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俺様日記  作者: 清野詠一
14/39

フォーチュン・リング




★4月16日(土)



いつもの様に穂波と一緒に学校へ向かっていると、いつの間にか智香が紛れ込んできた。

俺は幸いとばかりに、智香のお馬鹿に、ウチの委員長様であらせられる所の美佳心チンは、実は予備校へ通っているから帰りが遅いのだ、と言うことを、それとなく伝えておいた。

これで放って置いても、委員長の悪い噂は掻き消えて行くだろう。

口の軽い智香も、こーゆー時は役に立つと言うものだ。


「ところでコーイチ。誰か新しい子は勧誘出来た?」


智香の言葉に、俺は痒くも無い頭を掻きながら、

「全然でごわす」


「そりゃそうだよぅ」

と穂波。

「洸一ちゃんが勧誘したら、入りたくても入れるワケないモン」


「はい、酷い意見ですね」


「だからぁ、洸一っちゃんはそもそも格闘技に向いてないのよ。努力とか根性とか、最初から無いものばかりじゃない。洸一っちゃんは、グータラしてるのが似合ってるの。だから……もう辞めなさい」


「あ、あのなぁ…どうしてお前は、やる気になってる俺様に水を差すような事を言うんだ?」


「……だってぇ」

穂波は唇を尖らせ、拗ねた餓鬼のような顔で俺の制服の端をキュッと掴むと、

「寂しいンだモン」


「それは新しい必殺技か?」


「……」


「スィートな声を出した所で、俺様はTEP同好会を辞めんぞ。残念だな、穂波」


「……チッ」


「とこでさコーイチ。私が昨日教えた一年生は……誘ったの?」

智香は興味津々と言った態で尋ねてくる。

俺は軽く頭を振り、

「いや、掃除が長引いてな。誘いに行った時には、もう帰った後だった」


「ふ~ん…」


「ま、休み時間になったら、ちょいと見てくるわ」



学校に到着。

穂波の『辞めろ辞めろ辞めろ』と念仏のように唱える戯言にチョップをかましながら教室に入ると、何とな~く、ピーンと空気が張り詰めていた。

なんじゃ?この緊張感は…?


「洸一っちゃん。あれ…」

と、穂波が眉を顰ませて黒板を指差す。

そこにはデカデカと白のチョークで『伏原は根暗女』とか『乳デカの淫売』とか書かれていた。


「……」

俺は室内を見渡し、

…委員長は……良かった、今日はまだ来てないみたいだな。

安堵の溜息を吐いた。


「ひ、酷いね」


「全くだ」

穂波の言葉に頷き、俺はわざとズカズカと大きな足音を立て、黒板の前へ立った。

そしてその陰湿な落書きを、ササッと掻き消す。

全く、どいつもこいつも……発見したら、こーゆーのはすぐに消しとけっつーんだ……

俺はジロリと、タイガーと呼ばれた鋭い視線で教室内を見渡す。

と、教室の片隅で長坂と喋っていた小山田が、俺と目が合った途端、サッと面を伏せた。


……なるほど、そーゆー事か……

こんな気分の悪い落書きを消したくても、書いた奴がアイツなら……

次は自分がイヂメの標的になるかもって、みんな恐れたワケなのね。


「やれやれ…」

にしても、俺様の愛する2-Bが、段々と殺伐な感じになって行くじゃねぇーか…

俺は溜息を吐きながらおもむろにチョークを摘むと、カッカッカッと小気味の良い音を立てながら、黒板に警告文を書き込む。


『強くなりたければ肉を食え。あと2Bの和を乱す奴は俺を敵に回すと思えッ。BYナイスガイ洸一(赤色)』


「うむ」

俺は満足気に頷き、もう一度小山田に対して鋭い一瞥をくれてやりながら自分の席へと戻った。


「洸一っちゃん…」

穂波が駆け寄って来る。

「洸一っちゃんは、なんだか凄いね」


「あん?何だよ藪から棒に…」


「何て言うのか……うん、少年漫画の主人公みたい。青春ドドンパ野郎だよ♪」


「な、何を言うてるのか全く分からんのじゃが…」

と、苦笑を零していると、ガラリと戸が開き、委員長が教室に入って来た。

室内に、再びピーンとした空気が張り詰める。


「…?」

委員長もさすがに、いつもと違う空気を感じたのか、僅かに表情を曇らせた。

そして何気に黒板を見つめ、眉を顰ませると

「…神代クンや。変な落書きはすぐに消しーや」


「は~い♪」

俺はにこやかにな笑顔で返事をした。



一時限目が終ると同時に、俺は早速、1年D組にやって来ていた。

智香から情報を得た不幸の使者、悪霊に祟られたサイキックソルジャーと言う何やら全くワケの分からない嵐を呼ぶ少女こと水住姫乃チャンなる女の子を、TEP同好会に勧誘する為に、俺はわざわざ出向いてきたのだ。


さて、来たのは良いが…一体、どんななんでしょうかねぇ…

取り敢えず俺は、廊下で喋っている一年生の女の子達に近づき、気さくに声を掛けてみた。

「……ちょっと、良いデスカー?」


「…」

「…」

「…」

俺の姿を見るなり、女の子達は顔を青くして、ガタガタと震え出した。

泣きそうな顔をしている女の子もいるし、何故か懐から財布を取り出して手渡そうとしている女の子もいる。


このクラスの担任は……誰だ?

新入生に何を吹き込んでいるのだ?

「あ~~、そんなに身構えなくても、捕って食ったりしねぇーよ」

俺は出来るだけフェイスにマイルドなスマイルを施してそう言った。

「実はさ、ちょいと人を呼んで来て欲しいんだけど……このクラスに水住姫乃、俺的には既に心の中で姫乃ッチと呼んでいるワケなんじゃが……その女の子を、呼んで来てくれまいか?てゆーか、呼んで来い」


「み、水住って……クイーンの事ですか?」


「……クイーンってなに?マーキュリー?」

俺はメガネを掛けた大人しそうな女の子が、怯えた声で言った言葉に首を傾げた。


「は、はい。あの……水住さんは、スペードの女王様って呼ばれていて……それでクイーンって…」


「……」

な、なんちゅうアダ名だ…

入学してまだ2週間も経ってないのに、いきなりそんな称号を得るとは……

うぬぅ、可哀相にのぅ。

よほどクラスでも浮いているのかな?

・・・・

でも、スペードの女王様って……少しカッチョ良いじゃねぇーか。

俺もハートのキング様とか呼ばれてみたいものじゃわい。


「あ、あの……神代先輩ですよね?」

と、ショートカットの女の子。

「ん?いかにも俺様は、学園の荒人神こと神代洸一様だ。…そんなに身構えずに、気さくに洸ちゃんとでも呼んでくれ。もちろん、ハートのキングでも可だぞよ」


「は、はぁ…?」

「あのぅ、先輩は…クイーンとは…その…お知り合いか何かで…」


「いや、全く知らん。そもそも知り合いなら、呼んで来てくれって頼まないだろ?」


「そ、そうですね」

「せ、先輩は…その…理由は分かりませんが、クイーンに何かお話があるんですよね?」


「あん?まぁ…その為にここに来たんじゃが…」


「す、凄いです」


「…何が?」


「だ、だってクイーンは……喋った相手を奈落の底へ突き落とすダークエンジェルですし……」


「……」

話しただけでそんな目に遭っちゃうのか?

妖怪の類いじゃねぇーんだし…

一体、どんな女の子なんだろう?

益々、興味深いぞよ。

「まぁ、何やよぅ分からんけど……ともかく、呼んで来てくれ。ちょいと重要な話があるのだよ、俺は」



廊下で待つこと数秒の後、扉がカラリと開き、おずおずと一人の少女が様子を窺う様にして出てきた。

……あれ?この娘、前にどこかで見たような……


チンチラとかヒマラヤンとかの洋猫の類いのような、少しウェーブの掛かった柔らかそうな髪をしたその少女は、妙にオドオドとしたオーラを発していた。

俯き加減で、怯えた瞳で俺を見上げている。


うぅ~む、かなり可愛い。って、あぁ……そうか、思い出した。

彼女は確か、下着のまま教室を追い出された俺を愛しそうに眺めていた女の子ではないか。

うむ、何たる偶然。


「あ~~…君が水住の姫乃チャンかい?」


「……」

その少女は、肩をまるで小動物のように小刻みに震わせながら頷いた。

俺?そんなに怖いかなぁ?

自分では、結構気さくな良い奴だと思っているんじゃが…

それに笑顔も、どこかエンジェルちっくだしね。


「え~とさぁ…俺、神代洸一ことハートのキングって言うんじゃが……ちょいと君に内緒のお話があるんですよ」


「……ち、近付かないで下さい」

彼女は怯えながらも、キッパリと言った。

「私に関わらない方が……身の為です」


「な、何を言うてるのか、少々分からないじゃが……あ、もしかして、不幸がどうとか、何かに祟られているとかの噂の事かにゃ?それだったら御安心めされい。そんな貴女に朗報です。今なら俺様の話しを聞くだけで、漏れなくエクソシスト(のどかさん)が付いて来るお得な特典があるんじゃが……」


「……悪霊に……祟られてなんかいません」


「へ?」


「ち、力が……」


「…力?力ってにゃに?」

もしかして、君も少し厨二なの?

と、俺が首を傾げながら一歩彼女に近付くと、

「ダメッ」

瞬間、パンッ!!と甲高い音を立て、廊下の蛍光灯が炸裂。

それは小さな凶器となって、俺様の頭上に降注いだ。


「……ちょっと痛い」


「…」


「ふむ、不思議な事もあるもんじゃのぅ。それはそうと水住さん、実は話と言うのは…」


「あ、あの……何とも思わないんですか?」


「……何が?」


「け、蛍光灯がいきなり破裂した事です」


「良くあることじゃねぇーのか?俺は初めての経験だけど…」


「…」


「で、話が逸れたけど、実はねぇ……僕チンは今、TEP同好会の有志を募っていて…」

と更に俺が彼女に近付くと

「だ、だめッ」

ガタンと音を立て、何故か教室の扉が外れて俺の頭上に倒れてきた。


「…かなり痛い」


「…」


「ったく、立て付けが悪いんじゃねぇーのか?」

俺は扉を元に戻す。

「あ、それで水住さん。話の続きなんじゃが…」


「あ、あの……本当に何とも思ってないんですか?」


「え?何が?」


「何がって……扉が頭の上に…」


「ふむ……ま、運の悪い日もある」

むしろ俺に取っては、こんな事ぐらい日常茶飯事だ。

「それで話なんだけどさぁ……俺としては是非、君にTEPに…」


「だ……ダメッ!!」


「へ?」

首を傾げると同時だった。

いきなりグワッシャンッ!!と凄い音を立て、またしても教室の扉が吹っ飛び、あろう事か机が数個、俺様の上に降り掛かって来た。

寸での所で俺はそれを躱し、辛うじて圧死を免れたが……

これは間違いなく、敵対行為だ。

俺に対するテロだ。


「……上等だ。1年のクセに2号制筆頭である俺様に喧嘩を売ってくるとは……くく、俺様も随分と舐められたモンだぜッ!!」


「あ、あの……す、すみません」


「は?水住さんが何で謝るのか分からないけど……ちょいと待っててくれや」

俺はニコリと笑みを零し、そして……

「オラァァァッ!!机を投げ飛ばした馬鹿野郎はどいつだッ!!って言うか貴様等全員、死ねぃッ!!」

1-Dの教室に飛び込むや、大暴れしたのだった。



2時限目…

俺様は教室ではなく、何故か生徒指導室にいた。


「随分と、派手にやってくれたなぁ……神代」

目の前に座ってるV禿げ(後ろから見ると残った髪の形がVの字なのだ。又の名を緑レンジャー)こと学年主任の戸塚先生が、その性格の滲み出た嫌味な顔を更に醜く歪ませ、低い声で笑った。

「1年の教室で乱闘騒ぎとは……前代未聞だな」


「恐縮です」


「……褒めてないぞ、おい」


「あん?」

俺は睨んでくるV禿げを、更に睨み返した。

「そもそも、何で俺だけここに呼ばれているんすか?最初に喧嘩を売って来たのは1年坊主ですよ」


「…誰もやっておらん」


「やっておらんって……現に俺は、机の下敷きになる所だったんですよ?誰かが投げ飛ばしたに違いないじゃないっスか」


「…その件に関しては、色々と担任の方から、生徒に話を聞いている所だ。それよりも、問題はだ……お前が一年の教室で暴れたって事だ。例え誰かにそう言う事をされたからと言って、全員を殴るとは何事だッ!!」

V禿は力強くドンッと机を叩いた。

もちろん俺も、ズバンッと机を叩き返しながら

「女は殴ってねぇーですッ!!何故なら俺は紳士だからッ!!」


「……」


「しかも殴ったって、ちょいとビンタを噛ましたダケじゃないですか。連帯責任ってヤツですよ、ハッハッハ」


「……選べ、神代」


「何を?」


「退学か自主退学かをだ」


「……3番の『お咎め無し』ってのを希望します」


「今回ばかりは、冗談で済ませる問題じゃないぞ」


「俺は冗談なんて言ってないんですがねぇ…」

やれやれ、V禿げの分際でマジな顔しちゃってよぅ…

そもそも、俺が何をしたっちゅーねん?

売られた喧嘩を買ってやっただけじゃねぇーか…


「……神代。少し真面目に話しをしよう。正直な所……学園側としてはだ、これ以上お前を置いておくワケには行かないんだ。知ってるか?職員会議でも常にお前の名前が挙がるって事を。そもそも日に何件の苦情が来ると思っているのか……」

とV禿げが嫌みたっぷりな顔と口調で、クドクドと話をし出した時だった。

コンコン…と小さなノックの音。

そして扉がスッと音も立てずに開くや、そこに立っていたのは、学園の闇の領域を支配するのどかさんだった。


「ん?君は……3年の喜連川君か。どうしたのかね、授業中に……」

とV禿げが僅かに戸惑う。

のどかさんはコクンと小さく頷き、そして、そこ退けそこ退けのどかが通るッ、と言わんばかりにトテトテと俺の元へやって来るや、

「洸一さん……おはようございます」

いつもの如しであった。

この人は多分、地球滅亡3秒前でも、こんな感じなのだろう。


「はい、おはよう御座います。ってゆーかのどか先輩。一体、何の御用で……」


「……洸一さんはファミリーです」

言ってのどかさんは、少し困った顔でV禿げを見つめ、

「貴方は……3日後……死ぬ」

凄い事を言ってくれましたッ!!


「な、なんだね君はッ!?いきなり授業中に入って来て……」


「…明日、死にます」

短くなっていた。

「洸一さんの敵は、オカルト研究会の敵です」


「な、なにを…」


「数千人の会員は、貴方の命を欲しています」

そ、そんなにいたのかッ!?オカルト研究会の部員はッ!!?

・・・・

生きてる人間は、恐らく俺とのどかさんだけのような気がするけどなッ!!


「き、君ねぇ……いきなり入ってきてワケの分からない事ばかり言ってると…」


「…10分後、貴方は死にます」

V禿げの命は風前の灯火だった。


「…グッバイ、戸塚先生」

俺はグッと親指を立ててやった。

「俺の退学を見届ける前に亡くなるなんて……うぅぅ、可哀相ダヨぅ」


「ば、馬鹿な事を……喜連川君、君もそこに座りなさいッ」

V禿げは顰めっ面でそう言うと、机の上で手を組み直しながら、

「……いいか神代。今回ばかりは、甘い顔をするワケにはいかん。ここに退学届けがあるから…今すぐに書け。自主退学なら、世間的にもまだマシだろう」


「…嫌ですぅ」


「放校処分の方が良いのか?」


「もっと嫌ですぅ」


「神代。お前も男なら、潔く責任を取れッ」

ズイッと退学届けとペンを俺の前に押し出すV禿げ。


ぬぅ…

さしもの俺様も、ここまでか?

これから愉快で楽しい学園ライフを満喫しようと言う矢先に、現代社会の落ちこぼれと言う事になってしまうのか?

ぬぅぅぅぅぅ……無念だ。

いや、別に学校を辞めるのは、どーって事はない。

辞めたら辞めたで、憧れのニッカポッカを穿いてビルの一つでも建ててやらぁッ!!

文字通り、労働者として日本の屋台骨を支える自信はある。

そのぐらいの気概は持ち合わせているから、別に暮らしに困る事はないだろう。

親もあーゆー親だし、家庭的な事もノープロブレムだ。

が、しかし……

俺が辞めちまったら、オカルト研究会とTEP同好会はどーなる?

のどかさんも優ちゃんも、一人ぼっちになってしまうんだぜ?

それに委員長…

俺と言う無敵のATフィールドが無くなれば、小山田達はどのような恐ろしい事をしでかすか…

・・・・・・

く、許せ…

俺は退学届けに『榊 穂波』と書いて、V禿げに手渡した。


「……おい、神代。名前が違ってるぞ」


「学園の平和の為です。受理して下さい」


「あのなぁ……あまりふざけていると、終いには怒るぞッ!!」

V禿は怒鳴って机を思いっきり叩いた。

さすがに驚いたのか、隣りに座るのどかさんの肩が僅かにビクンと動き、彼女は困った顔でV禿げを見つめる。

「…来ました」

そう呟くと同時に、コンコンとまたしても小さなノックの音。

そして扉が音も無くスゥーッと開く。


あれ?誰もいないんですが…

俺とV禿は同じように扉を見つめていた。

そして何気に視線を落とすと、

―――ゲッ!?

そこには魔人形代表である酒井さんが佇んでいた。

もちろん、人形であるからして当然の如く無表情であるワケなんだが…

その手には不思議と、カッターナイフが握り締められていたのであった。



2時現目が終った休み時間、俺はふらふらと教室に戻って来た。

「こ、洸一ちゃんっッ!?」

穂波や豪太郎。

そして小山田達も駆け寄って来る。

「ど、どうだった?大丈夫だった?退学とか……そーゆーのはないよね?」


「…あん?退学も何も……そもそも俺が何をしたっちゅーねん」

俺は疲れ果てた笑みでそう答えると、ツインテール小山田は目を細め、

「何って……1年の教室で大暴れして、クラスの大半を病院送りにしたって聞いたけど…」


「……凄い奴がおるもんだな」


「ねぇねぇ洸一っちゃん。結局はどうだったの?やっぱり退学?それとも自宅謹慎?」


「あん?だから…俺は何もやってねぇーだろ。お咎め無し。無罪放免だ」


「え?本当?よ、良かったぁ…」

穂波は安堵の溜息を吐いた。

「本当に良かった。洸一っちゃん、ただでさえ人生見失ってるのに、今度は路頭にも迷う所だったよぅ」


「気のせいか?随分と酷い事を言われている気がするんじゃが…」

まぁ、例え穂波と言えども、心配されるのは悪くない気分だな。

その穂波の名前を退学届けに書いた俺が言うのも何だけどね。

と、俺が苦笑を零していると、長坂がどこか不思議そうな顔で、

「神代君。その割には何か顔が暗いね?少し蒼ざめてるし…」


「……少々、ショッキングな場面を目撃したもんでな」


そう……

アレはまさに衝撃的映像だった。

いきなりカッター片手に姿を現わした酒井さん。

最初、V禿げは悪戯だと思って激昂していたワケなんじゃが…

酒井さんはギチギチと嫌な音を立てながら、そんなV禿げに少しずつ近付き、そしていきなり

『キィーッ!!』と奇声を発して飛び掛ったのだ。

さしものV禿げもさすがにビビッたのか、恐怖の声を発しながら、指導室の窓を突き破って逃走。

しかしながら彼奴のYシャツの襟首には、しっかりと酒井さんがしがみ付いていたのだ。

俺はその光景を、パンツを少し濡らしながら見ていたわけなんだが…

それからV禿げがどうなったのかは、知らない。

死んではいないと思うけど…確実に、心に傷を負ってしまった事だろう。

ま、同情する気は全くないけどな。


「ともかく、俺は晴れて自由の身だ。心配してくれてありがとうよ」

言って俺は、踵を返して廊下に出た。


「う、うん。って洸一っちゃん……どこ行くの?もうすぐ授業が始まるよ?」


「あん?ちょいと1-Dの教室に……良く考えたら、勧誘の途中だったからな」



廊下を疾風の如く駆け抜け、俺は1-Dの教室に到着。

扉の前で大きく深呼吸をし、そして、

「オルラァッ!!!」

いきなり乱入してやった。

それまでザワついていた教室内に、いきなりピーンとした緊張が走る。

俺は怯えた顔をしている1年坊主どもジロリと睨め回し、

「グワッハッハッハッ!!」

豪快な笑いを一発。

「残念だったな新入生諸君ッ!!学年主任のV禿げこと戸塚先生は、死にもうしたッ!!」

『ヒィッ』と声にならない悲鳴が彼方此方で上がる。


「……いや、それは嘘だけど。そんな事より、クイーンの異名を奉られる水住さんはいるかにゃ?」

と、教室内を見渡すが……彼女の姿はどこにもなかった。

「……ありゃ?俺の姫乃ッチは何処?や、俺のじゃねぇーけど…」


『・・・』


「……答えんかッ!!」

バシンッと拳で教壇を叩くと、泣きそうな顔をした女の子が震えた声で、

「み、水住さんは……その……頭痛がすると言って早退しましたけど…」


「早退?」

ぬぅ、なんてこったい。まだTEP同好会に誘ってないのになぁ…

「そっか……早退なら仕方ねぇーなぁ」


『・・・』


「うん、だったら今日の所は諦めるか」

俺はそう言って、にこやかな顔で1年D組を見渡した。

「その代わり、今から諸君にはこの場で殺し合いをしていただきます」


『・・・』


「もちろん、俺も参加します。そしてゲームの開始は、何と今から10秒後です」

そう言ってニヤリと笑って見せると、一人の女の子が『ヒィーッ!!』といきなり叫んで教室から飛び出して行ってしまった。

そしてそれを合図に、全員がパニック状態に陥ったかの如く、避難訓練の100倍はマジな顔で次々と奇声を発しながら廊下へ飛び出す。


「……冗談だったんだが…」

教室内は、あっと言う間に俺だけになってしまった。

どうしよう?

もうすぐ3時現目が始まるんじゃが…

「……俺も逃げ出そう。犯人扱いされるからなッ」



キーンコーンとチャイムの音が鳴り響き、本日の授業は終った。


「さて…」

俺は鞄を肩に担ぎ、教室から出ようとすると

「洸一っちゃん♪」

穂波が犬畜生のように纏わり付いてきた。


「な、なんだよ…」


「ね、今日はどうする?」


「は?どうするって……何がでしょうか?」


「っもう、今日は土曜日だよ?智香も誘って、どこか遊びに行こうよぅ」


「あのなぁ…」

俺はヤレヤレと首を振ってやった。

「俺は今から、部活動に勤しむんだよ。これから角店で弁当買って、裏山で張り切っちゃうんだよ」


「……洸一っちゃん、冷たいね」


「何を言うてるんだお前は?」


「ぶぅぅ…良いモン。だったら私も、今日はクマ部の方へ顔出そうーっと」

穂波は少し不貞腐れたようにそう言った。


「……穂波。その……クマ部って、具体的にはどんな活動するんだ?」


「え?聞きたい?聞きたいの洸一っちゃん?」

穂波はお脳が幸せな人のように瞳を爛々と輝かせ、ググイッと迫って来る。


「き、聞きたかねぇーけど………少し気になる」


「えへへへ~…仕方無いなぁ、洸一っちゃんは♪」

何が仕方ないのか未知以外の何者でもないが、穂波はさも嬉しそうに、

「クマ部はねぇ……ある意味、宗教でもあるの♪」


……全然、意味が分からない。


「クマ部のみんなはね、熊神様を信奉しているのっ♪」


「……え?邪教?」


「それでね、皆で熊の毛皮を被って、ガォガォ言いながら練り歩くの。ステキでしょ、洸一っちゃん」


頭の中がとてもステキだ。

「なんか……60年代末のヒッピーを思わせるクラブのような気が…」


「えへへへ~、冗談だよ洸一っちゃん」


「……」


「本当はねぇ、世界各地のクマの生態系を研究したりする機関なの」


「き、機関って言われてもなぁ……」


「あとね、遺伝子操作で最強のクマを創り出す為の研究もしてるの。そしてアイツ等を叩きのめしちゃうんだよ」


「…現実と狂気が入り交じってるような話なんじゃが……アイツ等って誰?」


「マタギ保存会だよ。クマ部の永遠のライバルなんだよぅ」


「……ありがとう、穂波。凄く参考になったぜ」

いや、もぅ…全ッ然、分からねぇ。

がしかし、ともかく俺は心の中だけでも応援するぜッ!!

マタギ保存会をな。



靴に履き替え、校庭で大きく伸びを一回。

青のキャンバスに刷毛で拭ったような千切れ千切れの白い雲が、少し乾いた風にゆっくりと流されて行く。

うむ、実に気持ちの良いお天気だ。

こう言った清々しい陽気だと、思わずこの場で得意の歌と踊りを披露したくなってしまうが……

取り敢えず我慢だ。

奇行が目立つと、さすが榊さんのお友達ね、とか噂されかねんからなッ!!


「さて、今日のお昼は何にしようかのぅ。パンも良いけど、偶には角店特製の鶏タル海苔弁当なんてチョイスも捨て難いのぅ」

そんな事を独りごちりながら、ぶらぶらと校門へ向かって歩いていると、

「……おや?」

いつもとはどこか違う人の流れに、些か戸惑いを覚えた。

何て言うのか…

男女とも校門を出る時、何やら不思議そうな顔で囁き合っている。

なんだろう?

校門を出た所で、何か楽しげなイベントでも起きているのかな?

もしかしてもしかすると、いきなり露天が出ているのかもしれない。

金魚掬いや色の付いたヒヨコ、もしくは風船とかお面を売ってたりしたら……どうしよう?

俺、買ってしまうかもしれんぞ。


そんなアホな事を考えながら、俺は校門までスキップしながら行き、どりどり?と言った感じで辺りを見渡すと…

――ゲッ!?

校門を出た所に、一人の女の子が塀に寄り掛かるようにして立っていた。

チェック柄のやや短いスカートに、襟の部分に金色の刺繍が入った白色のシャツ。

スカートと同じ柄のリボンに、薄紫を基調とした品の良いブレザー。

その如何にも一流デザイナーがデザインしました的な制服は…

日本有数の名門御嬢様学校である、梅小路女子学院の制服。

この未だに昭和を感じさせる学ランとシンプルなセーラー服と言う場末の我が校とは対極にある、近隣の女子生徒が憧れる超一流高校だ。

そこの制服を着た女の子は、かなり美人だった。

ってゆーかその女は紛れも無く、俺に災いを招く為に魔界辺りから召喚されて来たような疫病神…

「パ、パンツ女…」



パ、パンツ女…

間違い無い。

こいつは以前、ワザと下着を見せて俺から見物料をたかろうとした、極悪非道の独り美人局つつもたせ

こんな所で一体、今度はどんな悪事を企んでいるんだか…

・・・・・

まぁ、前にワザワザ待ち伏せしてまで俺の忘れ物を届けてくれた奴だから…それほど極悪と言うワケでは無さそうだが……


「……ん?」

視線に気付いたのか、その女は、校門前で呆然と立ち尽くす俺の方へと、ポニーテールを揺らしながら振り返った。

「……あ、変態」


「――ンだとコルラァッ!!!」

前言撤回だ…

こいつの属性は紛れもなく、極悪だ。

カルマ値がマイナス方向へ振り切っていやがる女だ。


「な、なによぅ。相変わらず、五月蝿い男ねぇ…」

そ奴は軽く眉を万歳させ、無礼にも俺様を睨み付ける。


ぬぅ…

悔しいが、そんな顔さえも純粋に綺麗だと思った。

何が悔しいのか全く分からんが…

ともかく、これほど可愛いと言うか美人な女の子は、そうそう滅多にお目にかかれるものではない。

しかも梅女の生徒だ。

ウチの学校でも、こヤツとタメを張れるのは、のどかさんぐらいなものだろう。


「……で、お前は何でこんな所にいるんだ?」


「…別に良いでしょ?アンタには関係ない」


実に可愛くない女である。

「ふっ、残念ながら、そうはイカンのだ。何故なら、我こそはハートのキング様と呼ばれる(未だ誰も呼んでない)学園とこの街の守護者だからだ。よって、悪しき企みを未然に防ぐのも仕事の内。さぁ、吐け女よ。今度は一体、何をやらかそうとしているのだ?よもや……俺様の学校の生徒に、前のようにパンツを見せて金をたかろうと言うのかッ!!」


「……あんた、殺すわよ?」


「――ぬぅッ!!?」

背中にブワッと冷たい汗が迸った。

大脳新皮質の下に隠された原始的な脳が、『兄貴、凄くヤバイでやんす』と警告を発して止まない。

な、何故だ?

どうして俺様ともあろう最強ガイが、こんな小娘に怯えるんだッ!?

「ぬぅぅぅ……中々、やるじゃねぇーか」


「はぁ?アンタ一体、脳内でなに勝手に想像しているのよぅ」

梅女の女は、やれやれと俺様を小馬鹿にしたように軽く頭を振った。

「あのねぇ、アンタに教えてもしょーがないけど、私がここにいるのは……」


「……」


「……」


「…ん?どうした?」

と、俺は何気に周りを見渡すと、いつの間にか数人のギャラリーが…

「何見てんだコルラァッ!!!」

俺の一喝に、有象無象の輩どもは蜘蛛の子を散らすように消え去った。

全く…


「あららら……みんな怯えた顔で走って行ったわよ?」


「言っただろ?俺はこの学園の守護者であり、支配者なのだ。俺様に歯向かえば、明日の授業は墓場で運動会なのだ。もしくは三途の川で水泳大会」

何しろ俺のバックには、数千人のオカルト研究会会員がついておるからのぅ…

先輩を除いて全て故人だがな。


「ふ~ん。アンタ、世間一般で言う所の問題児なんだ…」


「どこの世間で言うのか、サッパリ分かりませんなッ!!」


「にしても、どうしてジロジロと見てくるかなァ?梅小路の生徒だって、駅前に行けばたくさんいるのに……」

女は少しだけ不機嫌そうに唇を尖らせた。


「あん?そりゃあ……この辺は、良くも悪くもまだまだ下町だからな。部外者を、なんとな~く気にしちゃうんだよ」

しかも美人となれば、男どもは特にな。

「で、話は逸れたけど……何でお前はここにいるんだ?よもや……男か?」


「へ?あぁ…違うわよ。実はねぇ、姉さんを待っているのよ」


「姉さん?なんだ、お前の姉貴って、ここに通っているのか…」


「そーよ」


「ほぅ…」

中々どうして、こいつは驚いた。

こう言う偶然を、縁とか言うんだろうなぁ…


「でね、その姉さんを待っているワケだけど……姉さんさ、最近…友達が出来たみたいなの。しかも生まれて初めての友人なの。だからさぁ…妹としては色々とさ、ちょっと気になるじゃない」

そう言って、その女はどこか嬉しそうに笑った。


なるほど、極悪な割には、意外に姉思いじゃねぇーか…

・・・・・・・

って、ちょいと待て?

初めての友達?

おいおいおい…

コイツの姉さんって事は…少なくとも、俺とタメか一つ上って事だよな。

なのに生まれて初めての友達って…

どんな姉貴だよッ!?

ひょっとして、性格的にかなり可哀相なのか?

それとも見た目がしょんぼりな非人類系なのか?

うぅ~む、分からん。

普通に生きてきた俺には、友達が出来ないと言う現象が、全く理解出来んッ!!

俺なんか友達どころか下僕すらいると言うのに…

が、しかし…

妹が梅女の生徒で、姉貴がこの学校と言うことは……

姉さん、少々頭が悪いとみたッ!!!


「……ちょっと、なに考えているのよ」


「…へ?」


「アンタ……今、すっごく失礼な事考えていなかった?」

梅女の女は、指をポキポキと鳴らしながら俺に近付いて来た。

「今まで友達の出来なかった姉さんを、性格がアレだとか見た目がアレだとか、頭が悪い女だとか……考えてなかった?」


「な、何でそんな的確なプロファイリングをッ!?」

もしかして君、エスパー?


「……取り敢えず、殴るわ」

言って女は、パシンと俺の頭を軽く叩いた。


「なな、何しやがるッ!?」


「フンッ、姉さんのことを悪く言った罰よ」

女はニヤリと笑いながら、挑発するように生意気にもファイティングポーズを取るが…


…なるほど、言われてみればその通りだ。

見ず知らずのヤツに、自分の身内の事を悪く言われれば、誰だって怒って当然だろう。

……俺は思ったでけで、口に出してはいないけどなッ!!


「そうか…それはスマン」

俺は素直に頭を下げた。


「…へ?あ、あれ?」


「…なんだ?どうしたんだ?」


「え?い、いやぁ~……てっきり、無謀にも飛び掛って来るんじゃないかと思って…」

女はどこかバツが悪そうな顔をした。

「あははは……アンタ、少しは良いヤツじゃない」


「……は?」


「そ、その……叩いてゴメンね」


「へ?悪いのは俺の方だから、謝られても困るんじゃが……」


「そ、そうか。うん、アンタが悪い」

女はそう言うと、もう一度コロコロと笑った。


う~む…

なんちゅうか、思ったよりサバけていると言うか、サッパリしているじゃねぇーか。

それに明るいし…

俺的には、こーゆー性格のヤツは、嫌いではないな。



俺は梅女の女と、まだ校門の所で駄弁っていた。

学園の偉大な首領様と呼ばれる俺と、かなり美人な梅女の生徒と言う取り合わせが珍しいのか、校門を通り過ぎる名も無き生徒達の、あからさまに興味深気な視線が少々鬱陶しいが……


「で、お前の姉さんってどんなヤツなんだ?何だったら呼んでやって来ても良いが……名前は?」


「それは秘密」

女は腕を組み、何故かクスクスと笑った。

「名前を教えたら、あんた驚いちゃうもん」


「はぁ?驚く?何をワケの分からん事を……学園の七不思議に何故か数えられちゃう程の俺様が、何を驚くっちゅーねん。……ま、お前の姉さんが酒井さんだったら、確実に腰を抜かすけどな」


「……酒井さんって誰?」


「一言ではとても説明出来んな。まぁ、敢えて言うなら……学年主任をカッターナイフ振り翳して追い掛けた物体、とでも言っておこうか」


「……全然分かんないんだけど……この学校、そんなに悪いの?」


「うんにゃ。平和過ぎて困るほど、のほほ~んとした学校だ。何しろ日夜、俺が陰で悪と闘っているからな」


「???」

女はワケが分からないと言った感じで首を傾げた。

そんな仕草にも、どこか優雅さが感じられる。

さすが梅女に通う生徒と言うか…

こやつも口は悪いが、きっとどこぞのお嬢様なのだろう。


「ふ~ん、良く分からないけど……あ、そう言えばアンタ、二荒真咲って…知ってるよね?」


「――ふ、二荒ッ!?」

その女の口から唐突に飛び出した、我が学園の物忌と言うか禁断のネームと言うか魔人の称号に、俺は心底驚いた。

小便がチビれそうな程にだ。

「な、なんで二荒を……お前が知ってんだ?」

もしかして、お知り合いの方ですか?

だとしたら今までの無礼を謝った方が良いかな?


「ん?それはねぇ……あっ!?」


「どど、どうした?二荒でも見つけたのかッ!?」

ならば俺は即時、退避行動を取るぞよ。


「違うわよ……姉さんを発見」


「――なにッ!?」

俺は慌ててその女の視線を追う。

「あ……あれが……お前の姉さん?」


玄関口から出て来たのは……なんちゅうか、どこぞの軍が極秘に開発したような、樽型重装甲騎兵だった。

普通、女の子と言うのは、胸が出てウェストが引き締まってお尻が出ていると言う、例えるなら砂時計のようなラインをしているのが一般的なのだが…

その女の子は、全てに反比例していた。

立派なアンコ型だ。

彼女の体型を元に設計されたのがビグザムだと言われれば、俺は信じるだろう。


「……強そうだね」


「はぁ?アンタ……どこを見てるのよ?」


「どこって……あのマジノ線も単独で突破出来そうな女の子だけど……」


「違うわよッ。その隣りよッ」

気分を害したのか、梅女の女は少しだけ頬を膨らませてそう言った。


「わ、悪かった。…何が悪いのか分からんけど…」

俺は視線をスライドさせる。

え~と、あの達磨さんが転んだみたいな女の子の隣りは……あ、のどかさんがいる。

相変わらず、ボーッとした顔で歩いてますねぇ……なに見てんだろう?

ま、それは良いが……取り敢えず、のどかさんは除外して、その隣りは……


「ふ~ん、あのメガネを掛けた女の子かぁ。中々に可愛いですなッ」


「違うわよ。アンタ、目腐ってるの?」


「し、失礼な。だってそれ以外は、みんな男じゃねぇーか。それとも何か?お前の姉さん、実は男装しているとか…」


「あのねぇ…」

女は困った顔でこめかみに指を当て、溜息を吐く。

「真ん中を、ポヤーンと歩いている人がいるでしょ。あれが私の姉さんよ」


「真ん中?真ん中を歩いているって……あそこにおわすは、我が学園の元締め様なんじゃが…」


「あ、やっぱりアンタでも知ってるんだ♪姉さん、色んな意味で有名だモンねぇ」


「お、おいおいおい。だってあの御方は、喜連川の……」


「そーよ。あ、そう言えばまだ私の名前、言ってなかったよね。あのね…」


「ちちち、ちょいと待ってくれッ!!」

俺はブンブンと手を振りながら、女の言葉を遮る。

お、落ち付け洸一ッ!!

うろたえるな俺ッ!!

コイツは単に、俺をからかっているだけかも知れないぞよッ!!

ここは一つ、じっくりと検証しようではないか。


え~と、先ず……のどかさんに妹がいる事は、知っている。

名前は確か、まどかだ。

この間も『優して女らしい妹です』とか言っていたし、優ちゃんも『尊敬できる先輩です』と言っていた。

・・・・・・

この目の前にいる女が?

イチャモン付けて金をたかろうとした挙句に俺をふっ飛ばした女が、優しく女らしい?

そして尊敬できる?

・・・・・・・・・・

―――出来るかボケッ!!!

・・・・・・・・・・

いやいや……OK、落ち付くんだ洸一。

クールに思考を進めよう。

確かにコイツは狂暴だけど、俺の忘れ物をわざわざ届けてくれたりしたではないか。

一応は、善人かもしれない。

え~とだ……

先ず歳からすれば…うん、のどかさんの妹、と言うのは納得出来る。

それに見た目も…うん、確かにのどかさんの妹で通用する。

そして腕力だが…うむ、優ちゃんが言っていたTEPチャンピオン、と言うのは、この身を以って良く分かっている。

そもそも、こやつは梅女に通っているし…

喜連川の御令嬢なら、当然だろう。

うむ、という事は……


「―――点と線が繋がったーーーーーーーッ!?」


「うわッ!?ど、どうしたのいきなり?……そーゆー病気?」


「どんな病気だよッ!?」

うぬぅ、よもやこんな偶然が起こり得るとは…

これだから、人生はとってもワンダーだ。

「あ、そう言えば……さっきお前、姉さんに初めてのお友達が出来たって言ってたよな?」


「そ、そうだけど…」


「…なるほど」

そっか。という事は多分、俺が初めての友達なのか……

「身に余る光栄ですなッ!!」


「……あ、あんた……本当に大丈夫?脳味噌とか心とか…」


「全然平気だぜ、まどかッ!!」


「そ、そう?なら良いんだけど…――って、何で私の名前を知ってんのよッ!?」


「…それは秘密デス」



学園のラスボスである、のどかさんの妹であり、熱血格闘家の優ちゃんが尊敬してますと言って憚らない喜連川まどかは、その綺麗な形をした細い眉を僅かに歪めながら、

「ははーん……さてはアンタ、私のファンね?」


こヤツは豆腐の角で頭でもぶつけたのか?

それとも、狂っているのは俺の耳?

「ファン?チミは一体、何を言うてるのかね?」


「だってぇ、そうとしか考えられないじゃない。ま、私は色んな所で有名だからさ……熱心な追っ駆けの一人ぐらいいても不思議じゃないしぃ……」


「実に幸せ一杯の病的思考回路してやがるな、お前は。だいたい今時『ははーん』って、したり顔で言う馬鹿を俺は初めて見たぞ。…記念にサインくれ」


「な、なによぅ…」


「なによぅ、じゃねぇーッ。良いかッ、どうして俺が貴様の名前を知っていたか……今、篤とそれを教えて…」

と言い掛けながら、何気に背中方面に視線を感じたので振り返ると、

「…おや?のどか先輩じゃないですか?」

喜連川の御令嬢、学園の裏側を差配する暗黒卿・のどかさんが、いつの間にかすぐ後ろに佇んでいた。

相変わらず何を考えているのか全く読み取る事の出来ない、まるで線路脇に佇むお地蔵さんのような顔で、俺とまどかを交互に見つめている。


「…お友達?」


「――ち、違うわよ姉さんッ!?」

と、まどかは俺を押し退ける様にして慌ててのどかさんに駆け寄り、

「何だか知らない内に話していただけよ。この馬鹿たれとは」


ぬぅ…

面と向かってなんちゅう事を…

のどかさんの妹でなければ、しばき倒している所だぜッ!!

・・・・

俺の方がボコボコにされそうだがなッ!!


「……まどかちゃん。今日はどうしたの?」


「え?いやぁ~…ちょっとさぁ…」

まどかはアハハハと陽気に笑いながらチラリと俺の方を振り返るや、猛り狂ったヒグマのような形相で、シッシッと追い払うかのように手を振った。

だが、のどかさんはのどかさんで、クマのプ―さん的なボンヤリ具合で俺にトコトコトと近付くと、

「…洸一さん。こんにちは」

いつもの通りだ。


「はい、こんにちは。ってゆーか、のどか先輩。よもやここにいる馬鹿が、のどか先輩の妹だとは全く想像出来なかったですよぅ。ぶっちゃけた話、マジで血とか繋がってるんすか?ご幼少のみぎり、何かの儀式の最中にハイエナの群れの中から拾ってきたとか……そーゆーのじゃないですよね?もしそうなら、早めに言ってください。俺、保健所かローマ法皇庁に連絡しますから……」


「ち、ちょっとぅ…何ワケの分からないこと言ってるのよッ!!」

まどかはガォウッと吼えた。

姿形は確かにのどかさんに似ているが……内面は、全く別物だ。

生まれた瞬間、産婆が『この子は悪魔の子じゃッ!!』とか叫んで床にでも叩き付けたのではなかろうか?

「ったく、だいたい何でアンタが姉さんを知ってるのよッ!!しかも親しげじゃないの……」


「あん?ンなもん、決ってるじゃねぇーか。俺とのどか先輩はファミリーだからだッ!!……ですよね、先輩?」


「…です」


「は、はぁ?アンタ一体、何を言って…」


戸惑うまどかに、のどかさんはどこか嬉しそうに、

「まどかちゃん。洸一さんです」


「は?洸一…さん?」


「神代洸一さんです。……お友達です」


「…神代?神代……洸一。神代……」


「グワッハッハッハッ!!どうだ、驚いたかまどかッ!!我こそは、オカルト研究会の誇る突撃隊長にして、TEP同好会草創期メンバーの一人。会員ナンバー002、赤い光弾・神代洸一様よッ!!!グワッハッハッハ……さぁ、崇めるが良いッ!!」


「――な゛ッ…」

まどかは大きく目を見開き、ワナワナと震え出した。

「じゃ、じゃあ……アンタが姉さんの友達……そして優貴の…」


「如何にもッ!!……タコにもゲソにもスルメにもだッ!!」


「……ね、姉さんッ!!」

まどかはいきなりのどかさんの腕を掴み、そそくさと俺から離れるや、

「姉さんッ!!友達って……本当にアイツなの?」


「…です」


「う、嬉しそうに言わないでよッ!?てっきり私は、普通の女の子だと思ったのに……なに?いきなり初めてのお友達がボーイフレンドなワケ?」


「違います」


「……は?」


「洸一さんです。オカルト研究会はファミリーなのです」


「…姉さんが何を言ってるのか良く分からないけど……ともかく、何でアイツなの?」


「???」


「あのねぇ…姉さんも年頃だから、男友達の一人や二人は居ても良いと思ってるけど……あの馬鹿はさすがに限度が……」


「…馬鹿?」


「そーよ。どこから見ても、頭も心も貧しい男じゃない。アレは絶対、将来は青空が天井って生活を送る男だわ。もしくは堀の中」


「……あのぅ……全部聞こえているんじゃが……」


「聞こえる様に言ってるのよッ!!」

まどかはキッと俺を睨み付けた。


「ぬぅ…」

僕、そこの校門の縁で泣いて良いですか?


「まどかちゃん…」

のどかさんはいきなり、まどかの頭を撫で始めた。

「洸一さんは良い人です」


「そ、そりゃあ……悪いヤツには見えないけど…」


「まどかちゃんとも、仲良くなれます」


「な、ならないわよッ!?」


「なります。誰よりも、仲良くなります。それが運命です」

のどかさんは自信満々にそう言うと、チラリと泣いている俺を見やり、

「洸一さん。まどかちゃんとも仲良くして下さいね」


「えッ!?それは凄く嫌だなぁ…」

言った瞬間、高速で吹っ飛んできたまどかの鞄が、グシャッと音を立てて俺の顔面にめり込んだのだった。










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