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俺様日記  作者: 清野詠一
12/39

INSIDE★2



★喜連川まどか&二荒真咲/4月02日(土)




別に何するわけでもなく、駅前の商店街を歩いていた。

買いたい物があるとか、欲しい物があるとか…

そう言うのではなく、本当の散歩。

敢えて言うならお店屋さんの冷やかしだ。


本当なら、今日は習い事…日舞のお稽古がある日だけど、そんなモノはサボった。

格闘のトレーニングを積んでいた方が遥かにマシだ。

こんなに陽気の良い日だから姉さんも一緒に…と誘ったけど、フルフルと静かに首を横に振った。

相変わらず、姉さんは生真面目と言うか…


でも、一人はちょっと退屈だなぁ…

春物の洋服が並ぶウィンドウを見つめながら、軽い溜息を一つ。

街は春休みと言う事もあってか、同世代の男女で賑わっていた。

カップルもいれば、友達同士もいる。

独りで歩いているのは私ぐらいなものだ。


誰か誘えば良かったかなぁ…

独りぼっちは別に苦にならないけど…正直、退屈だ。

特にこんな陽気の良い日は。

それに少し、うざったい。

先程から、何人の男に声を掛けられたか…


こーゆー時、気の合う男友達でもいれば、防壁となってくれるんだけど…


生憎と、一緒に遊べるような男友達は周りにはいなかった。

かと言って、ボーイフレンドがいない、と言うわけではない。

喜連川の娘と言うこともあってか、企業とか傘下の子会社とか…

そーゆー社会的繋がりのある知り合いは大勢いた。

だけど、本当の意味では彼らは友達ではない。

あくまでも、喜連川の娘、と言う公人としての付き合いだけだ。

喜連川まどかとして、個人的な男友達は……存在しない。

女子高に通っている事もあるけど、やはり一番の原因は、喜連川と言う金看板のせいだろう。

少し知り合っても、喜連川と言うだけで、男の子は腰が引けてしまうか、逆に打算的になるか…そのどちらかだ。

誰も本当の私を見てくれてない……そんな気がする。


「…それにロッテマイヤーとかが五月蝿そうだしね」

そう独りごち、苦笑を零す。


そう言えば、アイツはどーなんだろう?

ふと、この街で出会った男の顔が脳裏を横切る。

性格的にちょっとアレな感じの、同じ歳ぐらいの男の子…

私に向って突っ掛かって来るわいきなり下半身は曝け出すわ…

行動の予測が全く立たない未知な男。


アイツも、私が喜連川の娘だと知ったら、どーゆー態度に出るんだろうか?

他の男の様に卑屈になるのか…

それとも、妙に媚を売ってくるのか…

・・・・

なんか、どちらも違うような気がする。

何となくだけど、アイツは他の男は違うような気がする。


「…ま、普通より頭悪そうだし」

そんな事を呟きながら、一人クスクスと笑った。


どーしてアイツの事を考えているのか…

我ながら、理解に苦しむわ。


「…さて、公園にでも行ってみようかな」

何故か妙にサッパリと言うか…気分が落ち着いた私は、足取りも軽く商店街を抜けて公園へ向って歩き出すが、

「あ…」

バッタリと、知り合いと出くわしてしまった。

「真咲…」





今日はバイトも休みで、これといってする事の無い退屈な休日。

私は何するわけでもなく、商店街を歩いていた。

ヒマを潰すのなら、もっと華やかな所へ行けば良いと思うのだけど…

この商店街では、良く神代を見掛ける。


別に…アイツに会いたい、とか…そーゆーワケではない。

ただ…この前、偶然にバイト先で出会った時に…アイツは私に『ありがとうッ』と言った。

その意味が、全く分からないから…

それが少し、気になっているだけだ。


だいたい、唯は話し掛けろとか言うけど…

神代と何を話せば良いんだ?


北海道へ転校してしまった空手部の友人、吉沢唯は、事ある毎に私に電話を掛け、神代について色々と話してくれる。

そして決って、神代と話をしろとか…そーゆー話になる。

どうしてだろう…?

吉沢が神代の事を好きだったのは知っているが…

どうして私に、そーゆー事を言ってくるのか…


「やっぱり、良く分からんな」

恋とか愛とか……そーゆー話は、苦手だ。

そもそも私は、あまり男子と喋った事は無い。

……声も掛けられた憶えもないが。


「…空手をやってるから恐がられるのか…」

そんな事を呟きながら歩いていると、不意に目の前から『…あ』と、誰かの驚く声。

…ん?

顔を上げると、そこにはまどかが立っていた。


まどか…

喜連川まどか…

かつて同じ道場で研鑽を積んだ、私のライバルにして友人…

そして今では少し敵対関係。

彼女は空手を捨て、私は頑なにその道を歩んでいる。


「…真咲」

まどかは細い眉を軽く上げ、驚いた顔で、

「うっわー、凄い奇遇じゃない♪」


「……そうだな」

私は軽く頷いた。

まどかは、TEP…何の略かは忘れたが、その新興格闘技の高校生チャンピオンだ。

だからと言って、同じ格闘技を習う私としては、何ら臆する事は無い。

だけど……同世代の女としては、少しだけ気後れしてしまう。

まどかは、私から見ても美人だった。

長い髪に目鼻立ちの通ったスッキリとした顔立ち…

プロポーションも良い。

さすが喜連川グループのご令嬢だ。

私のような庶民とは、体の作りが違う…

そう考えると、同姓として…無意識の内にプレッシャーを感じてしまう。

具現化したコンプレックスを突き付けられたような気がして、どこか軽い嫉妬すら浮んでしまうのだ。


「で、真咲。アンタ何してるの?」

まどかは気さくに話し掛けてきた。


「別に……ただ散歩しているだけだ」

私の言葉はどこか素っ気無い。

自分でももう少し愛想良くすれば良いと分かっているのだが…

これが慣れた口調だから、今更改めようとは思わない。


「ふ~ん、真咲も散歩なんだ……で、一人なの?」


「そうだ。…悪いか?」


「……相変わらずアンタは無愛想ねぇ」

まどかは呆れた様に言う。

「真咲。前に言ったけど、アンタは結構美人なんだから……もう少し言葉遣いとか仕草を女らしくすれば……」


「……男に媚を売るつもりは無い」

私はピシャリとまどかの言葉を遮った。

その事は、唯にも散々言われたけど…

女らしくって、どーゆー風にすれば良いのか…正直、分からない。

「フン、今の私は空手家として自己を鍛えている最中だ。貴様の様にチャラついているヒマは無い」


「あら?酷い言い方。別に私だって、遊んでいるワケじゃないのよ?これでも、アンタ以上に鍛錬を積んでいるつもりなんだけど……」


「ほぅ……」


「何なら……少し試してみる?」

まどかの目が細まる。


丁度良い…

優貴の事もあるし、少し本当の空手と言うヤツを教えてやるのも一興か…

私は口元を軽く歪ませた。

「フッ、TEPとか言うエセ格闘技にうつつをヌカしている貴様に…」

と、不意に私の言葉はそこで途切れた。


視線の先、まどかの向う側……商店街を歩いているのは、紛れも無く、神代洸一。

心臓の鼓動が、少しだけ速くなった。





まさか偶然にも、真咲と出会っちゃうなんて…

正直、戸惑ってしまった。

可愛がっている後輩、葉室優貴の事で、今は少しだけギクシャクしているから、会いたくないと言う気持ちと…

小学校からの友人と遊びたいと言う気持ちと…

TEPの凄さと可能性を分かって欲しいと願う気持ちと…

様々な気持ちが入り交じって、どうしたら良いのか…今はまだ少し分からない。


でも…とにかく、ここで会ったのも何かの縁だし…

「で、真咲。アンタ、何してるの?」

私は出来るだけ気さくに声を掛けた。


だけど真咲は、相変わらずと言うか……ぶっきらぼうに、

「別に。ただ散歩しているだけだ」


「ふ~ん…真咲も散歩なんだ。で、一人なの?」


「そうだ。…悪いか?」

真咲は片眉を僅かに上げ、どこか気のない返事。


私は静かに溜息を吐いた。

「…相変わらずアンタは無愛想ねぇ」


全く、真咲は学校でも、こんな感じなのかしら?

だとしたら、せっかく共学校に通っているのに…勿体無い。

「真咲。前に言ったけど、アンタは結構美人なんだから…もう少し言葉遣いとか仕草とかを女らしくすれば…」


「…男に媚を売るつもりは無い」

真咲は私の言葉を遮り、ジロリと睨み付けた。

「フン、今の私は空手家として自己を鍛えている最中だ。貴様の様にチャラついているヒマは無い」


さすがに、ちょっとだけカチンと来た。

確かに、私と真咲では、格闘技に関して根本的に考え方が違う。

真咲にとっての空手は…道のようなものだけど、私にしてみれば、空手は道具の一つだ。

どちらの考えが正しいなんて事は、分からない。

だけど私は、真咲には分かって欲しいのだ。


彼女は…本当に強い。

私はTEPのチャンピオンだけど…

もしも真咲がTEPに参戦したら、間違いなく彼女がチャンピオンだろう。

なのにどうして、空手だけに固執するのか…

・・・・

少しだけ、視野を広げてあげようかしら…?


「あら?酷い言い方…別に私だって、遊んでいるワケじゃないのよ?これでも、アンタ以上に鍛錬を積んでいるつもりなんだけど…」

私はワザと、挑発する様に言った。


「ほぅ…」

真咲の薄い唇が僅かに歪む。


「何なら、少し試してみる?」

更に兆発の言葉。

日本に帰国してから…真咲とは二度戦った。

最初は道場で、私が勝った。

だけどそれは、あくまでも空手の試合形式でだった。

TEPのルールで挑む私に対し、真咲は最後まで競技空手のスタイルに拘り、彼女は負けた。

そして次に…野試合を挑み、私は負けた。

何でもありの、まさに喧嘩のような試合で……負けた。

あれこそ、真咲の真の強さだと思った。

高校の競技空手では計り知ることの出来ない、真咲の格闘センスに、正直驚いた。

彼女こそ、TEPに参戦するべきだと、その時思ったのだ。


だけど、あれから散々鍛えたんだから…

今日こそ、真咲にTEPの可能性を教えてあげる事が出来るかも…

私は目を細め、真咲を睨み付ける。

が、しかし…


「フッ、TEPとか言うエセ格闘技にうつつをヌカしている貴様に…」

と、真咲の言葉は不意にそこで途切れた。

どこか驚いた様に少しだけ大きく目を見開き、目の前の私を素通りして何かを見つめている。


な、なに?

と、彼女の視線に釣られるように、私は振り向いた。

「…あ」

ほんの一瞬だが、呼吸が止まった。

視線の先には、商店街を歩いているあの男の姿があった。

呑気そうな顔でブラブラ歩いているあの男…

名前も知らない、不思議な馬鹿。

猫を助けたり、ロッテマイヤーに追われていた私を助けてくれたりしてくれた男…


ま、また会えるなんて…

短期間に、どうして広いこの街で何度も出会えるのか……よく考えたら不思議だ。

「ま、真咲…」


「…」


あれ?

真咲は複雑そうな顔で私を睨んでいた。

え?なんで?

「え、え~と……し、知り合いなの?」

何故か私の声は震えた。


「ま、まぁな」

真咲は少しだけ動揺した顔で小さく頷いた。

「クラスは違うが……同級生だ」


私と同じ歳かぁ…

「ふ~ん、そうなんだぁ。で、名前は何て言うの?」


「え?名前は、じ…」


「じ?」


「……何でそんな事を聞く?」

真咲の目が更に細まる。

しかも不思議な事に、殺気まで体から溢れ出していたのだった。





じ、神代…

って、何で私は動揺してるんだッ!?

ま、全く…唯が変な事ばかり言うから…い、意識しちゃうじゃないか…

私は軽く頭を振った。

だけど……やっぱり出会えた。

確証はなかったけど……今日は出会えるじゃないかなぁ……と思っていたら、本当に出会えた。

不思議な縁だ…

それは認めざるを得ない。

がしかし…

目の前のまどかが邪魔だった。


まどかさえいなければ、少しは話とかすることが出来たのに…

私は少しだけ不機嫌な表情で彼女を睨み付ける。

まどかがが悪いわけじゃないけど…でも…


彼女は戸惑った顔をしていた。

「え、え~と……し、知り合いなの?」


「ま、まぁな」

お、落ち付け真咲…

別に私は、神代の事は何とも思ってない筈だッ!!

「クラスは違うが、同級生だ」


「ふ~ん、そうなんだぁ…」

まどかはウンウンと小さく頷き、

「で、名前は何て言うの?」


「え?名前は、じ…」

と言い掛けて、私の唇は固く閉じた。

どうしてまどかは、アイツの名前なんかを聞きたがるのだろう?

いつものまどかなら

『なに?知り合いなの?ふ~ん…』

だけで終るほど、サッパリした性格の筈なのに…

それに、良くは分からないけど、神代を見た時のまどかの顔…驚いていた。

神代は別に驚くような良い男でも醜悪な男でもないのに…

・・・・

もしかして……知り合いなのか?


「…何でそんな事を聞く?」

私の口から出た声は、自分が思っていたよりも更に低かった。


「な、何でって…気になるじゃない」


気になる?

神代のことが……気になる??

「ほぅ…喜連川の御令嬢ともあろうまどか御嬢様が、一庶民の男を気に掛けるとは…」


「……そう言う言い方、マジでムカツクんだけど…」

まどかの体が僅かに斜めに動いた。

正中線を隠す、打撃系格技ならではの体の動きだ。

ここでやろうって言うのか?

「私は……あの男の名前を聞いただけでしょ?知ってるんなら、早く教えなさいよ」


「…何故、知りたい?」

私は拳を固めた。


「何故って…ちょっとした知り合いだからよ」


――知り合いッ!?

心臓がキュッと絞め付けられる感じがした。

「……知り合いならば、普通は名前を知ってると思うが…」


「だからぁ。何て言うのかさぁ……出会って話をしただけと言うか…殴って飛んでちゃった相手と言うか……」


「――ッ!!!」

私は無意識の内に上段蹴りを繰出していた。

が、さすがはまどかだ…

不意打ちにも関わらず、軽く一歩飛退いてそれを躱す。


「な、何のよ真咲ッ!?」


「默れまどか…」

私は構えを取った。

街行く人は何事かと、好奇心旺盛な顔で群がってくるが……そんなモノは関係ないッ!!

私の心は、怒りで満ち溢れていた。

まどかはさっき……神代を殴ったと言った。

……絶対に……許さない…

どんな理由があるにせよ、凶器のような自分の拳を神代に向けるとは……

・・・・・・・・

私も神代を殴った事があるけど、それはそれだっ!!


「……分かったわよぅ」

まどかは不機嫌そうな溜息を吐いた。

「なに怒ってるのか知らないけど、やるんなら、あそこの公園でしましょ」


「…上等だ」





結局、勝負は……つかなかった。

厳しい練習に耐えたお陰もあるけど…

真咲は怒り心頭で、いつもの力を出せなかったようだ。


で、夕方…

お互いに気力と体力を使い果たし、芝生の上でグッタリしている時に、どうして怒ってるのか尋ねてみた。

真咲は言う…

アイツに拳を向けたからだと。

………なんだかなぁ……と言う感じだ。


私は仕方なく、それに至る経緯を説明したら、真咲は

「そ、そうだったのか。スマン…」

と素直に頭を下げた。

真咲のこーゆー所が、私は好きだ。



それはそうと…

どうして真咲は、あんなに怒ったんだろう?

もしかしてもしかすると……もしかしちゃうのかも知れない。

……なんか…複雑な気持ちだ。

普通だったら、友達としては応援してあげるべきなんだけど…

全然、そんな気になれない。

……何でかなぁ?


あ、結局、名前を聞きそびれちゃった…




★二荒真咲/4月05日(火)



「……2年C組か」

掲示板を眺め、私は呟いた。

そして知り合いがいるかどうかをチェック。

空手部の同期も何人かいるし、それに1年の時のクラスメイトも数人いた。


「……さて、行くか」

そう独りごちりながらも、私はまだ掲示板を見つめている。

男子の名簿を……上から順に追っている。

「…いないか」

知らず知らずの内に、溜息が漏れた。

「少しだけ、残念だ」





★葉室優貴/4月05日(火)




今日は始業式。

今日から新学期…

そして今日から、高校生としてのスタート。


「が、頑張ろう…」

そう呟き、力強く拳を握る。

本当は、梅女へ通いたかった。

尊敬しているまどかさんの元で、頑張りたかったけど…

梅女へ通うには、少し勉強をサボり過ぎた。

だけどこの学校にも、二荒先輩がいるし…


……ちょっと気が重いなぁ……

二荒先輩の事も尊敬しているけど…

だけど本当の所は、良く分からない。

強さが、理解出来ない。

私は帰国したまどかさんに、どうしてTEPを?と尋ねた事があった。

するとまどかさんは、優しく私の頭を撫でながら、

『うぅ~ん、理由は色々あるけど……ま、一つ挙げるとしたら、真咲に勝ちたかったから…かな』

と笑いながら言った。


二荒先輩は、それほど強いのだろうか?

去年、まどかさんと二荒先輩が道場で戦ったけど……まどかさんが勝ったのに……

それでもまどかさんは、

『まだまだ、真咲には勝てないわ』

と言っていた。

私も道場に通っていた頃は、何度も二荒先輩と手合わせしたけど…

絶対に勝てない、とまでは思わなかった。

あれはもしかして、手加減をされていたのか…


「…?」

その時、突然として前方が騒がしくなった。

何事かと思って私は首を伸ばす。

すると、先輩だろうか……男子生徒が一人、

『お、俺にマイクを渡せーーーーーーッ!!』

とか叫びながら壇上に上がり、先生達に押さえ付けられていた。


「な、なんだろう…?」


「…ダメ」


「…え?」

斜め前に居る同級生……別クラスだから名前は知らないけど……が、肩を振るわせて蹲った。

その瞬間、凄い音と共に体育館中のガラスが割れて……その後の事は憶えていない。

気が動転していて…

気が付いたら、教室に戻っていた。


一体、何があったんだろう…?

クラスメイトの話に耳を傾けると、

『アレが噂の……神代先輩よ』

『学園で一番アレな問題児…』

等と話し合っている。

どうも、あの壇上に上がった男の人の事を言ってるみたいだけど…

そんな悪い人が、この学校にいたのか…

ちょっぴり、不安だ。





★伏原美佳心/4月08日(金)



…寝ている…

隣りの席の男…

学園一の馬鹿と称される神代洸一…

朝からずーっと、寝ている。


他人の事には興味無いし、面倒なことはゴメンやけど…

それでも、気になる。

ってゆーか、寝息が気になって勉強に集中出来へん。


一応は、委員長やし…

そう自分に言い聞かせ、叩き起こそうとしたけど…

「…伏原。そっとしておいてやれ…」

担任の谷岡先生が、私を押し止めた。

「神代が起きてると、授業が遅れる。……分かるな?」


「は、はぁ…」

曖昧な返事をしながら、私はもう一度、眠っている神代洸一を見つめた。

呑気な寝顔…

何の不安も悩みも無い、幸せそうな寝顔…

神代洸一…

あんた、この学校に何しに来てるねん?




★喜連川のどか/4月10日(日)



日曜日の昼下がり、私はアンティークな調度品に囲まれた居間の長椅子に腰掛け、物憂げな時を過ごしていました。

目の前には、昔から愛用しているタロットカード。


「……何度やっても、同じ……」

呟き、カードを集めてシャッフル。


昨日…

私は勇気を出して、あの男の人の教室へ行ってみました。

神代洸一…

一つ年下の男の子。

・・・・・

良く考えたら、あの学校に入って、初めて自分から他人に声を掛けました。


「……ちょっと不思議」

神代さんには、何も抵抗を感じませんでした。

人と話すのは苦手なのに……スラスラと話す事が出来ました。

本当に、不思議。


「……運命」

そう呟くと同時に、大きな柱時計が『ボォーン』と重苦しく時を告げ、次いで部屋の扉が開くと、

「あれ?姉さん……ここにいたの?」

顔を覗かせたのは、妹のまどかちゃんでした。

どこか悪戯ッ気な感じの瞳をクリクリとさせ、部屋の中へ入って来ます。


「何してるの?…占い?」


「…です」

私はゆっくりと頷きます。

そして山となったカードから1枚捲り

「まどかちゃんを示すカードは……これ」


正位置に現れた戦車のカード。

前進、そして勝利を示す。

実にまどかちゃんらしい…


「ふ~ん、良く分からないや」

まどかちゃんは興味なさそうな顔で、私の目の前に腰掛けました。

そして脇に置いてあるポットから紅茶を注ぎながら、

「姉さん。外は良い天気なんだからさぁ……偶にはどこか、パァーッと遊びに行こうよぅ」


「遊びに…」


「そうだよ。あまり暗い部屋に閉じ篭ってばかりいると、病気になっちゃうよ?」


「……大丈夫」

私がそう言うと、綾香ちゃんは大きな溜息を吐いてしまいました。


「全く姉さんは…」

そしてやれやれと言った表情で、紅茶を啜ります。


最近の綾まどかちゃんは……少し変わりました。

前よりちょっと、女の子らしくなったような気がします。

「…不思議です」


「へ?何が?」


「…秘密です」

私はクスクスと笑いながら机の上にカードを並べ、一枚ずつゆっくりと引いて行きます。


一枚目…正位置の隠者。

私を示すカード…

探求、内省……そして孤独。


二枚目のカードは神代さん。

正位置の愚者。

自由と冒険を暗示するカード。


三枚目は……私達の出会い。

逆位置に示された、死神。

意味は新しいスタート……


そして最後のカード。

これからの私を暗示するカードは…

正位置の恋人。

楽しい恋愛……


「…姉さん、どうしたの?顔……赤いよ?」

まどかちゃんが心配そうな顔で、私を見つめていました。


「……何度やっても、同じなんです」


「……へ?」


「…お友達」


「と、友達?姉さん……友達が出来たの?」


「…からスタート」


「…はぁ?」




★喜連川まどか/4月11日(月)



「ふぅ~…」

スマホの通信を切りながら、私は軽く溜息を吐いた。

相手は可愛がっている後輩の、優貴からだった。

TEPの同好会を立ち上げたけど、誰も入ってくれないと言う泣き言だ。


「まぁ、仕方ないと言えばそれまでだけど…」

そう独りごち、食堂の扉を開けるや、私は目を見張った。

「う、うわぁ…」

今日の夕飯は、飛びっきり豪勢だった。

テーブルに所狭しと並ぶ、山海の珍味の数々。

誰かお客さんでも来るのかな?


「まどかちゃん。遅いです…」

既に席に着いていた姉さんは、珍しくドレスに身を包んでいた。


「姉さん。今日は何か……パーティーでもあるの?」

私は席に着きながら尋ねると、姉さんはフルフルと首を横に振りながら、

「今日は……お友達記念日」


「…は?」

相変わらず、姉さんの言っていることは意味不明だ。


「今日は…とっても良い事があったのです。だからそのお祝い」


「へぇ~……何があったの?」


「……お友達が出来ました」


「へ?と、友達?」

姉さんに……友達?

「へ、へぇ~。珍し…じゃなくて、凄いじゃない姉さん。ところで……友達って……人間だよね?」

前みたいに、団子虫に名前を付けたりしてないよね?


「当たり前です」


「あははは……うん、そうだよねぇ」

姉さんに友達…しかも人間…まさに奇跡だわ。

社交界以外、普通の高校で、姉さんと友達になろうと思う人がいるなんて……想像も出来なかった。

姉さんは、色んな意味で特殊だから…

「で、姉さん。友達って…どーゆー人?やっぱりオカルト関係なの?」


「…です」

姉さんはコクコクと頷いた。

「オカルト研究会に入ってくれた……初めての人間」


「そ、そうなんだぁ…」

姉さんの口から『人間』と言う単語が飛び出すと……何故か少し恐い。


「ちょっと変わってる人です」


「…」

姉さんに変わってるって言われるなんて……どんな人なんだろう?

やっぱり、姉さんのクラブに入るぐらいだから、少し…心方面が病んでたリするのかなぁ…


「今度…機会がありましたら、まどかちゃんにも紹介します」


「―えッ!?い、いやぁ~……私はちょっと…」


「……まどかちゃんとも、仲良くなれます」


「そ、そう?」

う゛~…オカルト系は苦手なんだけど…


「…運命に、そう描かれているのです」


「…は?運命?」

また言い出したよ、姉さんは…


「はい。不思議な事に……まどかちゃんと、大変仲良くなれると……」


「ふ、ふ~ん…」


「…マブダチ」


「…は?」


「…マブダチ」

姉さんはクスクスと、無表情に笑った。


今日の姉さんは…

何時にも増して、テンションが高いと言うか……心の調子がおかしくなってる。

でも、それも少し分かるような気がする。

ずっと独りぼっちだった姉さんに、初めて出来た友達…

どんな人か分からないけど、願わくば……ずっと友達でいてくれますように……




★喜連川まどか/4月14日(木)



自宅でのトレーニングを終え、シャワーを浴びた後、自室で髪を梳かしていると、スマホから軽快な着信メロディが鳴り響いた。

着信番号を見ると、葉室優貴…優と呼んで可愛がっている後輩からだ。


こんな時間に、また泣き言かしら?

そんな事を思いながら、可愛い後輩からの電話に出る。

「もしもし、どうしたの優?」


『あ、まどかさんッ』

彼女の声は弾んでいた。

『ききき聞いて下さい、まどかさんッ』


「き、聞いてるわよ。少し落ち付きなさいって」

こんなにテンションが高い優貴は、珍しい。

何があったのだろう?


『じ、実はですねぇ……ついに、ついにTEP同好会に新しい人が入ったんです♪』


「へ、へぇ~…」

なるほど、優貴がいつにも増して元気なワケだ。

あれほど、『誰も入ってくれないんです、どうしてでしょうか…』と悩んでいたんだから、そりゃ嬉しいわねぇ…

「良かったじゃない、優」


『は、はいッ!!凄く良かったです』


「…で、どんなひとなの?新しい部員って……」


『変な人ですッ♪』


お、おいおい…

「へ、変なひと?」


『はい♪学園で……知らない人はいない程の有名人で……私も最初は、怖い人だと思っていましたけど……でも、とても良い人なんですッ。時々、変な事を言い出して困ってしまいますが……でも、本当に良い人なんです』


「そ、そうなんだ…」

ぜ、全然分からないや…どんななんだろう?


『神代先輩は、格闘技の経験は無いって言ってましたけど、素質は充分ですッ。近い将来、戦力になると思うんです』


「…神代……先輩?」


『あ、まだ言ってなかったですね。え~と…新しく入ってくれた人は、一つ上の先輩なんです。二年生です』


「あ、そうなんだ。その、私と同じ歳なんだ…」


『そうです♪』


「ふ~ん…」

なるほど…

優貴の言う通り、良い人なのかもねぇ…

だって入学したばかりの優貴が創ったクラブに、わざわざ入ってくれる年上なんて、滅多にいないモンねぇ…


『で、その神代先輩のことなんですけど……まどかさんから、お姉さんの喜連川先輩に、ありがとう御座いましたって、伝えてくれますか?』


「へ?姉さんに?」


『はい。実は神代先輩……喜連川先輩のオカルト研究会に入っているんです。それであの……私が無理を言って、掛け持ちにしてもらったんです』


「あ、なるほど…」

そうなんだ…

そう言えば姉さんも、初めて友達が出来て、しかもクラブへ入ってくれたって喜んでいたけど…

その神代って言うの事だったのか…

……道理で優貴が「変な人」って言う筈だわ。

何せ姉さんのクラブにも入っているんだからねぇ…


「…分かったわ優。姉さんには伝えておくわ」


『はい♪ありがとう御座います』


「でも、その神代って言う、ちょっと興味があるわねぇ…」


『興味……ですか?』


「だって、姉さんのあのクラブに入って、優貴のクラブにも入ってくれたんでしょ?やっぱり、どんなひとなのか、気になるじゃない」


『良い人です。頼もしいです』


「うん、それは分かったから……そうだ、今度ヒマを見つけて、練習を覗きに行くわ」


『ほ、本当ですかッ?う、嬉しいですッ』


「あははは……大袈裟だなぁ、優は」


それから少し、優貴とエクストリームの話をして、電話を切った。

それにしても、神代先輩ねぇ…

一体、どんな女の子なんだろう?

姉さんに聞けば手っ取り早いんだけど、それだと楽しみがなくなっちゃうし…

・・・

そうだ、今度の土曜日にでも……こっそり、姉さんの学校へ行ってみようかな。









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