お兄ちゃんのお話
母親は元天界の人。父親は人間。ペットは大天使と魔王の子供。妹は人に近いけれど、俺は…
普通なようでいて普通でない。突っ込み属性の苦労人お兄ちゃんの物語。
『わたしのお母さんは』の続編です。
そちらから読んでいただかないと意味が分からないかも知れません。
悪しからず
最初に気がつくはずの人が、規格外だと、案外長期間気がつかないものだ。
俺の場合もそうだった。
俺の母は、かつて天界で戦士をしていたらしい。
力を恐れた天界や魔界の王と呼ばれる者達によって、羽を毟られ、ここに落とされるまでは、天界で思うがままに力を揮っていたらしい。
ただ、その力は、天界や魔界でも規格外だったとは、母でさえここに落とされるまで気が付かなかったらしいのは、想定外だったが…
母は、馬鹿じゃなかった。
キチンと反省できる阿呆だったんだ。
俺の力が人間離れしていると、最初に気がついたのは当然父だった。
離乳食の頃までは、母に食べさせてもらっていたから、スプーンが俺の口から出すとねじ切れていても、あらら、スプーンは食べ物じゃないわよ?位で済んでいたらしい。
(それもおかしいという事は置いておく。)
最初の問題は、俺の幼稚園入園が決まった頃に起こった。
父が、プレ入学についてきて、初めて家との違いに驚愕していた。
確かに、父も今まで気が付かなかったとはお気楽な性格にも程があるが、母も母で、俺の食器をいつの間にか天界のユグドラシル木製の頑丈な奴にいつの間にかすり替えていたとは、全くビックリである。
皆と一緒にお茶をもらって、コップを持った瞬間にプラスチックのコップはパコッと見事に割れ、お茶がジャッと塊で落ちてきて俺のスモッグとズボンを濡らした。
先生方は騒然として、「ごめんねぇ!」「コップにヒビでも入ってたのかしら?」「ビックリしたわねぇ!」と、大慌てでフォローしてくれたが、その日は濡れたこともあり、早々に帰宅して、俺と母は父に事情聴取を受けた。
そして、俺と母は、父から厳命を受けた。
曰く、『幼稚園に入りたいのならば、人に擬態しろ!』だそうだ。
入園すると、当然皆一緒に団体行動だ。
それが出来なければ、人間社会では生き辛い。
特に素直な子供の内は、それが余計に顕著だ。
「いい?コップは、ソッと持つの」
「あぃ!」
コツ…バキィ
母に言われた通り、ソッとプラスチック製のお子様コップを持ちあげた瞬間、ふやけすぎた紙コップだったっけ?と思うほどの勢いで潰れた。
中に入っていたジュースは勢いよく天井にシミを作り、ポタポタと降ってくる。
取っ手を持たず、ソッと両手で包むように持ったからだろうか?
「…まぁ、最初はこんなもんかな?」
「…あぃ」
そこからの俺と母の血のにじむ程の努力は、涙なくしては語れない。
父ダメだしされる度に、母と俺は慎重に人間に擬態する方法を二人で模索した。
今まで使用していたユグドラシル木製の食器などは、一斉に百均のプラスチック製になり、テーブルの俺の椅子の周りはペットのトイレシートで囲まれた。
だが、お子様の順応力は結構高い。
アリに触れるようにコップの取っ手を持ち、太極拳の要領で持ち上げる。
その内、ジュースは天井まで飛んでいかなくなったし、ちょうちょの羽を掴むようにして、ペットボトルの蓋を握りつぶさずに開け閉めする事も可能になった。
無事に幼稚園に入園する頃には、オマルを破壊する事も無くなったし、コップや箸は原形を留めたまま食事を終える事も出来たし、服も破く事無く着替える事が出来るようになった。
俺は無事に入園し、しばらくは平和な園生活を営んでいた。
皆でお歌も歌えたし、遊具も壊さずに使えた。
そんな中で、ある日、体も態度も大きくていじめっ子だった恭太君が俺の読んでいた絵本の開いたページの上に座ってしまった。
俺の名前が、匡で似ていたのも彼の気分を害したのか、何かにつけて俺に突っかかって来る恭太君を俺はいつも苦笑いでシレッとあしらっていたのも気に食わなかったのかもしれない。
「ねぇ?恭太君。僕、絵本読みたいんだけど…」
「はぁ?うるせぇな!よみたいならよめばいいだろ!おれはここで、つみきをするってきめたんだ!」
「うーん…」
「ハハハッ!なくなら、ないたっていいんだぞ!おれは、どいてやらないけどな!!」
ここまで敵意をむき出しにされて、黙って「そうだね」って言える程、俺は大人じゃなかった。
所詮、五歳児。
恭太君のお尻と、絵本の間に指を入れて、そーっと軽ーく持ち上げた…つもりだった。
ピョコンと1mくらい跳ねて、30センチ位横にコロンとお尻から着地した恭太君は、しばらくとても静かに目を見開いて転がっていた。
丁度、膝を抱えたように座っていたから、傍から見るとコロンっと転がったように見えたと思う。
そうして、次の瞬間には恭太君は火が付いたように泣きだして、飛んできた先生達に事情を聞かれた。
ただ、俺の言い分も聞いてほしい。
俺はただ、恭太君の尻の下から絵本を引き出すためのホンの少しの隙間を開けたかっただけなんだ。
「恭太君が、僕が読んでいた絵本の上からどいてくれないから、ちょっとどかした」
「ちがう!きょうが、おれを、なげとばしたんだ!!」
うーん。投げてはいない。
指先に乗っけてちょっと浮かせただけなんだけど、僕より10センチくらい大きくて、体重も僕の二倍はありそうな恭太君を僕が投げ飛ばしたという話に、先生も半信半疑だった。
見ていた子たちの話で、僕の本の上に座った恭太君が、突然ピョンと跳ねて転がった。という風に見えていたらしいので、僕は幸いお咎め無しだった。
だが、納得できなかったらしい恭太君は、お迎えに来た母に直々に、俺に投げ飛ばされたと訴えた。
母はその話の真実を俺に聞いた。
俺は嘘偽りなく、指先に乗せて浮かせたと答えた。
「ごめんね。匡は一応、ちゃんと手加減してたみたいだから、おばちゃん何とも言えないわ。恭太君も強くなれば良いんじゃないかしら?
強いって言うのは、弱い者いじめをする事じゃないわよ?
力を誇示するんじゃなくて、自分の意思を貫くために必要な力を得るのよ」
母の言葉に、恭太君は頭の上にいっぱい?マークをつけて頷いていた。
多分、分かって無い。
そして、母よ、満足そうに頷いているけど、それもどうかと思うよ。
それから、何のかんのあって、恭太君が空手を習い出して、僕達は小学生になった。
その頃、母が妹を出産した。
僕の出産の時には、分娩台の掴む取っ手をねじ切った母だったが、今回は色々持って行って準備していたので、病院の備品を壊すことは無かったらしい。
準備の内容を聞いたが、詳しくは教えてもらえなかった。
「おかーさん!ひびきは普通の人間の赤ちゃんだね!」
「そうなの!良かったわぁ~あんたの時は、一体、何本哺乳瓶やらスプーンやら買わないといけないのか!と思ったけど、今回は一本ずつで済んだから楽だわ!」
そうだったんだ。
そういえば、何回、ベビちゃんホンポの横に引っ越そうと思ったか!って、前に言ってたなぁ~本気で考えてたんだ。あれ。
遠い眼をしながら、ひびきと遊んでいる母を見る。
運動会は難しかった。
幼稚園の時は日曜日だったから、まだ力を加減できない俺はお父さん公認の元、家族でお出かけしてサボっていたけれど、小学校ではそうもいかなかった。
僕が頑張って走ったら、きっと世界新とかになってしまう。
それはいけない。
だから、練習した。
普通の小学生が速く走る練習をする所を、僕と母は、「まだ速い!もっとゆっくり!」とか言いながら、走ってるんだから、奇妙な顔でよく見られた。
母と、必死になって無いけど、必死に見えるようにゆっくり走る練習。
結構難しい。
たまにツボるのか、母が笑い転げるのにイラッとしたが、まぁ、放っておいてあげた。
必死に走れば、ひびきが吹き飛ばされる程の風を起こして走りぬけられるし、手を抜き過ぎれば、必死に見えない。
ビデオで撮って、研究した。
結果、足の回転数を落すことで、人並みの速さを実現した。
無駄に高く跳ねる事で、前に進む力を上に逃がす事も出来るようになった。
そのために、陸上部の先生に、勿体ない走りだ、とスカウトされ、逃げるのに苦労した。
後々、他人事だと思って笑っていた母が、陸上部の先生が担任になった時、事あるごとに僕のスカウトをされて困ることになるのはもう少し先の話。
まぁ、因果応報だと思った。
僕が、3年になって、初めての授業参観に、お母さんがひびきを連れて顔を出した。
去年は、抱っこひもで最後まで寝ていたひびきだけど、今年はピィピィ音の鳴るお気に入りのサンダルを履かせてもらってご機嫌で廊下を歩きまわっていた。
ピ・ピ・ピ・ピ・ピヒョベチョ…………ピヒュ~ピピ・ピ・ピ・ピ・・・
リズム良く歩いていたと思ったら、コケタらしい。
泣く事も無く、暫くすると起き上がったのか、またリズム良く歩きだした。
クスクス笑うお母さん方に、何となく恥ずかしい思いをしながら、同じように笑いをかみ殺している先生の板書を見る。
「にぃた!ひーコケタ!」
教室の一番後ろの席だった事もあって、気が付いたら、ひびきが机の横から顔を出して、笑顔でご報告してくれた。
大声で・・・
ドッと沸いた教室内で、僕だけが、優しくひびきの頭を撫でていた。
月日は穏やかに流れて、僕は中学2年生になった。
響の初めての授業参観の後、僕の家は有名人の実家以上の観光名所と化した。
元々、母に似て多国籍系の端正な顔立ちのせいで女子にはモテていた事には気付いていたが、下手すると人を傷付けてしまいそうなのが嫌で誰とも付き合ったことは無かった。
その日も、読者モデルもしているという噂の、フワフワした感じの3年の先輩に屋上に呼び出された。
「ねぇ!私、貴方と付き合ってあげる!」
「え?嫌です」
「…はぁ?」
ポッカーンと口を開けて固まってしまった先輩を見て、めんどくさい事になったなぁと思った。
別に、上から目線で…とか、そういうのはどうでも良かった。
今は、マスコミが俺たち一家の面白くもないフツーの経歴を片っ端から調べ上げて、ちょっとした父の知り合いだとかがテレビで大親友のふりをして出たりしていた。
この人も、もしかすると本当に俺の事が好きなのかもしれないが、今はちょっと時期が悪かったと思って諦めてもらおう。
「なんで?」
「なんで、ですか?」
「私、可愛いでしょ?貴方は有名でしょ?ほら、私と付き合ったら、私も有名になれるし、貴方も鼻が高いでしょ?」
「は?いや?別に?」
「winwi……え?」
「え?俺に利点無いですよね?」
「え?だから…」
「いや、別にあなたの事好きではないですし、自慢とかいらないですし」
「はぁ?さいってい!」
長い爪の小さな手が振りかぶられて、俺の頬に落ちてきた。
受け止めて、加減を間違って相手の腕を折ってしまってはいけないからという事に気を取られて、振り下ろされる手を見ながら、受け止める事も避ける事もしなかった。
パシッ
「お待ちください」
軽い乾いた音が耳元で響き、凛とした清んだ鈴の音のような声が斜め下から聞こえた。
見ると、頭の高い位置で明るい金色の髪をお団子にした色白の女が、先輩の腕をつかんで諭すように笑顔で話しかけていた。
「あれ?何でここに居るの?」
「匡様が、お弁当をお忘れになられたとエレナ様からお聞きしましたので、僭越ながらワタクシ、初めてのオツカイですわ!」
「あ~忘れてたっけ?ありがとう」
こちらを振り返って、いい笑顔でドヤ顔を晒す超美人に、先輩は再びあんぐりと口を開ける。
彼女の笑顔が、猫の時を彷彿とさせて可愛かったのか、俺の手が無意識に彼女の頭を撫でる。
猫の様に目を細めて、今にも喉をコロコロと鳴らしそうな彼女の顔を見ていると、さっきまで何をしていたのか忘れてしまいそうだ。
そこに空気を読まない先輩がやっと意識を取り戻したのか、口を挟んでくる。
「ちょっと、どういう事?」
「ん?何が?」
「彼女がいるのに、私に呼び出されるってどういう事!?私に恥かかせて!さいってい!」
何という横暴!
唖然として次の句を継げなくなっている俺の横から、彼女が口を出す。
「申し訳ありません、匡様?ワタクシから発言させていただいてよろしいでしょうか?」
「…あ、あぁ。うん、どうぞ?」
「では僭越ではございますが…」
と前置きして、彼女は先輩に向き直った。
「な、何よ?」
「お嬢様?」
「おじょ!?」
「申し訳ありません、お名前を存じ上げませんので…あの、お嬢様?その、SNSにリアルタイムで画像を流しているスマホをストップさせなくて宜しいのでしょうか?」
彼女の言葉が終わらない内に、先輩は屋上の出入り口で三脚と化していたスマホを構えた先輩の友人をひっ捕まえて、駆け下りていってしまった。
「SNSとかって単語…良く知ってたね?」
「?エレナ様に、女生徒と面白…ややこしい事に匡様が巻き込まれているようなら、そのセリフを言いなさい!と言われて送り出されました」
母さんは一体どこまで何を見通しているのか…ってか、彼女の優しさで言い換えてもらってなければ、俺怒ってたからね?
あの人には敵いそうもない、と俺は彼女の持たされた二人分の弁当を、そのまま屋上で彼女と食べながら、いつものようにまた思った。
お兄ちゃんは、母親の力を濃く受け継いじゃったんだね…
頑張ったね!(笑)
天使ちゃんと悪魔くんは、今のところ名前なしです(笑)
彼らもちゃんと響ちゃんと一緒に、小学一年生の内容からお勉強していました。
一年経ったので彼らも徐々に人型で生活する練習中です。