使徒【下】
お待たせしました・・・ようやく投稿出来ました。
かなり重めの話だったので編集ばっかりしてました
外は薄暗くなってきたが、安西はまだ帰ってきてはいない。
俺はベットに寝転びながら、ボンヤリと部屋の片隅を見ながら現状について考えこんでいた。
この「感染」に対して俺の体は「抗体」を持っているようだ。
これは生き残る為に大きなアドバンテージを得た、と言っていいだろう。
とはいえ…何故、俺の中に「抗体」が存在するのか
…ゲームや映画の中のように「ご都合主義」で考えれば、俺は生まれつき感染に対する「抗体」を持っていたと言うことなのだろうか?
もし、俺の中の「抗体」を使って「血清」を作れば、この感染を抑える事が出来るかもしれない。
いや…安西が持っていたように「抗体」を持っている者は他にもいるはず。
既に「血清」を作る為に行動を起こしている者がいてもおかしくはない。
…だが、「血清」を作るには、それなりの医療施設と作る事が出来る人間が必要だ。
アウトブレイクが起きてから、世界がどうなってしまったのか、俺は知る手段をもたない…だが、 感染はすでに世界規模で広がっているのではないだろうか?
そんな中、「血清」を作れる研究者が、どれだけ生き残っているのか…
もし偶然にも、この街で「血清」を作る事が出来る人間に出会っても、俺は協力する気はない。
俺には、この街でやらなければならない事があるからだ。
ボンヤリと天井を見つめながら考えていたら、部屋の扉をノックして安西が入ってきた。
どうやら「使徒」としての「責務」を終えたようだ…安西は浮かない顔をしていたが、俺を見ると直ぐに笑顔を作り食事を渡してきた。
「体調が良くなってきたようだね。それでは、あらためて聞こうかな…神の「使徒」になる決心はついたかい?」
俺の答えは…ノーだ。
助けてくれた安西には申し訳ないが、「使徒」とやらになる気は無い。
俺は明日の朝には荷物をまとめて、この家を出ていく旨を伝えた。
「では、明日の1日だけでも僕に付き合ってくれないか?…こういう言い方は好きじゃないんだけど、君を助けたのは僕だ。少しだけでも手伝ってくれてもいいんじゃないかな?」
…たしかに俺を助けたのは、まぎれもなく安西だ。
あのまま朦朧とした中で部屋に倒れこんでいたら、感染者に見つかり「処理」されていただろう。
安西は恩に着せる言い方をしたが、借りを返さないのも後味が悪い。
俺は明日の1日だけ安西の「責務」とやらを手伝う事を了承した。
安西は俺の返答を聞くと、笑顔になりながら部屋を出ていった。
ー翌日ー
朝日が昇る頃に俺達は家を後にした。
どうやら目的地は、この家から遠く離れているらしい…安西は「責務」とやらを詳しく教えてはくれなかったが、「使徒」にとっては大事な「儀式」らしい。
「…教会に礼拝でも行くつもりなのか?」
「ふふ…そうとも言うね。これから「神との対話」をするのだから」
「…神との対話?」
朝早くに家を出たが、目的地に着いた頃には昼過ぎになっていた。
安西が目指した目的地とは「普通の一軒家」だった。
「…ここが神と対話する場所?普通の家じゃないのか?」
「…神聖な場所さ。この世界のどんな聖地と呼ばれる場所よりもね。さあ…入ってくれないか?あまり時間がないからね」
安西は半ば強引に俺を一軒家へと連れていく…薄暗い家に入り数歩進んだ所で、俺はあまりの異臭にむせかえった。
血と腐臭が混ざった臭い…感染者達が大量にいても、このような異臭はしないだろう。
後退しようとした俺の背中に、小さな筒が当たる感触があった。
「そのまま進んでもらえないかな?君には「使徒」として「審判」を見届けて欲しいからね」
後ろにいた安西の手には銃が握られていた。
「安西…どういうつもりだ?」
「言っただろう?僕は「使徒」としての「責務」を果たしているとね。さあ…そろそろ「審判の門」が開くよ。君も一緒に神に祈ろうじゃないか」
安西は部屋の中心にある血だらけのテーブルに、俺を向かわせた。
部屋の奥の壁には黒く濁った十字架が飾られていて、その周りには何の物かは判別出来ないが、得体の知れない赤黒い「何か」が転がっていた。
テーブルの上には両手・両足がロープで縛られた初老の男性が横たわっている。
近づいた俺達に、横たわった男性は目を充血させ、口からは涎を垂らしながら、もがきはじめた。
男性は縛られた両手・両足から血を滲ませながら必死に起き上がろうとしている。
声にならない呻き声をあげながら、その男性は俺達を凝視していた。
「感染…している」
「そう…彼には邪教徒の血肉を与えたんだよ。ここは「使徒」になるための「審判の門」さ。神に選ばれし者を選定するためのね」
…生存者に感染者の肉を食らわせて感染させる…安西の言う「審判」とは、意図的に感染させ「抗体」があるかどうかを選別するものだった。
「けど…どうやら彼には資格が無かったみたいだね。残念だよ…彼の奧さんもそうだった」
「…そこらへんに転がっている「物」は、この人の妻というわけか?」
黒ずんだ十字架の周りをよく見てみると、人の手足と思われる部分が、無造作に散らばっていた。
安西は「審判」を受け「神」に選ばれなかった者達を直接的な方法で「処理」していたようだ。
「彼は、どうしても妻に会いたいと言ってきてね…「審判」を受ける条件で会わせてあげたんだよ…残念な事に「神」に選ばれなかった彼女の遺体を見る事になったんだけど」
この男性の心中は計り知れないものがあっただろう。愛した人間が「解体」されたのを見て絶望を感じない人間はいない。
「安西…お前は異常だ…狂っている」
「彼を可哀想だと言うのかい?…ふふ。むしろ感謝してほしいくらいさ…邪教徒であった妻に、まがりなりにも会わせてあげたんだからね」
安西はテーブルに立て掛けてあった、斧を持つように俺に指示をした。
「さあ…君には「使徒」としての「責務」を果たしてもらうよ。神に選ばれない邪教徒を処分するのは、聖なる行いだからね」
この斧で感染者となった者を「処理」するのが、使徒としての役割だと、安西は当然の如く言い放った。
「…こんな事を俺がやるとでも思ったのか?」
俺は斧を蹴飛ばし、安西に向き合った。
安西は変わらず俺に銃を突き付けていたが、銃身を反らすと寝ていた男性に向かって発砲した。
乾いた音が部屋に3回響くと、呻き声を出していた男性は眉間から血を流し、やがて動かなくなった。
「何故、君が神に選ばれたのか?神の御心は計り知れないね…神の使徒としての役目を放棄するなんて、君はどこかおかしいよ」
「…ふざけるな…頭がおかしいのは安西…お前だよ。お前は神の代弁者を気取る、ただのイカれた野郎だ。都合のいいように神とやらを解釈して、人の生き死に勝手に決める最低のクソ野郎なんだよ」
安西は怒りに震えながら、手に取った銃を俺の眉間に突き付けてきた。
「…残念だよ。相馬君…君なら分かってくれると思ったのに。君も邪教徒だったんだね…それならば僕は…うっ!!」
手に持った銃を床に落として突然、安西は苦しみ始めた。
目は真っ赤に充血し、口からは大量の涎が出ている…それは感染者になる初期症状だった。
「な…なぜ…僕が……っ!僕は神に選ばれたはずじゃなかったのか…こ…こんな事は…!」
俺は床に落ちた銃を拾うと、安西の頭に突き付けた。
「どうやらお前も「邪教徒」だったらしいな。約束通りに「使徒」として役目を果たしてやるよ」
「い…いやだっ!僕は…僕は死にたくない!た…助けて」
「…こういうときは神に祈るんだろ?…神様ってな」
俺は躊躇いなく引き金を引き、部屋には乾いた銃声が響いた。
安西 優…元は敬虔な信徒であった彼は、この狂気の世界で自らが信じる神の教義を歪んで解釈し、狂気の行動を起こした。
俺は安西を見て考える。
宗教とは一体何なのか?
弱者の為に宗教があるのならば、何故、宗教戦争などというものが起こるのか?
それは安西のように一部の人間が、自分勝手に都合のいいように「本来」の教義をねじ曲げ、争いを起こしているのではないだろうか?
歪んだ宗教は、人を救うものではなく
信仰の名において人を殺す「いいわけ」に成り果てるものだと俺は感じる。
アウトブレイクから約1ヶ月…
俺の戦いは続いている