洸一の奇妙な冒険
「さて、少し早いけど、ボチボチ寝ますかねぇ…」
俺は本を閉じ、洗面所へと向かう。
そして歯ブラシを手にした所で、リーンと鳴り響く前時代的な電話の音。
「なんじゃい、こんな時間に……って、また吉沢かな?」
そんな事をぼやき、台所脇にある受話器を耳に当てる。
「…俺だ。神代洸一、その人である。名を名乗れぃ」
『……洸一さん?』
ち、小さい声だな…
電波が遠いのかにゃ?
「もしもし?誰っスか?」
『……のどかです』
「――ぬぉうッ!?の、のどか先輩っスか?」
【生まれて初めて掛かってきたお嬢様からの電話に、僕は少しドキドキすると同時に、何か嫌な予感と言うのを強く感じたのだった…】
(洸一・一代記:それでも生きている/より抜粋)
「ど、どうしたんですかこんな時間に?何か急な用件でも…」
『……交霊会』
「…はい?」
『今日は交霊会を行うのです』
「……」
嫌な予感、全力で的中だ。
「あ、あのぅ…のどかさん?実はですねぇ……僕チンは本日、誠にハードな一日を過ごしまして…既に心身共にボロ雑巾の様な有様なワケでして…」
『……情け無用』
「何を言うてるんですか?」
『お迎えに上がります』
「いや、迎えに来ると言われても…」
とその時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴り響いた。
「速ぇーーーーーーッ!?」
『来ました』
「ぬぅ…分かりましたよぅ。今開けますから……では」
俺は受話器を置くと同時に、大きな溜息を溢した。
本当にまぁ、今日はハードな一日だ。
まだ高校生で体力的に余裕がるから何とかなっているが…
中高年なら、間違いなく過労死寸前だろう。
どうにもあの姉妹は……俺にとって、少々鬼門なのではなかろうか。
★
玄関を開けると、そこにはあのロッテマイヤーなるジジィが、その巨躯で扉を遮る様に佇んでいた。
「うははははははッ!!小僧ーーーーーーッ!!」
「……よぅ爺さん。今日会うのはこれで二度目だな」
「笑止ッ!!……と、何だか元気が無いな小僧?……死相が浮んでいるぞ」
「……疲れ果てているんだよ」
俺はガックリと肩を落とした。
「でも、のどか先輩の誘いを断るワケにはいかねぇーし……な」
「む…ぬぅ、そうだな」
さしもの爺さんも、少しだけ憐れんだ瞳を俺に向ける。
「それよりも、早く車に乗れ。中でのどかお嬢様がお待ちだ」
「へぇへぇ、分かりやしたよ」
俺は軽く自分の頬を両の手で叩いて無理矢理に気合を入れ、そして家の前に駐車しているリムジンの扉を開けた。
「……洸一さん。こんばんは」
広い車内に、のどかさんがチョコンと腰掛けていた。
なんと言うか…
今日の彼女はいつもと違う。
いつものセーラー服に、魔法使い必須の漆黒のマント。
そして頭には、まるでシャッポ爺のような魔女の定番であるとんがり帽子。
まさに僕には理解出来ない、霊界のセンスに満ち溢れている。
更には、そんな彼女の隣りには……
小汚い馬鹿猫の黒兵衛。
動く藁人形のジュリエッタ。
生き人形の酒井さん。
人類以外と生物以外の面子が仲良く腰掛けていた。
……物凄くクレイジーな光景だ。
何も見なかった事にして、このまま車のドアを閉めてお家に帰ろうかと思ってしまった。
「……洸一さん、どうぞ…」
「…失礼します」
俺はトホホな笑みを浮べ、彼女の前に腰掛けた。
すると何が嬉しいのか、酒井さんが『キィーッ』と奇声を発して跳び掛かってきた。
「ハハハ…」
俺は苦笑を零しながら、胸にしがみ付いている酒井さんを膝の上に乗せる。
なんちゅうか、もはやこの程度の事では動じない。
むしろ、こんな世界に慣れて行く自分の環境適応能力が、少し怖いぐらいだ。
「……洸一さん。お疲れ?」
音も無く走り出したリムジンの中、のどかさんは首を傾げてそう尋ねてくる。
「え?あぁ…まぁ、少し」
実際は少しではなく、今にも死にそうなんだが…
「……実は良いお薬があります。疲れが吹っ飛びます」
言ってのどかさんはポケットから何か取り出そうとするが、俺は慌てて頭と手を振ってそれを制した。
「いや、お気持だけ良いッス。もう元気になりましたッ!!」
ヤベェヤベェ…
のどかさんの薬は、確かに疲れが吹っ飛ぶかもしれないけど…
命まで吹っ飛ぶ危険性があるからなぁ。
「と、ところでのどか先輩。今日は交霊会と言ってましたが……どーゆー事ですか?」
「……今日は洸一さんに、霊の世界を知ってもらいたいのです」
「……」
そんなモノはあまり知りたくない。
「洸一さんは、霊の存在を信じていますか?」
「え?えぇ……まぁ、その…何と言うか……信じるも何も……ねぇ?」
俺は困った顔で、自分の膝の上に乗っている生き人形を見つめた。
「…良かったです」
え?何が?
「ところで洸一さん。今日はまどかちゃんと一緒だったそうで…」
「えぇ、朝からアイツにド突き回されてましたよ。ハッハッハ……」
「まどかちゃん、酷いんです。洸一さんがお家にいらっしゃったこと、教えてくれなかったのです」
無表情なまどかさんにしては珍しく、少しだけ唇を尖らせ不満そうな顔をした。
どうやら仲間外れにされたと思っているようだ。
「…そんな意地悪なまどかちゃんには、お仕置きが必要です」
「…へ?」
「…酒井さん。今日もまどかちゃんと遊んでください」
俺の膝の上に座っている酒井さんは、「キィー」と声を上げて手足をばたつかせた。
物凄く喜んでいる。
「酒井さんも、やる気マンマンです」
「……」
哀れな、まどか。
今日もまた、アイツは寝不足になるだろう…
★
「学校……ですか?」
車から降りた俺は、明かりの消えた校舎を見つめ、呟いた。
相変わらず、夜の学校は不気味な存在感を持っている。
「はい。部室で交霊会を行います」
のどかさんはそう言って、ジュリエッタを抱えてスタスタと歩いて行く。
そしてその後を、黒兵衛と酒井さんがヒョコヒョコと付いて行く。
気の弱いヤツなら卒倒しそうなビューである。
しかし、交霊会……もしくは降霊会か。
それって、アレだろ?死んだ人をあの世から強制的に呼んじゃうヤツ。
……なんだかなぁ…
死者の眠りを妨げるのは、些かどうかと思うんじゃが……
「ところでまどか先輩。どーやって学校の中へ入るんですか?」
玄関口は当然の事ながら、鍵が掛っていた。
扉を引いても、ガチャガチャと音が鳴るだけで、一向に開く気配は無い。
「…心配は無用です」
まどかさんはそっと扉に手を掛け、囁き詠唱。
ほほぅ…鍵を開ける魔法も使えるのか…
さすが現代のウィザードだぜ。
「……失敗です」
「――早ッ!?しかもそんなにアッサリとッ!?」
「……仕方ありません」
と、のどかさんが小さく頷くと、いつの間にそこにいたのか、ロッテンマイヤーの爺さんがグワッシと扉に手を掛け、
「――フンッ!!!」
「……洸一さん。開きました」
「――力技かよッ!?」
おいおい、大胆過ぎるぞ……
ってか、鍵の所が滅茶苦茶に曲がってるじゃねぇーか…
どーすんだ、これ?
警察に通報されねぇーか?
「ふっ、心配するな小僧ッ!!戻る時には直っておるわッ!!」
しかし用意周到であった。
★
学校の中は薄暗く、そしてシーンと……静まり返ってはいなかった。
「……あのぅ、のどか先輩?何やら子供の笑い声やヒソヒソ声がたくさん聞こえているんですが…」
俺は唾を飲み込み、問答無用と言った感じでズンズンと先を歩いて行く先輩にそう声を掛けた。
「それに……さっきから耳元で、何かがフーフーと息を吹き掛けて来ているんですが…」
さすがの俺様も、ちょっぴり叫び声を上げたい気分だ。
「……今日は霊気が満ちている日なのです」
「そ、そうなんですか?」
どんな日だ?
「はい。ですから……霊を降ろすには最適なのです」
「ふ、ふ~ん…」
「……ご存知ですか、洸一さん?」
「え?な、何をですか?」
「この辺りの土地は、曰くのある場所なのです。様々な想いとか怨みが篭められているのです」
「へ、へぇ~…」
何を言い出すんだ、いきなり…
「……たくさん、人が死にました」
「い、いきなりな事を言いますねぇ。止めましょうよぅ」
「…嫌です」
嫌なのかよ、おい…
「江戸時代……ここは処刑場でした」
「……ふ~ん…」
「震災の時には……逃げて来た人達が、たくさん疫病で死にました」
「……ふ~ん…」
「先の大戦では、空襲でたくさんの人が焼け死にました」
「……ふ~ん…」
「そして今日……誰かが死ぬ」
「――ブッ!!!?」
「……冗談です」
「わ、分かってますよ、ンな事は。……ってゆーか、のどか先輩が冗談を言うなんて、今日は何だかご機嫌ですね?」
「はい…」
のどかさんは嬉しそうに、コクコクと何度も頷いた。
でも、こんな夜更けの学校で、しかも何やら不気味な声が聞こえているのにご機嫌になられても……それはそれで、かなりどうかと俺は思うぞ?
「洸一さん。交霊会は初めてですか?」
「そりゃもちろん、当たり前ですよ…」
むしろ経験者は限り無く少ないのが普通だ。
「…嬉しいですか?」
「え?えぇ……まぁ、貴重な経験を積むと言う意味では……」
「…良かったです」
のどかさんは凄くウキウキだ。
心なしか足元もスキップしている。
うぅ~む、しかし不思議だ…
まどかは格闘大好きな腕白系女子なのに、その姉が精神世界の住人とは……
ま、二人とも、その世界では天才であるかも知れないのだが、それでもこうも趣味が違うのは、些か不思議過ぎる。
過去に一体、何があったのだろうか……
★
のどかさんは部室に入ると、手際良く、蝋燭に火を灯していった。
ボゥーッと淡いオレンジ色の灯火が、真っ暗な室内を仄かに照らし出す。
実に幻想的な光景だ……
そしてそんな室内を、黒猫が大欠伸をしながら彼方此方を嗅ぎ回り、藁人形のジュリエッタがバタバタと手足をばたつかせ、そして伝統工芸品である酒井さんがクルクルと踊り回っている……
もしかしてこれは、夢なのかもしれない。
本当の俺は今頃、鉄格子の付いた病室で魘されているとか……
「……準備が整いました、洸一さん」
静かな声でのどかさんはそう言った。
「そ、そうですか…」
「ではこれより、通算257回目の交霊会を始めます…」
お、多いなぁ…
「……洸一さん。どなたの霊を降ろしましょうか?」
「え?そ、そうですねぇ。しかしいきなり言われてもなぁ…」
誰の霊をって…ねぇ?
死んだ爺ちゃん……と言うのもちとアレだし……
あ、昔に暗殺された米の国の大統領とか…
そして真実を語って貰うとか…
・・・
なんか命が幾つあっても足らないような気がするぞ。
うぅ~ん…
「…洸一さん?」
「あ、じゃあ……ユイリィで」
「…ユイリィ?異人さんですか?」
「さぁ?知らないッス」
「…はい?」
「や、何か考えていたらいきなりフッと頭に浮かんだと言うか……実は超テキトーなんですが…」
「……」
「スンマセン。真面目に考えます…」
のどかさん、めっちゃジト目だモンなぁ……少しおっかないよ。
でも、ユイリィか……
何か、凄く懐かしい気が…
「あ~~……じゃあ、マーキュリーで」
「マーキュリー?ローマ神話?水星?それとも戦士?」
「偉大なミュージシャンです」
「ミュージシャン…」
「そうです。マーキュリーです。ヒゲでマッチョでホモセクシャルな外人さんです。合言葉はロック・ユーです」
「…分かりました」
のどかさんはコクンと頷くと、いつもの大きな分厚い本を開け、静かに詠唱し始めた。
それと同時に、室内にピーンと異常なまでの緊張感が走る。
ぬぅ…
背中から首筋に掛けて、何やらザワザワとした感覚が…
気のせいか、急激に室温が下がって行くような……そんな気がした。
うぅ~む、これぞ現代に蘇った魔女の真骨頂という所ですかねぇ…
しかし、ホンマにマーキュリーを降ろす事が出来るのかにゃあ?
もし本当に降りてきたら、どうしよう?
サインを貰えるかにゃ?
それとも、いきなり『ママーーッ!!』って唄ってくれるかな?
「………来ます」
のどかさんがパタンと本を閉じると同時に、蝋燭の炎がボワッと大きく伸びた。
更に時を同じくて、部屋の窓が小刻みに振動を始める。
う、うわぁぁぁぁ……も、物凄く怖いじゃんッ!!
超リアル心霊体験じゃんっ!!
・・・
録画して動画サイトにUPすれば良かったかなぁ…
と、いきなり
『ム……ムォォォォォォォオオオ……』
地の底から聞こえて来るような呻き声が室内に木霊した。
使い魔の黒兵衛が背中の毛をおっ立て、
「フーーーーーーッ!!」
と威嚇の声を発する。
すると、のどかさんは軽く首を傾げ、
「……失敗」
「――うぉいッ!?」
「しかも大失敗」
「な、何を言うてるんですか先輩ッ!?」
刹那、大きな地鳴と共に部屋中が大きく揺れた。
「――のわぁぁッ!?」
「……緊急事態発生……です。皆さん、しばらく頑張って下さい」
「だ、だからさっきから何を言うてるんですか、のどか先輩ッ!!」
だが、俺の声が聞こえないのか、先輩は再び本を開き、何やら呪文を詠唱し始めた。
ぬ、ぬぅ……
その間にも部室は小刻みに揺れ続け、怨みの篭った低い声がどこからか鳴り響いている。
ひ、ひ~ん……怖いよ怖いよぅ。
正直な話……少々、尿を零してしまった。
ズボンの中で、熱い物がジワ~と広がって行く、嫌な感じ。
どどど、どうなるんだよぅ…これから何が起こるんだよぅ…
と、その時だった。
いきなり扉のノブがガチャリと回ったかと思うと、
『ムォォォォオオオオオオオオッ!!』
「――どわぁぁぁッ!?マジで何か出て来たぁッ!!」
それはまさしく、異形の怪物だった。
なんと言うか、ゲームに出て来るゾンビにドロドロのスライムをぶっ掛け、それを血潮でコーティングしたような様な……
そんな見るも恐ろしい怪物が、部室に乱入して来たのだ。
「どひぃぃぃぃーーーーッ!?」
尿どころか、人前では決して出してはいけないモノまで出そうだ。
「のののの、のどか先輩ッ!!早く逃げないとッ!!」
「――フゥゥゥゥゥッ!!」
慌てる俺を尻目に、黒兵衛がその怪物に飛び掛る。
がしかし…
「――フギャンッ!?」
怪物の一撃で壁に激突し、早くもリタイア。
「うわッ!?ホンマに役に立たねぇーーーッ!!」
「…」
続いてジュリエッタが突撃を開始。
が、怪物は飛び掛る藁人形を引っ掴むと、それをいとも簡単に引き裂いた。
「――どひぃぃッ!?」
「キーーーーーーッ!!」
そして最終兵器酒井さんも、いつの間に手にしたのか愛用のカッターナイフを握り締めて突撃を敢行。
「が、頑張れ酒井さんッ!!」
がしかし、俺の応援空しく、怪物の一撃で酒井さんの頭部は胴体から吹っ飛んだ。
「ウキャーーーーッ!?さささ、酒井さんッ!!?」
僅か1分も持たずに全滅とは、全く以って役に立たないパーティーだ。
『ウ…ウォォォォォオオオオオオッ!!』
「くっ…」
俺はチラリと、のどかさんを見やる。
彼女は呪文に集中している所為か、何が起こっているのか全く気付いてないみたいだ。
「うぅぅ……チクショーーーーーーッ!!」
最後に残った俺も、突撃を開始した。
涙で翳んで良く見えないけど……取り敢えず突撃あるのみッ!!
「く、悔いの残る一生だったーーーーーーーーッ!!」
「……行きます」
それは本当に小さな声だった。
と同時に、部屋中に清らかな光が満ち溢れ、次の瞬間……
―――ドグワワァァーーーーーーーーーンッ!!
大爆発発生。
「どひぃぃぃぃーーーーーーーーーーッ!?」
俺は吹き飛ばされ、窓を突き破って校庭に転がった。
………ちなみに部室は3階だ。
★
「くっ…」
衝撃で窓から校庭に吹っ飛んだ俺は、先ほど憶えたばかりの華麗なる受け身を取りながら、ゴロゴロと固い地面を転がった。
よもやこんな所で、TEP格闘技の入門書が役に立つとは…
「――って、のどか先輩はッ!?」
慌てて顔を上げると同時に、あまりの惨状に血の気が引いた。
あの謎の爆発の影響だろうか…
校舎の大半のガラスは砕け散り、校庭中は細かな破片でキラキラッと輝いていた。
「う、うわぁぁぁーーーッ!!のどか先輩ーーーーッ!!」
慌ててガラスの割れた教室の窓に駆け寄る俺。
「――って、部室は3階だよッ!!?」
上を見上げると、オカルト研究会の部室は窓枠ごと吹っ飛んでいた。
・・・・
あそこから校庭に吹っ飛んで……良く助かったな、俺。
「っと、ボンヤリしている場合じゃねぇーーーッ!!」
俺が付いていながら、のどかさんに万が一の事が遭ったら……
多分、いや十中八九、まどかにブチ殺されるだろう。
地獄と言うものを生きたまま体現しちゃうかも知れないのだ。
「う、うわぁぁぁぁッ!!のどか先輩のどか先輩ッ!!」
俺は慌てて校舎に飛び込み、階段を駆け上がって駆け上がって、オカルト研究会の部室に転がり込むと……
「……あ、洸一さん」
「――無傷やんッ!?」
魔女様は全くと言って良いほど、いつも通りだった。
部室はさながら自爆テロにでも遭ったのかと言う程の酷い有様で、もうグチャグチャのグチャ、独身男の汚部屋な状況だったりするのだが、彼女は掠り傷一つ無く、千切れてしまった藁人形のジュリエッタを補修している最中だった。
ちなみに黒兵衛も殆ど無傷で、足を持ち上げ、自分の玉金をペロペロ舐めているし、酒井さんは酒井さんで、吹っ飛んでしまった自分の頭部を自分で嵌め直している所だった。
何だか、一番酷い目に遭ったのは俺の様な気がする。
まぁ、何が起こったのか良く分からないし、あまり知りたくも無いけど……
ともかく、全員が無事で本当に良かった。
「――って、そう言えばあの化け物はッ!?」
「……化け物?」
のどかさんが首を傾げる。
「そ、そうですよぅ。あの全身血塗れの、ロメロも衝撃を受けるゾンビ野郎ですよ」
俺がそう言うと、のどかさんは暫らく考えた後、ポムッと手を叩き、
「……あそこに」
と、部室の外、廊下の片隅を指差す。
そこには、襤褸切れをまとった人のような物体が転がっていた。
・・・・
って言うか、人間に見えるんじゃが……
「…もう大丈夫です。調伏しましたから、害はありません」
「が、害は無いって……本当ですか?」
俺は恐る恐るその物体に近付き、そーっと覗き込んでみると、
「―――ゲッ!?」
その謎の物体は、あろう事かV禿げこと、学年主任の戸塚先生だった。
「……憑依されてたのです」
「い、いや憑依って言われても……それは別に良いとして、V禿げ……生きてるんですか?」
俺は倒れている戸塚先生を、足で突っ突いてみた。
万が一、死んじゃってたら……どうしよう?
大財閥の喜連川の事だから、きっとコンクリ詰めにしたりして闇から闇へ葬るに違いない。
うむ、実に恐ろしい。
・・・・・
目撃者(俺)もついでに消すって事は……ないよね?
「……心配いりません。気絶しているだけです」
「そ、そうですか。そりゃ良かった………って、酒井さん?」
取り敢えず安堵している俺の足元を、酒井さんがトコトコと通り過ぎて行く。
その手には、大きなハサミが一つ。
一体、何をする気なんだろう…
――ジョキジョキジョキ……
「どわぁぁぁッ!?ささ、酒井さんッ!!!?」
あろう事か生き人形の酒井さんは、気絶しているV禿げのVの部分の髪を、嬉々としながら切り始めたのだった。
★
疲れた・・・
心身ともに、疲れ果てた。
もしも己のステータス画面を見る事が出来るのなら、
HP:1
MP:1
と表示されているだろう。
今日一日で、何度死線をさ迷った事か……
現在、時刻は既に23時を回っている。
結局、あれから気絶しているV禿げ……改め、丸禿げの戸塚先生を放置したまま、俺達は帰宅の徒に着いた。
のどかさんは、どうして降霊術が失敗したのか原因を調べてみます、とか何とか言っていたが……
なんちゅうか、僕をあまり巻き込まないで下さい、と言いたい。
何故なら、何か事が起こる度に俺が一番被害を被るからだ。
全く以って、こうして生きているのが不思議なぐらいだ。
……明日は月曜日。
また長い1週間の始まりだ。
・・・・・・・
願わくば、今週も何とか生き延びる事が出来ますように……




