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俺様日記  作者: 清野詠一
23/39

洸一の定理



★4月21日(木)



いつもと何ら変り映えのしない朝。

俺は春の陽気に脳を冒されている穂波と共に、いつもの通学路をブラブラと学校へ向かって歩いていた。


「ねぇ洸一っちゃん」


「……あん?なんだ?」


「う~……」

穂波は少し、困った顔をしていた。

珍しい事だ。

いつもは、例え目の前で人が車に跳ねられて物凄い事になっている時でさえ、ニコニコと嫌な笑みを絶やさない筈なのに…


「ど、どうした穂波?」

俺、何かご機嫌を損ねるようなことをしましたか?


「う~…何て言うのか…こんな事言っちゃダメなんだけど…多嶋君って、ちょっとオカシイよね?」


――ブッ!!?

「た、多嶋?何だよ、藪から棒に…」


「だってさぁ……ここ最近、多嶋クン、授業中とかジーッと私のこと見つめてくるし……昨日なんか、電話が掛ってきたんだよ」


「ほ、ほぅ…」

うむぅ、やるな多嶋。

中々、アクティブじゃねぇーか。

だが悲しいことに、その行動が裏目に出ているんじゃがな。

「その……電話って、何を話したんだ?学校の事とか?」


「それがねぇ洸一っちゃん。多嶋クン、何も喋らないんだよぅ」


「………は?」


「いきなり電話が掛ってきて、出たらずっと無言で……嫌がらせだよぅ」


「……」

あ、あの馬鹿ッ!!

穂波如きに、何をそんなに緊張してるんだか…

「ま、まぁ…そんなこと言うな、穂波。多嶋にも、色々と事情って言うのがあるんだよ……多分」


「そ、そうかなぁ」


「そーゆー事にしとけ」

俺は笑いながら、穂波の背中を軽く叩いてやった。

ったく、多嶋のドアホゥが…

学校へ着いたら、少し文句を言ってやらんとな。

そんな事を考えながら、穂波と取り止めの無い話をしながら歩いていると、

「やっほーーーーーーーッ♪」

耳に響く馬鹿の声。

公園の入り口で、片目を隠した厨二ヘアーの智香が、ブンブンと手を振っていた。


「おはよう、穂波♪それと馬鹿」


「クッ、朝から戯言を……そーゆー事は、一度でも俺様より上位の成績を取ってから言え」

俺は駆け寄ってきた智香にデコピンを一発。


「痛ったぁ。何すんのよぅ」


「黙れ馬鹿。偶には一日中、ダッチワイフの如くずっと黙って転がっていろ」


「あら?この智香ちゃんに向かって、そんなこと言って良いの。って、置いてかないでよッ!?」

歩き出した俺の腕をムンズと引っ掴む智香。

朝から相変わらず、かしましい女である。


「ンだよぅ。ぼやぼや歩いていると、本当に遅刻しちまうぞ」


「ふふ~ん、そんな口を聞いて良いのかなぁ?」


「あん?」


「コーイチの良からぬ噂は、たくさん耳に入って来ているのよ?ん?」

智香はニヤァ~と嫌な笑みを溢した。

「今なら口止め料として、駅前カフェドゥマゴマゴのパフェで手を打つけど…」


「――了承ッ!!」

叫んだのは榊さん家のアカン子だった。

「パフェを奢るよぅ。だから洸一っちゃんの噂を教えて♪……って言うか、早く言えよ……な?」


「え、え~と…」

智香は視線をさ迷わせた。


やれやれ…

「構わん。俺も聞いてみたいぞ。その嘘だらけの噂と言うヤツをな」


「良いのコーイチ?だったら言うけど……アンタ昨日さ、空手部に行ったそうじゃないの」


「……確かにな」

俺は歩きながら頷いた。

穂波も爛々と目を輝かせ、聞入っている。

なんか……ちょっと嫌だ。


「そこでさぁ、あの二荒さんを熱い眼差しで見つめていたって噂が…」


「――二荒さんッ!?」

穂波が『クケェーッ!!』と怪鳥のような声を上げて仰け反った。

まるで悪霊が乗移った少女のように、物凄い海老反りだ。

「ふふ二荒さんって、あの野蛮な二荒さんでしょ?洸一っちゃん、どーゆー事かな?…かな?」


「し、知らんッ!!確かに練習を見学しには行ったが……二荒に対してどうこうとか言う気持は無いッ!!」


「コーイチ……それ本当?だってアンタ、部活が終ってから二荒さんと二人っきりになったって噂が…」


「二人っきりッ!?」

穂波が今度は『ムキョーーッ!!』と奇声を発し、自分の髪を掻き毟る。

かなりヤバイ感じだ。

今の内に、どこぞの養護施設にでも放り込んだ方が良いかもしれん。

「ここここ洸一っちゃん。どーゆーこと?二荒さんと二人っきりになって、何をしたの?何かをしちゃったの?何かって何なのYOッ!!」


「……かなり壊れ始めてるなぁ。だけどな、俺は二荒と一緒に家へ帰っただけだ。俺の所属しているTEP同好会と二荒の間で、ちょいと諍いがあってな。その事について話をしていただけだ」


「え~~……でもコーイチ。アンタと二荒さんが仲良くαコープで買い物をしていたって言う目撃証言もあるんだけど…」


「か・い・も・NOーーーーーーーーーーーーッ!?」

穂波が電柱に蹴りを入れ始めた。

そしてブツブツと小声で

「買い物…買い物…仲良くお買い物……どーゆー事かなぁ?全然、分からないけど……ど、どーゆー事かなぁ?かなぁ?かなぁ?かなぁ?」


う、うぅ~む……怖い。

「だから、それは本当に偶然の話だな。俺は単に、自分の夕飯を買いに行っただけだ。二荒は二荒で、お袋さんに買い物を頼まれていたらしいぞ」


「でもねコーイチ。買い物が終ってから……アンタの家に入って行く女の子を目撃したって言う話があるんだけど……それって二荒さんじゃないの?」


「――家にッ!!?」

穂波がその場で石化した。

彫像のように、微動だにしない。

物凄く嫌なオブジェの出来上がりだ。

役所に連絡して、撤去してもらわないと…


「ば、馬鹿な事を言うな智香ッ!!昨日、俺様の家に押し掛けてきたのはまどかだッ!!あの馬鹿がやって来て、いきなり飯を食って行ったんだよッ!!問答無用でなッ!!」


「へ?まどか?コーイチ……それって誰?」


「あん?のどか先輩の妹だよ。梅女に通っている格闘馬鹿だ。ま、見た目はスンゲェ美人だけど、中身は超の付く暴君と言うか……って、どうした智香?そんな顔して?」


「コーイチ……あんた何時いつの間に、彼女が出来たの?」


「はぁぁぁ?彼女?フッ、何を愚かな事を……」

と、俺は一笑に附しようとしたがその時、背中に巨大な小宇宙コスモを感じ、慌てて振り返った。

「……ゲッ」

暗い目をした穂波が、佇んでいた。

ブツブツと、何やら呟いている。

「洸一っちゃんの家に…二人っきり……洸一っちゃんの家に…二人で……」


「ほ…穂波さん?」


「まどかって……どんな人?」


「だ、だから、のどか先輩の妹で…」


「……美人?」


「へ?ま、まぁ……やはりそこは喜連川の御令嬢と言う事で、それなりには…ってか、前に一度会っただろ?皆でビリヤードやりに行った帰りに……」


「……洸一っちゃん。クマ三郎がやって来るよ」


「――は、はいぃぃッ!?」

俺は智香と顔を見合わせた。

「ク、クマ三郎って……なに?」


「愛と真実の人だよッ!!本名は熊谷熊三郎ッ!!」


「ク、クマじゃねぇーのか?」


「クマ三郎が……クマ三郎が来ちゃうよーーッ!!」

穂波はいきなり絶叫するや、自分の鞄をガサコソと漁り、そして……

「……ガォウ」

何処に売っていたのか、やたら不細工なクマのお面を取り出し、装着した。


「ほ、穂波さん?」


「……ガォウ」


「い、一体……何がしたいのかなぁ?」


「ガォガォウ」


「その……どうして手に、カッターナイフを握り締めているのかなぁ?」


「――ガオゥゥゥッ!!」


「ひぃぃッ!?狂ったーーーーーッ!!」

俺は智香と二人、ダッシュで逃げ出したのだった。



「ハァハァ……智香の馬鹿野郎ッ!!お前が変な事言うから、穂波が遠い世界へ旅立っちまったじゃねぇーかッ!!ハァハァ……」

俺は学校へと続く坂道で、息を切らしながら智香を軽く小突く。

どうやら穂波改めクマ三郎は、追って来ないようだ。


「ハァハァ……そんなこと言ったって……ハァハァ……別に嘘吐いたワケじゃないでしょ」


「そ、それはそうだが……朝からいきなり疲れたぞ」

何しろ、こんなに一生懸命走ったのは生まれて初めてだ。

餓鬼の頃、ヤクザのベンツに蹴りを入れた時だって、こんなに夢中で逃げたりはしなかった。


「私も疲れたわよ」

智香は大きく深呼吸をして、呼吸を整えていた。

「これからは……穂波の前でアンタの噂は言わないようにするわ」


「それが懸命だな。アイツはすぐにリーチが掛るから…」

俺はガックリな溜息を吐き、再び歩き出す。


「ところでコーイチ。もう一つ面白いネタがあるんだけど…」


「……はぁ?今度はどんなガセネタだよ。ったく…」


「失礼ねぇ。噂じゃなくて、真実の話よ」


「真実の話?」


「そーよ。ねぇコーイチ、憶えてる?私が前に話した、喜連川のメイドロボの話」


「ん?ん~~……あ、前に言ってたな。確か運用テストだか何だかでウチの学校にやって来るとか何とか……」

そう言えば、完全人型って話だったな。

ふむぅ、どんなロボなんだろう?

某有名SF映画に出て来る金ピカなロボだったら、俺様の舎弟に加えても良いな。


「それがねぇ、実は昨日から学校に来てるのよ」

智香は何故か、エッヘンと胸を張って答えた。

何を威張っているのだろうか、この馬鹿は?


「ほぅ、それは初耳だ。智香は見たのか?」


「うん、チラッとだけど……凄いよ。さすが最先端のメイドロボね」


「ほほぅ、どんなんだ?ロボット好きの俺様には、ちと気になるぞ?」

何しろサポート系のロボと言えば、ア○ライザーやド○ゴよりも、ロ○ットワーワーが好きな俺様なのだ。

ロボと言う存在に対し、一家言、持っておるのだ。


「そうねぇ……一言で言って、可愛いわね」


「か、可愛い??」

ぬぅ、可愛いと来ましたかッ。

これは少々、イメージを修正する必要があるな。

てっきり俺は、メイドロボ→女性タイプ→アーマロイド・レ○ィと言うイメージを抱いていたんじゃが…

「う~む、可愛いとなると…それはロボ○ンに出て来るロ○ンちゃんみたいな感じと言うことか?」


「コーイチの例えはマニアック過ぎて良く分からないんだけど、そうねぇ…」


「おっと、言うのは止めろ。楽しみが無くなる」

俺はそう言って、何か言い掛けた智香を制した。

「しかしメイドロボか……いよいよ一般家庭にも、ロボが居ると言う夢のような時代がやって来るのか……って、全く想像がつきませんなッ!!」


「そ、そう?」


「当たり前だ。人間の生活って言うのは、そんなにダイレクトに変るもんじゃない。だいたいだなぁ、20世紀から21世紀になった所で、何が変ったんだ?」


「何がって…」


「餓鬼の頃さ、21世紀はこんな風になってるッ!!って、何やらチューブの中を走る高速列車とか、キ○ガイがデザインしたような超高層のビルに物理法則を無視したエアカーとか、そんなモンが描かれている想像図を見た事があるだろ?それが実際はどうだ……なーんにも変ってないじゃん。もちろん見た目だけじゃなくて、生活もな。部屋に戻れば、蛍光灯が寝たまま消せるようにヒモを継ぎ足して長くしてあるんだぜ?これのどこが未来だっちゅーねん…」


「な、なんか話しがずれてるんだけど、コーイチ…」


「そ、そうか?ま、俺が言いたいのはだ、メイドロボなど所詮、一部好事家と小金持ちのアイテムだと言うことだ。一般庶民にはどうせ手が出ないし、大金持ちは本物のメイドさんを雇うわい」


「ま、まぁね。と言うことは、コーイチは興味が無いって事なんだ…」


「馬鹿者。俺は純粋にロボが好きなんだよ。なんちゅうか、メカに憧れるんだよ。そーゆー年頃なんだよ」


「な、何が言いたいのかサッパリだわ…」

智香はヤレヤレと首を振った。


「フッ、女には分かるまい。少年の心と言うものがな」

俺は鼻を鳴らし、何気に、やがて見えて来た校門へ視線を向けると、

「――むっ?」

そこに見知った人影を発見、俺は即座にフルスロットルで駆け出した。

間違い無い…

校門に佇むあの娘は…

俺の架空設定の妹ッ!!

笑顔が眩しい、新たに見つけた我が心のオアシスではないかッ!!


「ラピスーーーッ!!」

俺はブンブンと手を振りながら、彼女の元へ馳せ参じたのだった。



「ラピスーーーーーーーーッ!!」


「はゃ?」

手を振りながら駆け寄って来る俺に対し、ラピスチは最初キョトンとした顔していたが、やがてニッコリと微笑むと、

「あぅ、洸一しゃんですぅ♪」


―――こ、これだぁぁぁぁぁッ!!

この笑顔がある限り、俺は闘えるッ!!

お父さんも働けるッ!!

良く分からんけど、そんな感じだッ!!!


「お、おはようラピス。って言うか、何してるんだ?」

ラピスは校門前で竹箒を手に、ニコニコと天使の笑みで佇んでいた。


「えへへぇ、これはでしゅねぇ……洸一しゃん、お出かけですかぁ♪……なんでしゅ」


「レレレのレ、と言うのは置いといて、俺は出掛けるんじゃなくて、学校へやって来たのだ。それよりも……何だ?掃除してんのか?」


「ハイでしゅ」


「……朝から?校門の前で?一人で?」


「ハイでしゅ」


「……誰に言われた?」

俺は自分でも驚くほど、声が険しくなっていた。

「誰に掃除しろと言われたんだ?」


「ふ、ふぇ?」


「お兄ちゃんに……もとい、この俺様に言ってみなさい。誰に言われたのか…同級生か?それとも先公か?そいつを発見次第、俺が『世の中のしくみ』と『人体の不思議』って言うのを実践付きで教えてやるから……言ってみなさい」


「ふぇ?ラピスが一人でやってるんでしゅよ」

ラピスはクリクリの瞳で、俺を見上げた。

「ラピスが思い付いたんでしゅ」


「お、思い付いた?」


「でしゅ」


「それって…どーゆー意味だ?もしかして、自主的にやってるって事か?」


「ハイでしゅ♪」


「な……何故にッ!?」


「はぅッ!?」


「ど、どうしてだラピス?だって…掃除だぞ?しかも校門なんて…」


「それは……汚れていたからでしゅよ、洸一しゃん。学校に来て、いきなり汚かったら嫌でしゅ。ションボリでしゅ。でも綺麗な学校なら、勉強する意欲も湧いてくるでしゅよ」


―――ガーーーーーーーーン…

と、俺は後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

今時、こんなピュアな心を持った女の子が生き残っていたとは…

「ラ、ラピス………お前は何て、清らかなんだーーーーーーーッ!!」


「あやややッ!?」


「俗世の垢に塗れた俺のハーツまで、浄化された気分だッ!!なんちゅうか、目どころか尻の穴からも鱗が落ちたぜッ!!」


「そ、それはヤバイ病気のような気がするでしゅ…」


「良し、そうと決れば俺様も手伝ってやるッ!!箒を貸せいッ!!」


「ハ…ハイでしゅ」

俺はラピスより借り受けた竹箒を握り締め、ウォリャーッ!!と気合一発、校門前を掃き捲る。

「す、凄いでしゅ、洸一しゃん」

羨望の眼差し。


「ワハハハハハハハっ!!お掃除魔神、コーイチダーとは、ズバリ俺様の事よッ!!掃除とリリアンだけはその辺の女にも負けないぜッ!!…――って、コラそこの生徒ッ!!俺様が掃いた所を歩くにゃッ!!裏門から入れ、裏門からッ!!」

と、俺は無名の男子生徒に向かって箒を振り上げ威嚇していると、

「……アンタ、何してんの?」


「――ムッ!!?」


「いきなり走り出したと思ったら、何で掃除なんかしてんのよ?」

片目隠しヘアーが乱れて全隠しヘアーになっている智香が、首を傾げながら立っていた。


「ふっ、知れたこと。…学園に入る第一歩から綺麗にッ!!そして楽しくお勉強をッ!!…と言うわけだ」


「は、はぁぁ?ち、ちょっと……どうしたのよコーイチ?ワケの分からないこと言って……もしかして、穂波の病気が伝染うつったの?」


「アイツの病は伝染らねぇーよ。アレは先天性疾患なんだよ」


「そう言えばそうね。で、アンタは一体……」

と、智香の視線が、俺の背後にいるラピスに注がれた。

「あれ?その子……」


「ラピスだ」

俺はラピスの小さな肩に手を置き、ズズィッと智香に見せつけた。

「俺様の腹違い、そして種違いの女の子だ」

世間ではズバリ、それを赤の他人と言う。


「し、知ってるわよ。さっき話してたばかりじゃない」


「……は?」

何のことデスカ?


「どーゆー事よ。さっきは初耳とか言ってたじゃないの」


「おいおい……何を言うてるんだ、智香?」


「だからぁ、そのメイドロボのことじゃないの」


「………は?」



メイドロボ?

俺は智香の発した言葉を心の中で反芻し、そして御自慢の脳内コンピューター『ぴゅう太mkⅢ』で解析。

メイドロボ……

何故にいきなり、智香の馬鹿はメイドロボなんて言ったんだ?

何処にメイドロボがいると言うのだ?

この場には、俺とラピスしかいねぇーのに…

「……ハッハッハッ、何を言ってるんだい、チャーリー?幻でも見たのかい?」


「チ、チャーリー??コーイチの方こそ、何を言ってるのよ…」


「アホかッ!!」

俺は智香を一喝した。

「いきなりメイドロボがどうとか言って、俺様の話の腰を折るにゃッ!!」


「な、なによぅ…」

智香はふくれっ面を晒す。

年頃少女がこんな顔をすると、普通は少し『可愛いにゃあ』とか思うが、智香がするとムカつくから不思議だ。


「あん?なんだその不景気な面はッ!!」


「………あっ、もしかして…」

智香がニヤリと笑みを溢した。


「な、なんだよ…」


「コーイチ。あんた、本当にメイドロボを見たことがないの?」


「何度も言うておる。今だお目に掛った事が無いわい」


「うわっ、マジだ……」


「なんだその小馬鹿にした面はッ!!」


「あのねぇ、アンタが本物の馬鹿と言うことが、良く分かったわ」

智香は無礼な事を言うと、いきなりラピスの腕を掴んで引き寄せた。

そして俺の方に向き直させ、

「はい、彼女がそのメイドロボです」


「………あ?」


「だからぁ、この子がメイドロボなのよ」

智香はクックックと、笑いを噛み殺していた。


ラピスが……メイドロボ??

この小さくて愛らしいラピスが…

「……ほぁぁぁぁぁぁぁぁ~」

俺は大きく足を掲げ、

「チャギッ!!」

踵を思いっきり智香の頭上に叩き落してやった。


「い、痛ったぁぁーーーーーーーーッ!?なな何すんのよぅッ!!」


「黙りゃんッ!!!」


「――な゛ッ…」


「言うにこと欠いて、ラピスがメイドロボだとぅ……この大たわけがッ!!」


「な、何マジでキレてんのよ…」


「温厚な俺様とて、時と場合によっては修羅にもなるさッ!!……謝れ。ラピスと俺に、今すぐ謝れぇぇぇッ!!」


「あ、あのねぇ…」

智香は本気で呆れた顔をしていた。

どこまでも人を舐めたヤツだ。

どのようにお仕置きをしてやろうか…

「コーイチ。前からあんたは少しおつむが緩いと思っていたけど、まさかここまで本気の馬鹿だったとは……」


「な、何たる言い草ッ!?俺様をそこまで愚弄するとは……ラピスッ!!お前からもこの馬鹿に、何かガツンと言ってやれ、ガツンとッ!!」


「あややや……ガツン」


「うむ、ナイスだラピスッ!!」

俺はお団子ヘアーのラピスのラピスの頭を、クリンクリンと撫で回した。


「あぅ、なんの話か分からないでしゅけど、喧嘩はダメでしゅよぅ」

ラピスは困った顔で、俺と智香を交互に見やる。


何て素直で気持の良い女の子なんだろう。

自分が中傷されているのに、それでも俺と智香の仲を気にするとは…

さすが俺の妹だ。

「…でもなラピス。この馬鹿はお前の事をメイドロボだとかヌカしたんだぞ?人権侵害も甚だしい暴言だ。こーゆー馬鹿には、言って良い事と言って面白い事、言っては絶対ダメな事などを、時には鉄拳を持って教え諭してやらねばならんのだ」


「はぅぅ……でもラピスは、メイドロボでしゅよ?」


「………は?」

今、なんと仰いました?

俺はマジマジと、相変わらずニコニコと笑みを絶やさない、愛らしいラピスを見つめた。


「ラピスは、喜連川製の最新試作型メイドロボなんでしゅ。色んな意味で、凄いんでしゅよぅ……歌って踊れる第5世代メイドロボなんでしゅ」


「……なるほど」

俺は大きく頷いた。

すると智香はズズィっと俺に詰め寄り、鬼の首を取ったような顔で、

「どうコーイチ?私の言った通りでしょ?さ、謝りなさい。この智香ちゃんに、疑って申し訳御座いません、と頭を下げなさい」


「……馬鹿か貴様ッ!!」


「な、なによぅ…」


「ラピスがわざわざ貴様の冗談に乗ってくれたんだぞッ!!何で俺が貴様如きに頭を下げなければならんのだッ!!」


「ア、アンタねぇ…」


「だいたい、ラピスのどこがメイドロボだっちゅーねんッ!!どう見てもヒューマンじゃねぇーかッ!!」


「だからぁ、それが最新技術なのよ。ね、ラピス」

智香はラピスの肩を抱き寄せた。

ラピスはラピスで、ニコニコ笑顔で「ハイでしゅ♪」と言って俺に笑い掛けて来る。


「ぬ、ぬぅ…」

まさか……よもや本当にメイドロボなのか?

・・・・・・・

馬鹿な…

有り得ねぇ……

よしんば、人間と何ら変らないボディを作る技術があったとしても、ラピスは自分で考えているじゃねぇーか。

この校門の掃除だってそうだ。

誰に命じられたワケでもなく、自分で考え、行動しているじゃねぇーか…

それをメイドロボと言えることが出来るだろうか?

………否、である。


「ふっ、俺様は認めんな」


「はぁ?アンタまだ疑ってるの?」


「黙れ智香ッ!!100歩譲ってラピスが本当に造られた存在だとしよう。が、ラピスは人格があるじゃねぇーかッ!!」


「それも最新の技術で…」


「黙れと言ったッ!!俺に言わせれば、確立した自己がある以上、そこには魂が存在するんだッ!!魂が存在し人語を介すると言うことは、即ち人間と言うことだッ!!」


――神代洸一のこの言葉は、後に『洸一の定理』と呼ばれ、メイドロボの人権を確立する為に全人類に叛旗を翻した『全国メイドロボ擁護連絡会』(全ロ連)のモットーとなったのは、言うまでも無く嘘である――


「いいか智香。例えラピスが本当にメイドロボだとしても、俺の前でそんな事は言うなッ!!例え体は造り物でも、人格がある以上、ラピスは人間だッ!!……あと、酒井さんも人間だッ!!」


「じゃ、じゃあ何よ。逆に言えばコーイチは、人間なのに人間の魂を持っていないのは人では無い、と言ってるの?」


「当たり前だッ!!世の中には猟奇殺人犯とか、人の皮を被った悪魔みたいなヤツがいるんだよッ!!」

クマ三郎とかな。

「だから俺は、そーゆーヤツは人として認めんッ!!分かったか智香ッ!!」


「わ、分かったわよぅ…」

智香は憮然とした表情で頷いた。


うむ、何だか良く分からんが……勝った、と言う感じだ。

しかし、ラピスがメイドロボ?

・・・・・・・・

俺は未だに信じられませんな。








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