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俺様日記  作者: 清野詠一
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3月中期・試験編




★3月9日(水)



来週からの学年末テストへ向け、今日から俺様は頑張る。

・・・

いや、別にそれほど頑張りたくはねぇーんだけど…

頑張らないと、煩いのがいるからなぁ…



放課後、ダッシュで帰宅した後、埃を被った勉強道具を用意して待つこと小1時間、ピンポーンとチャイムの鳴る音と同時に、

「洸一っちゃぁぁぁぁ~ん♪」

と、相変わらず聞いた者を不安で一杯にさせる独特のイントネーションを伴った穂波の声。

そしてトタタタタと階段を駆け上がる音が響き、扉が開く。

「エヘヘヘ~♪来たよぅ」


「な、なにそんなに嬉しそうな顔をしてるんだか…」

俺は溜息を吐きながら、小さな鞄を抱えた穂波を見やる。

焦げ茶色のショートパンツに薄手のトレーナー。

そして薄い青のジーンズジャンパー。

何だか随分と久し振りに、穂波の私服姿を見たような気がする。

って、まぁ…そりゃそうか…

高校に進学してからというもの、穂波と遊ぶ事がめっきり少なくなった。

もちろん、俺はワザと彼女を避けているのだが…

それは何故か?

答えは簡単、怖いからだ。

中学の時はそれほどでもなかったが…

穂波も年頃になるにつれ、体は丸みを帯び、見た目には実に女らしくなってきた。

いや、どちらかと言うと…美少女のカテゴリーに分類される女に変ってきた。


この神代洸一も、一応は健全な男子高校生で、キスもまだな初心うぶでシャイなヤングボーイだ。

だから色っぽくなった穂波に対し、ついフラフラと…

と言うことだって、起きるかもしれない。

それだけは絶対に避けなければならない。

ただ、別に俺は…穂波の事が嫌いとか、そーゆーワケではない。

ましてや、幼馴染だから魅力を感じないとか…そーゆー事でもない。

何と言うか…

何と言うべきか…

根本的に、俺は穂波に対し……人としてどうか?等と思っているのだ。

まぁ…良く分からんが、そーゆー事だ…と思う。


「さぁ洸一っちゃん。ブブイーンと張り切って勉強しよっか♪」

穂波はテーブルの上に、テキパキと手際良く教科書やらノートやらを広げて行く。

何だか知らんが、やる気マンマンだ。


「まぁ…ブブイーンだかポヤヤーンだかどっちでも良いが…俺には時間が無ぇ。端的かつ速やかに、重要ポイントだけを教えてくれぃ。ま、ぶっちゃけた話し、テストに出る所を教えろ」


「も、もう洸一っちゃんったら…」


「もうだのメェでもどっちでも良い。なぁ…だいたいで良いから、テストに出そうな所はどこだ?ヤマぐらい張ってるだろ?」


「う~…今はまだ分からないよぅ」

穂波は眉を顰め、困った顔をした。


「ンだよぅ…使えない奴じゃのぅ。で、何時になったら分かるんだ?ん?素直に教えろ」


俺がそう問うと、穂波は軽く眉を寄せ、至極真面目な表情で、

「…火星が空に輝き出したら、何とかブラザーに頼んでみるけど…」


「……さぁーてッ!!張り切って勉強しようかッ!!」

俺は慌てて教科書を開いた。


ヤバイヤバイッと…

穂波は時々、ホンマに心の調子が崩れる事があるからなぁ…

警戒を怠ると、いつ何時刺されるかもしれんし…気を付けないとなッ!!



ま、そんなこんなで…今日は現代国語を重点的に勉強した。

穂波は、

「今度のテストのポイントはズバリ、随筆と評論だよぅ」

とか言っていた。


なるほど…随筆かぁ…

随筆ってなんじゃろう?

良く分からん。

教科書を読み返してみても…

「それがどーしたの?」

等と突っ込んでしまう文章が書いてあるだけで、全く意味不明だ。

そしてそれ以上に、漢字が読めん。

こりゃ参った。


うぅ~む…この調子で、俺は本当に2年生になれるのかどうか…

そう言えば、意味不明といえば…

「…なぁ、穂波」

俺は手を止め、目の前に座ってノートに何やら書き込んでいる穂波を見つめた。


「そのシャーペン…クマだよな?」


穂波の使っているシャープペンの柄の先端には、まるで某輸入系ミント味のお菓子の先にくっ付いているようなバタ臭く、実にアメリカンなデザインをしたクマ公が、物凄い存在感を醸し出しながら鎮座ましましていた。

先ほどから、物凄く気になる。


なんちゅうか…

穂波がペンを走らせるたび、そのクマ公が何故か俺にガンを飛ばしているような…

そんな気さえする。


「シャーペン…うん、そうだよぅ♪クマちゃんシャープなんだよぅ♪」

穂波は嬉しそうに、シャーペンを俺の鼻先に向って振ると、

「この子はねぇ…クマ三郎って言うの♪今一番のお気に入りなんだよ、洸一っちゃん♪」


「ク、クマ三郎…ねぇ…」


「もちろん、兄弟もいるんだよ♪」

言って穂波は筆箱の蓋を開けると、そこには無数のクマ公シャープペンが…

「え~とねぇ…この子が長男のクマ太郎義家で、今使ってるのがクマ三郎昌影。そしてこれがクマ四郎時貞で…あ、クマ四郎はねぇ…実はクリスチャンなんだよ。そしてそしてこれが長女のクマ美ちゃんで…」


「あ、あ~~…もう良い。それ以上は良い。なんちゅうか…お前のインナースペースを覗いていると、頭が痛くなる」


「え?それ…どーゆー意味?」


「気にするな。それよりも一つ気になったんだが…クマ次郎はいないのか?」


「…」


え?なにその沈黙?

もしかしてボク、地雷でも踏んだ?

「…お、おい?どうした穂波?なんか笑顔のまま固まっちゃってるんだが…」


「……洸一っちゃん」

あかりはボソリと呟いた。

「クマ次郎は…天に召されたの」


「…そうか。サッパリ分からんが…それは悪い事を聞いた。さてそれでは、勉強の続きをば…」


「…洸一っちゃん…聞いて」


「な、何を?」


「クマ次郎の話し」


「…いや、今は先に勉強をしないと…」


「クマ次郎はねぇ…寂しかったんだよッ!!」


「――はぅぁッ!?」


それから延々3時間…

俺はクマ次郎なるシャープペンとの出会いから別れまで、正座をさせられながら話しを聞かされた。

全く以って、意味不明。

貴重なテスト勉強、台無しと言う感じだ。

もっとも万が一……

今度のテストでクマ次郎に関しての問題が出たら、俺は確実に100点を取る事が出来るだろう。

……

出るワケ無いがな。




★3月10日(木)



寝起きは最悪だった。

今日は事の他、夢見が悪かったのだ。


にしても…

まさか夢の中に、天に召されたクマ次郎が出てくるとは…予想だにしなかった。

恐るべし、穂波の呪い…と言ったところか。


さて、今日も学年末テストに向けてのお勉強。

昨日に引き続きダッシュで家に戻った俺は、やるせない溜息を吐きながら穂波を待つこと小1時間。

相変わらず俺様を不安な気持ちにさせる『洸一っちゃぁぁぁぁぁぁん』と言う彼女の声を合図に、勉強が開始された。


今日の課題は、物理だ。

物理を徹底的にマスターしちゃうのだ。


「…って、全然に分からん」

俺は教科書を前に、頭を抱えていた。

「一体、何がどーなっているのか…摩擦力ってなんだ?独りHの話しなのか?」


「洸一っちゃん。馬鹿な事は言わないの」


相変わらずなクマ公のシャープペンを使って何やらノートに書き込んでいた穂波は、頬を膨らませながら顔を上げ、

「全く…今度の物理は範囲が狭いから、簡単だよぅ」


「簡単ッ!?…これがか??」

俺は教科書をマジマジと見つめた。


ハッキリ言って、未知の語源のオンパレードだ。

何が何だか…呆れるぐらいに分からん。

そもそも俺、来月には2年生と言うこの時期になって、初めてこの物理とやらの教科書を開いたのだぞ。

理解しろと言う方が無理な話だ。


「うぅ~む…世の中、進んでいますのぅ」


「ワケの分からないこと言ってないで……」


あかりは生意気そうに溜息を吐きながら、俺の隣りに席を移動し、

「で、洸一っちゃんは、どれで悩んでいるの?……って、一番最初の問題じゃない…」


「うぅ…そんな馬鹿を見るような目で僕を見つめないでッ!!」


「だって馬鹿なんだから仕方ないじゃない」

穂波はは身も蓋もない。

「さぁ、教えて上げるから…どこが分からないの?」


「…全部」

俺は教科書に載っている練習問題を指差す。

そこには頭が痛くなりそうな細かな文字で、


【問】

ばね定数k、自然長lのばねの左端を固定し、右端に質量mの物体をつけた。また上面が右向きの速度vfで動くベルトコンベアーを用意し、物体がベルトの上に載るように設置した。物体とベルトとの静止摩擦係数をμ,動摩擦係数をμ’とする。いま、物体を自然長の位置に置き静かに手を離した。この後、物体はどんな動きをするか。


と書いてある。

要はバネに付けた物体が、ベルトコンベアーに引っ張られるとどんな動きをするのか分かるんなら答えてみろ、と言う事らしい。


なんちゅうか…知るかボケッ!!と叫びたい。

俺の人生に於いて、バネに付けた物体の動きが、どーだと言うんだ?

何か将来に影響するのか??

将来サラリーマンになって、

『神代君、今日のバネの調子はどうだい?』

『上々ですよ課長ッ!!今日も伸びてますッ!!』

とか言うのか?

……

ンなワケあるかッ!!

ってか、そもそもこれ、高一の問題じゃねぇーだろ…


「あ~…これは少し難しいかもねぇ」

穂波も少しだけ眉を顰めるが、

「え~と…最初の運動方程式は…ma=-kx+fで…」

スラスラと解き始めた。


「……」

洸一チン、少しだけショックを受けた。


餓鬼の頃から、何をやらせても俺様の足元にも及ばなかった穂波が…

俺様に理解不可能な問題を、容易く解いている。

何と言うか、餓鬼大将の気持ちが痛いほど分かった。


「クッ、穂波のクセに生意気な…」


「馬鹿な事を言ってないで…洸一っちゃんも、少しは考えなさい」


「へぇへぇ…」

え~と…う~んと…先ずは引っ張られるバネの長さを「x」として…


「…洸一っちゃん?」


「ンだよぅ…今、俺様のハイパー頭脳は高速演算中なんだよ。気安く話し掛けるな」


「う、うん。でも…その…髪……」


「髪?」

訝しげに顔を上げると、俺の左手は何故か、穂波のお下げを握り締めていた。


「…あれ?」


「あれ、じゃないよぅ。何でいきなり髪を触るのよぅ…」


「いや、悪ぃ…全然に気付かなかった」

俺は穂波のお下げから手を離し、再び問題に取り組む。

「え、え~と…この場合の運動方程式は…」


「こ、洸一っちゃん…」


「ンだよぅ…ワケが分からなくなっちまったじゃねぇーかッ!!」


「か、髪…」


「…ぬぉッ!?」

俺の手はまたしても、穂波のお下げをモニョモニョと弄んでいた。

「お、おのれ穂波ッ!!俺様に何か呪いでも掛けたのかッ!?」


「ンもぅ…洸一っちゃんのクセだよぅ。昔から、私のお下げをすぐに触ってくるもん…」


「ふっ…あって七癖と言うしなッ!!」


「…なに言ってんのか分からないよぅ」


「ハハ…スマンスマン。どうも無意識の内に手が伸びてしまうと言うか、吸い寄せられると言うか…」

もしかして重力定数に問題があるのか?

つまり穂波のお下げをIとし、俺の手の質量をmとした場合…


「洸一っちゃん、昔から髪の毛とか触るの好きだモンね」


「うむぅ…この感触が何とも言えなく好きなんだよなぁ…」

ただし自分の髪を触っても何とも思わんがな。

「それよりも…やっぱ、迷惑か?」


「うぅん、別に迷惑じゃないけど…ちょっと気になるかな?」


「なら気にすんな」

俺はそう言って、穂波の髪を弄りながら勉強を再開。


うぅ~む…

何と言うか…心が休まる。

穂波の髪は柔らかく、とてもスベスベで気持ちが良い。

もしかして俺は、髪フェチなのだろうか?

……

なんか凄く嫌だ。

がしかし…この髪の感触、手触りは、如何ともし難い魅力だ。

……

テスト前にちょん切って、ストレス解消のアイテムにでもしてやろうか?


そんなお馬鹿な事を考えながら、物理の勉強をした。

そしてそれは何故か…妙に捗ったのだった。




★3月11日(金)



今日も今日とて、テスト勉強。

いやはや…

生まれてからこの方、これほど勉学に打ち込んだ事があっただろうか?

否ッ!!である。

高校受験の時も、勉強したのは試験の前日のみッ!!と言う男っぷりを発揮した俺様なのだが…

って、それでよく高校に受かったなぁ…

今更ながら、実に不思議だ。


さて、今日は歴史のお勉強だ。

何時もの様に穂波と二人、部屋に閉じ篭って不健康にお勉強。


「テストに出るのはだいたい、この辺りだよ」

と、穂波が教科書を広げながら、範囲を教えてくれる。


この時期になってテスト範囲すら認識してない俺ってどうよ?

等と思わず笑いが込み上げてきてしまうが…

「ふむふむ…元亀3年に甲斐の武田氏が上洛を開始と…」


「洸一っちゃん、ちゃんと理解している?」


「当たり前だ。俺様を誰だと思ってるんだ?」

俺はンフゥと大仰に溜息を吐くと、

「信玄坊主の上洛と言えば、即ち二俣城。遠江の徳川の城を落とし、浜松城へ向けて進軍し、そこで有名な三方ヶ原の戦が行なわれたのだ。分かるか穂波?三方ヶ原の戦と言うのはだ、先ず最初に武田軍が祝田の坂を下ろうとする所から始まるのだ。つまりは…」


「こ、洸一っちゃん。そんな事より…なんで武田信玄は上洛をしたかったのか分かる?」


「あん?それは…なんだ、京都見物でもしたかったんじゃねぇーのか?」


「洸一っちゃん…」

今度は穂波が大仰に溜息を吐いた。


「洸一っちゃんは、脇の知識は豊富なのに…肝心の所はサッパリだよね」


「ハッハッハ…ちなみのこの戦の時、家康を逃す為に身代りとなった譜代の夏目信吉と言う武将は、夏目漱石の御先祖様なんだぞ」


「はいはい、それは良いから…洸一っちゃんはこのテキストをやりなさい」

穂波は山のような問題集を俺の目の前の置き、自分の勉強をし始めた。


うぅ~む…

何と言うか…ここ数日、今まで俺様の舎弟というか下僕だった穂波が、俺様をかなり見下しているような気がする。

ここは一つ、どちらがボスであるかを再認識させる為に、正義の鉄槌を与えてやらねばならぬと思うのだが…

さすがにテスト前に、こいつを敵に回すのは止めて置いた方が良いだろう。

こいつにはまだ、利用価値があるからだ。


だが穂波よ……これだけは覚えておけぃッ!!

この神代洸一……屈辱に耐えている間にも、常に牙は磨いているんだぞッ!!


「洸一っちゃんッ!!全ッ然、進んでないじゃないッ!!」


「す、すんませんッ!?」

俺は慌ててテキストに向き直った。


ぐぬぅ…何はともあれ、先ずは進級を果さないと…

「うぅ~む…」


「…洸一っちゃん」


「あん?」

顔を上げると、穂波は困った顔で俺を見つめていた。

そして彼女のお下げには、またしても俺の左手が…


「…気にすんな」


「う、うん。でも…」


「なんだ?何か文句でもあるのか?あぁん?」

って普通はあると思うけど…穂波だから別に良いのだ。


「そうじゃないけどさぁ……洸一っちゃん。私の髪型…どう思う?」


「はぁ?」

俺は何故か神妙な顔をしている幼馴染をマジマジと見つめた。

「ど、どう思うとか言われてもなぁ…昔からその髪型だし…あ、もしかして切るのか?今までの行ないを悔い改めるためにバッサリ切って尼にでもなるのか?それならば俺は大賛成だぞ」


「………」


「…冗談だよぅ。そんなアホな子を見るような目は止めれ」

俺はコリコリと自分の頬を掻いた。

「で、髪形が…どうしたって?気に入らないのか?」


「そ、そうじゃないけど…なんか少し田舎チックとか…思わない?」


「………純朴な感じがして良いと思うぞ。むしろお前にはそれがお似合だ」


「そ、それって…似合ってるってこと?」


「違う」

俺は冷静且つ即座に否定した。

「穂波の分際で、無意味に色気づくなと言う意味だ」


「…」


「な、なんだよぅ。そんなに目を細めて……こ、怖くはないぞッ!!」


「………」


「…い、いやぁ~……偶には別の髪型に変えるのも、良いんでないかい?」

俺は穂波の視線を逸らしながら呟いた。


「そ、そうかなぁ?うぅ~ん…でも、他の髪にしたことないし…」


どっちでも良いじゃねぇーか…どうせ中身が壊れているんだし…

「…ところで、何でいきなりそんな話しになったんだ?もしかして、お告げ?」


「べ、別に…これと言った理由はないけど……友達がね、髪型を変えたら…その…良い事と言うか…嬉しい事がいっぱいあったって話しを聞いて…」


「ふ~ん…」

俺は穂波のお下げを弄り回しながら小さく頷いた。

「まぁ…別に良いんじゃねぇーか?お前はそれほど髪も長くないし……万が一失敗しても、致命的にはならんだろ?イメチェンって言うのも、悪くないかもな」


「そ、そうだね♪うん…思い切って、切っちゃおうかなぁ…」


「あぁ…バッサリやって、ホンマに尼にでもなってくれぃ」



しかし髪型ねぇ…

うぅ~む…俺も偶には、思いきってモヒカンにでもしてみようかな?

……

確実に、2年になれないような気がするのぅ




★3月12日(土)



今日は半ドン。

午前中で授業が終り、速攻で家に帰り、速攻で昼飯であるカップ麺を食らう。

そして穂波の来訪を以って、テスト勉強の開始だ。


ちなみに今日は、穂波以外に智香もくっ付いてきた。

3人でやれば勉強も捗るよね♪

とか、穂波と智香は言うが……

俺に言わせれば、恥ずかしい馬鹿が3人集まっても、それは物凄く恥ずかしい馬鹿になるだけの話しだと思う。

即ち、1が3つ集まれば3になるが、-1が3つ集まっても決して3にはならないのだ。



「あ~…今日は数学かぁ…」

俺は机の上に積まれた教科書やらテキストの山を前に、溜息を吐きながら項垂れた。


この俺様、不得意な科目は数あれど…中でも数学は極め付けだ。

どのぐらいチンプンカンプンかと言うと…

取り敢えず、小学5年生の算数が心許ない程のレベルだ。

つまり、他のクラスメイトに比べて、およそ6年に及ぶ数学的知識に開きがある。

我ながらビックリするよりも、本当になんで俺は高校に受かったのか…思いっきり不思議だ。

もっとも、割り算だけは得意だ。

何しろ独り暮らしを始めて、いつも残りの金で何日過ごすのか計算ばかりしていたからな。


「全く……何でこの世に数学なんてモノが存在するのか…足し算引き算と掛け算に割り算だけ出来りゃあ、生活には困らないっちゅーねん」

俺はボヤキながら、テキストの問題に取りかかる。


智香と穂波は、そんな俺をニヤニヤと嫌な笑みで見つめていた。

まるで『ふふ…お馬鹿チャン』とでも言いたげな目つきでだ。


穂波は、まぁ…許せないけど許せるが…

智香だけは許せんッ!!

中学の時だって、俺より遥かにパープリンだったではないかッ!!


「…おい智香。ヘラヘラ馬鹿みたいに笑ってないで、お前も少しはやれよ」


「馬鹿はアンタでしょ?」

口先だけで物事を解決出来ると本気で信じているエセジャーナリストの智香は、ヘッと鼻で笑った。

「言っておくけどねぇコーイチ……私は今度のテストで赤点を取っても、一応は2年生になれるのよ」


「な、なにぃッ!?」


「ふっふっふ、アンタみたいに一教科でも赤点取った時点で1年生決定の馬鹿チンとは……レベルが違うのよ、レベルがッ!!」


「ぐ、ぐぬぅぅ…」


確かに、そう言われると…何も言い返せれない。

………

って言うか俺、1教科でもアウチなのかッ!?

おいおい、物凄く崖ッ淵じゃないか?


「チッ、どうせ智香の事だ………進級したくて教師に体でも売ったんだろうよ」


「ちょっとぅ。それ、どーゆー意味よ…」

智香はズリズリとにじり寄って来た。

「この智香ちゃんの体がどうしたって?あん?」


「…何でもねぇよ」


「全く……この私だって一応は……ほ、惚れた男ぐらいいるんだからね。あまり変な事は言わないでよね」


「惚れた…男?」

俺はマジマジと、馬鹿と言う名詞の前にTHEと言う定冠詞が付いちゃっている智香を見つめた。

「なんだお前?好きな男がいるのか?」


「な、なによその目は…」


「いやいや、まさかお前がねぇ…」


こいつは驚いた。

智香は他人の恋路には五月蝿い割りに、自分の事は全然だと思ったんだが…

なるほど、それなりに青春しているわけなんだな?

ま、確かに…智香は黙っている分には、可愛い女の子の部類に入る女だからなぁ…

片目を覆うように垂らした独特の髪型も、厨二臭くて中々に魅力的だし…

根が明るい所為か、男女問わずに人気があるからな。


「ふ~ん…へ~ん…ほ~ん…」


「な、なによぅ…」


「いやいや……で、どんな男だ?」


「コ、コーイチには関係ないでしょっ」

智香は珍しく頬を少しだけ赤らめ、ソッポを向いた。

「だいたいコーイチ、あんたに他人の恋路を気にするヒマはないでしょ。今は勉強しなさいよ」


「お、お前が言うか、それを?言っておくが、俺の頭の基本スペックは、お前より遥かに高度なんだぞ」

俺はポリポリと頭を掻き、

「なぁ…どんな男か教えろよぅ。事と次第に依っては、この俺様が恋のキューピッドになってやっても良いぞよ。もちろん、それなりの料金は頂戴するが…」


と智香に笑い掛けるがその時、いきなりドバンッ!!とテーブルが物凄い音を立てた。


「………智香も洸一っちゃんも……勉強しろよ…な?」

凄く醒めた表情で穂波。

「恋だの何だのも良いけど…今度のテストで赤点取ったら……ポアするよ?」


「…すんません、尊師」

俺はテキストに向き直った。

智香もいそいそと問題を解き出す。


「全く…色気づくのは、2年生になってからにしなさい」


「りょ、了解でス」


確かに、悔しいけど…穂波の言う通りだ。

誰が好きだのあの娘が可愛いだのも良いが、先ずは目先の進級の事を考えねば…

………

しかし、THE馬鹿である智香に好きな奴がいたとは…

この名前負けしているアンポンタンは、他人の恋路以外は無頓着だと思っていたんだけどなぁ…

……

で、どんな男なんだろう?

どんな男が好みなんだ?

こいつはステレオタイプのお馬鹿ちゃんだから…

おそらく、相手はイケメンと見た。

ちょっとチャライ感じの男が好きと俺は推測する。


やれやれ…

馬鹿はやっぱり男を見る目が無いのぅ…

目の前に、最後の硬派と呼ばれるナイスガイな俺様がいると言うにねぇ…

………

しかしウチの学校に、この俺様と対等に渡り合えるほどのハンサムなガイが存在したっけか?

ふむぅ…まさか別の学校の男子とか…


「洸一っちゃんッ!!手が止まってるわよッ!!」

穂波がクマちゃんシャープ(クマ四郎)で、俺の手の甲をビシッと叩いた。


「す、すまん。で、すまんついでに……穂波さんや、この問題はどうやって解くのでしょうか?」


「ん?それはねぇ…この公式を入れるのよ」


「な、なるほど。この公式を入れて計算すると………うむ。凄い答えが飛び出したんじゃが…」


「…あれ?」


「いや、あれじゃなくて…」

うぅ~む、穂波も数学は苦手な方だからなぁ…

………

やっぱ、馬鹿が3人集まっても、なーんにも進展しないのぅ…



追記

今日の晩御飯は、穂波と智香が作ってくれた。

穂波はともかく、智香の料理は……勉学と同じぐらい、アレだった。

これなら、俺の方が遥かに上手いぐらいだ。

……

智香は喋りと歌以外に、何か得意なものはあるのだろうか?

他人事ながら、将来的な事を少し心配してしまったぞい。




★3月13日(日)



本日のテスト勉強は、無し。

いや、夜までお預けなのだ。

それは何故かと言うと……


俺は今、商店街に来ている。

本日は、テスト勉強そっちのけでお買い物の日。

そう…明日は悪魔の祭典、白い日だ。


毎年毎年、この日が非常に憂鬱で仕方がない。

バレンタインは分かるが、ホワイトデーって何よ?

誰がこんなくだらない日を決めたのか…

もし決めた奴が目の前に現れたら、俺は間違いなく、キャメルクラッチを極めるね。

そして折り畳んでラーメンにして喰ってやる。


「全くよぅ…何で硬派な俺様がチョコ如きにお返しをせなきゃならんのか。そもそも、俺は別にチョコ好きなワケでもねーのによぅ」

ボヤキながら、懐からメモを取り出す。


今年のバレンタイン…この俺様、実に7個もゲットしてしまった。

モテモテ界の王様、まさにステキ&ムテキのモテキング様だ。


ま、穂波と智香は毎年の事だから良いとして…

その他にも、新たな嫌がらせだろうか、何故かあの苛めっ娘戦隊トリプルナックルからも貰った。

そして差し出し人不明の奴が…2つ。

いや、一つはだいたい見当がついている。

男だ。

しかも俺の親友を僭称している野郎だ。

もちろん、速攻でキャメルクラッチを極めてやったが…

最後の一つだけが、どーしても誰だか分からない。

指紋すら検出できなかった身元不明の手作りチョコだった。

しかもかなり美味かった。

オマケにプレゼントだろうか…白いハンカチーフまで入っていた。


そう…誠に心の篭った、本命バレンタインの贈り物だったんじゃが…一体、誰だ?

お返ししたくても、出来ねぇじゃねぇーか…


「ふむぅ。ま、麗しの君へのお返しは一先ず保留と言うことで……取り敢えず、5つだな」

俺はメモに視線を落とす。


一応、何をプレゼントすべきかをメモってきた。

変なモノは贈れない…

もし相手の意に反する物を贈ったならば、穂波は脳方面に即ダブルリーチが掛かり、智香はある事ない事を言いふらすだろう。

トリプルナックルに至っては、俺様を執拗に苛めるに違いない。

きっと俺の下履きとかにマグロの目玉を詰めたり、机の中に孵化寸前のカマキリの卵とか入れるに違いない。

物凄い嫌がらせだ。

そのような悲惨な事態を避ける為にも、相手の機嫌を損ねないようなプレゼントを贈らなければ…

………

……

で、商店街を歩き回ること3時間…

一応は、それなりに想定していた物をゲットする事が出来た。

明日、これを皆に渡せばミッションは無事終了だ。

全く…とんだ散財だね。



追記

帰宅後、猛然と勉強を頑張った。

頭の血管から血が吹き出るぐらい、頑張った。

明日からは3日間の学年末テスト…

しかも一教科も落とせない瀬戸際中の瀬戸際だ。


落として留年が決っても、

待ってますから…

と言ってくれるような心優しき管理人さんは、俺の周りには存在しない。

せいぜい、腹を抱えて笑うだけだ。


くそぅ…

絶対に、見返してやる。

この俺が、如何に出来る男であるかを証明してやるッ!!

………

万が一、テストがダメそうだったら………

学校に爆弾を仕掛けたとイタ電して、テストそのものを潰してやろう。




★3月14日(月)



さぁ、いよいよテストの開始です。

即ち、この俺様…2年になれるかなれないかの、本当の意味での一発勝負ッ!!

ウォォォォォーーーーーーーッ!!

と教室で吼えちゃうぐらい、気合いも入るわさッ!!


で、本日の結果なんじゃが…

現国――パーフェクトッ!!

英語Ⅰ――グレイトッ!!

保健体育――デリシャスッ!!

自己採点だと、間違いなく30点は固いッ!!!

つまり、ぎりぎり赤点セーフだッ!!

ウヒョーーーーーーーーーーーッ!!

今日は首の皮一枚で、生き残ったぜぃ。


さて、本日は当然の事ながら半ドン。

皆さん、明日のテストに向けて家路を急ぐが…

僕チャンは廊下の窓際に寄り掛かり、そんな一般生徒を尻目に、お目当ての女の子達が教室から出て来るのを今や遅しと待ち構えていた。

手には紙袋。

中身はもちろん、俺様の真心がテンコ盛りになったプレゼンツが入っている。


ふっ、可愛い女どもめ……俺様の気合の入ったプレゼントで、感涙に咽るが良いわさッ!!


「っと、やって来ましたねぇ…」

見ると廊下の向こうから、辺りに不気味なオーラを発しつつ、ノッシノッシとまるでこの学園のボス気取りで歩いてくるトリプルナックルの御三方。


うぅ~む……相変わらず恐ろしいですなッ!!


俺は丹田に気合いを篭め、ゆっくりとランデブーを試みてみた。

まさに未知との遭遇だ。


「よ、よ~~う……今、帰りかい?」

軽く手を挙げ、気さくに挨拶。

が、しかし………


「…何?何か用?」

驚くほど素っ気無い声で小山田。

攻撃パーツであるツインテールの先端が、謎の物理法則を以って、まるで高射砲のように俺様に照準を合わせる。

物凄く怖い。


「い、いやぁ~…用があるから声を掛けたんじゃが…」


「え~~なぁ~に?」

と、パっと見は可愛いが、良く見ると全体的に締りの無い顔をしており、ぶっちゃけ本当は特殊学級の生徒ではなかろうか?と疑ってしまいそうな跡部が、相変わらずヘラヘラとした声で尋ねる。


「い、いやぁ~…その…今日はホワイトディだし…バレンタインのお返しをばしようと思って…」


「えっ?そ、そうなんだ…」

三人の中では一番まともそうで、俺的には一番可愛いと思ってる長坂が(だけど属性は悪)、どこか戸惑った様に小山田と跡部に視線を走らせた。


「あ、ありがとう…神代君。で、でも……そーゆーのは、二人っきりの時の方が嬉しいかなぁ…なんて」


「へ?なんで?」


「な、なんでって………ねぇ?」


「…そうね」

と小山田。

跡部も、へらへら笑いながらコクコクと頷く。


「な、何故に個々に渡さなければならんのか分からんが…ともかく、3人揃ってる方が俺的には気楽だぞ?」


「さ、3人?」

長坂が驚いた声を上げた。

「……え?え?えぇッ!?わ、私…だけじゃなくて、小山田と跡部も?」


「んぁ?まぁ……だって3人から貰ったし…」

と、俺は頭を掻きながら説明するが……


あ、あれ?あれれれれ?

何だかいきなり不穏な空気が満ちて来ましたぞ?


「…ちょっと…どーゆー事よ?」

小山田のツインテールが、長坂と跡部に照準を合わせた。

「長坂…アンタ、神代には渡して無いって…言わなかった?」


「そ、そーゆー小山田だって…渡してたじゃない。今年は無しね、とかアンタから言い出したのに……え?なに?抜け駆けしたつもり?」

長坂が可愛いい仮面を脱ぎ捨て、般若のような顔で小山田を睨みつける。

跡部は跡部で……全く変らず、ヘラヘラと笑っていた。


うぅ~む、何だか分からんが…いきなり内部抗争か。

っと、巻き込まれちゃ叶わんし、とっとと渡して退散しよう。


「あ~…ともかく、お返しはするぞ。何しろ俺様は紳士だからな」

言って俺は、紙袋の中から綺麗にラッピングされた包みをそれぞれに手渡した。


「あ、ありがとう…」

長坂は頬を少しだけ染め、俺のプレゼントを大事そうに抱えた。

小山田も珍しく、照れているのか視線をさ迷わせながら

「あ、ありがとう神代…」


跡部は跡部で……全く変わってねぇ……ヘラヘラ笑ってやがる。

理解してるのか?


「え、えと…開けても良い?」

と、長坂。


「ん?あぁ…別に構わんが…」

言うや3人の内2人は、いそいそと包みを開けるが…跡部は一人、まだプレゼントを手にしたままヘラヘラと笑っていた。

さすがにちょっと…心配になって来ましたぞ。


「あ…キャンディ」

長坂が呟いた。


「まぁ…芸が無いけど、ホワイトデーだからな」


長坂に渡したのは、可愛いガラス瓶に入ったフルーツ系キャンディの詰め合わせだ。

もちろん、他の面々も同じような物だ。


「…って、神代……このキャンディー……なに?」

小山田がヤブ睨みで、俺の手渡したプレゼントを凝視している。


「なに?と言われても…キャンディー……即ち日本的に言えば飴チャンなんだが…」


「…鰯キャンディー…って書いてある」


「おう、すり身30%配合と言う、ナイス且つ健康的キャンディーちゃんだ。こいつを発見した時、これは絶対に小山田向きだぜッ!!と確信したね、俺様は」

何しろ、鰯だ…

カルシウム不足で常にカリカリしている小山田も、これを舐めている限り大人しくなるだろう。


「あ、あんたねぇ…もう少し、女の子の喜ぶプレゼントにした方が良いんじゃない?」


「え?俺的にはベストチョイスだと思うんじゃが……って言うか、バレンタインに麦チョコを贈ってくれたお前が言うな」


「う、うるさいわねぇ……アレは失敗しちゃったから…急いで買ってきたのよッ」

小山田はプリプリ怒りながらも、大事そうに俺のプレゼントを鞄にしまう。

いや、仕舞う前に今すぐ食べて欲しいんじゃが…


「ところで跡部。アンタはなに貰ったのよ」


「……秘密」

跡部はヘラヘラ笑いながら、包みを鞄の中に仕舞った。


「家に帰ってから開けてみる」


「おう、跡部…お家に帰って、俺様のプレゼンツに感謝するが良い」


ちなみに跡部には……鮪キャンディーを贈った。

何しろ鮪だ…

DHAも豊富だし、少しは脳に栄養が行き届くだろう。





小山田達を見送ること数分の後、穂波と智香、そして珍しく豪太郎の3人が何やらワイワイギャーギャと騒音を撒き散らしながら此方へ向って来た。


やれやれ、相変わらず智香の声は、耳に響きますな。

「…よぅ」


「あ、洸一っちゅわん♪」

穂波が嬉しそうに駆け寄って来る。

まるで犬畜生の様だ。

「ど、どうだった?テスト…どうだった?」


「ふっ、バッチリだぜぃッ!!」

グッと親指を立てる俺。

「俺様に掛かれば学年末テストなぞ、お茶の子サイサイだッ!!」


「へぇ~……大した余裕じゃない」

と、智香。

「で、アンタはこんな所で何してるのよ?」


「ふっ、今日はホワイトデーだからな。悪しき風習だが、この義理人情に篤い神代洸一……特別に、貴様等にプレゼンツを持ってきてやったわッ!!」

俺がそう言うと、穂波と智香、そして何故か豪太郎の瞳がパァ~と輝いた。


「さて、そりでは…先ずは穂波。貴様にこれをやろう」

俺は袋の中ら、やや大きめの包みを取り出し、妙にニッコニッコと……まるで大黒様のように微笑んでいる穂波に、バレンタインのお返しを手渡す。


「え、えへへへぇ~…な、なんだろう?」

穂波はもどかしい手つきで包みを開けて行くと、

「あ、クマちゃんだッ!!!!」

大声で叫び、あまつさえムキョーーーッ!!と怪鳥のような奇声を上げた。


「す、凄い…凄いよ洸一っちゃんッ!!リアルなクマちゃんだよぅ」


「お、おう。模型屋で見掛けた、エゾヒグマのフィギアだぜ」

ここだけの話しだが…

実は殆ど、ただ同然で買ってきた代物だ。

なんちゅうか…造詣的には素晴らしいのだが、あまりにリアル過ぎて誰も気味悪がって買わないから、模型屋の親父に、捨値で良いから買ってくれぃぃぃ、と懇願されたのだ。


「ちゃんと関節も動くし、肉球も付いてるんだぜ?しかも夜になると、目が赤く光る謎仕様だ」


「すごーい…こんなのが欲しかったんだよぅ♪」


欲しかったのか?

「そ、そうか…喜んでくれて、何よりだ」


「うん♪凄く嬉しい……名前は…エニ熊ちゃんにしよっと♪」


「…又の名はマイケル・クレトゥか?それとも暗号機?」


「ん?なぁに洸一っちゃん?」


「いや、何でもねぇ…マニアックな独り言だ。……とにかく、大事にしてくれぃ」

俺はホッと溜息を吐きながら、今度は智香にプレゼントを渡す。

「ほれ、貴様にもくれてやるわ。感謝するが良い」


「な、なんかえらく高飛車ねぇ…」

ジト目で俺を睨みつけながら、智香は包みを開けて行く。


「あ、CD…」


「おうよッ。俺様がチョイスした80年代J-POP集だぜぃ。お前、古い邦楽とか趣味だっただろ?」


「へぇ~…コーイチにしては、中々ツボを押さえているじゃない」


「フッ…別名、消えたアーティストのアルバムだ。何てたって、廃盤どころか絶盤や発禁になった曲まで入っているマニア垂涎のお宝アルバムだからな。プレーヤーがイカれるまで、聞き込むが良いわさッ!!」


「そうね、カラオケのレパートリーに加えるわ」

智香は嬉しそうに、ジャケットを眺めていた。

しかし残念ながら、それらの曲はマニアック過ぎて、カラオケには入ってないと思うのだが…


ま、何はともあれ、二人とも喜んでくれて何よりだ。

贈った甲斐があるというものだ。

硬派な俺様とて…嬉しそうな顔している女の子を見るのは、何だか気分が良いのだ。

例えそれが、キチ○イと馬鹿でもだ。


さて、ミッションは無事に終了したし…帰るかな?

と思っていると、豪太郎がニコニコと嬉しそうに、手を差し出してきた。

その行動に、何の迷いも無い。


「…な、なんだ?」


「洸一…僕にも当然、あるんでしょ?」


「………は?」


「だから、ホワイトデーのプレゼント」

いつもの爽やかな笑顔だが、微かに頬を赤らめている豪太郎。

うむ、彼奴はマジだ。


「…あ、あぁ……もちろん、あるぞ」

俺は大きく頷きながら、即座に心の中に選択肢を並べる。

1:超人である俺様、洸一バスターで豪太郎に複雑骨折をプレゼンツ。

2:勇者である俺様、パルプンテで豪太郎に恐ろしい何かをプレゼンツ。

3:聖闘士である俺様、ゴールデントライアングルで豪太郎に異次元をプレゼンツ。

「取り敢えず3つ用意した。1番から3番…どれが良い?」


「あははは…嬉しいなぁ。じゃあ…3つとも…なんて」


「OK♪」

俺は笑顔で、豪太郎にプレゼントをくれてやった。


これが…

僕から贈る…

最初で…

最後の…

プレゼント。



PS

豪太郎の、生きていやがった。

がしかし、体が痛いから明日のテストは休むとの事。

ま、彼奴の成績なら…留年なんて事は無いだろう。

留年なんかしたら、新入生男子に多大な迷惑を掛けてしまう所だった。

何しろ彼奴は、豪太郎と言う名前の癖に、耽美系な顔をした優男で、あまつさえ衆道…ぶっちゃけ、女より男が好きと言う、自然界の掟に反逆している永遠の傾奇者だ。

オマケに年下が尚良いと言うショタまで入っちゃってるので始末が悪い。

そもそも、何であれが俺の幼馴染なんだろうか…サッパリ分からん。

しかし…

何で生きてるかなぁ?

本気マジで殺すつもりだったんじゃがのぅ…




★3月15日(火)



テスト2日目。

さて、本日の結果は…

日本史…ビューテホーッ!!

英語Ⅱ…ワンダフルッ!!

音楽…エクセレンツ!!

うむ、中々にグッドジョブッ!!

この洸一…やれば30点の大台なぞ、余裕で越えられるのだッ!!



「さて、家帰って飯食って…少し寝てから、また勉強しますかねぇ」

この俺様、テスト期間中は毎日徹夜なのだ。

何故なら、寝てしまうと勉強したことを忘れてしまうからだ。


「あ~…眠ぃぃ」

欠伸を噛み殺し、靴に履き替えて校舎を出る。

今日は寒の戻りと言う奴だろうか、昨日に比べ、かなり肌寒かった。


「こーゆー日は風邪を引きやすいから、気を付けないとねぇ…何しろ独り暮らしだし」

そんな事を呟きながら、足早に校門を抜けようとするが…

「…ん?」


門の片隅に、見慣れぬ影が一つと見慣れた影を一つ発見した。


見慣れない方は…豪太郎が好きそうな小さな男の子……いや、顔立ちからしたら女の子か?

性別はちと分かり難い。

女の子みたいだけど、それにしては髪が大胆に短く…少し伸びたスポーツ刈りと言った所だ。

何と言うか、健康優良児と言った言葉がしっくりと来るような女の子だ。

一応はウチの学校のジャージを着ているが、それが妙にだぶついている。

着こなせてないと言うか新品みたいだ。

4月からの新入生だろうか?


で、もう片方だが…

我が学園の突撃隊長、二荒真咲様だった。

可愛らしいショートボブの髪に、宝塚の男装役も出来そうな凛々しい横顔。

けれど腕力は可愛くない、学園の女傑様だ。


な、なにしてるんだろう?


二荒は腕を組み、そのボーイなのかガールなのか分からない子を睨み付けながら、何やら難しい顔で喋っていた。

そしてその子はしょんぼりと言った表情で、俯き加減に二荒の話を聞いている。


ぬぅ…もしかして……二荒に因縁でも付けられているのかにゃ?

だとしたら、どうしよう?

あまり関わり合いにはなりたくないけど…見ちゃったし…

学園守護職を自称している俺様としては、見過す事は出来ないし…

何より、俺の中に眠る猫のような好奇心が、ムクムクと大きくなって来てしまったし…


「き、気になるばってん。ちょっと接触コンタクトをとってみようかにゃ?」


もし万が一、あの小さい方が二荒に苛められているとしたら…

いや、あの二荒がそんな事はしないと思うけど…

それに、二荒には吉沢からの伝言もあるし…

ここは先ず、声を掛けるべしっ!!


俺は鼻歌混じりに、何気に近付いてみる事にした。

妙に心臓がドキドキする。

例えるなら、サファリパークで車から降りてライオンの群れに近付く感じ…と言うのか?


しかし一体、何の話しをしているのでしょうか…

現在の距離、約30メートル…まだ聞こえない。

25メートル…まだ聞こえない。

20メートル…少し聞こえた。

15メートル…ちょっと聞こえた。

10メートル…怒鳴り声?

5メートル…


「…何か用か?」


「え?」

気が付くと、目の前には二荒真咲が立っていた。

その距離、約2メートル。

――ぬかったッ!?

俺は何時の間にかレッドゾーン(危険地帯)に足を踏み入れてしまっていた。

何たる失態ッ!!


「い、いやぁ~…別に僕は、ただ歩いていただけで…」


「・・・フンッ。誰かと思えば神代洸一…か」

二荒は物凄く冷やか声で言った。

その瞳は冷たく、まるで汚らわしいものを見るような目つきだ。


ちくしょう…俺様を蔑んだ目で見やがって…

こうなったら、いきなりチ○コでも曝け出して驚かしてやろうか?

……

多分、死ぬけど。


「あ、あははは…よく僕のフルネームをご存知で…」


「…で、何か用なのか?」


「え?いや…別に…」

俺は戸惑いながら、チラリと二荒の目の前にいる子に視線を走らす。

俯いているその子は…どうやら、と言うかやはり女の子のようだ。

しかも童顔で、ちょいと可愛いぞよ。


「あ、あのぅ…その子は?」


「…貴様には関係無い」

ピシャリと言われた。

「余計な事に首を突っ込むな、神代洸一」

あまつさえ、釘まで刺された。


「は、ハイです」

俺は即座に回れ右をするが…チラリともう一度振り返り、

「あ、あのぅ…虐めじゃないよね?」


「…あん?」


「い、いや…イヂめじゃなければ良いんだ、うん」


「…」

二荒は俺を睨みつけながら、無言で手を振った。

消えろ、と言う意味らしい。

もちろん、俺も今すぐその場から脱兎の如く逃げ出したいが…

この学園の正義超人としての使命からか、そう簡単に逃げ出す訳にはいかない。


「あ、あのぅ…本当にイヂめじゃないよね?」

俺はもう一度、可愛らしく尋ねる。

出来れば二荒も、愛らしく「イヂめじゃないよぅ」とか言ってくれれば嬉しいのだが…


「……」


うわぁ…物凄く睨んでるぅぅぅ…

「い、いや…別に…俺は因縁を付けてるワケではないんだよ?ただ…あまりそーゆー事は止した方が良いのではないかと思う春のとある日、学園の治安を預かる正義の味方な洸一クンとしては…」


「…神代洸一」


「は、はい?」


「…消えろ。私が本気で怒る前に、消えろ」


「…はい」

俺は素直に頷き、そのままダッシュで逃げ出した。


いやはや…

初めて二荒真咲嬢と話したけど…

マジ、おっかねぇ。

穂波や小山田達とは違った意味で、おっかねぇ。

何故なら彼女達は、精神的には怖いけど、腕力的には遥かに俺の方が上だからだ。

だから俺が本気になれば…それほど怖くはない。

が、二荒は違う。

タイマン張ったら…確実に負ける。

いやもぅ…笑っちゃうぐらい、ボコボコにされるだろう。


うぅ~む、実に恐ろしい。

前にスーパーで見掛けた時は、可愛いなぁ…とか思ったんだけど…

アレは多分、目の錯覚なのだろう。

しかしどうしてあんな生物が、この世に存在しているのだろうか?

誠に、世の中は不思議じゃわい。




★3月16日(水)前編



テスト最終日…

今日の課題は、物理、古典、そして数学…


全てが終り、俺は廊下で独り、黄昏ていた。

今日は空気が、とても乾燥している…


「洸一っちゃぁぁぁん♪」

廊下に響き渡る声を上げ、穂波と智香が駆け寄って来る。

「ど、どうだった?テスト…どうだった?」

穂波は物凄く心配そうな表情で、俺の顔を覗き込む。

特徴あるお下げも、どこか力無く項垂れていた。


「フッ、バッチリだぜぃ」

グッと親指を立て、ニヒルな笑みを浮べる俺。


彼女はフゥ~と大きな安堵の溜息を漏らした。

「良かったぁ…」


「ハッハッハ…この俺様、やる時はやるのよッ!!」


「ま、コーイチは昔から、悪運だけは強いから…」

智香も憎まれ口を叩きながら、ニコニコと微笑んでいる。


そんな彼女達の笑顔が、今の俺にはとても眩しくて…


「ねぇ洸一っちゃん。テストも終ったし…今から智香と3人で、遊びに行こうよぅ」


「うむ、良いねぇ…と言いたい所だが、すまんッ!!実はちょいと、どーしても外せない野暮用があるのだ。……明日にしないかい?」


「え~…明日ぅ?」

と、智香。

「テストが終った今日だから、遊びにも燃えるのに…」


「默れ智香。と言うワケで…明日で良いか、穂波?」


「う、うん。洸一っちゃんが居いないんじゃしょうがないし…」

穂波はどこか腑に落ちないと言う顔している。


そんな心配そうな瞳で…俺を見ないでくれ…


「すまんなぁ。その代り、明日は徹底的に付き合ってやるから……じゃッ!!」

俺はサッと片手上げ、その場から逃げる様にして走り去った。


スマンッ!!穂波…そして智香…

今の俺には…お前達の笑顔が…堪らなく心苦しいんだ…


この神代洸一…

一世一代の不覚を取ってしまった。

1時間目の物理…

2時間目の古典…

ここまでは、予定通り事が運んだ。

実力が発揮出来た。

が、3時間目の数学……実力が発揮できなかった。

………

いや、実力とか…もうそーゆー問題じゃなくて…

なんちゅうか…

爆睡してしまいました。

……

何故だッ!?

大事なテストの最中に、何故に俺は寝ちゃうのかッ??

我ながら驚きを通り越して、少し怖い。


ま、思うに…

あと1教科で終ると言う安堵感と、ここ数日の徹夜が堪えていたのだろう。

テスト用紙に名前を書き、問題を解こうと思った瞬間、夢の中へ……

そして無情にも、終了を告げるチャイムの音で目が覚めてしまった。


い、言えねぇ…

今まで俺の為に、テスト勉強を見てくれた穂波に対し…

『てへっ♪寝ちゃったぁ♪』

なんて爽やかに言えねぇ…


彼女に申し訳ないとかそーゆーのじゃなくて…

アイツはきっと、俺を葬ってしまう。

笑顔で俺をポアしてしまう。

怒りの余り理性が崩壊した時の穂波が、どれだけ恐ろしい存在か…俺は知っている。


うわぁーんっ!!ど、どうしよう?

いや、マジでどうしよう?

留年の一つや二つ、男の勲章じゃん。

と俺は思っているのだが、穂波は絶対に許さないだろう。


「……致し方なし」

俺は走りながら呟いた。

「この際、不正行為も止む無し…ってゆーか、選択肢無し。何しろ命が掛かっているからなッ!!」





★3月16日(水)中編



帰宅後、先ずは熟睡。

そして夕方に起き、早めの食事。

押し入れから特殊アイテムを取り出し、丹念にチェック。

そして風呂に入り、身を清める。


何としても、このミッションを成功させなければ……

俺に明日は無いッ!!

2年になれないどころか、本当の意味で明日が行方不明だ。


「さて…と」

風呂から上がってさっぱりした所で、俺は先ほど取り出したアイテムの数々を身に付けて行く。

先ずは黒一色の忍者衣裳…

これは中学の時、修学旅行先の京都の映画村にて購入したものだ。

お次は暗闇で光を確保する為の小さな懐中電灯。

手の平サイズの、小型だが強力なライトだ。

そして最後に、あらゆる鍵を開ける事が出来るであろう、ピッキング道具各種。

こいつは数ヶ月前、穂波から取り上げたアイテムだ。


その頃、掃除してないのに部屋が妙に綺麗だったり俺のパンツとかが洗濯してあるものだから、こ

れは怪しいと思って穂波を追求したら、案の定、こんなモンを使って侵入していやがったのだ。

全く…入手経路は一体どこだ?

どこでこんなアイテムを手に入れたんだ?


「よし、準備OK…」

鏡の前で改めて全身をチェック。

うむ、どこから見ても忍者クン…つまり、不審人物だ。


「さて…」

俺はもう一度、頭の中で今ミッションを整理する。

名前しか書いてない俺の数学テスト…

今日の今日で、採点はまだしてない筈だ。

だから俺は学校に忍びこみ、テスト用紙を探索。

発見した後、解答を書きこんで再び戻す。

このクエストを成し遂げれば、俺は確実に2年になれるし、穂波達も喜ぶだろう。

うむ、誰も不幸にならない素晴らしきかなこのミッション。

作戦はコードは、イ号作戦だッ!!





時刻は22時…

人通りの絶えた商店街を素早く駆け抜け、駅前コンコースを迂回して裏道に回り、不況により野生に戻ってしまった人々が屯する公園を忍び足で抜けると、学校まではもうすぐだ。

群青色に染まった夜空には、煌煌と光る大きな月。


今日は満月か……

忍び込むには生憎と不向きなお月さんではあるが、これも致し方無し。

全ては俺様が悪いのだ。


「……ムッ!?」

住宅街を壁伝いに足音を忍ばせて走っていた俺は、放課後の買い食いのメッカ(聖地)である通称・角店ことパン屋の鈴木商店の角を曲がった所で足を止め、その場にしゃがみ込んだ。

見ると学校正門前に、真っ黒で妙に長い車が1台、横付けされている。


あれが噂に聞く、リムジンなる車だろうか?

…って言うか、こんな時間に何故にあんな車が止まってる?

しかも学校前に路駐とは…

もしもミッション遂行中でなかったら、天誅と言わんばかりにマフラーにジャガイモでも詰めてやるところだ。


「チッ…」

俺は軽く舌打ちをし、辺りを確かめ素早く学校の門壁にへばり付く。

そして思いっきりジャンプを一発、辛うじて塀の上に手を掛けた俺は、そのまま懸垂の要領で体を持ち上げ反対側へ飛び降り、学校の敷地内へと無事侵入を果した。


「……」

蕾が膨らみ始めた桜の木陰に身を屈め、周りの気配を探る。

学校は、当然の事ながらシーンと静まり返って……いなかった。


…あれ?

非常に微かではあるが…何やら誰かの囁くような声が聞こえるような聞こえないような…風の音かにゃ??

「―――って、電気点いてやがる…」

校舎の3階の一角に、一部屋だけ明かりが点いているのか、カーテンの隙間から僅かに光が漏れていた。


ふむ…あの辺りは、確か文科系クラブの部室がある辺りか…

おそらく、消し忘れであろうと思われる。

その証拠に、既に職員室の明かりは消えており、教師たちの存在は確認出来ない。

よもや俺様以外に、学校に不法に侵入するお馬鹿な輩がいるとは到底思えないので、やはりただの消し忘れだろう。


「…ま、学校荒しがおると思えんしな」

俺は呟き、シパタタタタタッと地を這うゴキブリの如く校庭を駆け抜け校舎に辿り着く。

既に侵入経路は定まっていた。

中庭に面した1階の窓からだ。

ここの窓ガラスは、一枚割れているのだ。

もちろん、割ったのは俺……しかも今日。

侵入し易くする為、わざわざ帰り際に石をぶつけてやったのだ。

我ながら知能犯である。


「さて、ここまでは順調だが…」

懐から懐中時計を取り出し、目を細めて見やる。

現在の時刻は…フタフタサンマル。

ミッション終了は…フタサンマルマルぐらいか…


「……良し、レッツゴーッ」

俺は呟き、イ号作戦を開始した。





予想通り、今日の今日で割れたガラスが取り替えられているわけでもなく、そこには新聞紙が貼られているだけであった。

俺は慎重にその新聞紙を剥し、腕を差し入れて鍵を外す。

そして音を立てないように窓を開け、校舎内に侵入。


「……ぬぅ」

当たり前ではあるが、校内は物凄く暗く、そして静かだった。

ぶっちゃけ、かなり不気味な感じ。


いや、かなりと言うか…ホンマに不気味だぞ?

なんちゅうか、背中に走る嫌悪感というか…産毛が逆立っちゃうような気配を感じる。

それに、妙に肌寒かった。

ゾクゾクと悪寒まで走る。

外は過ごしやすい気温なのに、校舎内はまるで冷蔵庫の中にいるようだ。


うぅ~む、なんか……誰かに見られているような感じがするぅ…


もちろん、注意深く辺りを見渡しても…当然ながら誰もいない。

もしかしてもしかすると、夜の校内には、諸事情により成仏出来ない、僕の知らない世界の住人が闊歩しているのかもしれない。

いや、それどころか……

魑魅魍魎の類いが運動会を開いているとか…

はたまた厨二の妄想ばりに、地球の命運を掛けたバトルが繰り広げられているのかもしれない。

そして今、俺はそんな場所に迂闊にも足を踏み入れてしまった…

………

ま、どーでも良い事だ。

妖怪だろうがお化けだろうが悪魔だろうが…

今の俺には関係無しッ!!

例えるなら、今すぐそこに裸の姉ちゃんが転がっていても、無視。

現時点で一番優先させなければならないのは、白紙で出してしまった俺様のテスト用紙だ。

どんなに愉快痛快なイベントが夜の学校で起きていようが、俺の留年に勝るもの無しッ!!

なーにを言ってるのか我ながら理解に苦しむが…

ともかく、世界が破滅しようとも今はテスト用紙の奪還が至上任務なのだ。


「と、ゆーわけで職員室へ急ぐのら」

俺は独りごち、足音を忍ばせながら廊下を駆ける。

時折、霊能関係の先生もビックリなラップ音が響いたり、何かが耳元に息を吹き掛けてきたり、はたまた怨みの篭った唸り声らしきものが地の底から聞こえて来たりするけど……

そんモノはスルーだ。


「―――っと、着いたか」

暗闇の中に浮ぶ、職員室と書かれたプレート。

俺はもう一度辺りを見渡し、扉に手をかける。


――ガチャッ…

やっぱりと言うか当然と言うか、鍵が掛かっていた。

さてさて……

懐を弄り、取り出すは穂波印の侵入道具各種。

俺はその中からロックピックを取り出し、引き戸の中央にある小さな丸い鍵穴に差し込む。


うぅ~む、この正義の代名詞である俺様が、よもや夜の学校でこのような事をする羽目になろうとは……

ってゆーか、鍵をこじ開けるなんて、ゲーム以外では生まれて初めてなんじゃが…

――カチャン…

も、物凄く簡単に開いてしまったのぅ…

さすが穂波の秘密道具だ。

素人でも実に簡単に扱える優れものだ。

…って、イカンだろこれは…


「全く、アイツは一体、裏で何やってるんだか…」

職員室の扉を静かにスライドさせ、腰を屈めながら侵入。

そしてお目当ての数学教師の机に近付き、引き出しを漁る。


「…っと、これか」

俺は忍び装束の上だけを脱ぎ、そしてそれを広げながら頭に被せ、その中で持って来たミニ懐中電灯を点灯させる。

これで光は外に漏れない筈だ。


「え~と……神代洸一…っと、ありましたねぇ……真っ白ですねぇ…」

神代洸一と惚れ惚れするぐらい男らしいタッチで名前が書かれた答案を発見し、それを抜き取る。


「さて、後はこいつに答えを書き込めばミッションは無事終了なんじゃが…」

良く考えたら、この場で考えて答案を埋めるより、誰かの答案を写した方が早いんでないかい?

「……なんとなーく、後ろめたい気もするけど…まぁ、良いでしょう」


何が良いのか全く未知ではるが、俺は束になった答案用紙をペラペラと捲る。

「…おっ、穂波の答案発見」

穂波の解答用紙は、それなりだった。

何とか答えを埋めているものの…どことなく間違ってる臭い。


「フッ、穂波のテスト…そして俺の手には鉛筆と消しゴム…」

今この場で、この用紙を消しゴムで消し消ししちゃえば…

穂波は間違い無く、追試と言う事になるだろう。

つまり、穂波の運命は既に俺の手の中。

俺の胸先三寸で未来は変わる。


……おおっ!!何だか自分が、神になった気分だぞよ。


「…でもまぁ…テスト勉強を見てくれたから、今回は許してやろう。うむ、俺様は寛大だねぇ」

穂波のテスト用紙を束の中に戻しつつ、俺は誰の答案を参考にしちゃおうかなぁ~…と探す。

「…ムッ!!これにしよう」

それは綺麗な字で書き込まれた解答用紙だった。

答えが合ってるかどうかは全然に分からんけど、何となく…完璧な感じがする。


「ふむ、穂波のクラスか。え~と…ふせ…いや、ふしはら……みかしん?ん?みかこ…か?」

女の子のようだ。

美佳心って書いて、多分みかこって読むのだろう…知らんけど。

しかし綺麗な字だなぁ…習字とか習っていたのかな?

頭良さそうな感じだよ。

俺は取り敢えず、その娘の答案を少し……いや、この際だから丸写しにしちゃう。


「…うむ、完璧なり」

ミッションコンプリート。

俺は答案を元に戻し、引き出しを閉める。

もちろん、指紋を拭き取る事は忘れない。


「さて、帰ろうかのぅ。…って、待てよ?」

良く考えたら…

今まで受けたテストだが、本当に俺は大丈夫なのだろうか?

一つでも赤点を取れば、今までの苦労は台無しで、僕チンは穂波に殺される。

「う~む、この際、きちんとチェックした方が無難ですねぇ」


と言うワケで俺は、更に各教科の先生方の机を漁り、全てのテスト用紙を奪還。

ついでと言わんばかりに書きこんで行く。

「ぬぅ…この伏原の美佳チンの解答用紙と比べると……俺様の解答、物凄く間違ってるのぅ」

あぶねぇあぶねぇ、物理なんてもう少しで零点を取るところだったぜ…


「…良し、完璧なり」

俺はビッシリと書き込んだ自分の解答用紙を元に戻しつつ、懐の懐中時計に視線を走らす。

「ぬぅ、少し時間を掛け過ぎたか…」

と、時計の針が零時を指したその瞬間だった。

――ドォーーーーーンッ!!

と物凄い音が響くと同時に校舎が大きく揺れ、更には何か怨みの篭った低い声が辺りに響く。


「う、うへぃ……なにごとでしょうか?」

少しだけ膀胱がユルユルになった俺は、職員室の窓から外の様子を覗う。

すると、深夜の校庭を駈け抜ける少女の姿が目に飛び込んできた。

うちの学校の制服を着ているその少女は、月明かりに照らされた長い髪を靡かせ、校門へ向けて懸命に走ってるが……

うむ、滅茶苦茶に遅いぞ。

競歩か?


「こ、こんな夜中に…何を?もしかして、何やら悪巧みを…」

学園の正義を預かる俺様としては、ちょいと確かめておかなけらばなるまい。

俺は即座に廊下に飛び出し、侵入して来たルートを遡る。

そして中庭に降り立ち、校門へ向けて一目散。

ふと何気に辺りを覗うと……先ほどまで明りが灯っていた文科系クラブの並ぶ校舎の窓ガラスなどが、粉微塵に砕け散っていた。


「ぬぅ…やはりあの女の子は…悪い奴なのか?」

ならば捕まえて、ちょいと問い質してやるッ!!


「―――っと」

だが、学園の韋駄天と呼ばれたこの俺が校門まで全速で駆けたものの……既にその少女の姿はなかった。

あの妙に長い車も、何時の間に走り去ったのか…影も形もない。

「…チッ、逃したか」


しかし一体、あの娘は誰なんだろう?

暗くて顔は分からなかったけど……実に怪しい。

怪し過ぎる俺が言うのだから、間違い無い。

でもまぁ…

俺のミッションは無事成功したし…どーでも良い事だけどね。

それに多分、明日になれば忘れちゃうからな、俺様はッ!!












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