そしてレモンのような二人
ゲッ!?まどか…
ど、どうしてこんな時間にこんな場所に?
と言う俺の疑問は余所に、まどかはニヤニヤ笑いながら、
「はぁ~い、真咲♪」
と近付いて来た。
「……まどか」
「いま部活の帰り?」
まどかはにこやかに尋ねてくる。
「そうだが……」
「ふ~ん……ま、それはちょっと置いといて……」
まどかは俺を見つめ、そして大きく息を吸い込むと、
「この……馬鹿洸一ーーーーーッ!!」
「――ハゥァッ!?」
俺は尿を少しだけ垂らし、慌てて二荒の背後に隠れた。
Oh、尿って感じだ。
「昼間はよくも喧嘩を売ってくれたわねぇ。上等じゃないッ!!」
「ごご、ごめんよぅ。金閣寺があまりにも美しくて、つい冗談を言っちゃったんだよぅ」
あと太陽が眩しかったから。
「全く、乙女の純情をなんだと思ってるのよ…」
……誰が乙女でどこが純情なんだ?
とは殴られる危険が大きいから言わないでおこう。
「見なさい、私のスマホッ」
綾香はズイッと俺の眼前に赤いスマホを突出す。
「ムカついて思わず握り潰しちゃったじゃないのッ!!どーしてくれんのよぅ」
「ンなこと言われてもなぁ…」
まどかのスマホは更に薄型軽量化……
ってゆーか100円ライターぐらいの大きさに変わり果てていた。
分子レベルで圧縮されているのか、もはや地球上の物質とは言えないだろう。
「ったく、アンタと付き合ってるとロクな事がないわ」
まどかはブツブツと溢し、ジロリと殺気の篭った瞳で俺を睨みつけると、
「で?アンタは一体、何してんのよぅ」
「は?」
「だからぁ…真咲と二人、何で仲良さそうに一緒に帰っているのか聞いてんのよッ!!」
「――ハゥッ!!?し、しょんな事言われても……優ちゃんの事とか、色々と話したい事があったからなんじゃが……な、二荒?」
「そうだ」
二荒は頷いた。
「同じ学園の生徒同士、単に話していただけだ。変な勘繰りは止せ、まどか」
「別に勘繰ってはいないわよ。ただ、私としては真咲が心配なのよ」
「わ、私?」
「そーよ。何せ洸一は馬鹿で助平で軟派な男なんだから、初な真咲が騙されるんじゃないかと…」
随分と、酷い事を言ってくれてます。
「お、おいおいおい、この硬派の代名詞と呼ばれた俺様が、婦女子に対して邪まな…」
「お黙り洸一ッ!!」
「――はひィィィィッ!!」
「だいたいねぇ、普段はともかく今は真咲とは敵対している時でしょ。万が一にも、真咲と一緒に仲良さげに歩いている所を優に見られたりしたら、どーすんのよ」
「む、むぅ…」
た、確かに……言われてみれば、その通りだ。
考え過ぎと言えばそれまでだけど、絶対無いとは言い切れない。
万分の一の可能性でも、もし優ちゃんに見つかったら……どえりゃあ事になる。ような気がする。
彼女の信頼するコーチである俺様と、現時点では彼女と敵対している二荒が、仲良く下校しているのだ。
この光景を見た彼女は、何と思うだろうか?
ただでさえ格闘技以外の事は『おいどんは、無知無知ですたーい』な優ちゃんの事だ、
「一体これは、どーゆーこと?どうして?どうして神代先輩と二荒先輩が……私って何?私の存在は……私は……私は……私は地平線に浮ぶ大きな疑問符なのらッ!!」
等と、脳内の未知なシナプスが結合し捲って、ぶっ壊れてしまうかもしれない。
そして彼女は髪を染めたりピアスをしたりタトゥーを入れたりでもはや転落の道をまっしぐら。
数年後にはその腕力に物を言わせ、ナチュラル・ボーン・キラーズも真っ青な犯罪を犯すやも知れぬ。
うむ、恐ろしい事ですたい。
「ぬぅ…確かに、少し軽率だったな」
俺は素直に非を認めた。
二荒も難しい顔で黙っている。
「分かれば良いのよ、分かれば」
と、まどか。
「それよりも、真咲との話しは終ったんでしょ?だったら帰るわよ。私はアンタに話があるんですからねッ!!」
話しって……なんだろう?
ってゆーか、本当に話だけだろうか?
パンチとか蹴りはオマケに付いてこないだろうな?
「わ、分かったよぅ。ってゆーか、僕チン少し寄りたい所があるんじゃが…」
「寄りたい所?もしかして、今から真咲とどこか遊びに行く約束をしている、とかじゃないでしょうねぇ…」
「違うわッ!!そりゃ最初に、部活も終ったしお茶でもどうだとは誘ったけど、二荒は二荒で、何か用事があるんだよ」
「あら、そうなの真咲?」
「う、うむ。お袋様にちょっと頼まれて…」
二荒は何故か言葉を濁すと、まどかはこれ見よがしな溜息を吐き、
「あのねぇ……こんな事は私が言う事じゃないけど、真咲の気持ちは、何となく分かってるつもりなのよ。なのにアンタときたら……」
「う、うるさいぞまどかッ!!」
「全く、変な所で奥手と言うか融通が利かないわねぇ。ま、優の事もあるから、今日の所は良いんだけど…」
「うう、うるさいと言ったぞッ!!だ、だいたい……私は別に、なんとも思ってない。貴様が勝手に思い込んでいるだけだッ!!」
「あらそう?ふ~ん……」
ぬぅ…一体、何の話しをしておるのだろう?
何だか知らんけど、僕チン仲間外れにされている雰囲気が…
「あ、あのぅ……さっきから何のお話を…」
「……朴念仁の洸一には、理解出来ない話よ」
まどかはさも小馬鹿にしたように、俺の肩をポムポムと叩く。
「それよりも、さっさと行くわよ。お腹も減ったし……ほれ、早く歩きなさいよ」
「ぐ、ぐぬぅ…」
俺はまどかにボクンと軽く蹴りを入れられながら、夜の商店街に向かって歩き出したのだった。
★
αコープ…
商店街の中にある総合食品スーパーであり、俺様の生活を支える拠点でもある。
学校帰りの俺が、どうしてスーパーなんぞへやって来ているかと言えば、答えは簡単、食料の調達だ。
晩飯と明日の朝飯等をゲットしに来たのだ。
「……ねぇ洸一。ちょっと質問があるんだけど…」
何故か付いて来ているまどかは、このような庶民向きスーパーに場慣れしてないのか、難しい顔をしていた。
「何でこんなに混んでんの?」
「あん?そりゃあ18時を過ぎるとタイムサービスが始まるからな。生鮮品なんか、格安になるのだ。そしてそれを狙うのが庶民と言うもんだ」
「ふ~ん。あと、もう一つ質問があるんだけど…」
「ん?なんだ?」
俺は特売のシールが貼られた鶏肉のパックを手に取りながら振り返る。
まどかは眉間に皺を寄せていた。
「……なんで真咲まで一緒にいるの?」
「あん?お袋さんに買い物を頼まれたんだろ?同じ街だし……良くある偶然だ」
そう、実は二荒とは、今までもちょくちょくこのスーパーで顔を会わせているのだ。
もっとも、向うは気付いていないし、俺も声を掛けてはいないが……
しかし、まさか今日も二人で同じ場所に用があるとは……大した偶然だ。
「なんか怪しいなぁ。示し合わせてるんじゃないの?」
まどかはそう言いながら、隣りのコーナーでスライスハムなど手に取っている二荒に視線を向けた。
彼女の買い物篭の中には、野菜やら魚やらが入っている。
聞けば二荒は、お袋さんと交代でお弁当を作っていると言うことだ。
見掛けに寄らず、家庭的な女の子である。
うぅ~む、今まで二荒と言うと、生肉を齧っているイメージがあったんだがなぁ…
「それよりも洸一、早く買い物を済ませなさいよ。お腹減っちゃったじゃないの」
「お、おう…」
まさか……俺の家で飯食ってく気じゃねぇーだろうな?
「え~と、今日は何にしようかのぅ。炙りチキンも良いけど、ポークジンジャーも捨て難いのぅ」
「ここは鶏肉ね。カロリーも少ないし、しかも経済的よ」
「そ、そうだな…」
俺は鶏のモモ肉のパックを籠に入れる。
「ちょっとぅ。それだけじゃ足らないでしょ」
言ってまどかは、更にパックを籠の中に放り込んだ。
食べてく気、満々である。
「あ、あのなぁ。何処の世界に、庶民に飯をタカる女子校生のお嬢様がいるんだ?」
「目の前にいるでしょ?アンタのその目はなによ?ビーズ玉か何か?」
「ぐ、ぐぬぅ…」
「あ、フルーツジュースも買ってかないと……少しはビタミンも摂らないとね」
「……もう、勝手にしてくれぃ」
★
二荒とスーパー前で別れた後、俺は何故かまどかと、買い物袋をぶら下げて夜道を歩いていた。
何だか知らない内に、菓子やらジュースやらも買わされてしまったが……とんだ散財だ。
ちなみに二荒は、米も買っていた。
でっかい米袋を肩に担いで去って行く様は、やはりなんちゅうか……買い物と言うより、鍛錬と言った感じがした。
しかし、弱点かぁ…
二荒は去り際、優ちゃんには致命的弱点がある、とか何とか言っていた。
一体、どんな弱点なんだろうか……全く想像がつかない。
それに多分、二荒に聞いても、教えてはくれないと思う。
今の俺は、TEP同好会の一員として、彼女とは敵対しているのだ。
さすがに二荒も、そこまで塩は送ってくれないだろう。
弱点がある、と教えてくれただけでも大サービスなのだ。
「……ところで、まどか」
「ん、なに洸一?」
まどかはアイスを嘗めていた。
もちろんそのアイスは、俺の貴重な財政から出て行ったものだ。
「どうして俺が、貴様の分まで飯を作らなきゃアカンのだ?」
「良いじゃない。だってお腹減ったもん」
「……」
何が良いのか、僕にはサッパリだ。
「あのなぁ……貴様は飯をタカる為に待ち伏せしてたのか?」
「うん」
速答だった。
その答えに、何の迷いも無い。
凄いお嬢様だ…
「って、そんなワケないでしょ。相変わらずアンタは馬鹿ね」
「……」
もしかして俺、アイス以上に舐められてる?
「私が洸一を待っていたのは……アンタに渡したい物があるからよ」
「渡したい物?」
な、なんだろう?
・・・・・・・・・
もしかして引導じゃねぇーだろうなぁ?
「え~と……はい、これ」
まどかは鞄を漁り、何やら紙袋を取り出し俺に手渡した。
「アンタ今日、練習できなかったでしょ?だからその代わり、格闘技関連の本を持ってきてあげたわよ。洸一は体以外にも、頭も鍛えないとね」
「ぬ、ぬぅ……ここは感謝すべきところだが、素直に礼を述べる気になれんのは何故だ?」
「それはアンタの性格が捻じ曲がっているからよ」
「……人様に飯をタカるヤツが言う台詞ではない、と言うことは理解出来たぞ」
★
ヤレヤレと言った感じで帰宅。
まどかの馬鹿は、本当に付いて来ていた。
冗談だとばかり思っていたんじゃが、よもやマジで飯を食って行く気だったとは……
僕にはもう、お嬢様という人種が理解出来ないよ。
「お、お邪魔しま~す…」
靴を揃えて家に上がるまどか。
なるほど、最低限の礼儀と常識はわきまえているようだ。
お嬢様の事だから、土足でズカズカ上がり込んで来ると思ったんじゃが…
「着替えてくるから、ソファーにでも腰掛けて待ってろよ」
俺はそう言いの残し、2階にある自室へ。
そして手早く制服を脱ぎ捨て、部屋着に着替えて居間へ戻って来ると……傲岸不遜が信条のまどかにしては珍しく、どこかソワソワした感じで、辺りをキョロキョロと見渡していた。
いつに無く挙動不審である。
「なんだよ。落ち着きの無いヤツだなぁ…」
俺は買い物袋を開け、中の物を冷蔵庫に仕舞って行く。
「い、いやぁ~……冷静になって考えたら、男の子の家にお邪魔するのって初めてだし……それに……その……洸一は独り暮しだし…」
「あん?今更、何を言ってるんだか…」
俺は溜息を吐きながら、ついでにエプロンも着ける。
「な、なによぅ。私だって、一応は乙女なんですからね」
「ふ、本当に一応はな」
「相変わらず人を不機嫌にさせる男ねぇ。そーゆー洸一だって、少しは緊張してるんじゃないの?私みたいな見目麗しい乙女が家にいるわけだし…」
「ケッ、貴様の存在なぞ福助の置物と同じレベルじゃッ!!それよりも少しは手伝え。いくらお嬢様だからと言って、米ぐらいは炊けるだろ?」
「……た、食べられる物が出来上がるかどうか…」
「梅女には家庭科の時間とか調理実習とかねぇーのか?」
「あるけど……ついこの間、危うくガス爆発が…」
「何も触るなッ!!そこで置物らしくジッとしてろッ!!」
ったく……
何だかんだ言って、やっぱお嬢様じゃねぇーか。
本当に、やれやれだぜ。
★
「へぇ~……凄いじゃない」
食卓に着いたまどかは、珍しく感嘆の声を上げた。
「これ、本当に洸一が一人で作ったの?」
「当たり前だ。ってゆーか、貴様は置物と化してただろーが」
今日の晩御飯は、炙り焼きチキンと炒めベーコンのサラダ。
それと豌豆の卵とじに浅蜊の味噌汁に飯と漬物だ。
うむ、我ながら天晴れな晩御飯である。
「ふ~ん……洸一って、意外に料理とか上手なんだぁ」
「上手と言うか、必要に駆られてな。独り暮しが1年も続くと、さすがに色々と出来るようになるぞ」
しかも生活費が乏しいから、余計に上達するのだ。
「ほれまどか。冷めないうちに食え」
俺は割り箸を手渡してやる。
「では、遠慮無くいただきまーす」
「遠慮して食え」
こうして、まどかと二人っきりの夕食が始まった。
妙な感じだ。
しかしながら、誰かと夕飯を共にすると言うのも、随分と久し振りである。
考えれば、俺って寂しい生活を送っているなぁ……高校生なのに。
「うんうん、美味しい美味しい♪洸一は将来、立派な主夫になれるわね」
「有り難くない褒め言葉だな」
俺は汁を啜る。
うむ、我ながら良い味だ……
「しかしまどか。貴様もお嬢様とは言え女なんだから、少しは料理ぐらい作れるようにしろ」
「うぅ~ん、分かっちゃいるんだけどねぇ…」
「ったく……ところで、貴様がダメ女だと言うことは分かったが、のどか先輩はどうなんだ?あの人なら少しぐらいなにか作れるような気がするんじゃが…」
「ヤモリの黒焼きを料理と言うんなら、グランドシェフって所だけど…」
「………なるほど」
つまり、全然ダメ、と言うことか。
「ところでさぁ洸一。……実際、どうだった?」
まどかは箸を止め、対面に座る俺様をジッと見つめてきた。
「真咲を見て、どう思った?」
「うぅ~ん、なんちゅうか……驚いたな」
「驚いた?」
「あぁ。正直、二荒があんな美人だとは思わなかった」
「………は?」
「なんちゅうのか……大和撫子?実にこう、胴衣がサマになってるっちゅうか…」
「洸一……あんた真性の馬鹿?」
「な、なにぉうッ!!?」
「誰が真咲の見た目とか聞いてんのよぅ。真咲の空手はどうだった、って聞いてるに決ってるじゃない」
「……それならそうと言ってくれよぅ」
てへっ、恥ずかしいにゃあ。
「あ、あのねぇ。アンタは今日、優の為に真咲の練習を偵察しに行ったんでしょーが。どうして美人だとか可愛いとかナイスボディとか惚れたとか、そーゆー単語が出て来るかなぁ…」
「……そこまでは出してないんじゃが…」
「…で?どうだったの真咲は?」
「……強ぇぇぇ」
「優は勝てると思った?」
「全然」
「速答ね…」
「ふっ、まぁな」
俺は苦笑を溢しながら、お茶碗に御代わりを装う。
何故かまどかも茶碗を差し出してきたので、俺は御代わりを装ってやるが……ホンマに良く食うやっちゃなぁ。
居候でも3杯目はそっと出すもんなんだが、まどかは居候でもなく押し掛けてきたクセに、当然とばかりに御代わりを要求してくるぞよ。
うむぅ……
やはりこ奴は、橋の下で拾われたのではなかろうか?
★
夕食の後…
俺はまどかと二人、洗い物をしていた。
お嬢様とは言え、自分で汚した皿などは自分で洗わせるのが神代家の家訓なのだ。
「しかし……そっか、やっぱ優じゃキツイかぁ…」
まどかは食器を洗いながら、難しい顔で呟いていた。
「優ちゃんの怪我、あと一日ぐらいは安静にしていた方が良いだろ?だとしたら、残された日は僅か一日……さすがに、二荒と対等に渡り合えるまで鍛え上げるには、時間が足らんだろう。ヤマトでも帰還まで1年近くあったのにな」
「う~ん、ちょっと考えが甘かったかなぁ」
「……かもな」
「むぅ……はいっ、洗い物終了~♪」
「へぇへぇ…」
俺はまどかの洗った皿をタオルで拭きながら、棚に戻して行く。
「ねぇ洸一。お茶、煎れてあげようか?」
「お茶?……煎れられるのか?」
「あのねぇ、子供じゃないんだし、お茶ぐらい煎れる事が出来るわよ」
言いながらまどかは、食卓に置いてあった茶筒の蓋を開け、中を確かめる。
「料理は苦手でも、私はお嬢様なんですからね。これでも、お茶にお花に日舞までマスターしてるのよ」
「……なのに優雅さが感じられないのは何故だ?」
「うっさいわねぇ。洸一は居間で転がってなさいよ」
「へいへ~い…」
言われた通り、俺は居間のソファーにゴロリと横になり、リモコンでTVを点ける。
「あふぅぅ、食後のこのゴロゴロブニャブニャとした時間。なんとも堪りませんなぁ…」
まさに至福の時だ。
独りエッチの次に大切な時間と言えるだろう。
「ちょっとぅ。あんまりゴロゴロしないでよぅ」
まどかがお盆を持って現れた。
「くっ…転がってろと言ったじゃねぇーか」
俺はムクリと起き出し、ボリボリと頭を掻く。
そんな俺の前に、まどかが湯呑を置き、コポコポと急須からお茶を注いだ。
真っ白な湯気に混ざり、何とも言えない香気が鼻腔を擽る。
「うぅ~む、エエ香りじゃのぅ。……ズバリ、玉露と見たね」
「はぁ?ただのお番茶じゃないのぅ」
「ンな事は分かってるわッ!!買ったのは俺だぞ。少しは雰囲気を楽しみたいんだよッ!!」
「え~と、何かニュースはやってるかなぁ…」
「あからさまにスルーかよ…」
俺はズズッとお茶を啜った。
うむ、熱過ぎず温過ぎず……中々に美味い。
「……ところでまどか」
俺はリモコン片手にTVに釘付けの彼女に声を掛ける。
「一つ聞きたいんじゃが…」
「ん、なに?もしかして優の弱点の事?」
「さ、察しが良いなぁ…」
「まぁね。真咲に言われてから、洸一ずっと考えてたみたいだし……でも、聞いても無駄よ」
「無駄?」
「そ。優の弱点は、一朝一夕には直せないし……それに、格闘技関係の弱点とかじゃないからね」
「ど、どんな弱点だ?」
格闘技以外の弱点……なんだろう?
パイパイが小さい事かな?
でも、それはまだ発展途上ってことだし……
よもや夜尿症とか、ちょいとヤバ目な病を抱えているとか……
「優はねぇ……緊張しちゃうのよ」
「き、緊張?」
「そ、あの娘は結構、上がり症なのよ」
「そ、そうなのか?でもTEP同好会の勧誘とかしていた時は、かなり堂々としていたんじゃが……」
「うぅ~ん、メンタルな部分が大きいんじゃないのかなぁ?試合でもさ、格下相手だとそうでもないんだけど、名の知られた人とかさ、そーゆーのと闘る時は、必要以上に力が入っちゃうって言うのか……全然、実力を出せないのよ」
「それって、全くダメって事じゃないかい?だって今度は、二荒が相手だぞ?それだけで緊張しまくりだろーに…」
「う、うん。かなり厳しいわね」
「うぅ~む、何かこう……リラックス出来る術は無いのか?柿の種を煎じて飲むとか息を止めて水を飲むとか…」
「しゃっくりを治すんじゃないんだから…」
「ぬぅ…」
しかし、そっか…緊張しちゃうのか。
これは少し、何か対策を考えないといけませんなッ!!
★
時刻は既に、20時を回っていた。
お風呂もそろそろ沸いた頃だろう。
「……おい、まどか」
「…ん?なぁに洸一?」
まどかはソファーに腰掛け、まだTVに夢中だった。
何だか知らんが、情報番組に魅入っているようだ。
「もうすぐ21時になるぞ?帰らなくて良いのか?」
「う~ん、もうちょっと…」
「もうちょっとって言うな。俺様は今から風呂に入って一日の疲れを取りたいのだ。とっとと帰れぃッ!!」
「え~~、なんか面倒臭いなぁ…」
面倒って…
「あ、あのなぁ…」
「別に良いじゃない。何だったら……今日、泊まっちゃおうかなぁ」
「……寝るんだったら、そのソファーを使え。特別に毛布ぐらいは貸してやる」
「ありゃ?何か随分と淡泊な感じなんだけど…」
まどかは此方を振り向き、少しだけ頬を膨らませながら鼻白んだ感じで、
「私みたいな可愛い女の子が、泊まっても良いって言ってるんだから……少しは驚いたりとか照れたりしなさいよぅ」
「たわけッ!!お前のそーゆー冗談に付き合ってるヒマはねぇーんだよ。だいたい、気安くそーゆー事を言うにゃッ」
ったく、この馬鹿は…
「貴様は確かに、性格を省き、黙って座ってる分にはそれなりに良い女だ。だからこそ、そんな事は言うな。俺のような一本筋の通ったナイスガイならともかく、その辺の有象無象の輩なら、間違い無く襲い掛っているぞ」
「……大丈夫よ。私に勝てるヤツなんてそんなにいないし」
確かに…
地球人類では数が少ないだろうな。
「そーゆーのを、自信過剰って言うんだ。やる気になった男は怖いんだぞぅ……後先考えないからな。お前の飲んでいるお茶に、睡眠薬ぐらい放り込むかもしれん」
「だから、大丈夫よ。洸一って意外に心配性なのね」
まどかはクスクス笑いながらソファーから立ち上がると、居間から庭に通ずるテラス窓のカーテンをサッと開けた。
「――ゲッ!?」
そこには迷彩服に身を包んだ厳つい兵士達が数名、何やら黒光する突撃銃(らしき物)を構えて佇んでいた。
「ね、大丈夫でしょ。帰りが遅い時は、自動的に配備されるのよ」
「……誰?」
「私直属の喜連川情報部。喜連川・インテリジェンス・システム・サービス、通称KISSの面々よ」
まどかはエッヘンと胸を張って答えた。
「ふ、ふ~ん……これならどんな暴漢もイチコロだね」
「でしょ?」
まどかはコロコロと可笑しそうに笑った。
「さて、それじゃあ帰ろうかな」
「お、おぅ…」
「えへへ、ありがとうね洸一。晩御飯、美味しかったよ」
「そりゃどうも」
「また、食べに来ても良い?」
「断わる」
「………そーゆー時は普通、嘘でも『良いよ』って答えるんじゃない?」
「俺は嘘を吐けない性格なんでな。ジャスティスに生きるのが俺様ライフのモットーだ」
「あっそ。……全く……ずっと観察してみたけど、本当にこんな男のどこが良いのかしら、真咲は……」
「あん?なんだ?何か言ったか?」
「何でも無いよ。それじゃあね洸一。明日は、いつもより早くあの土手で待ってるから……練習に遅れたら承知しないわよ」
「了解だ」
まどかの帰宅後、風呂に入り、それから自室で彼女の持ってきた本を読んでみる。
うむ、なるほど……
TEPの格闘技には、投げ技も独特なものがあるのぅ……
しかし…
何故にあの馬鹿は、俺の家で飯なんか食っていったのだろうか?
天下無双のお嬢様なんだから、家に帰れば山海の珍味が揃っていると言うのに…
全く、彼奴の行動は理解出来んわい。




