千月
……事の発端は何だったか。
最初は身に降りかかる火の粉を払っていた、ただそれだけだったような気がする。
望まぬ喧嘩で打ち負かした相手が増えるたびに「連れ」が多くなっていった。
単純明快な「個の力」による優劣……いわゆる「暴力」を崇拝する者達にとっては、自分を打ち負かした相手に対してとる行動は2つある。
大人しく相手の軍門に下るか、自分が勝利するまで戦い続けるか……だ。
敗北を認め「連れ」となった人間も様々だ……隙あらば取って代わろうと絶えず野心を持つ者、忠誠心が高く羨望の眼差しで見てくる者、ただ族の名前を利用して暴れたい厄介者などがいる。
笹本さんが言ったように、街を危険な状態にする奴等を、俺は力で統率し制御しようとした。
それには無法者達に監視の目を光らせる必要がある……つまり単純に暴れまわる愚連隊ではなく「統率された組織」として確立しなければならなかった。
……だが、今思えばそれがいけなかったかも知れない。
組織に変化した愚連隊は、次々と周りのチームを飲み込んでいき、いつしか巨大な組織となっていった。
気付いた時には他県まで勢力を伸ばし、個人の制御では到底及ばぬほど無尽蔵に膨れ上がっていた……
俺がアウトサイダーの解散を決めたのは「制御不能」になるのを恐れていたからだ。
「あれほどの規模のモンは見たことがなかったなぁ……あの数の悪童どもを、よく抑え込んだもんだ。突然、解散するとなった時には暴対課でも話題になったぞ」
「……えぇ、解散には苦労しました。そのスジから勧誘があったものですから」
……骨が折れたのは反社からの誘いを断った事だ。
連中としては俺の組織をそっくり頂けば、自分達に都合の良い手駒を大量に確保できる。
実際、「解散した後はどうするつもりなのか?」と強面の刑事が俺の自宅に来た事もあった。
「俺も噂でしか聞いた事がないが。千月さん、アンタの所が手を回してくれたんだろ……? 日本の治安を守るのが信条の征龍会としては、見過ごせない案件だからな」
「えぇ……以前、微力ながら若様の手助けをした、と小野様からは聞いてはおりましたが、恐らくその事かと」
……お袋から征龍会と親父の事を聞いたのは、その時だ。
実際、征龍会が裏でナシをつけなかったら、すんなりと解散する事は出来なかっただろう。
それでも「交機の放水車」が出席する派手な「解散式」をするハメにはなったが……
「実際のところ、相馬が上手く悪童をまとめてくれなかったら、街は酷い有り様になっていただろうな。悪を制するのは悪……と言うやつか。もっとも、そんな表現を警察官である俺の口から言ってはいけないとは思うが……」
煙草の紫煙が舞う暫しの静寂の後、千月が重苦しく口を開いた。
「……やはり若様と小野様は似ていると感じます。自らの手を汚してでも巨悪を許さない、と言う志しを内に秘められている部分が特に……私もそんな小野様に惹かれて「この世界」に入りましたから」
……認めたくはないが、俺がやった事は親父と一緒だと言う事か。
「子は親に似るってやつだ。相馬にも内に秘めた正義……いや、信念があったと言う事だ。揺るぎない意志を持った人間には不思議と人が集まってくる。千月さん、それは征龍会の小野も同じだったんじゃないか?」
言葉ではなく笑顔で答えた千月は、笹本さんの問いに静かに頷いた。
…………出会った時から思っていたが、千月の笑顔には違和感がある。
無機質と言うか、感情がこもっていないと言うか……悪くいえば笑顔を作るのが不得意と言うやつだ。
過去に何かあったのだろうか……?
千月は日本の裏社会のフィクサーのような活動をしている征龍会の一員だ。
話したくない過去の1つや2つを持っていてもおかしくはない。
俺は人の暗い過去を聞くような野暮な真似はしないが、酒が入っている笹本さんは遠慮無しに千月の過去を聞こうとした。
「女だてら……なんて、この時代にそぐわない発言だが、征龍会の仕事は甘くはないだろう。アンタ、小野に惹かれたとは言っていたが……何故、裏社会に足を踏み入れようと思ったんだね?」
「え? それは……」
俺は助け舟になろうと2人の間に入ろうとしたが、千月は自分の過去を話す事を躊躇わなかった。
「私は……小野様に助けてもらったのです。あの暗い牢獄の中から、生きる意味を与えてもらいました。
」
千月は、自分の生い立ちから征龍会に入るまでを淡々と語った。
……内容は壮絶なものだった。
ろくでもない両親を持ち、親が作った払いきれない借金のカタとして、学生時代に在日外国人が経営をする人身売買組織に売られたと言う。
「……酷いな。いまだに海外では存在しているとはネットで見た事はあったが、日本にそんな組織があったとは」
「千月さん……それは「閻魔」と言う組織ではないか? もしそうなら、アンタ…………いや、もうこの話しはよそう。聞いて悪かった、許してくれ」
笹本さんはバーカウンターに両手をついて頭を下げた。
千月は「気にしないで下さい」と言うと自分が売られた組織について話し始めた。
閻魔と言う組織は「未成年の子供」を専門に扱う犯罪集団であり、政府の関係者も一枚かんでいる案件だったらしい。
警察も凶悪な犯罪組織として認識はしていたが、余程の事がなければ動けなかった、と笹本さんも付け加えるように話した。
閻魔に売られた人間に人権などあるはずもなく、金を生む「商品」として扱われ……まともな人間なら目を背けるような凄惨な目にあっていたという。
「一部の子は悪趣味な人間の性奴隷として買われる事もありましたが、多くの顧客は子供の臓器目的で訪れる闇ブローカーでした。その場で生きたまま臓器摘出をされ……泣き叫びながら絶命する幼い子供の声を今でも覚えています」
あまりにも酷い話しだ……
汚れた金の為に無垢な子供の命を平然と奪うとは。
千月は折り畳んだ布巾で未使用のグラスを丁寧に拭きながら話しを続けた。
「私は売れ残っていました。組織にとっては売れない商品に価値はありません。少しでも買い手がつくように笑顔を強制され、酷い仕打ちを受けました。口するのもはばかれるような事をです」
千月の笑顔に違和感があるのは「その時の名残」があったからか……
そして商品にならないと見切りをつけられた千月は「廃棄処分」される事となった…………だが。
「私が処分される寸前、小野様と征龍会のメンバー数人が組織のアジトに乗り込んできました。そして閻魔の関係者を全て始末し、囚われていた子供達を全員救出して下さいました」
千月は間一髪で助かり、閻魔の関係者は征龍会によって片付けられた。
そして、組織と関係があった政府の人間も、ほどなくして征龍会によって消され、この世から閻魔の痕跡を全て消し去ったという。
「助け出された子供達は、場合によっては親元には返さず征龍会によって育てられ、架空の名前と戸籍を手にして第2の人生を歩む者もいました。私は自分と同じ人間を増やしたくない思いで征龍会に残ったのです」
千月が征龍会の組員になる事に親父と組織の人間達は反対したそうだが、本人の意志は固く……正式にメンバーとして加わったと言う。
「私は小野様によって命を救われました。ですから、この命を賭して小野様を守る事が、せめてもの恩返しと決めております。若様……どうか御父上と今一度、互いを分かりあう為に話し合ってはもらいませんか?」
千月は深く頭を下げて俺に頼みこんだ。
「……あぁ、機会があればだが」
その俺の言葉を待っていたかのように、店の入口の方から聞きなれた声がした。
「……では、その機会を今作るとしよう。千月、色々と気を利かせてもらってすまなかったな」
入口にはカウボーイハットを目深に被った親父が立っていた。
申し訳ありません……私用でゴタついて投稿が遅れました(._.)




