争乱
……妙な感覚だ。
目覚めた後も、創造の中で感じた太陽の熱や、足で踏みしめた土の感触を肌が覚えている。
……これは「プラシーボ効果」と言うやつか?
常温の鉄の棒を高温で熱した物と対象者に思い込ませると、棒に触れた際に火傷の跡が出来た実験の例がある。
あれほどの現実感がある創造……「思い込み」によって肌の感覚が錯覚をおこしても、それほど不思議ではない。
そして、あの女の警告は鮮明に覚えている。
高槻…………奴が事を起こす前に始末しろ、と。
ベットから上体を起こした後も、無言でその事を考えていた俺に対し、相沢は「いつもの調子」で話しかけきた。
「おっはー! お寝坊さん♪ もう昼過ぎだぜ? 寝起きで辛そうだが、チョイと急ぎ気味で身支度してくれないか? 皆さん、広間でお待ちになってるからよ」
「……昼過ぎ? そんなに寝ていたのか。広間に集まっているとは、何かあったのか……?」
重要な報告があると相沢は言った。
1つは、ライオットカンパニーの創設者である「ライアン・マゴット」が援軍を連れ、マリアが待機している研究所に到着した事。
そして、ライアンの娘でありカラーズの白い狐【ホワイトフォックス】の異名をもつ「マリー・マゴット」が増援部隊を率いて、此方に向かっているらしい。
そして、もう1つとは……
「これは緊急で伝えられたんだが、ついにファントムによる焦土作戦が始まったそうだ。もう欧州や米国では、各主要都市に向けて爆撃を開始したらしい。日本はチョイと遅れてるが、間も無く始まるだろうな……」
……ラグナロク、アポカリプス。言語や書物によって色々な言い方があるが、世界の終末にむけた最終戦争が遂に始まってしまった。
「人類対ゼロ」……ファントムミサイルによる焦土作戦が、その口火を切る【最初の矢】になる事は間違いない。
使用される兵器が核でないだけマシと言ったところか……
しかし、弟と合流した直後に始まるとは……タイミングが良いのか悪いのか。
「……分かった。準備が整い次第、すぐに向かうと皆に伝えてくれ。それと……高槻は広間に居るのか……?」
「……ん? あぁ、お友達のメガネ君ね。今頃、小野さんから施設からの脱出について説明を受けてんじゃないかな?」
……嫌な予感がする。焦土作戦については、高槻を含み施設内の人間には伏せていた事柄だ。
街が消し飛ぶと聞かされた高槻が、行動を起こす可能性は十分ある。
「……すまないが、預けていた銃をくれないか? 高槻が動き出すかもしれん」
俺は相沢から差し出された拳銃を手に取り、急いで中央広間へと向かった。
「お……おいっ!? イキナリどうしたってんだっ!? ちょっと待てよ。オーイっ!」
……説明する時間も惜しい。
相沢を置き去りにし、階段を滑り落ちるかのような速度で降りていた時、遠くから金切り声のような悲鳴が聞こえた。
しまった……遅かったか。
広間にたどり着いた俺の目に映ったものは、切断した民間人の首を脇に抱えている1体の「ゾンビ」と、その後ろで腕組みをしている高槻の姿だった。
親父と千月は銃を構え、「ゾンビ」と高槻に照準をあわせている。
「高槻君……どういう事か説明してもらえるかな? そのゾンビは普通ではない。そして君は、そのゾンビを使役しているように見えるが……」
親父の問いに不敵な笑みで答えた高槻は、俺の姿を確認すると、ゆっくりと両手を広げながら雄弁に話し始めた。
「フフフ……どうやら役者はそろったようだ。もう少し【良い人】を演じたかったが……状況が差し迫っていてはしょうがない」
高槻が指で合図をすると、天井の「吹き抜け」から数体のゾンビが舞い降りてきた。
いずれも手には刃物を持ち、高槻の側まで来ると、中世の騎士が王に忠誠を誓うかのように、地に片膝をついて頭を垂れた。
「君たちに紹介しよう。これが僕のゼロが発現した能力……ゼロを支配し使役する力。血塗られた王国【bloody kingdom】……と僕はそう呼んでいる」
……ゼロを使役する力だと?
高槻も俺や弟と同じくゼロと共生し、異端な能力を発現したとでも言うのか。
「フフフ……ここを拠点にして理想の王国を作るつもりだったが、街が消え去るほどの爆撃をされては建国を諦めざるをえない。ここにいる人間どもは労働力として使うつもりだったが……」
切断した首を脇に抱えていたゾンビが、高槻の足元に丁寧に置いた。
「もう必要なくなった……よって、お前達は用済みだっ!」
高槻は置かれた首を勢いよく踏み抜いた。
嫌な音と共に頭蓋がバックリと割れ、脳漿の一部と、飛び出た眼球が避難民の側に転がる。
……どうやら人間は、理解を超える事を目の当たりにすると悲鳴1つあげないようだ。
弟や笹本さんを除き、避難民達は恐怖に身体を震わせながら頭を抱えて地面に座りこむ者、ただ呆然と立ちつくしている者しかいない。
「さて……葛城君。君はどうする? これから僕は、ここにいる人間を皆殺しにするつもりだ。君の性格上……見殺しにする事はないとは思うが?」
「……当たり前だ。下らん凶行は止めさせてもらう。だが、高槻……貴様が動き出すのは、もう少し後だと思っていた」
……俺の予想では研究所に着き、街からの脱出手段を確保した後に「事を起こす」と思っていたが。
「フフフ……簡単な理由さ。戦力は整う前に削いでおいた方がいい。君の相棒と同等レベルの人間が複数いては、さすがに1人での掌握は難しくなるからね」
そして高槻は、腹に書いた絵図を語った……親父が焦土作戦の事実を伝えた後に、施設内部で争乱が起き、怯えた避難民達が互いに殺し合ったと見せかける手筈だと。
……奴自身は、偶然ただ1人生き残った無力な避難民に成り済まし、研究所からの救助を待つ。
「……なるほど。実現不可能と言う点に目をつぶれば理想的ではあるな」
高槻は、俺の嫌味に人差し指でメガネのズレを直しながら答える。
「フフフ……僕の能力をもってすれば、君達を始末する事は赤子の手を捻るようなもの。それを今から証明してあげよう。では、始めよう……【血の宴】をっ!」
高槻……奴との因縁をここで終わらせる。
俺達は戦闘態勢をとった。




