イッ!!朝からギャーギャー大声で喚くなッ!!」

と振り返り怒鳴り付けるが…


「―――ぬぉうッ!?」

穂波の姿に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ほ…穂波…なのか?」


「えへへへへ~♪」


「あ、あららららら……洸一先生、驚いちゃったなぁ」


穂波は、いきなり髪型が変っていた。

あの田舎臭くもどこか郷愁を誘うお下げ髪は消え、前を少しアップにさせたセミロングなヘアーになっている。

しかも何を主張したいのか、頭にリボン型のカチューシャまで装着。

なんちゅうか…ちょこざいなッ!!と言う感じだ。

それにそもそも、そのアクセサリーは校則違反になりやしないかね。


「えへへへ~♪お休みの間にね、美容院へ行って来たんだよぅ」


「そ、そうかぁ……そう言えば前に、髪型がどうとか言ってたモンなぁ」


「えへへへ…ね、光一っちゃん。似合う?この髪……似合う?」


「……似合わん」


「……ね、似合う?似合う?似合う?似合う?」


「…………似合います」


「えへ、えへへへへへ~♪」

穂波は心底嬉しそうな顔した。

俺としては…少しその笑顔が怖い。


「しかし、髪型は良いとしてよぅ…どうしてカチューシャなんか付けてるんだ?……信仰なのか?」

俺は歩きながら尋ねると、穂波は良くぞ聞いてくれたッ!!と言わんばかりに瞳を輝かせ、


「宇宙の意志なのッ!!」


「……すんません。もう、勘弁して下さい」


「え?どうしたの洸一っちゃん?」

穂波は眩しい笑顔で首を傾げた。


今日の彼女は…何だか妙にテンションが高かい。

髪型と相俟って、なんちゅうか…別の女の子に見える。

………

いや、別の女の子、と言うよりは…別の生物と言った所か。


「にしても、随分とバッサリとやっちまったなぁ…」

俺は穂波の髪をまじまじと見つめた。

そこにはもう、俺の手に馴染んだストレス解消アイテムであるお下げ髪は、影も形も無い。

ちょっぴり切ない気分だ。

何しろ餓鬼の頃から事ある毎に摘んでいたし…


「…洸一っちゃん。やっぱり、前の方が良かった?」

と、上目遣いで、穂波。

その瞳は、どことなく不安げだ。


「あん?別にどっちでも同じだ。髪型を変えたぐらいで、お前の病気…もとい、お前と言う人格が変るわけじゃねぇーしな。それに……なんだ、お前はその髪型が気に入ってるんだろ?だったら、それで良いじゃねぇーか」


「う~ん、そうだけど……私としては、洸一っちゃんがどう思ってるのか気になるよぅ」


「俺は……その髪型でも良いと思うぞ」


「ほ、本当にッ!!」


「あ、あぁ。正直、それなりに似合ってるからな。ただ、お下げを触れなくなったのは、少し悲しいけど……」


「あ、それだったら心配いらないよぅ♪」

穂波はニコニコと嬉しそうに、鞄をゴソゴソと漁ると、

「はい、洸一っちゃん♪」

と、俺に封筒を手渡した。


「…なんだ?」


「プレゼントだよぅ」


「ほぅ…」

な、なんだろう?

そこはかとなく嫌な予感がするが…


俺は恐る恐る、手渡された茶封筒を開け、

「どひぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーッ!?」

奇声を発した。


「えへへへ~♪これでいつでも楽しめるね♪」

零れんばかりの穂波の笑顔。

封筒の中身は、彼女のお下げがみっちりと詰め込まれていた。

断髪式でもやったのか、根元からちょん切られたお下げ髪が、封筒の中にもっさりと入っている。

まさしく呪いのアイテムだ。


「ご……ごめんなさい」

俺は震える手で、それを返す。

「許して下さい。僕にはとても、受け取ることが出来ません…」


「え~?洸一っちゃん、お下げが好きだって言ったのに…」


「いや、そーゆー問題じゃなくて…いやホント、マジ勘弁して下さい。すんません…俺、ダメっす」


「っもう、どうしたの洸一っちゃん?顔、真っ青だよ?」


「シ、ショックが大き過ぎて…」


「え?」


「いや、そんな不思議そうな顔されても……と、ともかく、今は学校へ急ごうッ!!」

俺はそのままダッシュ。


「あ、待ってよ洸一っちゅわぁぁぁぁん」


当然、俺は待たない。

ってゆーか、待てない。

一刻も早く穂波から逃げ出さなければ…心がどうにかなってしまいそうだしなッ!!



しかし穂波の馬鹿…

本当に髪を切ってしまうとは…アイツも、やる時はやるモンだ。

ま、ここだけの話しだが…

正直、一般的に見て、前よりもかなり可愛くなったと思う。

ただ……

内宇宙の方は、前よりも不安定になったような気がする。

………

もしかして穂波のお下げは、精神の均等を保つ為の必須アイテムだったのではないだろうか?

………

だとしたら、凄く嫌だなぁ。





★3月23日(水)



朝のHRの時間中、寝惚け眼でウツラウツラと春の陽気に誘われて舟を漕いでいると、

「あ~……ところで神代」


「…んにゃ?」

目を開けると、目の前に担任のティーチャー谷岡が、何だか複雑そうな顔で立っていた。

「……なんすか?僕チン、少々お眠なんですが…」


「神代。正直に…答えてくれ」


「…なにを?」


「お前……どんなカンニングをしたんだ?」


「………はぁ?」


「なぁ神代。先生はな、ちょっと悲しいぞ。お前は確かに問題児ではあるが、それでも一本筋の通った男だと思っていたんだが…」


「あのぅ…何を言うてるのでしょうか?」

俺はポリポリと頭を掻きながら、机の前で腕を組んでいる担任を見上げる。

「カンニングとか言ってましたけど……俺、そんな事してないっすよ」


「………嘘を吐くな」


「いや、嘘も何も…って、何故に決め付けるんです?」

ま、確かに俺は…カンニングはしてないな。

テスト後に、あのメガネの伏原さんの答案を、それとなく写しただけだ。

テスト時間中に、不正は一切行っていない。

うむ、無実だ。


「神代。この間の学年末テスト………お前、学年で2番だぞ」

谷岡先生の言葉に、クラス中にどよめきが沸起った。

「ハッキリ言って、職員室は大パニックだ」


「そ、そんな事をハッキリ言われてもなぁ」

しかし2番か……うむ、苦労して忍び込んだ甲斐があったとゆーものだ。

「ま、なんちゅうか…今回は僕チン、非常事態宣言が出ていましたからねぇ。心を入換え、真面目に勉強したとですよ。16年間隠していた爪を、ちょいと伸ばしてみたって言うのですか?俺様が本気を出せば、そのぐらいの点数は取れると言うことでゴワス。グワッハッハッハッ!!」


「おいおい神代よ……真面目に勉強したのは分かるが、ちょっと勉強しただけで取れる点数ではないぞ?なぁ神代…先生、悪いようにしないから…真実を語ってくれないか?」

ミスター谷岡は、どこか優しげな表情で俺の肩を叩く。

これがコイツの手だ。

一言でも真実を喋ってしまったら…俺は間違い無く、退学だ。


「…先生。俺様がカンニングしたと言う……何か具体的な証拠でもあるんですかい?」


「お前の点数自体が、立派な証拠だ」


「………ひ、酷いぜ先生ッ!!」

俺は机に突っ伏し、号泣してやった。

「うわぁぁぁぁーーーーーんッ!!、一所懸命勉強したのにぃ…寝る間も惜しんで勉学に勤しんだのにぃ…担任が僕の言うことを信じてくれないなんて…教育界は腐敗しているッ!!うぉぉぉぉぉぉ~んッ!!」


「神代…嘘泣きは止めろ。他のクラスに迷惑だぞ」


チッ…

「やれやれ、先生さんも…強情ですねぇ」


「それは私の台詞だ、神代」


「ふっ、谷岡の先生さんよぅ。アンタはどーしても、俺がカンニングしたと決め付けたいのですかい?それならこっちにも、考えがあるんですぜ?」


「か、考え?」


「…取り敢えず、教育委員会に訴えてやるッ!!それだけじゃなくて新聞や週刊誌にも投書してやるッ!!見出しは『教育の腐敗ッ・えこ贔屓教師による努力家生徒の抹殺ッ!!』更には人権派弁護士を立てて名誉毀損で裁判所に告訴もしてやるッ!!最高裁まで戦ってやるぞッ!!」


「お、落ちつけ神代」


「うわぁぁぁーーーーんッ!!僕のピュアなハーツは傷を負ったよッ!!ち、ちくしょぅぅぅ……こうなったら卒業後、学校に舞い戻って社会を震撼させる事件を起こしてやるぅぅぅ」


「わ、分かった。分かったら落ちつけ、神代」


「フッ、分かれば良いんですよ、先生」


ま、そんなこんなで…

有耶無耶の内に、俺様は何と学年2番と言うことになってしまった。

穂波と豪太郎もビックリ仰天したが、素直に『洸一っちゃんはやれば出来るんだよぅ』とか褒めてくれた。

うむ、実に気持ちが良い。

がしかし…

一人だけ追試が決定したお馬鹿な智香だけは、因縁を付けるように、

「コーイチ、一体どーゆー手を使ったのよぅ……正直に言わないと、あの事を穂波に言うわよ」


…あの事ってなんじゃろう?

穂波に内緒で智香と二人で映画を見に行った時の事か?

それとも、穂波に内緒で智香と二人でカラオケで盛り上がった時の事か?

はたまた穂波に内緒で智香と二人で水着なんかを買いに行き、その時に俺が『智香は穂波よりスタイルが良いなぁ』とか褒めた時の事か?


…色々あり過ぎて何だか分からんけど、非常に嫌な予感がする。


そこで仕方なく、俺は智香に、食パンに教科書を挟んで食ったら頭が良くなった、と大嘘を教えてやったが…

あの馬鹿の事だ、おそらく実践するだろう。

………

腹壊して学校休んだら、見舞いにでも行ってやるかな。













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ