表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

虫(無私)

作者: 案菜

人生の分岐点を迎える話。

朝、隣に寝ている友人を見たら、虫になっていた。黒い塊と化していた。スウスウと息を吸ったり、吐いたりしている音が聞こえているので、死んでいないことは確かそうである。

どうしてAはこのような状態になってしまったのだろうか。原因が全くわからない。どうやら私は、頭を整理しなければならないのだろう。


ええと。

友人こと友人Aと私は高校生のときに出会い、かれこれ10年来の付き合いである。アラサーになった年に、お互い彼氏も彼女もいないから、ルームシェアを始めた。というのは実は建前で、お互い実家のシガラミから逃れるために始めたのだ。

正規雇用、SNSで報告し合う充実した私生活、友人との男女同士の健全なお付き合い、結婚、出産、子育て、職場復帰エトセトラ。こうした世間が想定しているであろう一般的なアラサーに私たちはなれなかった。なろうともしなかった。家族や友人、ご近所の方からは内心薄らめいた侮蔑を向けられていることを認識しながら生きてきた。正直、しんどい。しんどい毎日だった。言い訳ばかりを考える毎日だった。

とかく世間は世間の思い描く、想定している人生のサイクルに乗ることができない、できなかった人間には冷たいものだ。私とAはそういう世間から冷たくされてしまう人間である。

私たちは、巡り会うべくして巡り合い、一緒に生きている。はぐれ者同士、うまくやれていた。はずだった。

あ。そういえば昨日Aは私に何か報告してから寝たんだった。

私はテーブルに目を向けた。

茶色い線で囲われているA4サイズの用紙が置かれている。手に取って眺めてみるとAとAの長年の友人の名前や住所、本籍が書かれていた。用紙の左上には「婚姻届」という三文字が折り目正しく並んでいる。

「証人の欄に是非記入してもらいたいんだ」

「分かった。今日は疲れちゃったから明日書くね」

そういえば夕べそんな会話をしたぞ。


そっか。分かった。私はもうAのことをAと思えないのだ。

今まではお互い老人ホームに入るまでずっと一緒だねって軽い口約束を交わしていたけれど、私はそれを自分自身の心の印籠に入れて、プライベートや仕事で辛いときがあっても生きる糧として大事に取っておいたのだ。それがこの婚姻届によって、Aの告白によってバラバラにされてしまった。そして、AのことをAと認識したくなくて虫として見てしまっているのだろう。

あーあ。私のエゴで私の感覚が狂っている。苦しい。

目が熱くなる感覚がしたと思ったら、水滴が垂れてきた。泣き虫様が登場だ。

ふとAを見やると、すうすうと可愛らしく息を立てて眠っているいつものAの姿になっていた。いつも通りのAがここにいる。

私は少しホッとした。そしてAが起きる前に署名を書くか、Aが起きた後に署名を書くか考えようと思った。私はコーヒーを飲むためにゴキブリの如く、のたのたと台所へ歩き始めた。


彼女が署名したかどうかは、Aにしか分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ