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俺様日記  作者: 清野詠一
20/39

アクシデンツ



★4月19日(火)



今日も今日とて穂波に叩き起こされ、一緒に学校へ。

春の柔らかい陽射が、朝から疲れている俺の肉体と精神を、優しく癒してくれる。


「あ~~だりぃ…」


「洸一っちゃん。最近いつも疲れた顔してるね?」

穂波が、俺の顔を覗き込んできた。


なるほど……

改めて観察すると……確かに、穂波は可愛い部類に入る女の子だ。

しかも多嶋の言う通り、髪を切ってからグッと女らしくなった。

……と言えない事も無い。


「ど、どうしたの洸一っちゃん?ジッと見つめて…顔に何か付いてる?」


「い、いや別に。ただ、世の中には物好きが多いと思ってな」

俺はそう言って、軽く肩を竦めた。


「え?それってどーゆー意味?物好きって、何が?」


「ん?なに……お前みたいな危険分子でも、可愛いと思う輩がいるって事だよ」

これだから人生は面白い。


「か、可愛い?」

穂波の頬が、ほんのりと赤くなる。

「わ、私って……可愛いの?」


「ま、まぁな。性格はともかく、見た目だけに限れば可愛い系に入るんじゃないかと……って、どうした穂波?」

見ると穂波は、その場で立ち止まったままだった。

心なしか、カタカタと小刻みに震えている。


「どうしたんだよ、ンな所で固まって。……腹でも痛いのか?」


「か…可愛い…洸一っちゃんが、可愛いって言ってくれた……」


「はぁ?何言ってるんだよ。聞こえねぇーよ…」


「…ケーーーーーーーーーーーッ!!」


「――ぬぁぁぁッ!?いきなり壊れたッ!?」


「ここここここ洸一っちゅわんッ!!」

穂波はガバッと、まるで食虫植物の如き素早さで俺の腕に絡み付く。


「――ンひぃぃぃッ!?」


「私達はやっぱり、前世からの出会いなんだよッ!!これは運命なんダヨぅッ!!」


「なに高速で脳内設定を組み立ててるんだよ、お前はッ!?」


「洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん」


「うわ怖ぇーーーーーーーーッ!?頼むから腕を離してくれぃっ!!」



妙な高速言語まで飛び出した穂波に追っ駆けられながら、何とか学校に着いた時には、既に俺はボロボロだった。

朝一番から、全ての体力と精神力を消費してしまった感じだ。


「ったく、多嶋もアレのどこが気に入ったんだか……」

そんな事をボヤキながら、フラフラと覚束無い足取りで席に着く。

そしていつものように、既に席に着いて何やら難しそうな参考書を読んでる委員長に向かって、

「よっ、委員長……おはようさん。今朝も綱のような太いお下げが可愛いね♪」


「……どんなお下げやねん、それ…」


「―うぉうッ!?…え?あ、あれれれ?な、なんで??」


「……あ?なんや?」

ジロリと、俺を睨み付ける美佳心チン。


「あ、いや……ミカチンが俺の挨拶に反応するとは思ってなかったんで…」


「ミカチンって言うなやッ!!」


「うひぃぃッ!?すす、すんません。シバかないで下さい……」


「アホ。誰がそないな事するか」


ぬ、ぬぅ…

一体、どーゆー風の吹き回しだろうか?

委員長に朝の挨拶を無視されると言うのは、俺様の日課だった筈なのに…

それが返って来るとは、予想だにしない緊急事態だが……

―――ハッ!?

もしかしてこれは、何か良くない事が起きる前兆なのではなかろうか?


「……なんや?さっきから、何一人でブツブツ言うてるねん?」

委員長は参考書を閉じ、溜息を吐きながら俺を睨む。


「い、いや別に。なんちゅうか……想定の範囲外の出来事で、少々脳の処理が追い付かないと言うか…」


「……あん?」


「だ、だってさぁ、半月近くも軽やかに無視されていたのに、いきなり挨拶が返ってくるんだモン。ガンジーだって驚くさ」


「何を言うてるんや、アンタは…」

委員長は相変わらず、クールな感じで鼻を鳴らした。

「ウチだって……時には挨拶ぐらいは返したるわ」


「あ、ありがとう御座います」

何だか良く分からんが、礼を述べよう。


「まぁ……昨日、神代クンに言われた事もあるさかいな」


「…」

俺、何を言ったんだっけ?


「確かに、ギスギスした雰囲気じゃ、勉強にもマイナスやからな。人間関係が円滑に進めば…少しは環境も良うなるやろうしな」


「そ、そうだねッ。確かにその通りさッ!!」


「せやけど神代クン。調子に乗って、あまり話し掛けて来んといてーや。勉強の邪魔したら、いてまうで自分」


「……」

昨日のゲーセンでの傍若無人ぶりが鮮烈に甦り、俺は水飲みラッキーバードのように頭をカックンカックンと縦に振った。

ともかく、少しは委員長が打ち解けてきてくれたのだ…

今はそれで良しとしようではないか。


「ところで神代クンや。前から一つ聞こうと思うていた事があるんやけど…」


「な、なにかな?」


「神代クンって、榊さんと付き合うてるんか?」


「――ブッ!!!?」

鼻汁が溢れた。

と同時に、物凄い眩暈がした。

コンマなん秒か、ガチで心臓が止まったみたいだ。


「な、なんやぁ。汚いなぁ…」


「な、なんでそんな恐ろしい事を…」

いくら俺様が慈愛の精神に満ち溢れているからと言って、限度があるぞ、限度が。


「なんや、違うんか?」


「当たり前だな。確かに俺は穂波と仲が良いように見えるかもしれない。が……それはあくまでも、幼馴染と言う範囲内でだ。こう見えても俺は、恋愛に関しては真面目も真面目、恋愛初心者マークのピュアボーイ洸一様なのだ」


「……」


「な、なんだその呆れた顔は…」


「呆れてるんや。せやけど、ふ~ん……神代クンの事やから、影で女の子を泣かしてると思うてたんやけど……意外やな」


「なんちゅう事を……むしろ泣いてるのは俺様の方だぞ」

しかも物理的にな。

「しかし、そんなにアレか?俺と穂波って、付き合ってるように見えるのか?」


「そ、そりゃあ……まぁ、見えるんとちゃうんか」


「うぅ~む……由々しき事態ですなッ!」


「でも、そらしゃーないやろ……いつも一緒に登校してるし…」


「アイツは俺の目覚しだからな」


「時々、お弁当も作ってもろてるやん」


「タダだからな」


「休みの日は、遊んだりするん?」


「正確に言うと、拉致されている、だ」


「……榊さんって、尽くすタイプなんやなぁ」


「ストーカーを善意で表現すると、そう言うんだろうな」



授業中にぐっすりと睡眠を取って、休養充分で迎えた昼休み。

俺は姫乃ッチを呼び出し、中庭に来ていた。

春の陽射が柔らかく降注ぐ中、ベンチに越し掛けながら俺はおもむろに話しを切り出す。


「水住の姫乃チャンよぅ…」


「は、はい」

彼女は相変わらず、虐待された子犬のようにオドオドとしていた。

まぁ、出会って間も無い先輩に呼び出されているんだから、仕方が無いと言えば仕方が無いが…

俺としてはもう少し、フレンドリィーに接して欲しいものだ。


「実はよぅ……って、姫乃ちゃん?昼飯ってそれだけか?」

俺は彼女の手の平に納まるぐらいの小さな弁当箱を見つめ、驚きの声を上げた。


「そ、そうですが…」


「いかん、いかんなぁ。育ち盛りなんだから、もっとガシガシ食わないとなッ!!ガハハハハッ」


「は、はぁ。あのぅ……じ、神代さんは、今日は…」


「俺?俺様はパンだな」

俺は購買の紙袋を軽く掲げた。

中身は焼きそばパンにハムサンドにチョココルネに、大好きなカレーパンとパックのコーヒーだ。

「姫乃ちゃんよ。世の中にはな、確かなものなんて何一つ無いんだ。分かるな?」


「は、はい?」


「だけどただ一つ言えるのは、カレーパンの美味さだけは不変だって事さ。君もそう思うだろ?」


「……」


「…何故そんなに不思議そうな顔をする?」

って言うか、なんか馬鹿を見るような目なんじゃが…


「い、いえ…」

姫乃ッチはフルフルと首を横に振った。

彼女の長く柔らかそうな髪が、遅れてフワンフワンと揺れる。

「あ、あのぅ……そーゆー価値観って、その…必要だと思います」


「だろ?でも何でカレーパンって油で揚げてあるんだろうなぁ。世界の七不思議の一つだぜ」


「……」


「っと、話しが思いっきり逸れちまったけど……取り敢えず、飯を食いながら聞いてくれ」

言いながら俺は、ハムサンドに齧り付く。

「モグモグ……昨日さ、俺なりに色々と調べてみたんだけど…モグモグ…姫乃チャンのように、突然的に超能力に目覚めるって事は、不思議でも何でもないんだ」


「そ、そうなんですか?」


「あぁ。何でも思春期における肉体と精神の変調が原因だとか何とか、俺の読んだ本には書いてあった。逆にさ、それまでそーゆー特殊な能力があったヤツも、思春期を迎える事によってその力が無くなる、と言うこともあるらしいぜ」


「は、はぁ…」


「しかし……なんだな、サンドイッチのパンにバター塗るのは、俺的にはどうかと思うぞ」

やはりマヨネーズだけが一番じゃのぅ…


「……」


「でだ、まぁ俺なりに色々とさ、姫乃チャンの幻魔すら退けちゃうようなサイキック能力をどう制御するか考えたんだけど――うわっ!?パンの中からチョコが零れてきた…」

俺は渦巻きの先端から中身が溢れ出したチョココルネを前に右往左往。

姫乃チャンは無言で、テッシュを差し出してくれた。

「す、すまん。え~と……話しを戻すけど、今の姫乃チャンに必要なのは、トレーニングだ」


「トレーニング……ですか?」


「そう。つまり自分の力を制御する術を学ぶ事なんだよ。これによって、少なくとも暴走は防げる筈だ」


「ほ、本当ですか?」

姫乃チャンは瞳を輝かせた。


「あぁ、暴走って言うのは、姫乃チャンの中に溜まり溜まった力が勝手に溢れ出しちゃう事だと思うんだ。だからさ、訓練で毎日少しづつでも力を出し続けていれば、そうそう暴走なんか起きるモンじゃないだろうと、俺は考えたのさ」


「な、なるほど。凄いです神代さん」


「いやぁ~~思春期男子の日課であるアレと同じ理論なんだがね」


「は、はい??」


「おっと、少しセクシャルな発言だったかな?。ガッハッハッ……忘れてくれ。ってゆーか忘れろ」


「は、はぁ…」


「まぁ、要は常に力を消費するって事だ。そして徐々に、力の使い方を覚える事。これが第2段階だ。そして最終的には……その力を内面に作用させる。つまりヒーラー能力への転換だ。これで君はいつ冒険に出ても恥ずかしく無いクレリックになる事が出来るぞよ」

のどか先輩に優ちゃんに俺に、そして治癒専門の姫乃チャン…

おおっ、どんな強敵でも倒せそうなパーティー構成だぞ。

……ま、敵がいないのが最大の難点だが……


「ところで姫乃チャン。君は自らの意思で、力を使った事があるかい?」


「な、ないです」


「ぬぅ…そうか」

うぅ~む、そりゃ困った。

「俺も超能力のトレーニングなんて、やった事ないから分からないんだけど……ほら、あそこにちょっと大きな石が転がってるだろ?」

俺は焼きそばパンを頬張りながら、目の前を指差した。


「は、はい」


「アレを力を使って動かしたりとか持ち上げたりとか、出来るかい?」


「え、えと……どうすれば良いのでしょうか?」


「そうだなぁ…先ずは頭の中でイメージするんじゃないかな?こう、石が動いてるのを想像して、それから心の中で動け動け……とか念じるんだ。…多分」


「わ、分かりました。やってみます」

キュッと唇を噛み締め、姫乃チャンは頷いた。

そして目を閉じ、拳をグッと握り締める。

「…い、行きます」


「お、おう…」


「う、動け……動け…」


「…」

石に全く変化は無し。


「動け…動け動け…」


「…」

依然、石は石のままだ。

うぬぅ…

姫乃チャンのパワーなら、余裕だと思ったんじゃがのぅ。

やはり力を自由に操るっていうのは、難しい事なのかなぁ?


「うううう動けェ……動けッ!!」

姫乃チャンの気迫の篭った声。

その刹那、パンッと言う破裂音と共に、大事に取っておいたカレーパンが袋の中で弾けたのだった。

神代洸一、いと悲しの巻だ。



あっという間に放課後。

午後の授業もずーっと寝ていた俺に、美佳心チンはかなり呆れ顔ではあったが…

色々と、俺にも事情があるのだ。


「さて、優ちゃんは……来てるかな?」

裏山に続く石段を上りながら、何となく耳を澄ます。

「……やっぱ始めているか」

頂上から響いて来る聞き慣れた破壊音に、俺は思わず溜息を溢した。

やれやれ…

優ちゃんの頑張りは称賛に値するんだがなぁ…

まどかは、学校が終ったら直接会って諭してあげるわ、とか何とか言ってたが…

早く来ないものかのぅ。


社に着いた俺は、いそいそと学校ジャージに着替えて優ちゃんの元へと駆け寄る。

彼女は一心不乱に、サンドバッグを叩いている所だった。


ふむぅ、やはり格段にスピードが落ちてるか…

「はいはいはいっと…」

俺はパンパンと手を叩いた。


「ハァハァ…あ、先輩」

優ちゃんは手を止め、此方を振り返る。

彼女はもう、息が上がっていた。

やる気とは裏腹に、既に肉体は疲労困憊で鍛錬に付いて行かないようだ。


「優ちゃん、息が上がってるぞ。先ずは深呼吸だ」

言いながら俺は、ゆっくりと柔軟体操始めた。

さて、どうするかな。

まどかがやって来るまで、出来れば優ちゃんをあまり動かしたくはないが…


「ハァハァ…せ、先輩ッ!!今日はどう言う練習をしますか?」


……ダメだこりゃ。

優ちゃんは、1分1秒が惜しいようだ。

ふむ…

「今日は一つ、真剣勝負セメントで行こうじゃないか」

アキレス腱を伸ばしながら、何気に言う俺。

優ちゃんは驚きで目を丸くしていた。

うむ、ちょいと可愛いぞよ。


「あ、あの…真剣勝負って」


「その言葉通りだ」

バッグの中から、俺はまどかに貰ったTEPの公式グローブを取り出した。

そしてそれを装着しながら、

「実戦こそが、強くなる為の近道だ。遠慮しないで、思いっきり俺を叩きのめしてくれぃ」


「で、でも…」


「心配無用だ」

軽く首を回し、ファイティングポーズを取る。

ノーマルな状態だったら、間違いなく、俺は撲殺されるだろう。

だがしかし、今の優ちゃんが相手なら、俺でも何とかなる。

そもそもこの俺が、疲労のピークにある年下の女の子に負ける筈がないではないか(根拠無し)。

ここは一つ、心を鬼にして……如何に自分が弱ってるか、優ちゃんに悟らせないと。

「さぁ、掛かって来い、優ちゃんッ!!」


「……」

優ちゃんは暫らく逡巡していたが、キュッと唇を真一文字に引き締めると、

「で、では……行きます」

サッと戦闘態勢を取る。


さてさて、どうする?

俺から仕掛けるべきか―――って!?

考える間も無く、先に優ちゃんが突っ込んで来た。

瞬く間に間合いを詰めるや、サイドにステップして右の中段蹴り。


「――クッ…」

ガードした腕が、ビリビリと痺れる。


「ハッ!!」

更に数回の蹴り。

タイミングを変えての廻し蹴りに、懐に入って正拳突き。


は、速ぇぇ……

けど、まどかの方が、もっと速ぇぇ…

「――フンッ!!」

俺は少し大振りになった優ちゃんのパンチを、腕で払い除ける。

反撃開始だ。

「うぉりゃぁぁぁぁッ!!」

体格差を生かし、彼女に覆い被さるようにしてパンチを繰出す。


「あぅ…」

優ちゃんはガードで手一杯だ。


「うぉぉぉぉッ!!どうした優ちゃんッ!!その程度で二荒に勝つつもりかーッ!!」


「―ッ!?」


――ぬぉッ!?

俺のパンチのリズムに合わせ、優ちゃんの体が一瞬沈んだ。

――来るッ!!

俺は咄嗟に、軸足を残したまま思いっきり体を斜めに伸ばす。

シュゴゥッ!!と凄い音を立て、下から突き上げる彼女の拳が、俺の顔面擦れ擦れを飛んで行った。

ふひぃぃぃ……あんなモン食らったら、まるで酒井さんのように首から上が吹っ飛んでしまうぞ。

だけど、これは勝機だッ!

残した軸足を回転させながら、俺は隙の出来た優ちゃんの脇腹に向かって体ごとぶつかるような膝蹴りを繰出す。


「あぅッ」

優ちゃんは吹っ飛んでいた。

反射的にガードして直撃は免れたものの、体重の差は如何ともし難く、反動を付けた俺の膝蹴りに、小柄な彼女は為す術もなかった。


――隙ありッ!!

地を蹴り間合いを詰める俺。

数日前まで全く手も足も出なかった貧弱な俺が、いくら彼女が疲れているとは言え、こうも圧倒的に攻める事が出来るとは……

毎日の辛い特訓は、無駄ではなかったッ!!


「うぉぉぉぉたぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」

奇跡の人のような雄叫びを上げ、俺の拳が唸る。

「もらったーーーーーーーーーーーッ!!」


「ッッッ…」

次の瞬間、俺の視界は苦悶の表情に満ちた優ちゃんの顔を捉えていた。



「もらったーーーーーーーーッ!!」

神の領域まで高めた俺の光速拳が、優ちゃんを打ち抜く……筈だった。


「ッッッ…」


――い、いかんッ!?

両の目に飛び込むは、眉を顰め、苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちて行く彼女の姿。

≪緊急警報、緊急警報ッ!!≫

脳内にアラートが鳴り響く。

『攻撃中止ッ!!ベント開けーーーーーーッ!!取り舵一杯ッッ!!』

俺は両足と腰にありったけの力を篭め、加速の付いた拳の軌道を変える。

ブチブチッと小さな音を立て、足の毛細血管が千切れて行くのが分かった。


「クッ…」

ブゥンッ!!と音速の壁を突き破りながら、俺の拳は誰もいない空間を切り裂いた。

と同時に、勢い余ってその場にもんどり打つ。

ぬおぅっ!?ちょいと痛い…

「――って、優ちゃんはッ!?」

すぐさま起き上がり、視線を走らす。

「ぬぁっ!?」


優ちゃんは、その場に倒れ込んでいた。

太腿を押さえ、苦しそうな表情を浮かべている。

微かに、呻き声すら漏れていた。


「う、うわぁぁッ!?優ちゃん優ちゃんッ!!」

俺はジャージがずり落ちる様な勢いで、慌てて彼女に駆け寄った。

「どどど、どうした優ちゃんッ!?」


「だ…大丈夫です」

ちっとも大丈夫ではない顔で、優ちゃんは言った。


「あ、足か?ふふふふ太腿だな?ちょ、ちょいと見せてみろッ!!」

恐れていた事が現実となり、俺の脳裏に最悪の事態が過るが、

「へ、平気です。何ともありませんから…」


「ば…馬鹿野郎ッ!!何ともねぇー事ないだろッ!!」


「…」


「そんな額に脂汗浮かべて……少しは俺の言う事を聞けッ!!」

俺は優ちゃんを怒鳴り付けると、強引に彼女の足に手を伸ばした。

「…太腿ちゃんの辺りだな?」

言って優ちゃんの膝に手を当て、ゆっくりと上に向かって揉んで行く。

彼女の体がその度、ビクンッと痙攣した。

「ジッとしてろ。……この辺りか?」


「ッッッ…」

優ちゃんは眉根を寄せ、辛そうな顔をしながら微かに頷いた。


「……肉離れみたいだな」

俺は患部を優しく撫でながら、そう独りごちた。

どうやらそれほど重傷ってワケじゃねぇーけど……俺とした事が、ちとヌカったな。

こんな事になるなら、もう少し早く、練習を止めさせておけば良かった。

聞かないとは思うけど、もっと強く言っておけば良かった…

後悔先に立たずとは、良く言ったモノだ。


「…むぅ」

チラリと優ちゃんに目を向けると、彼女は俯いていた。

僅かにその頬が赤らんでいる。

かなり痛むのかな…?

と思ったが、どうやらそれだけではないらしい。

段々と冷静になるにつれ、俺はとんでもないことをしているのに気付いたからだ。


う、うぅ~む……

俺の手は依然、優ちゃんの汗で少しシットリとした冷たい太腿を、擦り擦りと撫で回していた。

年頃少女……高校1年生の太腿をだ。

これは、かなり過剰なスキンシップと言っても過言ではないだろう。

もしも訴えられたら、俺は確実に有罪だ。


い、いかんいかん。

俺様とした事が、気が動転して…

とは思ったものの、手は未練がましく中々彼女の太腿から離れない。

磁石のようにピッタリと貼り付いたままだ。

まぁ、言い訳するつもりではないが…俺だって、思春期真っ只中の健全なボーイなのだ。

しかもチェリーだ。

当然の事ながら、女の子の太腿を触るなんて事は……生まれて初めてなワケなのだ。

ファーストコンタクトなのだ。


ゆ、優ちゃんの腿たん…

ゴクリ、と思わず唾を飲み込んでしまう。

太腿……そして僅か数センチ先には、優ちゃんの臙脂色のブルマ。

そう、そここそがまさしく、彼女のトップシークレット。

思春期男子が渇望して止まない、バミューダより神秘的なデルタゾーンであり、クイズ番組的に言えば『さて、次はラストミステリーです』と言った感じの永遠のシャングリラ。

――それが俺の手の平のすぐ近くにッ!!

ハァハァ……ゆ、優ちゃんの不思議が……優ちゃんの未成年者閲覧禁止の部分が……

俺の耳元で、ダーティーな感じでデビル洸一が囁く。

『なぁ洸一さんよぅ。その手をちょいと上にずらせよ。そうすりゃ、きっとハッピーになれるさ。な?勇気を出せよ……彼女も嫌がってないだろ?ん?』

そしてもう片方の耳にも、ささやき声が…

『そうだぜ洸一。ここまで来たら、彼女も分かってるんじゃないのか?むしろ、待ってると考える方が自然だろう……な?やっちまえよ』

…天使が囁かないのが全く不思議なんじゃが…

俺はもう一度唾を飲み込み、優ちゃんをチラリと見やった。


「せ…・先輩…」

痛みを堪えている表情。

そしてワナワナと震える唇。

今にもその愛らしい大きな瞳から、涙が零れそうだった。


――ア、アホか俺はッ!?

頭をフルフルッと高速で振り、煩悩を追い払う。

な、何たる醜態…

この神代洸一ともあろう男が、弱ってる婦女子に邪まな欲望を抱くとは…

こんな事では、靖国辺りで眠ってる御先祖様に申し訳が立たんぞッ!!


「ゆ、優ちゃん。大丈夫だ…心配ない。取り敢えずホテル……もとい、保健室に行こうか?」

と、俺はもう一度優しく彼女の太腿を撫でながらそう言った時だった。

タッタッタッと響く軽快な足音。

そして続く『洸一ーーーッ!!』と言う、既に聞き慣れてしまった鬼のようなまどかの怒声。

俺はビクリと肩を震わせ、恐る恐る振り返るが…

そんな俺の視界に飛び込んできたのは、真っ白で尖っている彼女の膝。


「…え?」

それはメシャリと嫌な音を立てながら、顔面にめり込み、

「ぷろぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーッ!?」

俺は血反吐を撒き散らしながら宙を滑空したのだった。



「うぉんうぉん…い、痛いよぅ、歯がグラグラするよぅ、鼻も曲がってるよぅ、まさに顔面崩壊中だよぅ」


「うっさいわねぇ。少しは静かにしてなさいよッ」

痛みを堪えている優ちゃんの様子を見ていたまどかは、キッと眉を吊り上げ、俺を睨み付けた。

ムンムンと惜しげもなく殺気を溢している。

「ったく、学校終って急いで来てみたら、いきなり優に不埒な真似をしてるんだもん。キッチリ3秒は心臓が止まったわよ」


俺は危うく、心臓が止まりっぱなしになる所だったが…

「うぅぅぅ、勝手に勘違いした挙句に殺人ニーパッド極めたヤツが、謝罪の言葉も無しで僕を責めるよぅ…うぉんうぉん…」


「うるさいって言ってるでしょ。運の無い人生だと思って、諦めなさいよ」


「うぅぅ…運が無いのは知ってるけど、人生単位かよ…」

ち、ちくしょぅぅぅ、今日は天中殺で大殺界だ。

確かに、優ちゃんに対して一瞬でも邪まな欲望を抱いちまった事は認めるさ。

今晩のオカズは優ちゃんに決定だとも考えたさ。

だけど……それでも、ここまで貶められる必要があるのだろうか?

思春期と言う情状を酌量したら、せいぜいビンタの一つで良いんでないかい?

しかもその権利は、優ちゃんだけのものだ。

何でまどかが俺を殺すような勢いで攻撃してくるのか…

理解に苦しみますなッ!!


「…何さっきからブツブツ言ってんのよぅ」

優ちゃんの股たんの具合を見ていたまどかは、ギロリンと俺に視線をぶつける。


「……お前もオカズにしてやるぞ」


「はぁ?なに?聞こえないわよ?」


「な、何でもねぇーよ。それより優ちゃんの具合はどうだ?ちなみに俺の具合は最悪だぞ。今日の晩御飯はお粥しか食えないかもしれん」


「洸一の具合なんて、知った事じゃないわよ」


……酷ぇ…


「優は…そうねぇ、軽度の肉離れと言った所かな」

まどかはそう言って、優ちゃんの腿たんに指を這わせる。

彼女は顔を顰め、微かに呻き声を上げた。


「だ、大丈夫か優ちゃん?」

ちなみに俺は大丈夫ではない。


「は…はい。平気です先輩。それにまどかさん……わ、私…」


「その話は後で」

まどかは優しげに微笑んだ。

「今、ロッテンマイヤーに校門の前まで車を回すように連絡したわ。それで取り敢えず、私の掛り付けのドクターの所へ行きましょう」


ドクターねぇ…

「当然、俺も診てもらえるだろうなぁ?何しろ貴様の膝を思いっきり顔面で受けたんだからな。頭蓋にヒビが入ってるかもしれん」


「はぁ?洸一は唾でも付けとけば治るわよ」


「くッ…」

何たる言い草…

「ちくしょぅ…いつか必ず、俺の必殺技で『堪忍して下さい洸一様』って言わせてやるぅ」


「アンタの必殺技ってなによぅ。パンツでも下ろすの?」


「く、くぅぅぅ…」


「さ、優……馬鹿は放って置いて行きましょう」


「…って、待てーーーいッ!!」


「なによぅ…」

まどかは頬を膨らませ、藪睨みな視線を俺に投げ付けて来た。


「ふっ、これは我がTEP同好会の問題だ。優ちゃんを運ぶのは、この俺に任せてもらおうッ!!」


「……また優に何かイヤらしい事をする気なの?」


「しねぇーよッ!?ってゆーか、最初からしてねぇーだろッ!!」

本当は少ししたけどなッ!!

「ったく、品行方正な学生の見本とまで言われた俺様を捕まえて言いたい放題言いやがって……ほら優ちゃん、おんぶをしてやろう」

俺は優ちゃんに、大地のように雄大な背中を向ける。

が、しかし…

「え、えと……その…」


「どうした優ちゃん?遠慮しなくていいぞよ」


「……遠慮じゃなくて、嫌がってるのよ」


「黙れまどかッ!!」

い、いつか必ず……この女をとっちめてやる…

「どうした優ちゃん?全然、遠慮する事はないんだぞ?それとも…やっぱ恥ずかしいか?」


「は、はい。少し…」


「ふむぅ…」

俺は別に恥ずかしくないんじゃが…

「良し。だったら抱っこにしよう」

言って俺は、おもむろに優ちゃんを横向きに抱え上げた。

所謂、お姫様抱っこと言うヤツだ。


「せせ先輩…」

優ちゃんは俺の胸に抱かれながら、小さく体を縮込ませてしまった。

目を瞑り、フルフルと震えている。


う、うぅ~む…可愛い…

よもやブルマ姿の年下少女を、こうして抱っこする日が訪れるとは…

今日は厄日だと思っていたが、なんのなんの……最良の日だッ!!

まどかに蹴られた痛みなんて、どこかに飛んで行ってしまったぞ。

「わはははははははは♪」


「何笑ってんのよ、洸一」

ドゲシッと、まどかが俺の尻に軽く蹴りを入れた。

「さっさと優を運びなさいよ。ムカツクわねぇ…」


「ンだよぅ。もしかして妬いているのか?」


「……」


「じょ、冗談で言ったんじゃねぇーか。本気の殺気を溢すなよ」

本当におっかねぇ女だな…・・・

俺はヤレヤレな溜息を吐きながら、優ちゃんを抱えて階段を慎重に降りる。

「……優ちゃん。軽いな」


「そ、そうですか?」


「育ち盛りなんだから、もっとガシガシと食わんといかんな。武道家足るもの、一に体力、二に大盛りだ」


「…は、はい」


「……」


「……」


「……痛むか、優ちゃん?」

俺は優しく声を掛ける。


「…大丈夫です」

優ちゃんは胸元で揃えた拳を、キュッと握り締めた。

そしてどこか悲しいような、思い詰めた表情で、

「先輩……その……私…」

俺は軽く首を振って、彼女の言葉を遮る。

「…何も言わなくても良いよ。今は怪我を治すことに専念しよう。…な?」


「……はい」

優ちゃんは小さく頷いた。


「…」


「…」


「…」

うぅ~む、なんちゅうか……甘~い雰囲気になってきたのぅ。


「ちょっとぅ。何デレデレしてんのよ洸一。気味が悪いわよ」

まどかが横から口を挟む。

良い雰囲気、一瞬でぶち壊しだ。

ったく、本当にこの女は天敵っちゅうか……俺に災いをもたらす存在じゃのぅ。

黙ってりゃ美人なのに……勿体無いですなッ。


「……ん」

俺は不意に足を止めた。

そして何気に、辺りを見渡す。

石段の途中、木漏れ日が柔らかく降注いでいる。

優ちゃんが小首を傾げ、まどかも、

「どうしたの洸一?いきなり立ち止まって……オシッコでもしたくなったの?」


……のどかさんに頼んで、いつかコイツの口を永遠に封じてもらおう……

「いや、別に…ちょっとな。思い出してたんだよ」

俺はそう言って、再び階段をゆっくりと下り始めた。


「思い出してたって何を?昨日の晩御飯の事?」


「俺は頭の弱った爺さんかよっ!!ったく…貴様は本当に、俺を愚弄するのが好きみたいだな。天晴れなヤツだぜ」


「アンタを見てると、文句の一つでも言いたくなるのよ。何せ馬鹿なんだから」


「くッ…」


「で、何を思い出に耽っていたのよぅ。気になるじゃない。言いなさいよぅ」


「……秘密だ。ってゆーか、貴様には絶対に教えてやらん」


「あっそう。でも優も聞きたがってるみたいよ?」


「ならば教えてやろう」

俺は優ちゃんに微笑んだ。


「……それはそれでムカツクわねぇ」


何をプリプリしてるんだ、まどかは…

俺はンフゥと軽く溜息を吐いた。

「別に…大した事じゃねぇーよ。ただ、半年ぐらい前か……ここで怪我をした女の子がいて、俺がおんぶして保健室まで運んでやったなぁ~……って、思い出してたんだよ」


「へぇ~……それってなに?洸一の妄想なの?それとも夢?」


「アホかッ!?全部事実じゃボケッ!!俺を夢見がちな危険人物だと思ってるんじゃねぇーぞッ!!」


「分かった分かった。そんなにムキにならないでよぅ。そーゆー事にしておいてあげるからさ」


「く、くぬぅぅぅ……だったら直接、本人に聞いて確かめやがれッ。ちくしょぅぅぅぅ」


「本人って誰よ?洸一の夢の中の住人?」


あ、あー言えばこー言いやがって……

「…二荒だよ」


「…へ?」

「え?」

まどかは固まり、俺に抱かれた優ちゃんはピクリと体を震わせた。


「な、なんだよ…嘘じゃねぇーぞ。二荒がここで怪我をして蹲ってたんだよ。そして偶々通り掛ったナイスガイな俺様が、保健室まで運んでやったんだよ」

今にして思えばアレが、噂に名高い二荒真咲との出会いだったんだよなぁ…

後で吉沢から、彼女が学園の守護神よ、って話しを聞いて、心底驚いたっけ。

ふ、懐かしい思い出だぜ。

「……ってどうした、まどか?なに固まってるんだよ?」


「…え?べ、別に…何でもないわよ」

まどかはぎこちない笑みを浮べた。

そして小声で

「そっか……それで真咲のヤツ…」

と、何か呟いたのだった。



優ちゃんを校門の前で待機していた喜連川の送迎車に乗せた俺は、

「はい、洸一はここまでね。優には私が付いてるから心配は無用よ」

と、まどかの一言で、いきなり仲間外れだった。


「え~~、俺もどっきりドクターに診てもらいたいんじゃが…」

何しろ、顔面がズキズキと痛むのだ。

マジで頭蓋にヒビが入っているのかもしれん。


「大丈夫よ。洸一は強い子でしょ?」


「ま、まぁなッ。肉体には少しばかり自信があるぜッ」


「……頭は相変わらず弱いけど…」


「…ん?何か言ったか?」


「何でもないわよ」

まどかはエヘヘヘと気味の悪い笑顔を溢した。

そしてズイッと不意に顔を近づけると、耳元で囁くように、

「私が、優に色々と言って聞かせるから……洸一は心配しなくても良いわよ」


「そ、そうか。…頼む」


「まぁ、優も少しは勉強になったでしょ。無茶をし過ぎるとどうなるかって」


「……」


「それよりも洸一。ラーメンの約束、忘れちゃダメよ」

まどかはそう言うと、手を振りながら車に乗り込んだ。

彼女達を乗せた黒塗りのリムジンは、ブルッと一回だけ震えたかと思うと、音も無くスゥーっと滑るように走り出す。

俺はそれを見送りながら、軽く溜息を吐いた。

何だか知らんが、いきなり独りぼっちになってしまった。

ちょっぴりロンリーだ。


「…ちぇっ」

俺は寂しん坊らしく、地面に落ちている小石を蹴飛ばしてみる。

「…やる事も無くなったし……帰るか」

優ちゃんの事は、まどかに任せておけば何とかなるだろう。

俺はもう一度切ない溜息を吐き、トボトボと歩き出すと、

「あれ?神代クンやないけ」

背後から、イントネーションに特徴のある声。

振り返るとそこには案の定、関西からの刺客、伏原美佳心女史がぽつねんと佇んでいた。

酒井さんが佇んでいたらさそビックリしたが…


「よぅ委員長。今帰りか?随分と遅いじゃねぇーか」


「生徒会の会議に出てたんや。そーゆー神代クンは、こんな所で何してるん?」

美佳心チンは不思議そうに首を傾げた。

彼女は、校内ではそれほどではないが…

どうやら学園を離れると、饒舌になるタイプらしい。


「俺は……今までちょっと部活をな。まぁ、そこで顔面に蹴り入れられたり、鼻くそ以下の扱いを受けたりと、色々とあったのよ」


「ふ~ん…」


ったく、まどかの野郎…人を馬鹿にしくさってよぅ…

それに反撃出来ない俺も俺で情け無いが…

「ミカチン、今日は予備校は?」


「ミカチンって言うなやッ!!……今日は休みの日や」


「そうかぁ」

ふむぅ…

「だったら帰りがてら、どこかで茶でも飲んで行かないか?そして俺の愚痴を聞けぃ。委員長の愚痴も少しは聞いてやるから」


「お茶?そら別に構わへんけど……当然、神代クンの奢りやろうなぁ?」


「……」


「な、なんや、その嫌そうな顔は……神代クンが誘うたんやから、神代クンが奢るのが相場って言うモンやろ?ちゃうんか?」


「どこの相場だよ。ナスダック市場か?」


「なんや、ケチな男やなぁ」


「じょ、冗談だよ。お茶ぐらいは奢ってやるよぅ…」

奢らないと、蹴りが出そうだしな。

「それよりも、歩きながら少し話そうぜ」


「せやな」



西に傾き始めた春の陽射しがどこか優しい帰り道、俺は委員長と二人、連れ立って歩いていた。

よもや彼女と、こうしてお喋りしながら帰る日が来ようとは……

昨日までは予想だにしなかった出来事だ。


「………と言うワケで、優ちゃんは無理が祟って怪我をしちまってよぅ」

俺はTEP同好会の設立から今までを、事細かに説明していた。

もちろん、優ちゃんが如何に頑張り屋さんで、まどかが如何にバイオレンスであるかを強調してだ。


「ふ~ん。でも、その後輩の子の気持も、分からんでは無いな」

美佳心チンはウンウンと頷いていた。

「追いつきたい人がいる。そして立ち塞がる大きな障害……スポ根モノの王道やでぇ」


「…巻き添えを食らってる俺の立場は?」


「ンなモン、しゃーないやろ。神代クンが好きでやってる事や」


「俺は別に、好きでも何でもないんじゃがのぅ」

軽く肩を竦める俺。

そしてそのまま、委員長と取り止めの無い話しをしながら、いつもの駅前に差掛った時だった。

突如として視界に飛び込んできたイベント画像に、俺は思わず、

「――ハンムラビ法典ッ!?」

と、全くワケの分からない声を上げてしまった。

動揺してしまった、と言っても過言ではないだろう。


「はぁ?なんやいきなり……バビロンの王のかいな」

美佳心チンは眉根を寄せ、俺の視線を追う。

「…あっ!?あそこにおるんは……榊さんやないか?」


「あ、あぁ…」


「その隣りは……アレは確か、同じクラスの多嶋クンやったか?」


「そ、その通りだ」

俺はコクコクと頷いた。

まさかこんな所で、連れ立って歩く穂波と多嶋を見掛けるとは…

しかも何か、楽しそうな感じだぞよ。

「うぅ~む、恐ろしい…」


「なんや神代クン。怖い顔してからに……そないに榊さんの事が気になるンか?」

どこか悪戯っ気な感じで、美佳心チンは俺の顔を覗き込んできた。


「いや、どちらかと言うと多嶋が心配だな。アイツ、穂波のお怒りに触れて刺されやしないかと…」

穂波のヤツは、時々本気で神がかるからなぁ…

しかも恐ろしい事に、その罪を俺に擦り付けて来る事があるのだ。


「またそないな事言うて。神代クンは素直やないね」


「何を言うてるのかサッパリ分からんが…」

にしても、多嶋の野郎も…中々にやるではないか。

俺としては、『頑張れ多嶋ッ!!死んでも離すなッ!!』とエールを送りたい気持で一杯だ。


「しかし、意外な取り合わせやなぁ」


「まぁ、何故か多嶋は、穂波にホの字(死語)だからなぁ」

一体、アレのどこが良いんだろう?

長年付き合ってきた俺だからこそ言えるが……アイツは凶状持ちだぞ。


「ふ~ん、多嶋クンが榊さんにねぇ…」


「まぁ…・世の中、色々とあるという事さ。某中将の奥さんだって美人だったしな」

しかし多嶋のヤツ、穂波と何を喋ってるんだろ?

・・・・・・

クマと神と天動説の話に付いていけるのは、俺だけだと思っていたんじゃがのぅ…









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