真意
案内された店は、小洒落たクラシックモダンな内装をした店だった。
誰もいない店内を千月が灯した蝋燭の明かりが幻想的に照らす。バーカウンターから見える木製の棚には色んな種類の洋酒や日本酒が並んでいた。
「……何か、お飲みになりますか?」
俺はカウンターの椅子に座って頷くと、千月はロックグラスを目の前に置き、いかにも高価そうなウィスキーをついでくれた。
ストレートか……正直、氷が欲しいところだが、施設に電気が通ってない状態で氷を求めるのは贅沢すぎる要求だろう。
グラスに注がれたウィスキーを少々嗜み、口に煙草を咥えた瞬間……千月がライターを胸元から素早く取り出して、丁寧に火を差し出した。
「……随分と手慣れてるな。それも征龍会の教育の賜物ってやつか? まるで反社会的組織ようだが……」
「えっ!? そ……そのような事は」
俺は意地悪く笑いながら「冗談だ」と言うと千月はホッとしたような顔をした。
「……さて、本題に入ろうか。 小野について何か伝えたい事があるんだろう?」
「はい……それは…………あら? 笹本様?」
千月の目線を追いかけ、店の入口の方を見ると笹本さんが立っていた。
……どうも酒を呑りに来たらしい。
「……おぉ、千月さんと相馬とは。また可笑しな組み合わせだが……邪魔だったか?」
「……いえ、笹本さんなら願ってもない。これから征龍会について千月が話す所です。よろしければ、一緒に聞いてもらえませんか?」
お袋から聞かれたのは「さわり程度」、俺も小野と征龍会の実態の全てを把握している訳ではない。
長年勤めてきた笹本さんは警察組織で人脈が広い……何か耳にしているはず。征龍会について警察側の意見も聞いておきたい。
……仮に俺が征龍会の会長「小野 刃」の息子だと聞いて、弟や他の人間に密告するような口の軽い人物ではないからな。
「フム……すると千月さんは征龍会の関係者だったと言うわけか。ただ者ではないとは思っとったが…………どれ、酒を呑みながら俺も聞かせてもらおうか」
すでにボトルキープをしていたのか、笹本さんは迷う事なく酒瓶を手に取り、俺の隣に座ると自分のグラスに並々と酒を注いだ。
……千月は征龍会について語り始める。
征龍会は親父である「小野 刃」によって創設された。その目的は非合法ながら【日本の治安の維持】である事。
それだけであれば、相沢が属しているライオットカンパニーの日本版のように思えるが……決定的な違いは組織の運営方針にある。
征龍会に支援者はついておらず、活動費は全て小野の懐から出ているとの事。
組織の活動には莫大な資金が必要だが、小野は表向きの会社を成功させて活動費を稼いでいたらしい。
驚いたのは小野が運営している会社の名だ。
テレビのCMで見たことがあるくらいに世間に名が通っている証券会社だった。
表面上のお飾りの社長を用意し、実質的な運営は小野が行う……そして稼いだ利益の一部分を資金源にしていたのだ。
「……征龍会の活動は現行の法律では許されないものばかり。すぐに私利私欲に走る支援者など抱えてしまったら、すぐに身元が分かってしまいます。とはいえ、小野様も創設には大変な苦労をなさったそうです」
「なるほどなぁ……公安の連中も躍起になって探しとったよ。こと「治安の維持」と言う1点では警察と同じ目的だが……征龍会は、あまりに過激すぎたからな」
非合法で過激……征龍会は治安を乱す人間を「暗殺」する事も辞さないと言うわけか。
「……1つ分からない事がある。何故、親父はそうまでして征龍会を立ち上げたんだ? 何か訳があるように思えるが……?」
初めて小野の事を親父と呼んだ瞬間、隣にいた笹本さんは仰天して、口に含んだ酒を前に吹き出した。
「お……親父っ!? 相馬……お前は征龍会の会長の息子だったのかっ! なんとまぁ……ビックリしてブっ倒れるかと思ったわい。弟の正平は、その事を知っとるのか……?」
「いや……正平は何も知らない。お袋は生前、俺だけに「この事」を話してくれた。おそらく親父は今でも正平に話していないはずだ……千月、そうだろう……?」
千月は小さく頷き、続けて小野が征龍会を創設した理由を話し始めた。
「……小野様は征龍会を立ち上げる以前から、非道な犯罪を正す為に1人で活動なさっていました。ですが、相手は完成された犯罪組織……1人で立ち向かうには限界がありました。組織の追手に追われ、傷つきながら「この街」に身を隠したのです。そして、奥様である小夜子様とお知り合いになりました」
……自分の父親ながら、まるでスパイ映画の主人公のような人生を送っているな。
俺は親父が家族の元から姿を消した理由を千月に問いただすと、笹本さんが代わりに答えた。
「……その理由はハッキリしとる。小野が家族の前から姿を消したのは、いずれ組織の追手が気付き、家族が狙われる事となるからだ。犯罪組織の連中は家族をダシに本人に揺さぶりをかける。まぁ、奴等の常套手段だな……」
「……笹本様のおっしゃる通りです。小野様は若様や弟の正平様、奥様である小夜子様に危害が及ばぬように家族の元を離れました。それは……非常に辛い決断だったと言われてました」
俺達の為か……そう言えば聞こえはいいが、本当に家族の事を思っていたのであれば、追手に追われるような危険な仕事を最初からしなければいい。
……何も知らない家族としては「いい迷惑」だ。
「フッ……今までの内容だと、親父は自分勝手な正義感のせいで家族をないがしろにした。としか思えないな……要するに赤の他人は救えても身内は救えない、と言うやつだ」
俺の辛辣な言葉に千月は、うつむきながら黙ってしまった。
「まぁ、そういうな相馬……規模が違うが、お前も似たような事をしたじゃないか。アウトサイダーを立ち上げた目的も小野と同じだろう……?」
「………………」
「……え? それはどういう事ですか? 笹本様」
……待ってましたと言わんばかりに、笹本さんは俺が率いていた暴走族について千月に語り始めた。
「長年、少年課の刑事をやってるとな。どうしようもない悪童達が一定の周期で大量に出てきちまう年がある事に気付く。たまたま相馬の年代がソレだった……それも、とびきりの大当り年でな」
「……つまり、若様が暴れていた大勢の不良達を抑えこむ為に、ご自身でトップに立たれたと言う事でしょうか?」
「まぁ、そういう事だ。正直、警察としても助かった部分もある。分別がついた人間が悪童どもの頭になったわけだからな。ははは」
……頭が痛くなってきた。
まさか、この場で俺の痛い過去を暴露されるとは考えもしなかった。
酒が入って饒舌になったのか、笹本さんの余計な暴露話は続くようだった……
次話は早めに更新いたします




