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邪悪【下】


 【悪人】と【悪党】という言葉がある。


 辞典で調べれば、この2つの言葉は類義語として表示されているだろう。

 

 悪事を働く者、または反社会的な勢力に属する人間を指す時に使われる言葉だ。


 だが俺は【悪】を見分ける言葉として使用している。

 

 何故なら【悪】と呼ばれる人間にも2つのタイプが存在するからだ。

 

 ……では【悪党】とは何か? 


 人間としての根底が「腐敗」しておらず、自分が今まで置かれてきた環境や雰囲気に流され、安易に悪事に手を染める者達を指す。

 生まれついての【悪】でないがゆえに、まだ更正する見込みはある。

 

 それに比べ【悪人】は厄介な存在だ。

 

 この者達には【善】や【悪】と言った倫理的な概念は存在せず、ただひたすら【自己の利】を求める。

 【悪人】の厄介な所は、あたかも一般人であるかのように「擬態」をしながら、上手く社会に溶け込む狡猾さも持ち合わせている事だ。

 善人のように振る舞い、テキパキと要領よく立ち回る。

 一見すると気配りができ、感じの良い人間に見えるが……


 ーーその心の中は【純然たる悪】そのものだ。

 

 そう…………目の前の高槻のように。



 「……葛城君。君には人の心があり僕には無い。考え方が似ている人間同士なのに行動に明らかな違いが出るのは……これが理由だろうね」 


 「……俺は貴様のように平然と他人を見捨てたりはしない。さも当然の如く他人を切り捨てる貴様が異常だ」


 俺の返答を聞いた高槻は、見下した表情をしながら苦笑する。


 「フフフ……他者なぞ道端に転がる小石ほど価値が無いものだよ。僕達のように高い能力を持つ者にとってはね。そう……僕は両親ですら切り捨てたのだから」 


 続けて高槻は自分の両親の殺害について嬉しそうに話し始めた。


 皆が羨むような家族、端から見ればそんな風に見える家庭環境だったが……その実、高槻にとっては苦痛以外なにものでもなかったらしい。

 物心ついた時、両親にとって自分は【着飾るアクセサリー】の1つに過ぎない事を理解していたからだ。


 「愛情なんてものは皆無……僕は両親(やつら)のマシーンとして育て上げられた。僕が良い成績や素行をすれば両親(やつら)の社会的な評価は上がる。僕はその為だけの存在だったからね」


 そして高校に入学した際、高槻は両親の殺害計画を実行に移した。

 まず計画の第1段階はクラス内での良い評判を得る事。自分を偽る事に長けていた高槻には、さして難しい事ではなかったと言う。

 それほど時間はかからず、クラス全員の信頼を得た高槻は計画を次に進める。


 「……まずは手駒を探したよ。性格は内向的ではなく、ある程度の友人がいる社交性がある奴がいい。良さげな駒を見つけたら、学校に来れなくなるようにソイツに対して悪い噂を僕がクラス内に流す……対象が不登校になるのは時間の問題だったね」


 自分の手駒にする人間を意図的に不登校にさせる事が計画の第2段階。

 その後、高槻は不登校となった人間に寄り添うように献身的にサポートをした。

 精神的に弱っている人間は誰かにすがろうとするものだ……自分を献身的に支えてくれる高槻を盲目的に信頼するのにそれほど時間はかからなかっただろう。

 

 ……そして、高槻は完全に手駒となった人間の耳元でこう囁いた。

 

 「僕の両親を殺してくれたら、学校での君の誤解をといてあげる。君は元の生活を取り戻す事が出来るんだ」……と。


 訳も分からずクラスの皆に嫌われ、不登校になった人間からすれば、高槻の一言は神の言葉に感じた事だろう。

 

 高槻がやっている事は悪質な精神操作(マインドコントロール)だ。自分の忠実な手駒が欲しいが為に人を狂わしている。


 普通の精神状態なら他人を殺す事など断固拒否するだろうが、精神的におかしくなった人間は、藁をもつかむような思いでこの提案を受けてしまう。

 

 「フフフ……僕が両親を外食に誘い、店に向かう最中に襲わせたのさ。人通りが少ない夜道(ルート)をちゃんと選んでね。計画は上手くいったよ……背後から刺された両親(やつら)の叫び声が、まるで讃美歌のように心地よく聞こえたね」


 返り血で真っ赤に染まった手駒は震える声で問う。 これで皆の誤解をといてくれるか?……と。


 「僕は耳元で優しく言ってあげたよ。全部ウソだってね……それから君の噂を流したのは僕だって事も。フフフ……それを聞いた彼は発狂してしまってね。その場で自分の首を切って自害したよ。ククク……ははははは」


 その場で自害しなくても、高槻は後始末するつもりだったらしい。いらぬ手間が省けて助かった、と喜んでいた。


 「不登校生徒が精神的に追い詰められ、凶刃を振りかざす……たしか、新聞記事の見出しはそんな感じだったかな。フフフ……僕は「悲劇のヒロイン」として世間から同情を集めたよ」


 「……外道め。だが、実にお前らしい()り方だ……自分は手を汚さず他人を使う事あたりがな」


 ……他者を利用し自分が思い描いた【絵】をかく……俺が最も嫌悪を抱く人間だ。


 「フフフ……つまらない人間に生きた証を与えてあげたんだよ? 逆に感謝して欲しいくらいさ、僕の為に生き僕の為に死ぬ、というね」


 「……こんな話をして俺が貴様に同情するとでも思ったか? そう考えているのなら逆効果だ」 


 俺は震えるほど右拳(みぎこぶし)を強く握りしめてる様を高槻に見せつけた。

 体内のZE(ゼロイーター)も強く反応をしている……早く目の前にいる外道を()らせろ、と。


 「フフフ……察しの良い君はソレが出来ない事は知っているだろう? 想像通りさ、施設内にいる人間達に根回しはしてあるからね」


 やはりな……すでに施設内にいる人間は懐柔済みか。

 

 そうでなくては、策も無しに姿を表すハズがない……俺に殺されるからな。  

 

 「……葛城君。君にこの話をしたのは僕という人間の全てを君に知ってもらいたかったからだ。これから共にする人間に隠し事はよくないからね。まぁ……ひとまず「休戦」といこうじゃないか」


 高槻は俺のそばに来ると優しく肩に手を置いた。


 「……高槻。この施設いる無関係の人間の手前……ここは抑えておいてやる。だが、妙な真似はしない事だ。お前が下らん絵を描こうとした時は、何があろうとも貴様を殺す」


 含みのある笑顔を見せた高槻は静かに了解する。


 俺は施設の人間に挨拶をするため、高槻に背を向け下層階へと歩みを進めた。

 

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