親子【下】
親父を中東へと連れ戻す為に、カイゼル・ハウザーが日本に送り込んだ刺客。それは諜報や破壊活動を主とするシムーン【砂漠の熱風】と呼ばれる精鋭部隊だった。
主から「抵抗するなら殺せ」との勅命を受けた刺客達との死闘。その戦いには辛くも勝利したが……これ以上、単独で行動を続ける事に限界を感じた親父は「ある決意」をする。
【征龍会の創設】……この時、親父の頭の中には自分が理想とする組織の構想が浮かんでいた。
法の庇護の下で暴走する者や、弱者を虐げ食い物にする輩を、俗世間に関与する事なく「自らの手」で裁く集団。
これは公には認められず、法を逸脱する行為【私刑活動】に該当する為、国の立場からすれば反社会的組織に区分される事になる。
だが……外界からの「しがらみ」を一切断ち、中道の目で【国を監視】するには「その方」が良いと言う。
とはいえ、それほどの規模の組織と人員を動かすには潤沢な資金が必要になる。活動資金の調達と組織の地盤作りの為に、親父は表社会で巧妙に正体を隠しながら奔走する事となった。
……これまでの話を聞いて、俺は1つ疑問に思った事がある。
何故、親父はそうまでして、頑なに日本の治安を守ろうしているのだろうか……?
お袋と出会う前から「活動」をしていたのであれば、純粋に家族の為とは言い切れない。
赤子の時には日本にいたとはいえ、その時の記憶など殆ど無いはず……この国が故国だとしても「思い入れ」か薄すぎる。
単純に悪を憎む正義感からか……? それとも望郷の念に揺り動かされたのか……?
その事を俺は問いただした。
親父は机に両肘を付き、ゆっくりと手の指を組みながら、問いに答えた。
「正直に言おう……それは私自身の【個の存在】を守る為だ。仮に日本が無くなれば、私と言う人間が「この世」に存在した証が消えてしまう。こればかりは、私のような【特殊な生い立ち】でなければ理解する事は出来ないだろう」
続けて親父は【小野 刃】と言う名前も偽名だと明かした。
本名を名乗る意味は無いと言う……すでに国によって抹消されているからだ。
「……妻や子供を守るため、そして非道な巨悪を憎む気持ちがあるのも事実。だが、征龍会を作り、日本の治安維持に躍起になっていたのは、己の存在を守るという私的なエゴイズムだ……」
親父の本音を聞いた俺は、すぐさま辛辣な言葉を投げつけた。
「フ……崇高な理念を掲げての活動だったが、結局は自分の為だったと言うわけか。まぁ、その言葉は信用出来る。自分を犠牲にしてまで他人を救おうとする者は少ない。偽善者ぶらないだけ好感は持てるがな」
親父は反論をせず、ただ黙って目線を落としていた……そんな姿を見かねた千月が、すかさず擁護する。
「若様……それでは御父上があんまりでございます。私を含め、どれだけ多くの人間が小野様に救われてきた事か……」
「………………」
……実際、征龍会の活動に感謝している人間は多いだろう。親父は誰もが願っていても「やらない、やりたがない事」をやってのけた。
では、家族として息子として【誇らしい父親】として尊敬出来るのか……?
答えはノーだ。
「……なんの偉業を成し遂げようが、親父が家族を捨てた事に変わりはない。今更、父親面して家族を助けたとしても、俺の気持ちが変わる事はない」
親父は組んだ手を動かさず、目を瞑りながら答えた。
「……虫が良すぎる、と思っているだろう。お前が、私を許す気が無い事も十分理解している。だが、私は妻の小夜子の墓前で誓ったのだ。この命を賭けて家族を守る……と」
「……お袋の墓前だと?」
親父は、淡々と今までの経緯を説明した。
【コード・ゼロ】……これはゼロによる制御不能な感染拡大を指す言葉だ。ゼロは世界中で秘密裏に研究され、人類に有益な物であると同時に、致命的な破滅をもたらす危険な物質であると認識されていた。
このコードが発令された時、親父は征龍会を即座に解散させた……メンバー全員に「これからは自分にとって一番大切な者を守れ」と最後の命令を下して。
千月は恩人である親父を守る為に征龍会に残り、後のメンバーは家族や友人……そして愛する人を守る為に去って行ったそうだ。
親父は【自分にとって大切な家族】を守る為に再び街に戻った。
そして、この混乱の最中に偶然にも弟に出会ったと言う。
「……家族の写真を定期的に取り寄せていたのが幸いした。私の息子である【葛城 正平】だと一目で分かったよ。正平は小夜子の遺体を背負いながら、力無く街をさまよい歩いていた……胸元が血だらけの服でな」
やはり、正平は「お袋」の遺体を外に運び出していたのか。
親父は弟に正体を明かさず「親切な通りすがり」として接し、遺体を近くの山中に葬るのを手伝ったそうだ。
そこから、数少ない生存者達を引き連れて「モール」に立て籠り、期を見ながら俺を探し出し、街を脱出する予定だったらしい。
「……相馬。私を許してくれとは言わない……だが、命を賭して贖罪をする時間をくれないか……? その後で判断するのは、お前に任せよう」
親父は真摯な態度を崩さず、俺にそう言った。
「…………分かった。だが、弟には自分が父親だと明かさない条件付きだ。あいつは感情的になりやすい、アンタが父親だと知ったら突飛な行動をしかねないからな……それでは話は終わりだ。俺は暫く寝させてもらう」
ゆっくりと椅子から立ち上がり、俺は仮眠室に行こうとしたが、店の出入口で口笛を吹いていた相沢とすれ違った。
「……よっ! 込み入った話は終わりか? チョイと小野さんと話があんだけど、借りていいかな? 」
……どうやら相沢は親父に用があるらしい。「別に構わない」と伝えると、いつもの明るい調子で店に入っていった。
【お友達】が「誰も居ない屋上」に頻繁に出入りしているとの報告を俺にした後だが……




