海岸の魔法
菜緒は、晩秋の夕暮れ、誰もいない海岸を歩いていた。
県の南にある、長い、長い海岸。
ブレザーも、短くしているスカートも、長めのソックスも、紺色。
全身紺色。
彼女はその制服が、それほど好きになれなかった。
潮風が、胸元の赤いリボン・タイを揺らす。
いつもは黒のローファーを履いているのだが、砂まじりになるのが嫌で、Nのマークの入った、グレーのスニーカーを履いていた。
それでも、砂粒は容赦なく、彼女の靴に入り込む。
空を、自由に、飛びたいな。
子供の頃テレビ・アニメで刷り込まれたフレーズを、それとは思わず、無意識に頭の中に浮かべていた。
ふと、靖之の顔が、そのフレーズを消し去った。
「靖之くん、今、何してるかな」
片思いの子の名前をつぶやくと、急に、顔が赤くなっていくのが、わかった。
胸が、ドキドキ高まっていった。
それが、最高潮に達した瞬間だった。
彼女は、浮かび上がった。
それは、魔法だった。
紺色が、空中で、まくれ上がった。
彼女がそれにハッと気づいて両手で押さえたのは、宙を舞ってから、ほとんど降りた時だった。
思わず周囲を見回す。
やっぱり誰もいなくて、スカートの中を誰にも見られてないことに、彼女は安心した。
宿題が待ってる。そろそろ家に帰ろう。
彼女は、そう思い出すと、再び歩き出した。
あれから、まだ魔法は使えていない。