紹介
下層階に続く階段を降りようとした時、踊り場で煙草をのんびりと燻らしている見知った顔が目に入った。
「……聞き耳を立てていたとは人が悪いな。まだ下に行っていなかったのか、相沢」
「お友達との【積もる話】は聞かせてもらったぜ。ずいぶんと楽しそうだったな♪」
どうやら高槻との「密会」を見越して、相沢は下層階に降りずに此処に留まっていたようだ。
相沢は軽口で誤魔化していたが、留まった本当の理由は「抑止」……俺が感情のままに高槻に対してZEを発現させ、奴を「殺害」でもしたら施設内の人間達から信頼を得る事は難しくなる。
その前に俺を止めるつもりだったのだろう。
「なるほど……一緒に来た彼は、君の「お目付け役」だったのか。フフフ……なかなか手強そうな人物だ」
後方にいた高槻は独り言のようにそう呟くと、絵に描いたような作り笑いをしながら相沢に握手を求めた。
……見かけによらず図太い神経をしている。
先ほどの会話を相沢が聞いている事は分かっているはず、その上で友好を求めるとは……
「初めまして……僕は葛城君の学友、高槻 勇と申します。以後、お見知りおきを」
相沢は無言の返答で高槻の握手を拒否した。
「……初めに言っておくが、俺は職業傭兵として相馬の護衛を正式に依頼されている。命が惜しいなら相馬に「妙な真似」はしない事だ。それと……俺は「狸と狐の化かし合い」は好きじゃねぇ。そいつは覚えておくんだな」
「……承知しました。貴方は葛城君のように甘くはなさそうだ。ご忠告は肝に銘じておきます」
高槻は人差し指でメガネのズレを直すと、突き刺すような目付きで相沢を睨み付けた。
ヒリつくような相沢と高槻の「自己紹介」が済んだ後、俺達は施設の避難民達が待つ下層階に降りた。
避難民達は歓迎とは程遠い反応を見せ、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
「在日米軍の助けは来るのか?」「自衛隊はどこにいるんだ?」「国は何をしているんだ?」……と。
どうやら服装や装備を見て、米軍や自衛隊の関係者と勘違いしているらしい。
納得する範囲で俺達の素性を明かし、この場所に来た目的を説明すると、避難民達はガックリと肩を落としながら地面に座り込み、何人かは絶望の嘆きにも似た嗚咽を漏らしていた。
しばしの静寂の中、高価そうなスーツがはち切れんばかりに太った中年男性が大声で喚き散らした。
「そ……その紋章はライオットカンパニーのものっ! ならばワシを楽園に護送する依頼を政府から受けとるハズだ! なぁ、そうだろう?」
小指で耳の奥を掃除しながら「喚き」を聞いていた相沢は、いかにも面倒くさそうな口調でソレを否定した。
「たしかに俺はライオットカンパニーの人間だが……アンタを救出しにココに来たわけじゃない。たまたま「お邪魔」しただけなんだな、コレが」
……この男、【選民者】の避難先である楽園を知っていると言うことは政府高官である事は間違いないなさそうだ。
しかし……何処かで見た顔だが名前が思い出せない。
隣にいる相沢に奴の事を小声で聞いてみたが、その反応は薄いものだった。
「……日本政府のお偉いさんで、あんな【特徴的な髪型】をしている奴なら俺の記憶に残るハズなんだが、いまいち思い出せねぇなぁ~。政権の中でもわりと「小粒な方」なんじゃねーの?」
人を小馬鹿にしたような相沢の悪口は、本人に聞こえないように小声で配慮したものだったが、弟の正平の暴言は面と向かったものだった。
「おいっ!【すだれ頭のジジー】っ! 兄ぃ達の話しの途中だろーがよぉ。イキってシャシャリ出てくんじゃねーぜ!ハゲぇっ!」
「特徴的な髪型」と「寂しい毛量」を馬鹿にされた事に腹を立てたのか、中年男性は顔を真っ赤にして怒鳴りちらした。
「す……すだれ頭だとっ! なんと無礼なガキだっ!ワシは政府の幹事長をも勤めた「金目鯛 剛三」だぞっ! それを知っての発言かっ!」
「……あぁっ!? オメーなんざ知らねぇよっ! だから黙れっつってんだろーがよぉ~。あんまワメくと寝かしつけるぞコラ!」
金目鯛と弟とのやり取りを聞いた群衆から笑いが起こる。相沢にいたっては腹を抱えて大笑いしていた。
自分が笑い者にされた事で更に自尊心が傷つけられたのか、金目鯛は突き出た腹をユサユサと揺らしながら「親に物をねだる子供」のように地団駄を踏んでいた。
……ようやく思い出した。
金目鯛 剛三……アイツはこの街出身の大物政治家だ。
あのように本人は偉ぶっているが、箱物行政を推進するあまり街の住民の評判は良くない。
この施設やパラベラム部隊と戦った建設途中の現場も奴が推し進めた案件と噂で聞いている。
どうにか落ち着きを取り戻した金目鯛は、何かを閃いたような顔つきをすると、今度はコソコソと相沢にすり寄って場違いな交渉を持ちかけてきた。
「なぁ……アンタ。個人的に【ワシだけ】助けてはくれんだろうか? お前は傭兵だろう? 頼むっ!金ならいくらでも払うっ! こんな所で死にとうないんだっ!」
「いくらでも払うねぇ……言っとくがオッサン。俺は安かないぜ? なんせカラーズの赤い狼【レッドウルフ】の相沢君に個人的に依頼をするんだ。それなりの金額を要求するぜ?」
相沢は依頼者の耳元で何かを囁く……すると金目鯛は目をギョロつかせ、腰が砕けたかように地面にへたりこんだ。
「ば……馬鹿なっ! 足元みすぎだっ! そ……そんな金額を払える奴が……い、いるわけがないだろうがっ!」
「オイオイ……これでも安くまけてやったんだぜ? 俺が護衛をするってのはそう言う事だ。だから言ったでしょ……俺は安くないってさ」
……どれくらいの金額を要求したのだろうか?
反応を見るかぎり個人で払える金額ではないようだが、かの有名な傭兵会社の護衛料金ともなると法外な金額なのだろう。
……まして相沢は会社の中でも精鋭であるカラーズ【色付き】だ。
ようやく諦めがついたのか、金目鯛はションボリと肩を落として項垂れてしまった。
「……金目鯛さん。貴方が過去に何をしてきたかは、さして重要ではない。ここにいる以上、我々はみな運命共同体だ。自分だけ助かろうとする発言や行動は謹んでもらいたい」
小野が釘を刺すと金目鯛は顔を下に向けて力なく頷いた。
「ま……あのオッサンも国に裏切られた人間と言う意味じゃ、ここにいる人達と同じだぜ。色々と内情を知ってる分、よりショックはデカイと思うがな」
金目鯛は楽園行きの【切符】を「貰える立場」にいながら「貰えなかった人間」だと相沢は言う。
「……さながら【亡国の政治家】って奴だな。その成れの果てを見ているようでチト哀れみすら感じるぜ」
亡国か……ゼロが蔓延した世界では国と言う概念は、いずれ無くなるのではないだろうか?
……今後、国にとって代わる「何か」が新たに誕生するのかもしれない。
…………いや、そんな先の事を考えても意味がない。
どうにかして生き残る……ゼロとの戦いに敗北する訳にはいかない。
……敗北とは死を意味する。
そして死とはゼロの呪縛に永遠に囚われる事。
そうならない為にも皆を連れて施設から脱出し、マリアと桜が待つ【ミストの研究施設】にたどり着かねば……
自己紹介を終えた俺達は小野と千月に声をかけ、今後の策について話し合う事となった。




