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俺様日記  作者: 清野詠一
22/39

そしてレモンのような二人




ゲッ!?まどか…

ど、どうしてこんな時間にこんな場所に?

と言う俺の疑問は余所に、まどかはニヤニヤ笑いながら、

「はぁ~い、真咲♪」

と近付いて来た。


「……まどか」


「いま部活の帰り?」

まどかはにこやかに尋ねてくる。


「そうだが……」


「ふ~ん……ま、それはちょっと置いといて……」

まどかは俺を見つめ、そして大きく息を吸い込むと、

「この……馬鹿洸一ーーーーーッ!!」


「――ハゥァッ!?」

俺は尿を少しだけ垂らし、慌てて二荒の背後に隠れた。

Oh、尿って感じだ。


「昼間はよくも喧嘩を売ってくれたわねぇ。上等じゃないッ!!」


「ごご、ごめんよぅ。金閣寺があまりにも美しくて、つい冗談を言っちゃったんだよぅ」

あと太陽が眩しかったから。


「全く、乙女の純情をなんだと思ってるのよ…」


……誰が乙女でどこが純情なんだ?

とは殴られる危険が大きいから言わないでおこう。


「見なさい、私のスマホッ」

綾香はズイッと俺の眼前に赤いスマホを突出す。

「ムカついて思わず握り潰しちゃったじゃないのッ!!どーしてくれんのよぅ」


「ンなこと言われてもなぁ…」

まどかのスマホは更に薄型軽量化……

ってゆーか100円ライターぐらいの大きさに変わり果てていた。

分子レベルで圧縮されているのか、もはや地球上の物質とは言えないだろう。


「ったく、アンタと付き合ってるとロクな事がないわ」

まどかはブツブツと溢し、ジロリと殺気の篭った瞳で俺を睨みつけると、

「で?アンタは一体、何してんのよぅ」


「は?」


「だからぁ…真咲と二人、何で仲良さそうに一緒に帰っているのか聞いてんのよッ!!」


「――ハゥッ!!?し、しょんな事言われても……優ちゃんの事とか、色々と話したい事があったからなんじゃが……な、二荒?」


「そうだ」

二荒は頷いた。

「同じ学園の生徒同士、単に話していただけだ。変な勘繰りは止せ、まどか」


「別に勘繰ってはいないわよ。ただ、私としては真咲が心配なのよ」


「わ、私?」


「そーよ。何せ洸一は馬鹿で助平で軟派な男なんだから、うぶな真咲が騙されるんじゃないかと…」


随分と、酷い事を言ってくれてます。

「お、おいおいおい、この硬派の代名詞と呼ばれた俺様が、婦女子に対してよこしまな…」


「お黙り洸一ッ!!」


「――はひィィィィッ!!」


「だいたいねぇ、普段はともかく今は真咲とは敵対している時でしょ。万が一にも、真咲と一緒に仲良さげに歩いている所を優に見られたりしたら、どーすんのよ」


「む、むぅ…」

た、確かに……言われてみれば、その通りだ。

考え過ぎと言えばそれまでだけど、絶対無いとは言い切れない。

万分の一の可能性でも、もし優ちゃんに見つかったら……どえりゃあ事になる。ような気がする。

彼女の信頼するコーチである俺様と、現時点では彼女と敵対している二荒が、仲良く下校しているのだ。

この光景を見た彼女は、何と思うだろうか?

ただでさえ格闘技以外の事は『おいどんは、無知無知ですたーい』な優ちゃんの事だ、

「一体これは、どーゆーこと?どうして?どうして神代先輩と二荒先輩が……私って何?私の存在は……私は……私は……私は地平線に浮ぶ大きな疑問符なのらッ!!」

等と、脳内の未知なシナプスが結合し捲って、ぶっ壊れてしまうかもしれない。

そして彼女は髪を染めたりピアスをしたりタトゥーを入れたりでもはや転落の道をまっしぐら。

数年後にはその腕力に物を言わせ、ナチュラル・ボーン・キラーズも真っ青な犯罪を犯すやも知れぬ。

うむ、恐ろしい事ですたい。


「ぬぅ…確かに、少し軽率だったな」

俺は素直に非を認めた。

二荒も難しい顔で黙っている。


「分かれば良いのよ、分かれば」

と、まどか。

「それよりも、真咲との話しは終ったんでしょ?だったら帰るわよ。私はアンタに話があるんですからねッ!!」


話しって……なんだろう?

ってゆーか、本当に話だけだろうか?

パンチとか蹴りはオマケに付いてこないだろうな?

「わ、分かったよぅ。ってゆーか、僕チン少し寄りたい所があるんじゃが…」


「寄りたい所?もしかして、今から真咲とどこか遊びに行く約束をしている、とかじゃないでしょうねぇ…」


「違うわッ!!そりゃ最初に、部活も終ったしお茶でもどうだとは誘ったけど、二荒は二荒で、何か用事があるんだよ」


「あら、そうなの真咲?」


「う、うむ。お袋様にちょっと頼まれて…」

二荒は何故か言葉を濁すと、まどかはこれ見よがしな溜息を吐き、

「あのねぇ……こんな事は私が言う事じゃないけど、真咲の気持ちは、何となく分かってるつもりなのよ。なのにアンタときたら……」


「う、うるさいぞまどかッ!!」


「全く、変な所で奥手と言うか融通が利かないわねぇ。ま、優の事もあるから、今日の所は良いんだけど…」


「うう、うるさいと言ったぞッ!!だ、だいたい……私は別に、なんとも思ってない。貴様が勝手に思い込んでいるだけだッ!!」


「あらそう?ふ~ん……」


ぬぅ…一体、何の話しをしておるのだろう?

何だか知らんけど、僕チン仲間外れにされている雰囲気が…

「あ、あのぅ……さっきから何のお話を…」


「……朴念仁の洸一には、理解出来ない話よ」

まどかはさも小馬鹿にしたように、俺の肩をポムポムと叩く。

「それよりも、さっさと行くわよ。お腹も減ったし……ほれ、早く歩きなさいよ」


「ぐ、ぐぬぅ…」

俺はまどかにボクンと軽く蹴りを入れられながら、夜の商店街に向かって歩き出したのだった。



αコープ…

商店街の中にある総合食品スーパーであり、俺様の生活を支える拠点でもある。

学校帰りの俺が、どうしてスーパーなんぞへやって来ているかと言えば、答えは簡単、食料の調達だ。

晩飯と明日の朝飯等をゲットしに来たのだ。


「……ねぇ洸一。ちょっと質問があるんだけど…」

何故か付いて来ているまどかは、このような庶民向きスーパーに場慣れしてないのか、難しい顔をしていた。

「何でこんなに混んでんの?」


「あん?そりゃあ18時を過ぎるとタイムサービスが始まるからな。生鮮品なんか、格安になるのだ。そしてそれを狙うのが庶民と言うもんだ」


「ふ~ん。あと、もう一つ質問があるんだけど…」


「ん?なんだ?」

俺は特売のシールが貼られた鶏肉のパックを手に取りながら振り返る。

まどかは眉間に皺を寄せていた。


「……なんで真咲まで一緒にいるの?」


「あん?お袋さんに買い物を頼まれたんだろ?同じ街だし……良くある偶然だ」

そう、実は二荒とは、今までもちょくちょくこのスーパーで顔を会わせているのだ。

もっとも、向うは気付いていないし、俺も声を掛けてはいないが……

しかし、まさか今日も二人で同じ場所に用があるとは……大した偶然だ。


「なんか怪しいなぁ。示し合わせてるんじゃないの?」

まどかはそう言いながら、隣りのコーナーでスライスハムなど手に取っている二荒に視線を向けた。

彼女の買い物篭の中には、野菜やら魚やらが入っている。

聞けば二荒は、お袋さんと交代でお弁当を作っていると言うことだ。

見掛けに寄らず、家庭的な女の子である。

うぅ~む、今まで二荒と言うと、生肉を齧っているイメージがあったんだがなぁ…


「それよりも洸一、早く買い物を済ませなさいよ。お腹減っちゃったじゃないの」


「お、おう…」

まさか……俺の家で飯食ってく気じゃねぇーだろうな?

「え~と、今日は何にしようかのぅ。炙りチキンも良いけど、ポークジンジャーも捨て難いのぅ」


「ここは鶏肉ね。カロリーも少ないし、しかも経済的よ」


「そ、そうだな…」

俺は鶏のモモ肉のパックを籠に入れる。


「ちょっとぅ。それだけじゃ足らないでしょ」

言ってまどかは、更にパックを籠の中に放り込んだ。

食べてく気、満々である。


「あ、あのなぁ。何処の世界に、庶民に飯をタカる女子校生のお嬢様がいるんだ?」


「目の前にいるでしょ?アンタのその目はなによ?ビーズ玉か何か?」


「ぐ、ぐぬぅ…」


「あ、フルーツジュースも買ってかないと……少しはビタミンも摂らないとね」


「……もう、勝手にしてくれぃ」



二荒とスーパー前で別れた後、俺は何故かまどかと、買い物袋をぶら下げて夜道を歩いていた。

何だか知らない内に、菓子やらジュースやらも買わされてしまったが……とんだ散財だ。

ちなみに二荒は、米も買っていた。

でっかい米袋を肩に担いで去って行く様は、やはりなんちゅうか……買い物と言うより、鍛錬と言った感じがした。


しかし、弱点かぁ…

二荒は去り際、優ちゃんには致命的弱点がある、とか何とか言っていた。

一体、どんな弱点なんだろうか……全く想像がつかない。

それに多分、二荒に聞いても、教えてはくれないと思う。

今の俺は、TEP同好会の一員として、彼女とは敵対しているのだ。

さすがに二荒も、そこまで塩は送ってくれないだろう。

弱点がある、と教えてくれただけでも大サービスなのだ。


「……ところで、まどか」


「ん、なに洸一?」

まどかはアイスを嘗めていた。

もちろんそのアイスは、俺の貴重な財政から出て行ったものだ。


「どうして俺が、貴様の分まで飯を作らなきゃアカンのだ?」


「良いじゃない。だってお腹減ったもん」


「……」

何が良いのか、僕にはサッパリだ。

「あのなぁ……貴様は飯をタカる為に待ち伏せしてたのか?」


「うん」

速答だった。

その答えに、何の迷いも無い。

凄いお嬢様だ…

「って、そんなワケないでしょ。相変わらずアンタは馬鹿ね」


「……」

もしかして俺、アイス以上に舐められてる?


「私が洸一を待っていたのは……アンタに渡したい物があるからよ」


「渡したい物?」

な、なんだろう?

・・・・・・・・・

もしかして引導じゃねぇーだろうなぁ?


「え~と……はい、これ」

まどかは鞄を漁り、何やら紙袋を取り出し俺に手渡した。

「アンタ今日、練習できなかったでしょ?だからその代わり、格闘技関連の本を持ってきてあげたわよ。洸一は体以外にも、頭も鍛えないとね」


「ぬ、ぬぅ……ここは感謝すべきところだが、素直に礼を述べる気になれんのは何故だ?」


「それはアンタの性格が捻じ曲がっているからよ」


「……人様に飯をタカるヤツが言う台詞ではない、と言うことは理解出来たぞ」



ヤレヤレと言った感じで帰宅。

まどかの馬鹿は、本当に付いて来ていた。

冗談だとばかり思っていたんじゃが、よもやマジで飯を食って行く気だったとは……

僕にはもう、お嬢様という人種が理解出来ないよ。


「お、お邪魔しま~す…」

靴を揃えて家に上がるまどか。


なるほど、最低限の礼儀と常識はわきまえているようだ。

お嬢様の事だから、土足でズカズカ上がり込んで来ると思ったんじゃが…

「着替えてくるから、ソファーにでも腰掛けて待ってろよ」

俺はそう言いの残し、2階にある自室へ。

そして手早く制服を脱ぎ捨て、部屋着に着替えて居間へ戻って来ると……傲岸不遜が信条のまどかにしては珍しく、どこかソワソワした感じで、辺りをキョロキョロと見渡していた。

いつに無く挙動不審である。


「なんだよ。落ち着きの無いヤツだなぁ…」

俺は買い物袋を開け、中の物を冷蔵庫に仕舞って行く。


「い、いやぁ~……冷静になって考えたら、男の子の家にお邪魔するのって初めてだし……それに……その……洸一は独り暮しだし…」


「あん?今更、何を言ってるんだか…」

俺は溜息を吐きながら、ついでにエプロンも着ける。


「な、なによぅ。私だって、一応は乙女なんですからね」


「ふ、本当に一応はな」


「相変わらず人を不機嫌にさせる男ねぇ。そーゆー洸一だって、少しは緊張してるんじゃないの?私みたいな見目麗しい乙女が家にいるわけだし…」


「ケッ、貴様の存在なぞ福助の置物と同じレベルじゃッ!!それよりも少しは手伝え。いくらお嬢様だからと言って、米ぐらいは炊けるだろ?」


「……た、食べられる物が出来上がるかどうか…」


「梅女には家庭科の時間とか調理実習とかねぇーのか?」


「あるけど……ついこの間、危うくガス爆発が…」


「何も触るなッ!!そこで置物らしくジッとしてろッ!!」

ったく……

何だかんだ言って、やっぱお嬢様じゃねぇーか。

本当に、やれやれだぜ。



「へぇ~……凄いじゃない」

食卓に着いたまどかは、珍しく感嘆の声を上げた。

「これ、本当に洸一が一人で作ったの?」


「当たり前だ。ってゆーか、貴様は置物と化してただろーが」

今日の晩御飯は、炙り焼きチキンと炒めベーコンのサラダ。

それと豌豆えんどうの卵とじに浅蜊あさりの味噌汁に飯と漬物だ。

うむ、我ながら天晴れな晩御飯である。


「ふ~ん……洸一って、意外に料理とか上手なんだぁ」


「上手と言うか、必要に駆られてな。独り暮しが1年も続くと、さすがに色々と出来るようになるぞ」

しかも生活費が乏しいから、余計に上達するのだ。

「ほれまどか。冷めないうちに食え」

俺は割り箸を手渡してやる。


「では、遠慮無くいただきまーす」


「遠慮して食え」

こうして、まどかと二人っきりの夕食が始まった。

妙な感じだ。

しかしながら、誰かと夕飯を共にすると言うのも、随分と久し振りである。

考えれば、俺って寂しい生活を送っているなぁ……高校生なのに。


「うんうん、美味しい美味しい♪洸一は将来、立派な主夫になれるわね」


「有り難くない褒め言葉だな」

俺は汁を啜る。

うむ、我ながら良い味だ……

「しかしまどか。貴様もお嬢様とは言え女なんだから、少しは料理ぐらい作れるようにしろ」


「うぅ~ん、分かっちゃいるんだけどねぇ…」


「ったく……ところで、貴様がダメ女だと言うことは分かったが、のどか先輩はどうなんだ?あの人なら少しぐらいなにか作れるような気がするんじゃが…」


「ヤモリの黒焼きを料理と言うんなら、グランドシェフって所だけど…」


「………なるほど」

つまり、全然ダメ、と言うことか。


「ところでさぁ洸一。……実際、どうだった?」

まどかは箸を止め、対面に座る俺様をジッと見つめてきた。

「真咲を見て、どう思った?」


「うぅ~ん、なんちゅうか……驚いたな」


「驚いた?」


「あぁ。正直、二荒があんな美人だとは思わなかった」


「………は?」


「なんちゅうのか……大和撫子?実にこう、胴衣がサマになってるっちゅうか…」


「洸一……あんた真性の馬鹿?」


「な、なにぉうッ!!?」


「誰が真咲の見た目とか聞いてんのよぅ。真咲の空手はどうだった、って聞いてるに決ってるじゃない」


「……それならそうと言ってくれよぅ」

てへっ、恥ずかしいにゃあ。


「あ、あのねぇ。アンタは今日、優の為に真咲の練習を偵察しに行ったんでしょーが。どうして美人だとか可愛いとかナイスボディとか惚れたとか、そーゆー単語が出て来るかなぁ…」


「……そこまでは出してないんじゃが…」


「…で?どうだったの真咲は?」


「……強ぇぇぇ」


「優は勝てると思った?」


「全然」


「速答ね…」


「ふっ、まぁな」

俺は苦笑を溢しながら、お茶碗に御代わりを装う。

何故かまどかも茶碗を差し出してきたので、俺は御代わりを装ってやるが……ホンマに良く食うやっちゃなぁ。

居候でも3杯目はそっと出すもんなんだが、まどかは居候でもなく押し掛けてきたクセに、当然とばかりに御代わりを要求してくるぞよ。

うむぅ……

やはりこ奴は、橋の下で拾われたのではなかろうか?



夕食の後…

俺はまどかと二人、洗い物をしていた。

お嬢様とは言え、自分で汚した皿などは自分で洗わせるのが神代家の家訓なのだ。


「しかし……そっか、やっぱ優じゃキツイかぁ…」

まどかは食器を洗いながら、難しい顔で呟いていた。


「優ちゃんの怪我、あと一日ぐらいは安静にしていた方が良いだろ?だとしたら、残された日は僅か一日……さすがに、二荒と対等に渡り合えるまで鍛え上げるには、時間が足らんだろう。ヤマトでも帰還まで1年近くあったのにな」


「う~ん、ちょっと考えが甘かったかなぁ」


「……かもな」


「むぅ……はいっ、洗い物終了~♪」


「へぇへぇ…」

俺はまどかの洗った皿をタオルで拭きながら、棚に戻して行く。


「ねぇ洸一。お茶、煎れてあげようか?」


「お茶?……煎れられるのか?」


「あのねぇ、子供じゃないんだし、お茶ぐらい煎れる事が出来るわよ」

言いながらまどかは、食卓に置いてあった茶筒の蓋を開け、中を確かめる。

「料理は苦手でも、私はお嬢様なんですからね。これでも、お茶にお花に日舞までマスターしてるのよ」


「……なのに優雅さが感じられないのは何故だ?」


「うっさいわねぇ。洸一は居間で転がってなさいよ」


「へいへ~い…」

言われた通り、俺は居間のソファーにゴロリと横になり、リモコンでTVを点ける。

「あふぅぅ、食後のこのゴロゴロブニャブニャとした時間。なんとも堪りませんなぁ…」

まさに至福の時だ。

独りエッチの次に大切な時間と言えるだろう。


「ちょっとぅ。あんまりゴロゴロしないでよぅ」

まどかがお盆を持って現れた。


「くっ…転がってろと言ったじゃねぇーか」

俺はムクリと起き出し、ボリボリと頭を掻く。

そんな俺の前に、まどかが湯呑を置き、コポコポと急須からお茶を注いだ。

真っ白な湯気に混ざり、何とも言えない香気が鼻腔を擽る。

「うぅ~む、エエ香りじゃのぅ。……ズバリ、玉露と見たね」


「はぁ?ただのお番茶じゃないのぅ」


「ンな事は分かってるわッ!!買ったのは俺だぞ。少しは雰囲気を楽しみたいんだよッ!!」


「え~と、何かニュースはやってるかなぁ…」


「あからさまにスルーかよ…」

俺はズズッとお茶を啜った。

うむ、熱過ぎず温過ぎず……中々に美味い。

「……ところでまどか」

俺はリモコン片手にTVに釘付けの彼女に声を掛ける。

「一つ聞きたいんじゃが…」


「ん、なに?もしかして優の弱点の事?」


「さ、察しが良いなぁ…」


「まぁね。真咲に言われてから、洸一ずっと考えてたみたいだし……でも、聞いても無駄よ」


「無駄?」


「そ。優の弱点は、一朝一夕には直せないし……それに、格闘技関係の弱点とかじゃないからね」


「ど、どんな弱点だ?」

格闘技以外の弱点……なんだろう?

パイパイが小さい事かな?

でも、それはまだ発展途上ってことだし……

よもや夜尿症とか、ちょいとヤバ目な病を抱えているとか……


「優はねぇ……緊張しちゃうのよ」


「き、緊張?」


「そ、あのは結構、上がり症なのよ」


「そ、そうなのか?でもTEP同好会の勧誘とかしていた時は、かなり堂々としていたんじゃが……」


「うぅ~ん、メンタルな部分が大きいんじゃないのかなぁ?試合でもさ、格下相手だとそうでもないんだけど、名の知られた人とかさ、そーゆーのとる時は、必要以上に力が入っちゃうって言うのか……全然、実力を出せないのよ」


「それって、全くダメって事じゃないかい?だって今度は、二荒が相手だぞ?それだけで緊張しまくりだろーに…」


「う、うん。かなり厳しいわね」


「うぅ~む、何かこう……リラックス出来るすべは無いのか?柿の種を煎じて飲むとか息を止めて水を飲むとか…」


「しゃっくりを治すんじゃないんだから…」


「ぬぅ…」

しかし、そっか…緊張しちゃうのか。

これは少し、何か対策を考えないといけませんなッ!!



時刻は既に、20時を回っていた。

お風呂もそろそろ沸いた頃だろう。


「……おい、まどか」


「…ん?なぁに洸一?」

まどかはソファーに腰掛け、まだTVに夢中だった。

何だか知らんが、情報番組に魅入っているようだ。


「もうすぐ21時になるぞ?帰らなくて良いのか?」


「う~ん、もうちょっと…」


「もうちょっとって言うな。俺様は今から風呂に入って一日の疲れを取りたいのだ。とっとと帰れぃッ!!」


「え~~、なんか面倒臭いなぁ…」


面倒って…

「あ、あのなぁ…」


「別に良いじゃない。何だったら……今日、泊まっちゃおうかなぁ」


「……寝るんだったら、そのソファーを使え。特別に毛布ぐらいは貸してやる」


「ありゃ?何か随分と淡泊な感じなんだけど…」

まどかは此方を振り向き、少しだけ頬を膨らませながら鼻白んだ感じで、

「私みたいな可愛い女の子が、泊まっても良いって言ってるんだから……少しは驚いたりとか照れたりしなさいよぅ」


「たわけッ!!お前のそーゆー冗談に付き合ってるヒマはねぇーんだよ。だいたい、気安くそーゆー事を言うにゃッ」

ったく、この馬鹿は…

「貴様は確かに、性格を省き、黙って座ってる分にはそれなりに良い女だ。だからこそ、そんな事は言うな。俺のような一本筋の通ったナイスガイならともかく、その辺の有象無象の輩なら、間違い無く襲い掛っているぞ」


「……大丈夫よ。私に勝てるヤツなんてそんなにいないし」


確かに…

地球人類では数が少ないだろうな。

「そーゆーのを、自信過剰って言うんだ。やる気になった男は怖いんだぞぅ……後先考えないからな。お前の飲んでいるお茶に、睡眠薬ぐらい放り込むかもしれん」


「だから、大丈夫よ。洸一って意外に心配性なのね」

まどかはクスクス笑いながらソファーから立ち上がると、居間から庭に通ずるテラス窓のカーテンをサッと開けた。


「――ゲッ!?」

そこには迷彩服に身を包んだ厳つい兵士達が数名、何やら黒光する突撃銃(らしき物)を構えて佇んでいた。


「ね、大丈夫でしょ。帰りが遅い時は、自動的に配備されるのよ」


「……誰?」


「私直属の喜連川情報部。喜連川・インテリジェンス・システム・サービス、通称KISSの面々よ」

まどかはエッヘンと胸を張って答えた。


「ふ、ふ~ん……これならどんな暴漢もイチコロだね」


「でしょ?」

まどかはコロコロと可笑しそうに笑った。

「さて、それじゃあ帰ろうかな」


「お、おぅ…」


「えへへ、ありがとうね洸一。晩御飯、美味しかったよ」


「そりゃどうも」


「また、食べに来ても良い?」


「断わる」


「………そーゆー時は普通、嘘でも『良いよ』って答えるんじゃない?」


「俺は嘘を吐けない性格なんでな。ジャスティスに生きるのが俺様ライフのモットーだ」


「あっそ。……全く……ずっと観察してみたけど、本当にこんな男のどこが良いのかしら、真咲は……」


「あん?なんだ?何か言ったか?」


「何でも無いよ。それじゃあね洸一。明日は、いつもより早くあの土手で待ってるから……練習に遅れたら承知しないわよ」


「了解だ」



まどかの帰宅後、風呂に入り、それから自室で彼女の持ってきた本を読んでみる。

うむ、なるほど……

TEPの格闘技には、投げ技も独特なものがあるのぅ……

しかし…

何故にあの馬鹿は、俺の家で飯なんか食っていったのだろうか?

天下無双のお嬢様なんだから、家に帰れば山海の珍味が揃っていると言うのに…

全く、彼奴の行動は理解出来んわい。










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