それって冗談ですか?
予備校に着いて授業を受けながら、僕は早矢香のことを考える。いや、追い続けている男って誰なんだ? なんか気になってきた……後で早矢香の友達に聞いてみよう。そんなことを考えながら、歴史の授業を受けていたけれど、当の早矢香は一番前の席で熱心に講義に聞き入っていた。先程告白されたって言うのに、よく平然としてられるものだ。
ようやく授業が終わり、僕は教室を出て、休憩室を通りかかった吉田瑠衣――よっちゃんに話を聞いてみることにした。
「よっちゃん、あのさ、話があるんだけど」
僕がそう言って彼女を呼び止めると、彼女は少し険のある眼差しをこちらに向けてくる。
「よっちゃんって呼び方はやめてよ」
「あ、ごめん、つい……吉田さん、早矢香のことで話があるんだ」
「何々? さやちゃんのことで何か?」
僕が広い休憩室の端の席へと促して、隣同士に座ると、彼女は興味津々といった感じで身を乗り出してくる。
「早矢香ってモテるの?」
僕がそう囁くようにして言うと、彼女は何度もこくこくとうなずいた。
「モテるね、さやちゃんは。顔もいいし、スタイルもいいし、おまけに成績優秀だしね」
「僕は吉田さんの方が可愛らしい顔立ちしてると思うけどな」
「話を脱線させないの。それで何? 大事な妹に言い寄る男を全て抹殺する、とか?」
僕は顔の前で手を振り、いや、と否定する。
「あいつがさ、私には追い続けている男がいるって言ってたからさ」
「追い続けている男?」
よっちゃんは口元に拳を当てて考えていたけれど、小さくかぶりを振った。
「さやちゃんに好きな人がいるなんて、聞いてないな。あの子、自分からそんな人いないって言ってたし」
「だよね……一体、誰なんだ?」
「それだけは本人に聞いてみないとわからないな。でも、さやちゃん、吉山君とはすごく仲良く話していたけど」
再び吉山某の名前が出て、僕は缶コーヒーをぶっと噴き出しかけた。吉田さんが、「わ、やめてよ!」と後ろへたじろくのを見ながら、僕は思考を巡らせた。
その吉山君のことも好きでなかったとしたら、一体早矢香の想ってる奴って誰なんだ? ますますわからなくなってきたぞ……。
そんなことを考えながら缶コーヒーを渋い顔で飲んでいると、よっちゃんは同じようにお茶の缶を渋面で飲みながら、ふっと笑みを浮かべて言った。
「まあでも、蓮君が本心からさやちゃんを想って聞いてみれば、彼女、答えると思うよ。だって、双子でしょ、あなた達」
「いや、あいつ、僕が面白がって聞いてるんだと思って、一層口を閉ざすかもしれないけどね」
「それはあなたが普段から妹に迷惑ばかり掛けてるからよ。少しは妹を見習って、彼女の一人や二人、作りなさい」
「じゃあ、吉田さん、僕と付き合ってください」
「断ります。私が蓮君と付き合ったら、天変地異が起こるわね」
僕が机に伏して撃沈していると、次の授業が始まるのか、生徒が講義室に戻り始めていく。僕はよっちゃんと連れ立って教室へと向かった。そんな中、思う。早矢香がああ見えてモテるんなら、僕は一体どんな立ち位置なんだ? というか、恋愛って何? まずいもの、辛いもの、甘いもの……?
*
ようやく授業が終わって生徒が一斉に校舎から吐き出されていく。次々と自転車で散り散りに離れていく中、僕は早矢香の姿を探していた。彼女はいつものように友達と挨拶を交わしながら自転車に乗り、ふと自分に視線を送っている僕の姿に気付いたようだった。
「何よ、まださっきのこと引きずってるの?」
「いや、考え出したら、きりがなくてさ。家では鼻をほじくっている早矢香が、学校では男にモテるんだからな。これはすごいことかもしれない……解き明かすと、人類の生誕に関わることかもしれないぞ」
「置いていくわよ、暇人。答えを知りたいなら、私に付いて来れば?」
「へ?」
僕が自転車に跨って首を傾げると、彼女はこちらを振り返って、天使のように悪戯っぽい悪魔の笑みを見せて、舌を出し、言った。
「付いてきて、蓮。本当の答えを教えてあげるから」




