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俺様日記  作者: 清野詠一
11/39

日々是不穏




★4月13日(水)



いつものように穂波と共に登校し、いつものように智香を交え馬鹿話をし、そしていつものように委員長に軽やかに無視されて迎えたお昼休み。

俺は昨日に引き続き、先輩と共に中庭の一角にあるベンチに腰掛け、昼食を摂っていた。

空はこれでもかと言うぐらいに澄渡っており、少し乾いた爽やかな風が心地よい。


「あふぅぅぅ…にしても、何だか先輩の名前のように長閑ですねぇ」

俺は購買で買ってきたイチゴ牛乳を飲み干し、空を仰いだ。

不思議と、このベンチのある中庭だけ、まるで時の流れが遅いような……そんな気さえする。


「…静かです」

先輩はゆっくりゆっくりと…良く言えばちゃんと咀嚼して、悪く言えばネズミを飲み込もうとする蛇の如き遅さで、お弁当を食べていた。

俺がパンを3つ食べ終わったにも関わらず、彼女の手の平に納まるぐらいの小さなお弁当箱の中身は、まだ3分の1も減っていない。

彼女のこのスローモーさが、時の流れに何か影響を与えているのかもしれない…

ふと、そんな事を思った。


まぁ、先輩らしいと言えばそれまでだけど…

彼女も時には、慌てたりとか急いだりとか…そーゆー事があるのだろうか?

・・・・

どうにも想像出来ない。

なんちゅうか…

例え目の前に、今にも死にそうな顔をした怪我人がおり、それが助けを求めて来たとしても…

先輩は牛歩戦術さながらに対処するのではなかろうか?


「…あふぅ」

しかし、ホンマに今日は平和だなぁ…


「……洸一之さん、お疲れ?」


「へ?」


「…お疲れ?」


「え、えぇ…まぁ、疲れたと言うか、実はちょいと寝不足でして…」

昨日の夜は、あまり寝ていないのだ。

理由としては、

①昼間に寝過ぎた。

②酒井さんなどの事がトラウマになって寝つけれなかった。

③好奇心を刺激するネットサイト(エロ)に嵌っていた。

等が挙げられる。


「寝不足…」


「そうなんですよぅ。それに加えて陽気が良いもんだから、もう眠くて眠くて…あふぅぅぅぅ…と、また欠伸が」


「…寝不足は万病の元です」

先輩はそう言うと、お弁当箱をそっとベンチの脇に置き、スカートのポケットをゴソゴソとまさぐると、

「…洸一さん、これを」

小さな茶色の瓶を一つ取り出し、俺に手渡した。


「な、なんですかこれ?」

親指サイズの小瓶だ。

中には何やら液体が入っているみたいだが…ラベルは何も貼っていない。


「…肉体疲労時の栄養補給、及び睡眠不足を解消する為のお薬…」


「要はドリンク剤の事ですね?」


「……です」


「ふ~ん…」

俺はそれを空に翳し、しげしげと見つめた。

よもや生粋のお嬢様、即ち貴族階級であるのどかさんが、このような肉体労働階級に必要なドリンク剤を所持しているとは……思いも寄らなかった。

多分、上流社会にも、それなりに疲れる事がたくさんあるのだろう。

特にのどかさんなんか、一日の行動スケジュールがビッシリと埋まっていそうだし…


「洸一さん。どうぞ…」


「良いんですか?では遠慮なく」

小瓶のキャップを外し、俺は一気に飲み干す。

「………うげぇぇぇぇ」

凄い味がした。

初めて味わう未知の味だ。

なんちゅうか…

こう、苦いと言うか…舌に突き刺さると言うか、アンモニア臭が漂うと言うか…

ぶっちゃけ、ウンチョを水に溶かしたらこんな味になるだろう、と言う感じだ。

いや、ウンチョを食した事はないから良く分からないが…

ともかく、味といいドロリとした舌触りといい……あまり万人向けのドリンクではないようだ。


「の、のどか先輩。なんかこれ、すっげぇー不味い……と言うか、人類の感じる味覚の範疇を大幅に逸脱してるんですけど…これ、どのメーカーの薬なんです?」


「…ハンドメイド」


「はんどめいど?」

そんな薬品メーカー……あったか?


「…手作りです」


「――ブッ!?て、手作りッ!?せ、先輩が…作ったんですか?」


「…です」

のどかさんはコクリと頷いた。

「…洸一さん。効果はどうですか?」

先輩の目が、キラーンと鈍く光る。

いつものお嬢様オーラ満載ののほほ~んとしたボンヤリ系の瞳ではなく……

これは邪眼だッ。


「せ、先輩。あまり妖しげな物を飲ませないで下さいよぅ」


「……なさけむよう」


「何を言うてるんですか?ってゆーか、原材料は何なんです?物凄く排泄物的な味がしましたけど……ハッ!?」

もしかしてもしかすると…

よもや先輩御自身のアレなのかッ!?

・・・

まさか、そんな馬鹿な…

しかしあの味は紛れもなく…

いやいやいやいや…

そもそも、なんでこんなに俺は興奮してるんだ?

俺様にそんな排他的性癖は無い筈だッ!!

がしかし、この胸の高鳴りは…

ドキドキが止まらないッ!!


「…って言うか先輩。さっきから、心臓がバックンバックンって物凄く鼓動してるんですけど…」


「…成功」


「あ、成功ですか。でも、何だか目の前がぐるぐる回って……景色がぼやけてきたんですけどぅ」


「……失敗」


「―早ッ!?しかもそんなアッサリ言わなくても…って、あれれれ?目が…回る?ひ、光が………ここはヘブンッ!!?」

俺の意識はそこで、電源が切れたTVさながらにプッツリと途絶えたのだった。



回る…

真っ白な世界が、何だかグルグルと回っている…


「―――ッ!?」

突如として意識が覚醒した俺は、ガバッと勢い良く半身を起こす。

白いカーテンに、清潔なベッド…そして漂う消毒液に匂い…

「ここは…保健室?」


「キーーーーッ」


「そっか…って酒井さんッ!?」

枕元には、あの市松人形が鎮座ましましていた。

物凄く心臓に悪い寝起きだ。

初見なら、確実に昇天していたであろう。

「ま、全く…のどか先輩が置いたのかな?それとも自分でやって来たとか…」

俺は恐る恐る酒井さんを抱き、それを保健室の薬品棚の中に放り込んだ。

酒井さんは『キィーッ』と奇声を発しながら、棚の中で暴れている。


「しっかし、何故に俺は保健室に…」

・・・・・

「って、あのまま気絶したのか」

よもやのどかさんに、あーゆー妙な…いや、危険な趣味があるとは思わなかった。

さすがは魔女と言った所か。

錬金術的な事もお得意のようだ。

取り敢えず、あの人の作った薬には注意する、と脳内に最新トピックとして書き込んでおくとして…

今、何時だ?


壁に掛かった時計に目をやると、ちょうど『キーンコーンカーンコーン』と、終業を告げるチャイムの音が鳴り響いた。


「やれやれ…結局、午後の授業は全部サボりかよ」

・・・・

ま、寝不足は解消されたから、結果オーライと言った所かな。



教室に戻った俺は、鞄を抱え、廊下をブラブラと歩いていた。

本日のオカルト研究会は、無し。

のどかさんは所用があると、酒井さんが教えてくれたのだ。

あの人の用事と言うのに、物凄く不安を覚えるが…


「……ん?」

下駄箱で靴に履き替え、そのまま帰ろうとするが…何やら校門付近が騒がしい。

何事かと思って見渡してみたら、一人の小柄な女の子が、何やら校門の脇で熱弁を奮っているではないか。


「なんじゃろう?」

好奇心をそそられた俺は、当然の如く、立ち止まってそれを聞いてみる。


その女の子は、新入生のようだった。

ベリーショートよりも更にベリーな……もしかして尼寺にでも入っていたのか?と言う髪型をした女の子だ。

セーラー服を着ているから女子だと判別できたが…学ランを着込んでいたら、間違いなく美少年と勘違いしたであろう。

ってゆーか、どこかで見た顔だなぁ…

と思っていたら、彼女は以前、真咲に因縁を付けられたり本屋の親父を病院送りにしたりと、ちょいとアレな女の子だった。

まさか同じ学園にいるとは…とんだ偶然だ。


ふむぅ、しかしTEPねぇ…

彼女はTEPなる、まるでウルトラ警備隊のような名を持つ新興格闘技の素晴らしさ、アーンド偉大さを、額に汗して訴えていた。

あまつさえ、同好会を作るから是非入ってくれとも言っていた。

何だか良く分からんが、その熱心さだけは火傷するほど俺の心にビシビシと伝わってくる。

むしろ格闘技がどうとかじゃなくて、弁論部へ入るべきだとも思うが……


なるほど…

自分で部を作ろうと思ってしまうほど、のめり込めるとは……

いやはや、これぞ青春じゃねぇーか。

怪しさ爆発のオカルト研究会に所属している俺様としては、何とも眩しい部活動に感じてしまう。


俺はその女の子の熱心さに打たれ、黙って話しを聞いているが…

中には、

『格闘技?そんなの嫌だよねぇ』

『汗臭そう…』

『そもそもTEPってなに?新しい貿易協定?』

等と、これ見よがしに馬鹿にしている輩もいる。


もちろん、学園で一番偉大であり、秩序の申し子と言われた俺様としては、そんな馬鹿どもを一睨みし、

「やりもしないクセに文句を言う程、貴様らは大人なのか?あぁん?」

と凄んでやるのを忘れない。


全く…

好きとか嫌いとかそーゆー前に、目の前で女の子が一所懸命に主張しているのだ。

宗教とセールス以外、それを黙って聞いてやるのが漢と言うものなのだ。

・・・・

文句を言っていたのは女どもだったが…


「とと、と言うワケでTEP…トータルエクリプスは、可能性を秘めた総合格闘技なんですッ!!」

話しを締めくくった彼女は、額の汗を手の甲で拭い、キラッキラッと期待に満ちた瞳で俺を見つめてきた。

「あのぅ…分かっていただけましたか?」


「――えッ!?お、俺?」

何故に俺に問う?

ハッキリ言って、熱心さ以外、何も分からない。

って言うか、どうして俺だけをジッと見つめているのだ?

ステキ過ぎるからか?


「ぬぅ…」

少し不安になって辺りを見渡すと…

彼女の前には、何故だか俺だけしかいなかった。

他の生徒達は、何時の間にやら消えてしまっている。

ぐむぅ…逃げ遅れた。


「あのぅ…どうでしたか、私の話しは?」


「い、いや…まぁ…素晴らしかったぞよ。TEPとやらの偉大さが、ヒシヒシと伝わって来たわい」

…多分だけど。


「あ、ありがとう御座いますッ!!」

彼女はバッと大きく頭を下げた。

「あ、私…1年の葉室優貴はむろゆうきと言いますッ!!」


「な、なるほど…優貴…優ちゃんね。俺は2年の…」


「あ、その…先輩の事は知っています。2年生の…神代先輩…ですよね?」


「…なんで知ってんの?」

何度か見掛けたことはあるけど、名乗った憶えはないぞ?

やはり俺がステキ過ぎるからか?


「え?そ、それはそのぅ…」

彼女は少しだけ言い淀むと、どこかバツが悪そうな表情で、

「え~と…その…学校が始まった時に担任の先生が……その……危険人物だから近付くなって、クラスのみんなに色々と話しを…」


「……担任の先生の名は?」


「え?あの…猫柳先生ですけど…」


……お仕置き決定。

クク、どうしてくれようかのぅ……

ここは一つ、のどかさんに頼んで、キッツイ呪いでも掛けてもらおうかのぅ…


「あ、あのぅ…私は全ッ然、そんなの気にしてないですッ!!」


「あ、そうなんだ…そりゃどうも」

うぅ~む、優ちゃん、良い子じゃねぇーか…


「そ、それで先輩。是非、私のTEP同好会に…」


「え?い、いやぁ…それはちょっと…」

熱意も分かるし、彼女が良い子なのも分かるけど…入部となると、話は別だ。

ただでさえ俺はオカルト関係で手一杯なのに…

しかも格闘技だろ?

・・・・

生憎と俺のステータスには、汗と涙と根性の三項目は存在してないんだよねぇ…

何より、痛いのは勘弁だぜ。


「わ、悪ィけど…余所を当ってくれィ。僕チンには務まりそうにないからな」

俺はサッと踵を返す。

スマンなぁ、一年生。

何とかしてやりたいけど、中途半端にやっちまうと、迷惑を掛けちまうから…


「ま、待って下さい先輩ッ!!」


「うん?」

振り返ると、彼女は必死の面持ちで俺を見つめていた。

「わ、私の話を最後まで聞いてくれたのは先輩だけなんですッ!!だからせめて……け、見学だけでも…」


「――見学ッ!?」

つい一昨日のトラウマが甦る。

「い、いやぁ~……見学しに行くと、何だかそのまま強制的に入ってしまうような気がするから……スマンッ!!」

俺はもう一度踵を返し、そのままダッシュで立ち去ろうとするが、

――ガンッ!!!!!

不意に後頭部に鋭い衝撃を感じると同時に、目の前が真っ暗になったのだった。



うぅ~ん…

――バンバンッ…バンッ!!

うぅ~ん…

――バババババンッ、バンッ!!!

…ぬぅ…あ、頭が痛ぇ……

――バンッ!!


…って、なんの音だ?

段々と意識が覚醒してきた俺は、ゆっくりと瞼を開ける。

景色はぼやけていた。

ぬぅ…

頭を数回振り、更に意識を覚醒させると…

「ここは……どこ?」

茜色に染まった空の下、緑生い茂る林の中に、俺はいた。

目の前には、バスンッ!!と鈍い音を立てて揺れる黒い物体……

あれはもしかして、ボクシングジムなどで見掛けるサンドバックと言う奴か?


「う~…」

俺はゆっくりと立ち上がった。

何故だか後頭部がズキズキと痛むが…


「あ、先輩……気が付きましたか?」


「へ?」

顔を上げると、サンドバッグの向うから、あの葉室優貴チャンなる新入生が、ひょいと顔を出した。

真新しい体操着に身を包み、額にはキラキラッと汗を光らせている。


「え~~と…」


「先輩ッ!!取り敢えず、そこで座って見ていて下さい」

優ちゃんはニッコニッコと、何だかこっちまで嬉しくなってしまうような眩しい笑顔でそう言うと、再びサンドバッグを叩き始めた。


「う、うむ」

俺はワケが分からず、取り敢えずその場にしゃがみ込んだ。


――バンッ!!バンバンッ!!

鈍い音と共に、木の枝に吊るされたサンドバッグがギシギシと揺れる。

「先輩ッ!!これが右回し蹴りですッ!!」


「うん…」

力強くサンドバッグを蹴り上げる葵ちゃん。

彼女は小柄だが、スピードはもとより、パワーもかなりありそうだ。


「先輩ッ!!次は右からのコンビネーションですッ!!」

―――バンバンバンッ!!バンッ!!!


「う、うん…」

優ちゃんは…スリムなんだなぁ。

胸の辺りがかなりペッタンコだし…お尻も小さいし…髪型と相俟って、やっぱ少年みたいだなぁ…

なんちゅうか、少し…ほんの少しだけ、少年を愛でる豪太郎の気持ちが分かってしまったぞよ。


「そしてこれが二段蹴りです」

――バン……バンッ!!


…しかし…やっぱブルマ姿は良いよねぇ…

他の学校だと既に絶滅してるんじゃが、ウチの学校はこの伝統だけは守り通しているんだよなぁ…

先人の努力に敬意を払うぜ。

「ってゆーか、俺は一体何をしてるんだ?」


――バンバンッッ!!!

「な、なにって…先輩は見学してるんですよ」

優ちゃんは微かに息を切らせ、首を傾げながら俺を見つめる。


「け、見学ッ!?」

え?なんで?


「どうしたんですか、先輩?」


「いや、その……そもそも、ここは何処だ?」


「え?あのぅ…学校の裏山ですけど…」


「裏山?神社のある、裏山なのか?」

辺りを注意深く見渡すと……確かに、神社本庁も既に見捨てたような朽ち果てた社もあるし、告白すると想いが叶うと言う伝説の木もある。

その伝説を広めたのは智香の馬鹿で、信憑性は思いっきりゼロなんだが…

「なるほど。で、俺はどうやってここまで来たんだ?」


「え?それは私が担いで…」


「き、君が?」

益々ワケが分からない。

「俺、その辺りの記憶がデリートされているんですけど…」

もしかして、アブダクトされた?


「あ、それは先輩が気絶していたからですよ」

優ちゃんはニコッと笑顔で言うと、再びサンドバッグを叩き始める。


「気絶?なんで気絶なんか?」


「見学してもらう為です」

――バンバンバンッ!!

「非常手段です」


何を言うてるんだ、この娘は?

「あの……もしかして……君が俺を気絶させたのか?」

俺はズキズキと痛む後頭部に手を当てながら尋ねると、彼女はキュッと唇を噛み締め、

「……すみません」


「お、おいおい……」

さすがの俺様も、二の句が続けられなかった。

いくら見学してもらいたいからと言って、ブン殴って拉致してくるのは些かどうかと…

さすがの俺様でも、そこまではしないぞ。

…穂波ならするかもしれんが…


「ほ、本当にすみませんッ!!」


「あ、あのなぁ…いくら温厚な俺でも、さすがにちょっと怒れちゃうと言うか、実はかなりムカついてるんだが…」

―――ドガンッ!!!

サンドバッグが、彼女に近付こうとした俺の目の前で、いきなり吹っ飛んだかのように縦に持ち上がった。

人知を超えた凄いパワーだ。

あれがもし人体相手だったに日には…


「ご、ごめんなさい、先輩」

優ちゃんは真剣な…と言うか切羽詰った表情で頭を下げた。


「……いや、分かれば良いんデス」

俺の下腹部を尿意が襲っている。


「ど、どうしても先輩に見て欲しくって…」

―――ドガンッ!!


ス、スゲェパンチだねぇ…

あんなのをまともに食らえば、暫らくはお粥しか食えなくなるねぇ…

「そ、そうなのかぁ。でも、どうしてボクなんでしょうか?」


―――バンバンッ……ドゴンッ!!

「…私、高校に入ったらTEP同好会を作ろうと思っていたんです」

――バンバンッ!!


「う、うん…」


「だけど……入学してからずっと勧誘していたんですけど……誰も入ってくれなくて…」

――ドゴンッ!!

「先輩だけなんですッ!!私の話しを最後まで聞いてくれたのはッ!!」


「…そっか」


「お願いします先輩ッ!!どうか……どうかTEP同好会に入ってくださいッ!!」


「えッ!?い、いや…いきなりそんな事を言われても…」


―――ドゴンッ!!!

吊るされたサンドバッグが、目の前で360度回転した。

断わったらこんな風になりますよ、と言った具合に。


「お、お願いします先輩ッ!!」


「…し、しかし…」

―――ドゴンッ!!!

「は、入りたいの山々だけど、ボク……実はオカルト研究会に属してるんデスヨ」


「大丈夫ですッ!!掛け持ちOKですッ!!」


「いや、それは君が言うことではなくて…」

―――ドゴンッ!!!!

「そそ、そうかぁ……掛け持ちOKなのかぁ」


「ハイッ!!」


「う~む、でもなぁ…」

オカルト研究会は、ファミリーなのだ。

絆で結ばれし、兄弟なのだ。

マフィアチックなのだ。

裏切ったりしたら、恐るべき粛正が待っているかも…

・・・・

・・・・

「よし、ではこうしよう優ちゃん」


「な、なんでしょうか?」


「君から、ちゃんと話すんだ。オカルト研究会の代表であらせられる魔女様に、掛け持ちの許可を貰うんだ。もしもOKが出たら……俺は君のTEP闘技同好会に入ってやろう」


「ほ、本当ですか先輩ッ?」


「あぁ、武士に二言はないッ!!」

そもそも武士じゃねぇーしな。


「わ、分かりました。ちゃんと許可を貰いますッ」

優ちゃんは力強く頷いた。


ぬぅ…

ちょいと心が痛む。

少し姑息だったかな、と思う。

おそらく、のどかさんは…許可する事は無いだろう。

良く分からんが、そんな気がする。

優ちゃんはその時、どーゆー態度に出るのだろうか?

そしてのどかさんは、どうするのか?

・・・・

格闘家モンク)VS魔法使い(ウィザード)…

凄いカードだ。

ちょいとドキドキしますぞ。



★4月14日(木)



「あふぅ…」

学校に行きがてら、俺は何度目かの大欠伸を零していると、

「洸一っちゃん。どうしたの?最近、眠そうだね?」

と、穂波が心配気な表情で尋ねてきた。


「疲れが溜まってるんだよ……あふぅ」


「…あ、そうか。洸一っちゃんも年頃だもんね。それに春だし……ついつい夜更かししちゃうもんね」


「…なに脳内で勝手に補完してるんだ、お前は?」

俺は穂波の頭を軽く小突いた。

「最近よぅ…色々とあるんだよ」


「色々?」


「あぁ。なにせ俺は人気者だからな」

ニヒルな笑顔を零し、大きく溜息を吐く俺。

と、坂の上から『せんぱ~い』と元気な声が響いてきた。


この声は…

「優チャンか」

昨日知り合ったばかりの格闘大好きボーイッシュな少女は、ブンブンと細いけど凶器のような腕を振り上げながら駆け寄って来ると、

「せ、先輩ッ。おはようございますッ!!」

はちきれんばかりの元気な挨拶。

見ているこっちも嬉しくなる。


「おうっ、おはようッ!!!」

それまでの疲れは何処へやら、俺も闊達な挨拶を返した。

なんちゅうか、新鮮だ。

実に新鮮だ。

部活動の経験の無い俺にとって、こう……体育会系の先輩後輩なノリと言うものを、初めて体験しているわけなんだが……

何か体の奥底から、無尽蔵に力が湧いてくるような気がする。

これが青春パワーというヤツなんだろうか?


「優ちゃんは、朝から元気一杯だねぇ」


「はいっ!!えと……私、それしか取り柄がありませんから」

少し照れたように彼女は笑う。

優ちゃんの笑顔は、まるで向日葵のようだ。


「いや、そんな事はないだろう。優ちゃんには、格闘技って言う立派な取り柄があるじゃないか」

俺はグワッハッハッと笑いながら、彼女の肩をポンポンと叩いていると、

「…洸一っちゃん?」

置いてけぼりを食らっていた穂波が、俺の制服の裾をクイッと引っ張ってきた。

「え~と……誰?」


「あ、彼女は…葉室優貴チャンだ。ピカピカの一年生だ」


「へぇ…一年生かぁ」

穂波はニコニコッと、笑顔で優ちゃんを見つめた。

穂波の笑顔は、まるでラフレシアの花のように、少しおっかない。


「あ、私は榊穂波。洸一っちゃんの幼馴染なの」


「は、葉室優貴です。榊先輩ッ」


「うん、よろしくね♪」

穂波は天使のような微笑を優ちゃんに返し、

「洸一っちゃん。ちょっとこっちへ…」

悪魔のような声で俺に囁いた。


「な、なんだよぅ…」

俺は優ちゃんから離れ、穂波に引きずられるようにして通学路脇の路地に入った。


「……誰?」

低い声。


「だ、誰って……葉室の優貴ちゃんだけど?」


「どーゆーこと?先輩とか言ってたけど……え?なに?洸一っちゃん、もしかしてあーゆーのが好み?」


「………は?」


「そっか……洸一っちゃんは、あーゆーツルぺタ風味の童女が好みなのかぁ…」


「も、もしもし穂波さん?何を言っているのか、分かるように説明してくれると有り難いんですが…」


「お黙りッ!!このハードロリータッ!!」

僕の知らない何者かと、穂波の精神がリンクした。

「入学したての右も左も分からない小娘に先輩って呼ばせるなんて…洸一っちゃんはカサノバだよッ!!青い青春だよッ!!」


「…全然分からないんですけど」


「どうして?どこでどうやって知り合ったの?ちゃんと説明して?説明してくれないと………この場で生爪剥すよ?」


「説明させていただきますッ」

ビシッと姿勢正しく、俺は昨日の出来事をこと細かく話す。

「…と言うワケでさぁ。まだ決ったワケじゃないけど……俺、TEP同好会に勧誘されているんだよねぇ……ハッハッハ」


「…何が可笑しいの?」


「すみません大佐ッ」


「全く…」

穂波はンフゥ~とこれ見よがしな溜息を吐いた。

そして俺を嫌な目付きで睨み付けながら、

「で、何でキッパリと断わらないの?」


「え?だってそれは……その……」


「洸一っちゃん。もしかして、そのTEP同好会とやらに入る気なの?汗臭い青春を謳歌してやろうかと企んでるの?」


「べ、別に入ると言うか…まぁ…のどか先輩が良いよ、と言ったら、取り敢えずはやってみようかなぁと…」


「…なんでッ!!」


「な、何故にとキレられてもなぁ。別に体を動かす事は嫌いじゃねぇーし……それにさ、彼女は独りなんだよ。誰も同好会に入ってくれなくてさ、独りぼっちなんだよ。そんな時に俺と出会って……頼ってくれてるんだよ。ジェントルメェンな俺としては、見捨てる事は出来ない」


「洸一っチャンじゃ無理さ!!はんッ!!」

穂波は大きく天に向かって腕を振り上げ、小馬鹿にしたように頭を振る。

どうやらまた別の、僕の知らない何かとチャネリングしたようだ。

「洸一っちゃん…分かってるの?格闘技だよ?闘いなんだよ?」


「そ、それがどうした?」


「ハッキリ言いましょう。貴方では無理です」


「…だから、誰なんだお前は?」


「洸一っちゃんは、格闘技に向いてないよぅ」


「そ、そうか?こう見えても、巷では喧嘩100段の男と恐れられているんじゃが…」


「だって洸一っちゃん。根性無しだモン」


「ぐ…め、面と向かって失礼な事を……そもそも俺は」

と言い掛けた瞬間、パンッと音を立てて、穂波の手の平が俺の頬を襲った。


「い、痛ぇッ!?な、なにさらすんじゃ…」

――パンッ!!

「ハゥァッ!?」

――パンパンッ!!

「ハゥハゥッ!?」


「…ほら、洸一っちゃんは根性無しだし……クスクス」


「う、うん。ボク、根性ナイカモ…」



お昼休み、手早く昼食を済ませた俺は、優チャンと廊下で待ち合わせていた。


「せ、せんぱ~い♪」

トテトテトテと、息を切らして彼女が駆け寄って来る。


「よぅ優ちゃん。飯、食ったか?」


「は、はいッ」


「良し。では……行こうか」


「は、はいッ!!」


彼女と連れ立って、俺は廊下を歩く。

向かう先は、言わずと知れた学園の裏の支配者であらせられる……と思う、のどかさんの所だ。

そこで優ちゃんは、俺が部を掛け持ちしても良いかどうか、のどかさんに問うのだ。

つまりはバトル……しかもいきなりボス戦なのだ。


ちょっと心が重いけどなぁ…

俺としてみれば…出来れば優ちゃんの力になっても良いと思ってる。

こんな俺でも、頼ってくれているのだ。

少しは男気を見せてやりたいと思ってる。

しかしながら…俺は既に、オカルト研究会と言うファミリーに組み込まれてしまっている。

だから勝手に、彼女に協力する事は出来ないのだ。

・・・・

なんとな~くだが、良くない予感がする。

オカルト研究会のシステムがどう言うものかまだ分からないけど、『掛け持ちOK。ただしリンチ付き』って事はなかろうな?


「ところで先輩。私達、どこへ向かってるんですか?」


「中庭だ」


「中庭……ですか?」


「この時間、だいたい先輩とは……そこでエンカウントする。…と思う」


「あ、そうなんですか」

優チャンは何故か感心したように、何度も頷いた。


「…なぁ優ちゃん。もしも……もしもさ、先輩がダメって言っても落ち込むなよ?俺、ヒマを見つけてコッソリ参加してやるからさぁ」

上履きから靴に履き替えながらそう言うと、彼女はニコニコッと何の心配もしていない笑顔で、

「大丈夫ですよ先輩。その…喜連川先輩は、分かってくれます」


「そ、そっか…」

うぬぅ…

俺、のどかさんと出会ってまだ日も浅いけど…

あの人、変な所で融通が利かない所があるような気がするんだけどなぁ。

・・・

自分から言い出した事だけど…いざとなったら、俺からも頼んでみるか。





「さて、と…」

俺は優チャンと共に、ポカポカ陽気の中庭を散策。

あちら此方に設けられたベンチでは、一般ピープルな生徒達…

ゲームで言う所の立ち絵すらないキャラクター達が、楽しげに昼食を摂っている。


「さてさて、のどか先輩はいるかなぁ…」

と、中庭をグルリと見渡すと………居た。

いつものベンチで、いつものように不思議なオーラを身に纏い、まるで光合成でも行っているかの如く微動だにせずに腰掛けている、のどかさんがそこには居た。


「優ちゃん。彼女がこの学園の裏の裏、表の人間が誰も知らない真の支配者であり、最強の魔女ッ娘でもある、のどかお嬢様だ」


「は…はいッ」


「良し。では…行って来い」

俺は優ちゃんの肩を軽く叩いた。


「い、行って来ますッ」

優ちゃんは力強く頷くと、一歩、また一歩と、まるで未知の怪生物を発見した探検隊のような足取りで、のどかさんの元へと近付いて行く。

俺はただ、それを黙って見守るだけだ。


が、頑張れよ優ちゃん…

何を頑張るのかは全然分からんけど…

ともかく、頑張れ。


と、優ちゃんがのどかさんの前に立った。

・・・・

のどかさんは相変わらず、死んじゃってるかのように微動だにしない。

・・・・

そして優ちゃんはと言うと……何やら身振り手振りを交え、熱心に話し掛けているようだ。

何を話しているのかは、残念ながらここまでは聞こえてこない。

でも万が一…

『き、喜連川先輩。実はその…神代先輩をTEP同好会に入れても良いですか?』

『…』(フルフル)

『か、掛け持ちで良いんですッ。神代先輩を是非ともTEP同好会に…』

『…死になさい』

とか言う会話をしていたらどうしよう?

うぅ~む、怖い。

あながち有りそうなだけ、余計に怖い。


やっぱ俺も、少しは何か言った方が良いかも…

そんな事を考えながら、俺はゆっくりと、彼女達に近付く事にした。

とにかく、何事か起こったら…

のどかさんが魔法とか詠唱し始めたら…

その時は尻捲って逃げよう。

やっぱ自分の命が一番大事だしね。



俺は彼女達の元へ、ゆっくりゆっくりと近付いて行った。

何を話し込んでいるのかは謎だが、まだ負のオーラは感じられない。

むしろ不思議な事に、和気藹々と言った感じすらする。


うぅ~む……

もしかして優ちゃんは、年上の人に上手く取入る事が出来る、と言う特殊なスキルでも所持しているのだろうか?

だとしたら、中々に侮れませんなぁ…


と、そんな事を俺が思っていると、

「あ、せんぱ~い♪」

ブンブンと手を振り、俺に気付いた優ちゃんが駆け寄ってきた。

「せ、先輩ッ!!先輩は今日から、TEP同好会の一員ですッ!!」


「うぇッ!?マジ?え?なんでッ!?」


「へ?なんでと言われても……喜連川先輩が良いですよって…」


お、おいおいおい…

そんなにアッサリと、話しがついちまったのかよ。

ンな馬鹿な…

俺は狐に化かされたような面持ちで、のどかさんの元へと行くと、

「…洸一さん。こんにちは」

彼女はいつものようにマイペースだった。


「はい、こんにちは。…って、そーじゃなくてッ」


「??」


「のどか先輩。俺、本当に優ちゃんの部と掛け持ちしても良いんですか?」


「…」(コクン)


「…本当の本当に?」


「…」(コクンコクン)


「そ、そうですかぁ」

何だか凄く淡泊だなぁ…


俺は些か腑に落ちないモノがあったが、それでも笑顔で優ちゃんに振り返ると、

「…と、言うワケで……ま、これから宜しく頼むぜ」


「は、はいッ」

優ちゃんはニッコニッコと、見ているこっちまでも嬉しくなるような笑みを咲かせた。


格闘技なんて習った事はないけど…

こんなに元気で気持ちの良い笑顔が見られるのなら、少しぐらい苦労したって構わないと思う。

ま、俺は自分で言うのもなんだけど……出来る男だからな。

TEPとやらだって、その内ちょちょいのちょいって具合にマスター出来るかもねッ!!


「にしてものどか先輩。良く掛け持ちOKの許可を出してくれましたねぇ。いや、別に深い意味は無いんですが………俺、オカルト研究会は、もっと規則とか厳しいと思っていたモンで…」

俺がそう問い掛けると、のどかさんは無表情ながらも、どこか笑みを宿した瞳で、

「普通は……ダメです」


「あ、やっぱり」


「はい。オカルト研究会は、古の契約によって結ばれたファミリーですから……本当は、掛け持ちなんてもっての他です。裏切り者には血の粛正を…服従せし者には呪いを…それが規則なんです」


「…なるほど」

い、嫌な規則だな、おい。


「ですが……葉室さんは特別です」


「特別?優ちゃんが…特別?」

何がだろう?

小さくて少年みたいだからか?

・・・・

のどかさん、ショタ気質?


「彼女は…まどかちゃんのお友達です。だから少しぐらいは、無理を聞きます」


「まどかちゃんの友達…」

なるほど、それでかぁ…

うむ、納得したわい。

・・・・

・・・・

って、まどかちゃんって誰だよッ!?

初耳だよそんな奴ッ!!


「あ、あのぅ……つかぬ事をお尋ねしますが、まどかちゃんって……誰です?もしかしてもしかすると、酒井さんと同じ属性の物体か何かですか?」


「…?まどかちゃんは、私の妹です」


「――妹ッ!?」

俺は驚き、仰け反った。

「の、のどか先輩。い、妹さんがいらしたんですかぁ。てっきり俺は、一人っ子かと思っていましたが……あのぅ……その妹さんって、人間ですよね?生きているヒューマンですよね?」


「…当たり前です。まどかちゃんは、優しくて女らしい、自慢の妹です」


「そ、そうですかぁ。…って、そうなのかい、優ちゃん?」


「はいッ!!」

優ちゃんは力強く頷いた。

そしてキラキラッと瞳を輝かせ、

「まどかさんは、私が世界で一番尊敬する先輩で……目標なんですッ!!」


「も、目標?」


「はいッ!!まどかさんはTEPの最年少、学生チャンピオンで、史上最強の生物なんですッ!!私はまどかさんの強さに憧れて、空手からTEPに転向したんですッ!!」


「な、なんだか知らんけど、凄ぇなぁ…」

格闘技の学生チャンピオンかぁ…

きっと、筋肉モリモリのゴリラみたいな女の子なんだろう。

・・・

あ、でも……のどかさんは、優しくて女らしいとか言っていたぞ?

・・・

・・・

………どんな妹だ?

全く想像がつかんわい。


「…あれ?そー言えば……優ちゃんが先輩って言って、のどか先輩の妹って事は……もしかしてそのまどかって女の子、俺とタメ歳なワケ?」


「あ、そう言えば…そうですね」


「ふ~ん。のどか先輩の妹で優ちゃんの憧れの女の子かぁ。一度見てみたいですなッ。ハッハッハ…」

怖いもの見たさってヤツだね。


「…大丈夫です。近い内に……会う事が出来ます」

のどかさんはポツリと呟いた。

「運命の輪は既に回り始めていると……占いには出ていますから」


「そ、そうなんですか。それは楽しみですなッ!!」



うぅ~む…

しかしよもや優ちゃんとのどかさんの間に、そんな接点があるとは……予想だにしなかったわい。

・・・

運命って言葉は嫌いだけど、これがが必然的な出会いヤツですかのぅ…



放課後、普段なら決してやらない掃除を終え…(何故なら俺は委員長と同じ班なのだ。サボると冷たい怒りに触れそうだから、掃除もちゃんとするのだ。でも結局一言も喋ってくれないのだ)…俺は駆け足で学校の裏山へ向かっていた。

のどかさんの許可も貰ったし、今日から俺は、TEP同好会に参加するのである。

・・・

見習い魔法使いに、見習い格闘家…

つい先月まで考えもしなかったジョブが、いきなり2つも増えてしまった。

末は拳で語る魔法使いにでもなるつもりなのか、俺は?


「しっかし、この裏山の階段って急だよなぁ…」

そうボヤキながら、かつて一年生だった頃、授業をサボってよく昼寝をしていた社の境内に辿り着く。

そこは街の喧騒を離れた、どこか凛とした静寂が広がっていた。

「…いつ来ても、ここはどこか神聖な感じがしますねぇ」

とか言いながら、何度か立ちションをした事がある俺様は、ひょっとして罰当たり野郎ではなかろうか?

「さてさて、それよりも優ちゃんは…」

辺りを見渡し、更に境内の裏手に回ると……彼女はそこにいた。

どこか目に優しい…

と言うか男に優しい学校指定の赤いブルマーを装着した優ちゃんが、んしょんしょと、社の軒下から何やら重そうな黒い物体……サンドバッグを引き摺り出している。


「…よぅ」


「あ、先輩♪」

彼女の満面に、健康そうな笑みが浮かんだ。


先輩、か…

部活動はおろか、元より後輩連中に畏怖されている俺様にとって、『先輩』と言う単語は、実に新鮮な感動をもたらしてくれる。

なんちゅうか、この可愛い後輩の為に、何でもしてやるかッ!!という気持ちになるのだ。

・・・・

ま、格闘技に関しては俺の方が後輩に当るわけなんだが…


「それサンドバッグだろ?どこへ掛けるんだ?」


「え?あ…良いですよ先輩。私が準備しますから、先輩は着替えていて下さい」


「ハッハッハ……優チャン。確かに、歳からすれば俺の方が先輩だけど……こと部活動活においては、俺は今日加わったばかりの新参者だ。そーゆー雑多な事は、新入部員に任せなさい」

俺はポンッと胸を叩き、サンドバッグを肩に担ぐが、

お、重ぇぇぇぇぇぇッ!?

いきなり腰にきた。

膝もガクガクと笑っている。


「だ、大丈夫ですか先輩?」


「あ、あたぼうよッ!!」

もちろん、嘘である。

泣きが入りそうなほど、重い。

よもやサンドバッグとやらが、これほど重い物だとは……予想だにしなかった。


「で、どこへ掛ければ良いのかにゃ?」

平静を装い、俺は優ちゃんに尋ねると、彼女は『あ、そこです』と、太い木の幹を指差す。


ぐっ…高ぇ場所にあるなぁ…

なんて泣き言は言わず、言われた通り俺は、太い木の幹に取り付けられたフックに、重いサンドバッグを吊り下げた。


「良し、準備OKと…」

ハッキリ言って、既にバテバテだ。

練習すらしてないのに、HPは既に半分まで減っている。

大笑いだ。

やっぱ日頃から鍛錬を積まないと、ダメだよなぁ…


それから俺は体操着に着替え、先ずは優ちゃんと共に準備運動。

そして基本的なパンチの打ち方を教わった。

いやはや、サンドバッグがあれほど固い物だとは知らなかった。

少し手首がズキズキと痛む。

にしても……

なんちゅうか、楽しい。

体を動かす快感もあるが、やはり女の子と一緒にスポーツで汗を流すのは、実に新鮮なドキドキ感を俺に与えてくれる。

ま、良く考えたら…

女の子と共に運動するなんて、小学校の時の体育の授業以来だ。

久しく忘れていた、女子の前で何となく格好を付けてしまう、と言う思春期男子特有のアクションが、ごく自然に甦ってしまう。

……その分、肉体的にハードであったが。


その後、優ちゃんはTEPについて色々と語ってくれた。

その内の半分以上は、のどかさんの妹である、まどかと言う名の女の子の事だった。

彼女のことを語る時の優ちゃんは、瞳をキラキラとさせ、まるでスターに憧れる少女のようであった。

一体、まどかとはどんな女の子なのか…

・・・・・

ってゆーか…

良く考えたら、のどかさんは魔女で、そのまどかと言う妹は格闘技チャンピオンだ。

どちらもお嬢様のカテゴリーに入ることを許されないジョブだ。


うぬぅ、恐るべき喜連川の一族。

おそらく数十年後には、喜連川財閥は没落するか世界を征服しているか……そのどちらかであろう。

他人事ながら喜連川家の未来に、ちと不安を覚えるぞ。











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