3番目の男
★4月18日(月)
「ふぁぁぁぁああああああ~あ……っと」
曇天の空の下、いつもの様に穂波と共に通学路を歩きながら、俺は大きな欠伸を零した。
首の骨がポキポキッと小気味の良い音を立てる。
どうやら、一晩寝た程度では、まだまだ体の疲れは抜け切っていないようだ。
肉体も精神も、通常の半分程度しか回復していない感じである。
「ふ、ふわぁぁぁ~~ぁぁぁああっと、むにゃむにゃ…」
「うわ、洸一っちゃん。大口開けて、みっともないよぅ」
穂波がお袋みたいな事を言って、顔を顰めた。
「…眠いんだよ。疲れているんだよ、俺様はよぅ」
「昨日、眠れなかったの?」
「いや、泥の様になって寝た。それこそ電源が落ちるように眠りについた。それでも、まだまだ全回復までには至らねーんだよ」
「ふ~ん、何だか良く分からないけど……洸一っちゃん、昨日…何してたの?」
穂波が小首を傾げながら、ズズィッと詰めよって来た。
「朝とかお昼にさ、何度も電話したんだよ?智香も誘って映画に行こうと思ってたのにぃ…」
「そんな不満そうな顔をされてもなぁ。俺はね、超忙しかったんだよ。ハードでワイルドでクレイジーな一日を過ごしていたんだよ」
そして死にかけたのだ。
しかも何度もだ。
「全然、分からないよぅ」
「分からなくて良いんだよ。世の中には、知らない方が良かったと言う世界もあるのだ」
特にオカルト関係と女の子同士の会話と言うやつはな。
「ところで穂波。実は俺様、今は少し困っておるのだが…」
「え?なに突然?もしかして、またお金貸して欲しいの?全く洸一っちゃんは甲斐性無しなんだからぁ」
「違うわボケッ!!」
しかも『また』って……
そんなにしょっちゅうは借りてはいないぞ。
「あのな、なんちゅうか……ちょいと難しい問題があってな、そこで本来なら貴様如きに意見を聞くのは全くの時間の無駄だと思うのだが、それでもここまで状況的に切羽詰っていると、藁にも縋る思いと言うか何と言うか……田舎のおじいちゃん、お元気ですか?」
「……洸一っちゃん、なに言ってるの?」
「さぁ?ま、取り敢えず前口上は置いといてだ、端的に話しをすると……俺の知り合いに『Aチャン』と言う可愛いくて努力家の女の子がいるんだが、彼女は梅女に通う『B』と言う美人のクセに口が悪くて生意気な女に何故か憧れているんだ」
「ふんふん…」
「でだ、『Aチャン』は少しでも『B』に近付く為に日夜頑張っているんじゃが……そこに悪鬼羅刹の生まれ変わりと呼ばれる『C』と言う名の女の横槍が入ってな、何だか良く分からん内に、その『Aチャン』は『C』と闘う事になったんだ」
「ふ~ん……」
「ところが困った事に、その『C』って言う女は、『Aチャン』よりも遥か高見にいる存在なんだ。このままでは確実に勝てないんじゃが……どうすれば良いと思う?」
「い、いまいち何の事か良く分からないけど、そんなの簡単だよぅ」
穂波が微笑みながら言った。
「その『C』さんって凄く強いんでしょ?だったら闇討ちとかは出来ないと思うから、こっそり薬物を投与するとか……あとは何かネタを仕入れて、それを元に強請れば良いんだよぅ」
「……黒い御意見、誠にありがとう御座います」
「えへへへ~、役に立った?」
「立たねぇーよッ!?」
★
もはや日常と化した、委員長に朝の挨拶を無視される、と言う哀しいイベントをこなして迎えた一時限目の休み時間、俺はとある教室の前に来ていた。
フンッと腹に力を込め、扉を力任せに開けるや、
「グワハッハッハッハーーーッ!!2号生筆頭、神代洸一様の顕現じゃいッ!!下がりおろうッ!!」
教室の彼方此方で、
『うわっ!?ま、また来た……』
『な、なんか笑ってる…』
『狂ってやがる…』
等々の声が聞こえる。
「さてさて、スペードの女王様はいるかにゃ?って、いますねぇ。おぉ~い、姫乃っチィィィ♪」
俺は教室の片隅で、ぽつねんと独り座っている水住さんを発見するや、フェイスにエンジェルなスマイルを施しながらスキップで駆け寄る。
「水住さん……いやさ姫乃ちゃん。ちょいと良いかにゃ?」
「な、なんの御用ですか?」
彼女はクセなのか、口元に手を当て、どこかオドオドとした表情で俺を見上げた。
その瞳には、明らかに怯えの色がある。
「やだなぁ~、そんなに怖がらないでよ女王様。何だったら、俺様チャンの事は豚野郎と呼んでも良いんだぜ?ブヒブヒ」
「……」
『や、やはり狂ってる…』
『神代先輩って……やっぱオカシイよぅ』
「うるせーぞ外野ッ!!」
俺は教室内を、タイガーと呼ばれた鋭い眼光で睨み回した。
周りの生徒達は、俺と視線を合わせないように一斉に目を伏せる。
「ったく……水住さん。ここじゃ何だし……廊下で少し話さないか?」
「……」
「……いや、そんな露骨に嫌そうな顔しないでさぁ。頼むよぅ」
俺さ出来るだけ腰を低くしてお願いした。
「別に君をどうにかしようって言うんじゃなくて、少しお話するだけだからさ。ね、お願い。あまり俺を困らせないでよぅ。君が話しを聞いてくれないと、僕チャン自暴自棄になって……このクラスの生徒を血祭りにあげるかもかもッ!!なーんて……」
「…わ、分かりました」
水住さんはやっと首を縦に振ってくれた。
そしてスッと立ち上がり、俺の脇を抜けて廊下へと出て行く。
やれやれ……取り敢えず話は聞いてもらえそうだな。
それにしても…
どうして水住さんはあんなに可愛いのに、クラスで浮いているんだろう?
変な渾名も付いちゃってるし……
普通だったらモテモテ街道驀進中で、ステッキーな高校生活を送れると思うんじゃが…
実に謎ですなぁ。
★
廊下に出ると、幸いな事に周りには誰も居なかった。
と言うか、俺と姫乃チャンと俺が現れたので、全員逃げ出したのだが…
「さて水住さん。いやさ姫乃ッチよ。実は話と言うのは……」
俺はおもむろに、TEP同好会への勧誘を切り出そうとするが、彼女は相変わらず、どこか捨てられた子犬の様にオドオドとした仕草で俺を見つめると、
「い、言わなくても……分かってます」
「え?そりゃ話しが早い」
あれ?でも俺、話したことあったか?
「じ、神代さん。私……貴方に協力は出来ません」
いきなり断わられた。
「いや、そんな事を言わないでさぁ……ってゆーか、何でダメなのかな?かな?」
「何でって……・私は、悪い人に味方する事は出来ません」
ガタガタと震えながらも、姫乃チャンはキッパリと言い切った。
……なるほど。
彼女は引っ込み思案で臆病チックな女の子だけど、その芯は強いと見た。
うむ、また一つ姫乃っチを理解する事が出来たが……
悪い人って、どーゆー意味だ?
「あ、あのさ姫乃チャン。俺、周りが言ってるほど悪人じゃなくて……」
「そんな事はありませんッ」
断言された。
かなり悲しい。
「じ、神代さんは……私の力を悪用する気なんですッ!!」
「………は?」
「私の力を使い、この辺りを支配下に収める気です。そしてあろう事か、行く行くは日本全土を占領して、覇王として君臨するんです。あぁ……私って、凄く不幸です。奴隷のように神代さんに扱き使われて……いっそこのまま、窓から飛び降りて死んじゃった方が良いんですッ」
「……」
……なるほど。
彼女は思い込みも厳しく、全力疾走でネガティブな思考の持ち主と見た。
うむ、また一つ姫乃ッチを理解する事が出来たが……
どうして俺の周りは、こんなファンキーな女の子ばかりなんだ?
「あ、あのさぁ、姫乃チャン。その……力って一体なに?さっきから、全くチンプンカンプンなんじゃが……」
「ご、誤魔化さないで下さいッ!!神代さんは野望の為に、私の力を悪用したいだけなんです。自分の秘密結社に私を勧誘する気なんです。あぁ……私って凄く不幸です。こんな見知らぬ土地で、悪の片棒を担がされそうになるなんて……」
……秘密結社って、なんだろう?
ってゆーか、この娘かなりヤバくないかい?
「い、いや……あのね姫乃ちゃん。俺は単に、TEP同好会に君を勧誘したくて来たんだけど…」
「……それが結社の名前ですか?」
「全っっ然違うッ!!ごく普通(とは言えないが)の学校のクラブなんじゃが……」
「……もしかして神代先輩は、クラブ活動の為に私の力を悪用する気なんですか?」
「いや……あのさ、さっきから力、力って繰り返しているけど……それ、何の話しだい?」
俺が困った顔で尋ねると、姫乃チャンは大きな目をパチクリとさせた。
そして訝しげな表情で俺を見上げ、
「あ、あのぅ……本当に、知らないんですか?私を悪の道に引き摺り込みに来たのではないのですか?」
「俺が来たのは、部員が集まらないクラブの為だ。部活動をやってなさそうな子を、勧誘しに来ただけだ。それ以外には無い」
「そ……そうだったんですか」
姫乃チャンは口元に手を当て、視線をさ迷わせた。
「あ、あの……ごめんなさい。なんか、誤解してて……その……随分と酷い事を言ってしまったみたいで…」
「いや、別にそれは構わんが……姫乃チャン。さっきから『力』とか何とか言ってるが……それは一体、何の話なんだい?」
「そ、それは…」
「……話してみな。こう見えても俺は、オカルトから格闘技、料理のレシピから最新軍用機まで何でも語れちゃう雑学王。歩くウィキペディアと呼ばれた男だからな。何か悩みがあるんなら、おいどんに遠慮なく言ってみるが良かでごわす」
「……」
「……」
「……わ、私……ある日突然、超能力が使えるようになったんです」
「………は?」
「……」
「ち、超能力って……あのスプーンを曲げたりするヤツ?」
姫乃チャンはコクンと、小さく頷いた。
そして悲しそうな顔で
「気が付いたら、いつの間にかそんな力が使えるようになっていて……しかも暴走するんです」
「暴走?」
「制御出来ないと言うか……突然、力が溢れ出す時があるんです。それで……今までたくさん、周りの人に迷惑を掛けて来て……」
「な、なるほど…」
うむぅ、だから不幸を呼ぶ少女とかスペードの女王とか言われて、クラスでも浮いていたのか……
なるほど。少しだけ納得なり。
にしても、超能力ねぇ……
俄かには信じられんが、でも世の中には科学で証明出来ない不思議が一杯あるからなぁ……
酒井さんの存在みたいに。
「……ぃよーし、分かったッ!!」
俺はポーンと膝を打った。
「何やよぅ分からんけど、俺に任しとけッ!!」
「え?」
「我ながらお節介だとは思うが、この俺が何とかしてやるッ!!その代わり、TEP同好会に入ってくれ、姫乃ちゃん」
俺は彼女の肩を軽く叩いた。
その瞬間、その体がビクンッと震える。
「じ、神代さん……」
「ん?どうした?」
「き…来ます。逃げてください……」
「へ?何が来るの?」
「ダ、ダメッ!!」
姫乃チャンは頭を押さえ、その場に蹲った。
刹那、廊下の窓ガラスがパンパンパンッと小気味の良い音を立てて割れ、教室の扉は吹っ飛び、気が付いたら俺は……校庭を転がっていた。
「……」
スゲェ…
これは本物の力だッ!!
しかもスプーン曲げってレベルじゃねぇ……
世界を征服出来る力だッ!!
なんて羨ましい…
うぅ~む、しかし本当に世の中は不思議が一杯であるのぅ。
・・・・・
気のせいか、俺の周りだけ不思議が一杯と言う感じがしないではないが…
まさか本当に、姫乃ッチが超能力者だったとはな。
いやはや、しかし……実際の所、どうするかなぁ……
何とか彼女の暴走を止めてあげないと、その内、ガチで死人が出ちゃうぞ。
何より、このままでは彼女が可哀相だ。
うむぅ…
安請け合いしてしまったが、これはかなり難しい問題ですぞ。
★
2時限目の休み時間、俺はオカルト研究会の部室にやって来ていた。
ちょいと調べ物があるのだ。
「とは言うものの、昨夜のあの惨状だからなぁ……見つかるかな?」
俺はボヤキながら、部室の扉を開けると…
室内は予想以上に整理整頓されていた。
割れたガラスやぶっ壊れた調度品の数々も、ちゃんと綺麗に補修されている。
「…なるほど」
俺は納得顔で頷いた。
部室内は、人でない物体……良く言えば妖精さん、悪く言えば酒井さん達が所狭しと動き回って掃除をしていたのだ。
うぅ~む、さすがはオカルト研究会じゃのぅ……
扉に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれているのが、大変良く理解出来るわい。
一般人が見たら卒倒どころかショック死するからな。
「あ~~…酒井さん?」
俺は足元を、本を数冊抱えてヨタヨタと歩いている生き人形に声を掛けた。
「……」
ギギギギと音を立て、此方を振り向く酒井さん。
どうにも昨日もげてしまった頭との接続部分が、まだ本調子ではないようだ。
「あのさぁ、僕ちゃん超能力関係の本を探しているんだけど……何かそれらしい文献はあるかにゃ?」
「…キーーーーーッ!!」
酒井さんは奇声を発し、本棚に向かってジャンプ。
そしてまるでモンキーの様に棚に片手でぶら下がりながら、ある一点を指差す。
「な、なるほど。そこに置いてあるんだね?」
俺は酒井さんの指差した辺りに視線を走らせた。
ふむ、超能力関係の本らしきものが並んでいますねぇ…
一つ一つタイトルを調べて行く。
取り敢えず、読めない異言語はスルーするとして……
『古代超能力/騎馬民族編』
『ツタンカーメンに習う超能力』
『10分間ESPトレーニング』
『超能力開発宇宙人・SASA』
『邪神モッコスの超能力』
『超能力ジャイアント』
ぬぅぅ……どれも胡散臭い。
ノストラの予言本並に、実用性は低そうだ。
「うぅ~む……ま、良っか。取り敢えずテキトーに借りて行くとして……酒井さん」
「……」
「酒井さんは霊的存在だからアレだけど、超能力っていうモノを信じていますか?」
「キーーーーッ!!
酒井さんはさも当然と言うように激しく頭を縦に振るが……
その反動の所為か、頭がポロリと落ちて床を転がった。
――ゲッ……
しかもその頭に、退屈そうにしていた黒兵衛がいきなり飛び掛り、前足で押えて猫キックの嵐。
僅か数秒の後、酒井さんの頭部は首を刈られた平家の落ち武者みたいな状態で、床を転がっていた。
「グギギギギィィ……」
と、非常に悔しそうな声を出している。
僕は少し、色んな意味で嫌な気分になった。
★
授業中も休み時間も、俺はぶっ続けで本を読んでいた。
格闘技の教本に、そして超能力関係の書物。
我ながら、大した勉強家である。
教科書は一度も開いていないが…
「うむぅ…なるほど。格闘技の基本的な事は理解出来たし、超能力の事も多少は分かったぞい。ふむぅ……しかし姫っチが本格的に格闘技をやったら、向かう所敵無しだと思うんじゃが……性格的には無理だろうな。と言うことは、むしろ彼女はヒーラータイプか。むぅ……それよりもだ、のどかさんの魔法と格闘技を、何とか融合出来ないものだろうか……パンチと同時に雷撃魔法が炸裂するとか」
「…よぅ、神代」
「…あん?」
顔を上げると、そこには3番目の男と俺が呼んでいる多嶋が、相変わらず女子供にはウケそうなチャライ笑顔で佇んでいた。
「ンだよぅ……俺は今、猛烈に忙しいのだ。俺の邪魔するヤツは、のどかさん経由であなたの知らない世界を特別に見せてやるぞ」
「そんなに尖がるなよ…」
多嶋はハッハッハと白い歯をキラーンと光らせながら爽やかに笑った。
なんちゅうか、果てしなくムカツク。
こーゆー如何にも『僕はスポーツマンなんですよ』と見た目から訴えている野郎は、大ッ嫌いだ。
スポーツマンならスポーツマンらしく、365日鉄ゲタ履いて養成ギブスでも身に付けていろ、と言いたい。
がしかし、誰よりもクラスの和を重んじる俺様としては、特別に許してやろうと思う。
他のクラスの奴なら瞬殺だがな。
「神代、少し話しがあるんだが……良いか?」
「ダメだ」
俺は即答し、再び本に視線を落とした。
「……頼むよ」
「ンだよぅ。ったく……特別に聞いてやるから、早く話せよ」
「ここじゃ何だし……廊下で話しても良いか?」
「嫌だ」
俺は再び即答し、本のページを捲る。
「た、頼むよ……」
「…あのなぁ。なんでこの俺様が、男の頼みでわざわざ廊下にまで出なくちゃいけないんだ?お前はアレか?もしも今が江戸時代でお前が武士だったら、将軍様であるこの俺に『上様、何卒廊下でお話を…』とか言うのか?身分をわきまえろボケッ!!」
「……お前って、なんか凄いな」
「当たり前だ。ご町内で第15代暴れはっちゃくの称号を得た俺様だぞ。ちなみに当時の有名なエピソードとしては、空き地の土管で遊んでいたら、中から本当に鈴木義司先生が出て来て驚いた事だ」
「全然コア過ぎて分からんが……なぁ、頼むよ神代。少し込み入った話なんだ。ジュース奢るからさ」
「……ジュース?」
「あ、あぁ。それと……パンを一つでどうだ?」
「二つだな」
俺はそう返答し、席を立った。
「普段だったら男の頼みなぞ完璧スルーするところだが……ま、お前はクラスメイツだからな。特別に話しを聞いてやろう」
「お、おう。ありがとう」
「ちなみに言っておくが、パンは焼きそばパンとカツサンドだぞ。それ以外だったら俺は物凄い駄々をこねるからな。その辺りの事を、肝に命じておけぃッ!!」
「わ、分かったよ…」
「うむ。ならば取り敢えず食堂に行くかのぅ」
★
食堂で多嶋にパンを奢らせた後、俺達は屋上に来ていた。
朝は雲が広がっいて、何だか雨が振りそうな気配ではあったが……
昼近くになって、ようやくに陽が射し始めて来た。
この分なら、今日も裏山神社で練習をする事が出来るだろう。
もっとも、雨でも振ってくれれば、優ちゃんも少しは休むと思うんだがなぁ…
「……で、多嶋よ。話ってなんだ?」
俺はパンを貪り食いながら、どこか落ち着きの無い野郎に目をやる。
「ん?あ、あぁ……その事なんだが……なぁ神代。最近さぁ……榊さんって、可愛くなったと思わないか?」
「――ブッ!!?」
鼻から焼きソバが飛び出した。
「ゲ、ゲホッゲホッ!!わ、ワケの分からん事を言うにゃッ!!貴様ァ……遥か彼方から何か変な電波でも受けたのか?」
「変って言うのは酷いなぁ。榊さん、神代の幼馴染なんだろ?」
「嫌々ながらな。どうやら悲しいことに、他に選択肢が無かったみたいだな」
俺はパックのコーヒーを啜りながら、呼吸を整える。
ったく……穂波が可愛くなっただと?
一体何を言い出すんだか……春の陽気に脳でもやられたのか?
「なぁ神代。榊さんさぁ……1年の時は目立たなかったけど、髪型を変えてから、急に綺麗になった感じが…」
「気のせいだ」
俺は断言してやった。
「むしろ、心の病が進行したって感じだな。既に末期だ」
「神代はいつも身近にいるから気付かないんだよ。彼女の女らしさに」
「……お前、本当に多嶋か?」
俺は眉を顰め、どこか遠い所を見ているようなバスケ野郎をマジマジと見つめた。
「体の何処かに人面疽でも出来て、それが喋ってるんじゃねぇーのか?もしそうなら言ってくれ。切り取ってオカルト研究会の標本にしてやるから」
「神代。俺、今度ばかりは本気らしいぜ」
多嶋はいつに無くマジな顔だった。
鬼気迫ってると言っても良いだろう。
「な、何がだよ?」
「俺……どうやらマジで、彼女に惚れちまったみたいだぜ」
「……」
物凄い眩暈がした。
腰から下の感覚が無くなり、今にも尻餅をつきそうだ。
「お、おいおい……いきなりそんなへビィな事を言うなよ。カミングアウトするなら、もう少しソフトにしてくれ。……心臓に悪いから」
「神代。正直な話、お前……榊さんの事をどう思ってるんだ?」
「幼馴染」
「…それ以外には?」
「天敵」
「そ、それ以外には?」
「夜叉」
「…」
「俺限定地縛霊」
「…」
「…まだあるぞ?」
「い、いや……もう良い」
多嶋はどこかホッとしたような笑みを浮かべると、俺の肩を叩きながら、
「つまりお前は、榊さんの事を、なんとも思ってないんだな?」
「何とも……って事は無いぞ」
「そ、そうなのか?」
「まぁな。強いて言うなら、アイツは俺様専用の目覚ましであり、緊急時の食料調達係でもある。更に言えば、暇つぶしの相手だ」
「それだけ…か?」
「それ以外に何があるんだ?」
「そ、そっか……いや、何でも無い。ハハ、悪かったな神代。変なこと聞いちまって」
「いや、別にそれは良いんじゃが……なんだお前?もしかしてそれだけ話したい為に、パンとジュースを奢ってくれたのか?」
だとしたら、ちと悪い事をしたなぁ…
「あ、あぁ…。先ずはお前に話しをしておくのが、筋ってモンだろ?」
「そうなのか?」
なんでだ?
俺の事なんか気にせず、穂波に直接『好きだ』って言えば良いじゃねぇーか……
俺には到底、マネ出来んがなッ!!
「神代。お前が榊さんの事、何とも思っていないんなら……俺、近い内に告ってみるぜ」
「ふ~ん、勇気あるなぁ、お前。……ま、頑張れや」
「お、おう」
多嶋は少しだけ照れた笑みを浮かべる。
しかしあの穂波に惚れる男がいるとは…
これが蓼食う虫も何とやらって言うヤツか?
しかも多嶋は、学年ナンバー3のハンサムメェンだし…
あの世界で一番心が遠い女には、ちと勿体いな。
ふむ…
ま、アイツも彼氏が出来たら、あまり俺様に干渉しなくなるだろう。
それは少し寂しい事だけど……
その5倍ぐらい嬉しい事だ。
なんか16年間生きてきて、初めて自由になれるような気がする。
フリーダムな世界が、目の前に広がっている……
うむぅ、何とか多嶋の恋が上手く行くように、心から願うとしよう。