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俺様日記  作者: 清野詠一
19/39

シークレット・ロマンス/地獄変




あっという間に放課後…

今日は一日、教科書は一度も開かずに他の本ばかり読んでいた。

お陰で少々、目がお疲れ気味。

その代り、格闘技とオカルトの知識はかなりUPしたと思う。


「さて、優ちゃんはいるかにゃ?」

俺はそう独りごちりながら、神社に続く裏山の石段を上る。

いつ来てもここは街の中とは思えないほどシーンと静まり返り、何故か神秘的な感じがする場所だ。

「…て、もう練習を始めているのかよ」

頂上から響いて来るサンドバッグの音に、俺は少しだけ顔を顰めた。


優ちゃんは生真面目過ぎるのか、どうも休むと言う事を知らないらしい。

確かに、試合の日まで時間があるワケじゃないけど…

それでも、この所のハードな練習は、常軌を逸している様に思える。

優ゃんは体格的に、それほど体力があるとは思えないし、あまり無理をして怪我でもしたりしたら、それこそ本末転倒になってしまうではないか。


「かと言って、俺が口出ししても聞かねぇーだろーし…」

反論されるか黙殺されるかの、どちらかであろう。

「ま、今は少しでも強くなって、彼女の信頼を得る事が先だな。……少し遠回りだが」

俺は溜息を吐き、階段を駆け上がった。



「さ、優ちゃん。今日もいっちょ、張り切って特訓しようではないか」

俺はいつもの長細いキックミットを腕に装着し、身構える。

「だけど……今日の俺はちょいと違うぜ?」


「は、はい?」

いつものステキなブルマ姿でファイティングポーズを取っている優ちゃんは、小首を傾げながら僅かに戸惑った声を上げた。


「今日は攻撃を受けるだけじゃなくて、俺は避ける。あまつさえ、隙があればカウンターも入れちゃうかもしれない。それでも良いかい、ベイベェ?」


「は、はいッ!!」


「OK。それでは始めよう…」

俺はサッとミットを構える。

と同時に、優ちゃんの「ハッ!!」と言う短い気合いと共に、高速の蹴りが炸裂。

ビリビリとした衝撃が、ミットを通して腕に伝わってくる。


ぬ、ぬぅ…


「――シッ!!」

バスンバスンッ!と連続蹴りの後に続く力の篭ったパンチの連打。

気を抜けば、一瞬でミットごと持って行かれそうだ。


お、落ち付け洸一……

冷静に、クールでマシーンのように優ちゃんの攻撃を見切るんだ…


「ハッ!!――セイッ!!」


……むぅ、思った通りだぜ。

疲れが蓄積されているのか、日を追うごとにキレが無くなって来ている彼女の攻撃は、素人な俺にでも簡単に見切れるようになっていた。

昨日よりも格段に、レベル自体が下がっていると言った具合だ。

マズイぜよ、これは…

このままこの状態が続けば、優ちゃんは本来の力を出し切る事無く、二荒に負けてしまうだろう。

何より彼女自身、この事に気付いているのか?

何の為に練習しているのか、少し見失っていないかい?


「ハァァァァ……セイッ!!」

優ちゃんの中段蹴り。

「――セイッ!!」

もう一度中段。

「ハッ!!」

そして上段。


お次は……廻って踵で側頭蹴りかッ!!


「――ハッ!!」

優ちゃんは素早く軸足を回転させ、その反動で小さくジャンプしながら回し蹴りを決めようとするが、

――ドンピシャッ!!

俺は殆ど反射的にダッキング、頭を下げてその攻撃を躱した。


「――ッ!!?」

攻撃が外れた優ちゃんは、僅かに態勢を崩す。


行けるか?

俺は素早く蹴りを繰出す。


「――ッ…」

優ちゃんは辛うじて、バックステップで俺の攻撃を躱した。


…やっぱ、まだ攻撃を当てる事は出来ねぇーか…

「どうし優ちゃん?攻撃が止まっているぞ?」

俺はミットを掲げた。


「ハァハァ……は、はいッ!!」

・・・・・・・

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・

陽が西に傾き、少しだけ空を茜色に染め始める頃……俺は練習を切り上げた。

彼女はまだやりたそうではあった…

俺はこれから、のどかの地獄の特訓が控えておるのだ。

何より優ちゃんは、今日はもう無理だろう、と俺は思った。

息も切れに切れまくっているし、ファイティングポーズを取ろうにも、疲れ果てて腕すら満足に上げる事が出来ないのだ。

練習後に、軽くマッサージをしてやったが(優ちゃんは物凄く恥ずかしそうだった)……

筋肉が極端に強張っていた。

オーバーワークもいい所だ。

何とかして彼女を休ませないと、その内、本当に怪我をしてしまうかもしれない。


うぅ~む、かと言って俺が口を出してもなぁ……

やっぱこーゆー場合は、あの女に頼むしかねぇーのか…



いつもの公園を通り越し、そのまま国道に添って道なりに進む事約15分。

指定された河川敷に、まどか退屈そうに立っていた。

そして川原に下りて行く俺を発見するや、

「――遅いわよ洸一ッ!!」

今日も彼女は、血が滾っております。


「わ、悪ィ悪ィ。ってゆーか、何でこんな場所で待ち合わせを……あの公園の方が近いじゃねぇーか。広いし」


「うるさいわねぇ……あそこだと、目立ってしょうがないでしょッ!!」

まどかは頬を膨らませ、ヤブ睨みな視線を投げつけてくる。

かなり不機嫌なようだ。


「な、なんだよぅ。フラストレーションの溜まった顔して。あ、もしかして……今日こそが女の子の日とか?」

言った瞬間、見えない何かが顔面を襲い、俺は数メートルほど吹っ飛んでいた。


「馬鹿ッ!!どーしてアンタは、そんなに脳味噌が腐ってるのよッ!!」


「痛ててて……ンだよぅ。二日連続の寝不足の不満を、俺にぶつけるなよぅ…」


「――な゛ッ…」

まどかの綺麗な顔が、サッと曇る。

「な、何でアンタが知ってるのよぅ」


やっぱりかよ……

酒井さん、本当に生きてる人を苛めるのが好きだからなぁ。

「どーせまた、人形が出て来る夢でも見たんだろ?」


「そ……そーよ」


「それは、お前が原因です」

俺はキッパリと言ってやった。

「のどか先輩を蔑ろにするから、バチが当たるのです」


「どーゆー事よ?分かるように言いなさいよ」

まどかは唇を尖らせ、ズイッと近付いて来た。


「だからぁ、昨日さ、お前……俺が家に行った事、のどか先輩に話さなかっただろ?それで先輩、少しつむじを曲げちゃってよ…」


「ね、姉さんが……何か関係あるの?」


「大有りだな。そもそも、アレが夢だと思うこと自体、間違っちょる」


「夢でなかったら、何なのよぅ」


「……本物だ」


「はぁ?」


「あの人形は現実に存在して、そして自らの意思で動いておるのだ。自立思考型の市松人形なのだよ」

ちなみに動力源は怨念である。


「バ……バッカじゃないのアンタ?そんな事をあるワケないでしょッ!!全く、姉さんといい洸一といい……変な事ばっかり言うんだから」


「ぐぅふっふっふっ……」


「へ、変な笑い方しないでよッ」


「あれ?もしかして……まどかちゃん、怖がってるの?」


「そんなワケ無いでしょッ!!私に怖いものなんて無いんだから……それよりも、無駄口叩いてないでさっさと準備をしなさいッ!!日が暮れちゃったら練習にならないでしょッ!!」


「へ~い…」

俺は上着を脱ぎ、屈伸等で軽く体を解す。

ふむぅ……

なんか随分と焦った感じだったけど、もしかしてこ奴は、怖いモノが苦手なのかな?

・・・・

ま、好きになる方が特殊なんだが…

「ところで、まどか。今日はどうすれば良いんだ?昨日みたいに、俺様が一方的に攻撃しても良いのか?」


「そうねぇ…それも良いけど、今日は私からも攻撃を繰出すわ。洸一は、躱す事に専念した方が良いわね」

TEPの公式グローブを装着しながら、まどかがニヤリと笑みを零した。

どうやら、ストレスを俺様で発散する腹らしい。


「なるほど。今日は防御主体で行けって事か。もちろん、俺も攻撃して良いんだよな?そうしないとデートの権利がゲット出来ないし……」


「えぇ、良いわよ。でも……攻撃する余裕なんてあるのかしら?」


「ふっ、男を舐めるなよ、まどか。男子3日会わざれば割礼してみよと言うしなッ!!」


「…活目よ」


「そうとも言うッ!!この俺を、昨日までの俺と思わないことだなッ!!」


「アンタのその自信って、一体どこから湧いてくるのよ…」

まどかはこれ見よがしな溜息を吐いた。

相変わらず、無礼の固まりみたいな女である。

「さぁ洸一。準備は出来て?」


「おうよッ!!どこからでも、掛かって来いやーーーーーッ!!」


「……OK♪」

刹那、まどかの姿が間近に迫ったと思いきや、俺は腹部に衝撃を受けていきなり吹っ飛んでいた。


「ちょ、ちょいと待てやーーーーーッ!!」

川原に転がりながら、吼える俺。


「な、なによぅ…」


「う、五月蝿いッ!!少し待っとれッ!!」

ゆっくりと立ち上がりながら、俺はもう一度屈伸運動を繰り返す。

い、いかんいかん…

全く見えなかったわい。

どうも、さっきの優ちゃんとの練習が頭に残ってるせいか…

スピードとタイミングがずれちまってるぜ。

俺は大きく深呼吸を繰り返し、脳内でイメージを固める。

まどかのスピードは、優ちゃんの5割り増しで計算した方が良いな…

「よ、良し。待たせたな、まどか。練習再開だ」


「はいはい…」

まどかはサッとファイティングポーズを取る。


さすがに、のどかさんの妹だけあって、物凄く綺麗でカッチョイイ。

闘う姿にも、なんちゅうか華がある。

しかも、優ちゃんのどこか切羽詰った構えとは違い、余裕すら感じる構えだ。

チッ、これが天才様の戦闘スタイルってワケですかい……


「さて……行っくわよ~、洸一」


「どこからでも、来いやーーーーーッ!!」


「―――シッ!!」

上体を曲げてのステップイン。

特徴的なポニテが揺れたかと思うや、僅か一瞬でまどかは間合いを詰めると、左の連撃。

丁丁発止と拳が風を切り裂く。


――は、速ぇぇぇぇッ!?

『躱すなんて無理です隊長ッ!!』

脳内兵士が慌てふためく。

チッ…

俺は腕を折畳み、ガードに専念。

まどかの容赦の無い鬼のような攻撃を、辛うじて受け止める。


「――ハッ!!」

タイミングを変えての右のストレート。


―読み通りッ!!

左手でそれを払い除けつつ、即座に腹部をガード。

そこにまどかの膝蹴りが叩き込まれた。


「…チッ」

まどかは飛退いて、間合いを取った。

「へぇ~……攻撃は全然だけど、防御だけはそれなりに出来るじゃないの、洸一」


「当たり前だぜ。ご町内ではザ・ガードマンと呼ばれたほどの俺様だからなッ!!」

俺は、屁のツッパリいらんですよ、という演出をフェイスに施しながら高らかに笑ってやった。

もちろん、実際はかなりヤバかった。

既に崖ッぷちな感じだ。


くそぅ、化け物め…

俺が攻撃を躱す事が出来たのは、ここ数日、優ちゃんのサンドバックになって、攻撃のタイミングが体に叩き込まれたと言う事と、幼き頃より穂波の理不尽な攻撃から逃げ回っていた事による成果に過ぎないのだ。

あとは、ちょっとだけ運が良かった。


「……ふ~ん。だったら少し、私も本気になった方が良いみたいね」

まどかはそう言うと、いきなり制服の袖をたくし上げた。

手首から肘に掛けて、何やら黒い物体が巻き付いている。


「……何だそれ?」


「ハンデよ。洸一相手に、本気のスピードを出しちゃ悪いと思ったんだけど…」

言いながらまどかは、その腕に付いてる薄く長い物体を外す。

ドスンッ!!と鈍い音を立て、それは地面にめり込んだ。


「……」


「特注で作らせたパワーリストよ。一つで……10㌔ぐらいあるかな?」

もう片方も外しながら、人類の規格から外れているその女は笑った。

「さて、足の方も外そうかな。靴の中に錘が入っているのよねぇ」


「……」

父上様…

母上様…

今朝食べた納豆、大変美味しゅう御座いました。

洸一は、もう疲れ切って戦えません……



「………」


「…お~い、生きてる、洸一?」


「……ギリギリな」

目の前に広がるは、茜色から群青に染まりつつ空と、まどかの顔だった。

ついさっきまでは、目の前には死んだおじいちゃんが微笑んでいたんじゃが…


「はい、これ…」

ピタリと、冷たい物が火照った頬に押しつけられた。

「サ、サンキュゥゥゥゥ…」

掠れた声でそれを受け取りながら、ゆっくりと上体を起こす。

体中の骨が軋んだ。


ったく、なんて強さだよ…

まさに魔王って感じだよッ!!

一体、何発攻撃を喰らった事か…

こ奴の強さに比べたら、悪いけど優ちゃんは十両クラスだ。

ちなみに俺は、序二段って所だろうなぁ…

「……って、おい」


「ん?なに洸一?」


「何でメッ○ールなんだよッ!?」

俺はまどかに手渡された缶ジュースを見て、呆れた声を上げた。


「え?こっちの方が良い?」


「ド○ターペッパーかよッ!?普通…違うだろ?こーゆー時は、ノーマルなスポーツドリンクじゃないかい?」


「なによぅ。折角奢ってあげたのに、文句ばかり言わないでよぅ」


「クッ…奢る前に、一昨日貸した弁当代を返しやがれ」

俺はブチブチと溢しながらプルタブを開け、一口啜ってみる。

凄い味と共に、口の中がピリピリとした。

どうやら、かなり咥内を切ってしまったみたいだ。


ちくしょぅぅ…

よもや地上最強と呼ばれた俺様が、小娘に殴られて痛い思いをする日が来るとはなッ!!

しかも結局、俺の攻撃は全く掠りもしねぇーし…

一体、何を食ったらそんなに強くなれるんだか。


「どうしたの洸一?なんか黄昏ちゃってるじゃない?」


「なんでもねぇさッ!!ああ、僕は元気さッ!!」


「あらそう?ま、どーでも良いんだけどねぇ」


「くッ…」


「それより洸一。優の方はどーなの?あの、頑張ってる?」

まどかはポニテの髪を少し結い直しながら、俺の様子を窺うように僅かに目を細めた。


「……」


「あら?その様子だと、あまり芳しくないようね」


「…まぁな。その事で、ちょいとお前に頼みがあるんだ」

俺はそう言って、不味いジュースをグイッと喉に押し込んだ。

「実はよ……優ちゃん、張り切り過ぎなんだよ」


「ふ~ん……あの娘らしいわね。で、それがどうかしたの?」


「だからぁ、度が過ぎてるんだよ。そりゃあさ、二荒との一戦まで時間が無いのも分かるし、何としても勝ちたいって言う気持も分からんでは無いけど……気負い過ぎはどうかと思うぞ。既にオーバーワークの兆候も現れてるし…」


「……それで?」


「そ、それでって…だから、お前の口から優ちゃんに、少しは休養を取るようにって言って欲しいんだけど……」


「そーゆーのって、アンタの役目じゃないの?一応、洸一は優のコーチなんだし……それにあの娘も、充分承知してるわよ。素人じゃないんだしね」


「むぅ、確かにそれは正論だ。だけどな、今の俺が言っても説得力があると思うか?」


「そうねぇ……洸一、弱っちいもんねぇ」


「ぐ…」

は、果てしなくムカつく…

しかも当ってる分、余計にムカついちゃうぜよ…

「だから……こうして頭を下げて頼んでるんだよ」


「下げてないじゃない」


「うぬぅ…」

こ、このアマァ…

いつか…いつか必ず『堪忍して下さい洸一様』って言わせてやるぅぅ…

俺は大きく深呼吸し、その場にズバンッと手と膝をついた。

そして額を地面スレスレに近付けながら、

「頼むまどかッ!!優ちゃんに一言……せめて一日は休むように言ってくれぃッ!!」


「ち、ちょっと洸一ッ!?アンタ何してんのよッ!!」


「え?土下座なんじゃが……」

もしかして、これでも不足なのか?

だとしたら、どうすりゃ良いんだろう?

まさか更にパンツ一丁にでもなれと言うのか?

・・・

なるぞ俺は。


「ば、馬鹿ッ!!じょ、冗談で言ったのに……本当に頭を下げないでよ、全く…」


ぬぅ…

「冗談?貴様は、冗談で俺に土下座までさせたのか?」


「なによ怖い顔して。アンタが勝手に真に受けただけでしょ?」


「クッ……真剣な俺様をそこまで愚弄するとは……もはや許せんッ!!」


「な、なによぅ…」


「こうなったら、のどか先輩に言いつけてやるッ!!先輩に、『まどかの馬鹿が僕に土下座を強要した挙句、笑い者にしたんですぅ』と泣きついてやるッ!!そして哀れな事に貴様は、不眠の日々を送るが良いわさッ!!グワハッハッハ」


「な、何でそこで姉さんが出て来るのよッ!!」


「ふふ~ん、黙ってて欲しくば、『堪忍して下さい洸一様』と言って、頭を下げろぃッ!!」

俺はそれで満足だ。

大満足だ。


「……」


「ふふん、どうしたまどか?ほれ、何か言ってみぃ?」


「……仕方ないわねぇ」

まどかはこれ見よがしに大きな溜息を吐くと、いきなりバキバキと指を鳴らし始めた。


「な、なんだ?腕力か?腕力で俺を屈服させようと言うのかッ!!」


「……別にぃ。たださぁ、喋る事が出来なくなれば、問題は片付くと思って…」


「………ゴメンナサイ」

俺はもう一度、深々と頭を下げたのだった。



夜の帳が降り、街にネオンの瞬きが灯る頃まで、俺は川原の土手に腰掛け、まどかと二人、格闘技の事について、あれこれと話をしていた。

技の応用からコンボの極め方…

優ちゃんの昔話や二荒の武勇伝などなどだ。

結局まどかは、優ちゃんに少しは休むように言ってくれる事を、承諾してくれた。

彼女が言うには、

『今の優が真咲に対抗出来るのは、唯一スピードだけだからね。疲れで動きが鈍ってちゃ、勝てる見込みを自ら放棄するようなものだし……仕方無いか』

ってな事だ。

うむ、これで優ちゃんも、暫らくは休養を取ってくれるだろう。

その間に俺は……どうしよう?

何か二荒の弱点でも探ってみるべきなのだろうか?

ちなみにまどかは

『優に言ってあげる報酬として、晩御飯一回ね』

と、とてもお嬢様らしからぬ要求を突き付けて来た。

こーゆー無礼極まる不遜な馬鹿女には、張り手の一発でもかましてやろうかと思ったが…

後で病院送りにされるのは確実なので、仕方なく俺は、ラーメン一杯で妥協するように説得してやったのだ。

うむ、偉いぞ俺。



「さて…」

閉店間際のスーパーで、半額になった食材などをゲットした俺は、鼻歌混じりに夜の商店街をブラブラと歩いていた。

既に大半の店が、閉める準備をしている。


「いやはや、今日も疲れたなぁ…」

俺はそんな事を独りごちりながら、溜息を吐いた。

姫乃チャンのこと…

優ちゃんのこと…

そしてのどかさんにあの腕力馬鹿…

考える事はたくさんある。


なんちゅうか、2年になってから物凄く忙しい。

ってゆーか、一般的に見てかなり可愛いけど癖の有りまくりな、ぶっちゃけ保護観察などが必要な女の子ばかり、俺の周りに集まって来ている。

何故だ?

どーして俺の周りだけ、そんな明日さえ定かではないアウトローな少女達ばかり集うのだろうか?

もしかしてこれは、俺に課せられた『業』と言うヤツなのだろうか?


「そう言えば多嶋の野郎、穂波に惚れたとか何とかヌカしていたなぁ」

いやはや…

よもやあのチャネラーを好きになる男が現れるとは…

これだから人生は面白い。

一体、多嶋は穂波の何処が気に入ったのだろう?

確かに穂波は、パッと見は可愛い。

悔しいが、それは認めてやる。

だけど頭の中身は極悪だ。

アイツの思考回路には、クマと宇宙の帝王(神)と言う、一般的少女に実装されていないモノ、人として全く必要の無いモノが、標準で搭載されている。

彼奴は笑いながら人を刺せるタイプの人類なのだ。


「確かに穂波と付き合えたら……色んな意味で新しい世界が広がるかもしれないのぅ」

そんな事を考えながら、商店街の出口に差掛った時だった。

角にあるゲームセンター『アミューズメントパーク・ポコペン』の店先で、俺は見知った顔を見掛け、思わず足を止めた。


あのボサボサのツインお下げは……もしかして委員長閣下?

店先に置かれたヌイグルミキャッチャーの前にいるのは紛れも無く、俺様の隣り席でいつも無言のプレッシャーを与えてくれる、委員長こと伏原美佳心女史だった。

まさかあのクールでドライで、何だかクラスのシリカゲルみたいな委員長様が、こんな時間にゲーセンにいるとは……


「……あ、そっか……塾の帰りか」

俺はポリポリと頭を掻いた。

委員長は人知れず、予備校に通っているのだ。

学校が終っても勉強するなんて、俺様の常識では考えられない事だ。

しかしゲーセンで息抜きとは……ま、委員長も年相応な女の子と言うことか。

何だか少し、ホッとした気分になった。

彼女も、小煩いだけの委員長ではなく、やはり普通の女の子なのだ。


「どうしようか…」

俺は声を掛けようかと思ったが……止めておいた。

彼女も、まさかこんな所で俺に見られてるとは思わないだろうし、見られても平気な光景とは思えない。

これはきっと、彼女だけの秘密なのだ。

下手に声を掛けて気分を害されたら、俺も悲しい。

ここは何も見なかった事にして、黙って家に帰ろう……


と、俺は微笑ましくゲームに興じる彼女の後ろ姿を見やり、踵を返して家路に戻ろうとした時だった。

――バンッ!!

凶悪な破壊音に、俺の足は止まった。


なんだ?

もう一度振り返り、俺は思わず、

「――ゲッ…」

と短く漏らした。

俺の目に飛び込んできた光景…

それは鬼のような攻撃的オーラを発している、委員長の後ろ姿だったのだ。



信じられない光景だった。

これが所謂、衝撃の映像と言うのか…

例えて言うなら、友達の部屋でコアなエロ本(しかも熟女系)を発見した時の気分と言うのか…

ともかく、見てはイケナイものを見てしまった気分だ。


――バンッ!!

委員長は力任せに、ヌイグルミキャッチャーのボタンを叩いていた。

何度も何度も何度も……まるで親の仇のようにだ。

しかもあろう事か、ドゲシッ!!と蹴りまで飛び出した。

筐体を破壊するような勢いで、何度も蹴りを入れている。

ワイルドと言うか何と言うか、僕の知らない何かが憑依したみたいだ。


ど…どうしよう?

行き交う人達も、委員長の余りなバイオレンスな狂態に、思わず足を止めてしまっているではないか。

このままでは、なんちゅうか……非常にマズイ気がする。

かと言って、俺は仲間に思われたくはない。

出来れば最後まで、赤の他人を貫き通し、生暖かく見守ってやりたいのが偽ざる今の心境なのだが…


「……って無理かな」

さすがにこれだけワンダフルに暴れていると、店の中から店員が飛び出してきた。

俺も見知っている、ちょいと線の細い大学生のアルバイト店員だ。


あ~あ~…言わんこっちゃない。

何が委員長の逆鱗に触れたのか分かんねぇーけど、ともかくここは、クラスメイツの誼で少しはフォローしないと……

俺は溜息を吐き、ヤレヤレと言った態で美佳心嬢に近付こうとするが、

「なんやーーーーーッ!!」

彼女の迫力満点な怒声に、思わず足は止まり、尿意まで催してしまった。


「どないなっとるねん、これはッ!!」

美佳心チンは、噛み付きそうな勢いで店員に食って掛かっていた。

「全ッ然、掛からんやないけボケッ!!」

グーで筐体をバシンッと殴る。

「ワザとアームを緩くしてあるんやろッ!!あ?これは詐欺やないけッ!!」

更にはまたもや蹴りまで飛び出した。

まるでヤ○ザだ。


「そ、そんな事はないかと…」

アルバイト店員は、美佳心チンの迫力に押されてしどろもどろだった。

見ていて、非常に気の毒である。


「あ?なんや?それはウチが下手だって言うてるんか?…アホかッ!!言葉選ばんと火傷するでボケッ!!」

委員長は激昂しながら、尚も筐体にバシバシと蹴りを入れ、

「詐欺やッ!!これは詐欺やッ!!金、返さんかいーーーッ!!」


「お、お客様……ど、どうか落ち着いて…」


「落ち着いとるわいッ!!ウチは地蔵のように落ち着いちゃってるわいッ!!」

こんな破天荒な地蔵は存在しない。

「はんッ!!バイトじゃ話にならんわ……店長呼んで来んかいッ!!」


「い、いやその……ただいま店長は留守にして…」


「やっかましいッ!!責任者が来るまで、ウチはここを動かへんでッ!!」

美佳心チンはその場にドカッと腰を下ろした。

そして腕を組み、オロオロする店員を睨み付けると、

「ボケッとしとらんで、茶の一杯も持って来んかいッ!!ドアホゥッ!!」


「で、ですが…」


「なんやーッ!!さっきからゴチャゴチャと……ウチが悪いんか?ウチが悪者やとでも言うんかーーッ!!」


「い、いえそんな…」


「ちくしょぅぅぅ…殺せッ!!いっそのこと、ウチを殺せーーーーーッ!!」


な、なんてアナーキーな……

さすがの俺様も、唖然としてしまった。

彼女は本当に、俺の知っている委員長なのだろうか?

実は委員長の皮を被ったどこぞの愚連隊関係者とか……


…ンなワケはねぇーか。

きっと、アレこそが委員長の本性なのだ。

カモノハシだって、見た目は可愛いけど実は凶悪な爪が伸びていたり毒を持っていたりするではないか。

美佳心チンは学校では地味目の委員長だけど、街ではきっと、クレイジー・クレイマーなのだ。


さて、どうしよっかのぅ…

平穏な日々を望む俺様としては、ここは『何も見なかった事にする』と言う選択肢を選びたいのだが…

残念ながら、そんな選択肢は存在しなかった。

くそぅ、やはりこれは業なのか…

「悲しいけど、俺、クラスメイツなのよね」

俺は呟きながら、怖いもの見たさで集まって来たギャラリー達の間を摺り抜け、美佳心チンに近付く。

「はいはい、ごめんなさいよ……ちょっと通して下さいよ」


「なんやッ!!まだ店長は来んのかーーーーーッ!!」

委員長は依然、荒ぶっていた。

可哀相なことに、アルバイト店員は蒼ざめた顔で既に涙目だ。


や、やれやれ……

「あ、あのぅ…」


「誰やーッ!!って……じ、神代くん?」

委員長が驚きで目を丸くする。

代りに店員の顔に、安堵の表情が広がった。


「ち、ちょっと良いですか…」

俺はにこやかな笑みを浮べ、腰を低くしてアルバイトな店員さんに近付くと、

「すんませんねぇ。この娘、俺の友達で……ちょいと気の毒なヤツでして…」


「な、なんやとーーーーーッ!!」

と猛り狂う委員長は一先ず置いといて、俺は更に腰を低くし、

「どうですか…ここは一つ、そのヌイグルミを2・3個って所で、コイツを引き取りますんで…」


「わ、分かりましたッ」

店員はいそいそと筐体の鍵を開け、中に入っている実に可愛くないヌイグルミを2・3個取って俺に押し付けた。

そしてそのまま、美佳心チンまで押し付けるように、そそくさと店内へ引っ込んで行ってしまった。


「さ、委員長……帰ろう?ヌイグルミもゲット出来たし…」


「い、嫌やッ!!これはウチとこのゲーセンの問題やッ!!神代クンは引っ込んどりッ!!」

美佳心チンは、まだまだ暴れ足りないようだ。


「な、何を言うてるんだか……さ、早く退散しよう」

俺は彼女の腕を取り、少しだけ強引に引き摺って行く。


「離せーッ!!離さんかいボケェッ!!ウチはまだ、話がついとらんのやーーーーッ!!」


とほほほ…

誰か僕を助けて…



喚き暴れる委員長様を何とかいつもの公園まで連れて行き、そこのベンチに腰掛けさせた俺は、買い物袋の中ら烏龍茶を取り出してそれを彼女に手渡す。

美佳心チンは息も荒く、まだまだ血潮が滾っていたが……

暫らくすると、ようやくにお怒りが収まってきたのか、

「なんや…エライ所、見られてもうたなぁ」

と呟いた。


「そ、そんな事は……ないぞ」

もちろん、嘘である。

エライ所と言うか、一生忘れる事の出来ない現場を、俺は目撃してしまった。

トラウマ確定だ。


「しかし委員長も、なんか凄くストレスが溜まっているねぇ…」

俺は慎重に言葉を選びながら、出来るだけ温和な表情で彼女を見つめた。

下手なこと言ってイチャモンでも付けられたら、目も当てられないではないか。


「……アレは、あのゲーセンが悪いんや」

美佳心チンはそう言うと、俺の渡した烏龍茶をグイッと呷った。

「…2千円や。2千円もつぎ込んだのに、何一つ取る事がでけへん。アレは絶対、インチキや…」


「ふ、ふ~ん…」

それは自分の技量とかに問題があるような気がするんじゃが…


「くそぅ、ムカツクわ。絶対あのゲーセン、いつか火ィ点けたるさかい…」


「……」


「……冗談やで、神代クン」


「そ、そうなんだ…」

――嘘だッ!!

今の委員長、目がマジだったじゃねぇーか…

「し、しかし委員長が、まさかあんなにヤ○ザな……ゲフンゲフンッ!!あれほど思い切った行動に出るとは…」


「……ウチかて、普通の人間や」


ふ、普通?

何を基準に言ってるんだろう??


「せやから、腹が立つこともある」


「そ、そうだよね」

腹が立っても、筐体に蹴りやパンチを入れるのは、女子高生としてはどうかと思うんですが…

「で、でもさぁ……やっぱやり過ぎだぜ委員長。勉強勉強でストレスが溜まってるのは分かるけど……今日だって予備校の帰りなんだろ?」


「な、なんや。なんで神代クンが知ってるねん?」

美佳心チンの目が、分厚い眼鏡の奥で大きく見開かれた。


「ま、まぁ……その辺りについては色々とな」


「ふ~ん…」


「な、なんでしょうか?」


「別に。どーせアンタの事や。ウチの変な噂を確かめたくて、後でもけたんやろうに……」


…なんで分かるんだ?

「い、いや…それはそのぅ……って言うか、噂……知ってるんだ」


「…まぁな。どーせあの3馬鹿が広めた事やろうし……そーゆー噂に踊らされる神代クンも、アホの同類や」

美佳心チンは吐き捨てるように言った。


3馬鹿…って、小山田達の事か…

「で、でもよ、噂を知ってるんなら、何で否定しないんだ?」


「はんッ、面倒や。アホに付き合ってるヒマは、生憎とウチにはあらへんのや」


「ぬぅ…」


「それにや、こーいった場合、下手に動くと相手の思う壺に入ってまうんや。噂は所詮、噂や。暫らくすれば、自然に消えるさかいなぁ…」


うぅ~む……

美佳心チンは、なんちゅうか……アダルツな思考をしていますねぇ。

「しかしだなぁ……俺的には、そーゆー噂が出る事自体に問題があると言うか何と言うか……何で委員長は、いつも……そう独りなんだ?孤独が好きにも限度があるっていうか……やっぱ、群れるのが嫌いなのか?」


「……アホか」

美佳心チンは呟いた。

「ウチかて普通の人間やて言うただろ。心に病を抱えてるワケでもあらへん。友達同士で遊ぶのは好きや」


「だったらなんで…」


「はっ、悪いけど、ウチは頭の悪いヤツと付き合う気になれへんのや。朱に交われば赤くなるって言うやろ?あんな学校で友達なんか作ってみぃ、ウチはどんどん頭が悪くなってしまうやないか」


「あ、あんな学校って……さすがに母校を悪く言うのはどうかと…」


「はんッ、ウチは別に……神代クンのように好きであそこに入ったワケではないんやで?引越しのゴタゴタで……気付いたら、あそこしか残ってなかったんや」


「俺だって別に好きで入ったワケじゃないんだが…」

学校を選んだ理由は、家から一番近いからだ。

それ以外にはない。

「しかし、そうかぁ……確かに委員長は、成績もズバ抜けて良いって話だし、レベル自体が学校とは合ってないよなぁ」


「せやろ?ウチはな、さっさとあんな学校卒業して……国立の大學に行きたいんや。そこで皆にまた会うんや」


「みんな?みんなって…」


「友達や。ウチが神戸にいた頃の、親友や」

美佳心チンは、今まで見た事の無いくらい、嬉しそうな笑顔を向けた。


そっか……

委員長にも、親友と呼べる仲間がいたのか……

・・・・・

ヤ○ザ関係者かな?

しかし神戸とはねぇ…

てっきりコテコテの大阪人だと思ってたんだが…

ところで神戸って、何処にあるんだろう?

噂でしか聞いた事がないぞよ。


「なるほどねぇ。察するところ委員長は、その友達と大學で会おうとか約束してたんだ。違うか?」


「その通りや。アホな神代クンにしては、中々に鋭いやないけ。せやけどな、ウチの学校……レベルが低いねん。授業受けても、アホになる一方や。せやから放課後、ウチは予備校へ通ってるねん」


「ふむぅ。でもなぁ……やっぱ委員長の態度はどうかと思うぞ?」


「どーゆー意味や?…あん?」


クッ、怖い…

「クラスでも浮いてるって言うか……さすがに毎日アレではストレスも溜まる一方だろ?勉強も手に付かないんじゃないか?」


「……」


「人間は、一人じゃ生きていけないんだよ。確かにウチの学校は、かなり特殊な生徒が多いと思うけど……少なくとも、愚痴の一つでも言える友達ぐらい作った方が良いんじゃねぇーのか?そうしないとさ、さっきみたいに溜まり溜まったストレスが爆発して、えらい事になるっちゅーか…」


「……神代クンは、ホンマにお節介やね」

美佳心チンは苦笑を溢した。

「問題児の癖に、人から嫌われないのが……何となく分かったわ」


「へ?」


「アンタは、表裏の無い人間やからなぁ。どんなに問題を起こしても、神代だから仕方がないか、って許される筈や。いつも真っ直ぐやからな」


な、なんか良く分からんが……褒められているのか?


「はぁぁぁ~~、今日は、少しだけスッキリしたわ」

伏原の美佳心チンはそう言って、ベンチから立ち上がった。

「ヌイグルミも貰たし……ありがとうな、神代クン」


「い、いやぁ~…別に俺は…」


「……アンタなら、友達になってもエエな」


「へ?何か言ったか、委員長?」


「何でもあらへん。ほな、ウチは帰るで……明日は遅刻したらアカンよ、神代クン」

委員長はそう言い残し、どこか足取りも軽く去って行った。


うぅ~む…

委員長と、こんなにお喋りをしたのは今日が初めてなんじゃが…

思ったより、饒舌じゃないか。

やっぱ、色々と抱え込んでいたのだろう。

願わくば、彼女に相応しい友人が出来る事を、街の平和の為にも祈っちゃうが……

なんちゅうか、本当にどーして俺の周りは、一癖も二癖もある女の子ばかり、集まるのだろうか?

何だかここ最近、気の休まる日が無いと言うか……

俺も愚痴を溢せる友人が、欲しいものだわい。







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