警告
……これは夢か?
心臓の鼓動音が聞こえるほどの静寂、一筋の光も無い虚無の暗黒空間。それが目の前に果てしなく広がっていた。
そんな無の空間に身動きせずに漂っていると、放射状に輝きを放つ「光の集合体」が現れ、ゆっくりと近づいてきた。
反射的に身構えた俺に、「集合体」は言葉で反応する。
【……チト過剰な演出だったか。まぁいい、貴様の合意が無ければ「真なる融合」は果たせん。つまらぬ事をして済まなかったな。葛城相馬よ】
……「集合体」は妙齢の女のような声でそう言った。
「……融合だと? まさか、お前は……」
察するにコイツは俺に寄生しているゼロ……つまり【ゼロイーター】の思念体なのではないか……?
だが、俺の意識を乗っ取り、強引に肉体を「支配」しようと企んでいるのではなさそうだ。
……堂々と俺の前に姿を現したとなれば、コイツは「対話」を望んでいると思われる。
……目の前にいるコイツが、いずれ意識を支配されるのではないか?と言う俺の【強迫観念】から作り出された「想像の産物」でないのであればだが。
「……お前が【ゼロを喰らう者】か。随分と俺の身体で「好き放題」してくれたものだ。こちらから質問したい事が腐るほどあるが……先ずは聞いておきたい。今更、面と向かって俺に何の用だ……?」
「集合体」は答えるかのように、自らが発する光を極限まで収束させ、やがて消え去った。
その瞬間、空虚な暗黒空間は跡形もなく消滅し……眼前には地平線が果てしなく続く、青々とした草原地帯となった。
雲1つない澄みきった青空には、燦然と輝く太陽がある。
「……これはっ!? 一体、何が起きた……?」
……俺の独り言に答えるかのように、先ほどの女の声が聞こえてくる。
【葛城 相馬……これは創造の世界だ。我が貴様の想像と記憶をつかさどる脳組織を操り、本物のように感じさせているだけの事。本当のお前は「あの施設」のベッドで深い眠りについている】
……これが本当に夢の中? しかし、この現実感はなんだ?
心地よい柔らかな風が運んでくる大地や草木の匂い、地肌に感じる太陽の熱……本物と遜色がない。
【……創造とは自身の体験をモトに創られるもの。貴様が贋作を本物のように感じるのは当たり前のことだ】
声が聞こえた方に振り向くと、そこには尊大に頬杖をつき、足を組みながら簡素な木の椅子に座る若い女がいた。
「……寄生体に性別があるのは知らなかった。俺の想像と違った風体をしているな」
【……性別だと? フフフ……我に性別なぞない。この姿の方が、貴様が警戒心を持たぬと気をきかせたまで。姿形を変える事など造作もない……このようにな】
女は瞬時に姿を変え、親父の姿になった。
……続いて相沢、千月、正平と体勢を変えずに矢継ぎ早に変化する。
そして、高槻に変わったところで、再び俺に話しかけてきた。
【フフフ……どうかな? この姿が君の興味を1番惹きそうだが。似合っているかい……? 葛城君】
……高槻の話し方や細かい仕草まで本物ソックリだ。
「……何をしたいのかは知らんが、貴様が俺に友好を求めているのなら【その姿】にはならない事だ」
警告を受けたゼロイーターは、即座に元の若い女に変化する。
【ふふ……冗談が通じぬ奴だ。では、この姿で対話するとしよう。我も「この姿」が気に入っているのでな】
「……その女は俺の記憶には無い。それはお前が作り出した創作物か……?」
……女は嬉しそうに問いに答える。
【……そうだ。この姿は、我が作り出した唯一のもの。貴様が、我を強く拒否しているがゆえに【与えられた権限】が少ないのでな。どうだ……? よい出来映えだとは思うが?】
椅子から立ち上がると、女は自分の姿を存分に俺に見せつけてくる。
「……俺に安い「色仕掛け」は通用せんぞ。お前が何の姿になろうが、都合よく支配される気はない。もっとも無料で滞在されるのは御免だ。それなりの宿泊費は貰うつもりだがな」
女は高笑いをしながら、再び椅子に座った。
【ハハハっ! 貴様が我を利用すると……? これは面白い事を言う。だが、そうでなくてはな……最初から我に媚びてくるのであれば、期待外れもいいところだ】
……期待外れだと?
コイツは、俺を見定めているのか?
何か思惑があると考えた方が良さそうだが……
【さて……自己紹介は終わりだ。貴様の意識に干渉出来る時間は限られているのでな。最初の問いに答えようではないか。何故、我が貴様の前に現れたのかを……それは【警告】だ】
そう言うと女は、再び高槻の姿に変化した。
【……葛城相馬。目覚めたら「この男」を即座に始末する事だ……そうでなくては、お前にとって悲劇をもたらす事になる。こやつは邪悪な意思を持つ危険な存在だ】
「……出来ればそうしている。だが、人間社会は複雑なものだ。邪な心を持つ人間ほど他者に取り入る事が上手い。この状況で奴を殺せば、俺は他の人間の信用を失う。それでは施設から人々を脱出させる事は、より困難になるだろう」
……施設に入って最初に高槻に出会った時、強制的に能力が発現しそうになったのは、ゼロイーターが奴の邪悪を感じ取ったからなのか。
……それとも【別の何か】に反応したのか。
【ふん……我は警告したぞ。まぁ、好きにするがいい。貴様の内で奴の処遇を観させてもらうとしよう。その時、また我と「対話」する事となるだろうからな】
「……それは、どういう意味だ?」
ゼロイーターは再び女の姿になり、俺の頬に手を添えてくる。
【葛城相馬……我は、貴様の強い心に惹かれている。真なる融合とは支配する……されると言う意味ではない。互いを理解しあうものと知れ……それは直ぐに訪れる……】
優しく微笑んだ女は、ゆっくりと光に包まれ、目の前から消え去った。
……………………「オーイっ! 起きろよ相馬っ!」
ガサツな相沢の声で、俺はベッドから叩き起こされた。




