能力
ゼロが身体に作用する【超回復】の治癒速度は「発現している時」と「していない時」に随分と差が出るようだ。
弟に殴られた箇所の痛みが徐々に引いていく感覚はあるが、発現時と比べると治癒速度が大分遅く感じる。
つまり、発現していない「通常状態」の時に過剰損傷を受けた場合、ゼロの回復が追いつかず死亡してしまう可能性もあると言う事か。
……まぁ、それでも常人よりは圧倒的に傷の治りは早い。俺には十分すぎるほどのメリットがあるわけだが。
少々ふらつきながら、俺は大の字になって地面に寝そべっていた弟に手を差し伸べた。
「……納得は出来たか?」
俺の手を握りしめながら起き上がった弟は、憑き物が取れたように晴れ晴れとした顔になっていた。
「へへ……兄ぃの魂は腐っちまったと思ったがよぉ。どうやら思い過ごしのようだったなぁ~。俺のモヤモヤもよぉ~……跡形もなく吹き飛んだぜっ!」
どうやら弟は、アウトブレイク以前の「俺の姿」を喧嘩の最中に見たようだ。
過去の後悔を引きずったまま、覇気の無い闘い方をしていたら弟は「納得」しなかっただろう……
「やっぱ、熱い漢同士の喧嘩は燃えるぜぇ~。マジの喧嘩はよぉ~、こうでなくちゃ………………いでぇっ!?」
突如、小走りで近づいてきた初老の男が、弟の頭にゲンコツを振り下ろした。
「……こんのバカモンがっ! 下らん喧嘩をまきおって! んっ?……おぉっ!? 相馬じゃないかっ! お前、生きとったか!」
……これは驚かされた。
まさか、この施設に生活安全課の刑事である「笹本さん」が居たとは……この施設に避難するまでの経緯を聞いたが、どうやら街の生存者達を救助している途中で弟と出会ったらしい。
その後、紆余曲折あり小野と千月と合流し、どうにかこの施設にたどり着いたとの事だ。
「……痛ってぇなぁ~。オッチャンよぉ、これは、ただの喧嘩じゃなくて男の勝負だぜ? なんつーか、兄弟同士の分かり合いっつーかよぉ…………あだぁっ!?」
「悪童が男を語るには10年早いわっ! どうして、お前はそう血の気が多いんだっ! まったく!」
もう1発、笹本さんからゲンコツを喰らった弟は頭を押さえて痛がっていた。
族を「引退」した俺は1人前の大人と扱ってくれるが、「現役」の弟には手厳しい。
それはアウトブレイクが起きた後でも変わらないようだ。
……とはいえ、この喧嘩は俺が誘ったもの。
普段の素行の悪さゆえに弟が仕掛けた喧嘩だと笹本さんに勘違いさせてしまったか。
「フーム……アレが相馬の言ってた刑事さんか。いいねぇ、まさに熱血系警察官って奴じゃないの。俺は嫌いじゃないぜ。 ねぇ、千月ちゃんもそう思うでしょ♪ ……アレ?」
相沢は隣にいた千月に同意を求めようとしたが、すでに千月は相沢の側を離れ、笹本さんに俺達が起こした喧嘩の釈明をしていた。
「……なるほどなぁ。儂はてっきり喧嘩っ早い正平が仕掛けたもんだと思っとったわ。それはそうと正平、お前の友達がマズイ事になっとるぞ…………オイッ! 早く連れてこいっ!」
笹本さんが大声をあげると黒い学生服姿の2人が姿を表した。
1人は具合が悪そうで今にも倒れそうだ……
「か……頭。すんません、カズの奴がゾンビに腕を噛まれちまって。何でも、外にメチャクチャ強ぇゾンビがいたらしく。コイツが近くでソイツを見るためにバリケードを少し越えちまって……その……」
あの2人は知っている……「トモ」と「カズ」と言ったか。
よく弟とつるんで遊んでいた悪友だ。
強いゾンビだと言ったが、それは施設に入る前に出会った「アイツ」の事か……?
カズと言われた学生は限界だったのか、膝から崩れ落ちるように、その場に倒れた。
全身に大量の汗を掻きながら、顔と身体に黒い血管が浮き出ている……間違いない。これはゼロに感染した時の初期症状だ。
「……オイッ! カズっ! しっかりせぇよオマエっ! 目ぇ開けえっ! 死んだらアカンぞっ!」
トモは両目に涙をためながら、弱りゆく友の胸ぐらを両手で掴み、意識を失わせないように必死に身体を揺さぶっていた。
「…………相沢」
「……あぁ、分かってる。かわいそうだが仕方がねぇ。せめて苦しまないよう1発で終わらせてやるよ」
俺が言葉を発するのと同時に、相沢は拳銃を取り出して銃口を「カズ」の額に向けた。
ここで感染者を出してしまったら、この施設全体にゼロが広がってしまう……残念だが、こうするより他に方法はない。
「……っ!? 相沢さん、撃たないで下さいっ!」
千月は、両手を広げて相沢の射線を遮るように立ち塞がった。
「へへ……オッサンよぉ~。ちぃと気が早いぜぇ……カズは助かる。俺の【outlaw medicine(無法者の薬)】がある限りなぁ~。千月さんよぉ……ちぃと刃物を貸してくんねぇかなぁ?」
千月は小さく頷くと、懐から刃物を取り出して弟に手渡した。
…………一体、何をするつもりなのか?
「カズ……口を開けな。今から【俺の血】を飲ませてやっからよぉ~。だが、痛みはスゲェあるぜぇ。耐えてよぉ、男を魅せてくれや」
弟は刃物の刃の部分を素手で強く握りしめた……流れ出た血がゆっくりと刃先に伝わり、仰向けになったカズの口の中に落ちていく。
「…………うっ!? ぐっ…………あっぐあぁーーーっ!」
弟の血を飲んだカズは、弓なりに身体を折り曲げ、激しい痙攣をしながら苦痛に悶えていた。
その様子を見て、相沢が千月に問いかける。
「オイオイ……千月ちゃん。何かヤベー感が満載なんだけど。あんなバッチィの飲ませて大丈夫なのコレ?」
「大丈夫です……今、カズさんの身体とゾンビウィルスが体内で闘っています。正平さんの血には【浄化作用】があるのです」
…………!? 浄化作用だとっ?
つまり、弟の血にはゼロを治癒する作用がある、と言うことか。
これが弟の【能力】……「outlaw medicine」
ほどなくして痙攣は収まり、顔や身体に浮き出ていたドス黒い血管は消え去った。
とはいえ、体内のゼロウィルスとの闘いに疲れたのか、カズは穏やかな顔をしながら意識を失い、静かな寝息をたて始めた。
弟は、この【能力】に気づいた経緯を説明した。
この施設にたどり着くまでに、ゾンビに噛まれて変異しそうになった避難民がいた。
その時、弟は自分の体内から【血を分け与えろ】という言葉を聞いたらしい。
「あん時はよぉ~、変な言葉が聞こえて自分の頭がおかしくなっちまったと思ったぜぇ。だがよぉ、御覧の通りよ。俺の血は治す力があるようだなぁ~。完全に化け物になっちまったら駄目だがよ」
……俺はゼロを【完全消滅】させる能力、弟はゼロを【浄化】する能力。
人間の体内からゼロを消滅させると言う1点では似通ったものがあるが、弟の能力は人を治療すると言う点で違う。
「この能力が【あの時】あれば母さんを助けられたかもしれねぇ……だけどよぉ、これは母さんが俺にくれた力だったのかもって今は思ってるよ。この力で困っている人を助けろってなぁ~……そうだろ? 兄ぃ」
「あぁ……そうだな。お袋なら、きっとそう言うはずだ」
相沢が探していた能力の持ち主は弟だった。
どうやら、俺達の旅の目的は弟に会う事で互いに達成されたようだ。




