確執
俺達は「放浪の目的」を小野達に伝えた。
小野は小さく頷くと、すぐさま謝罪の言葉を口にした。
予想した通り……先に拳銃を突きつけたのは小野達であり、相沢は「それ」に対処したにすぎなかった。
「相沢君……すまなかったな。君はカラーズとはいえ、金で雇われる傭兵の身。何故、私の息子と一緒にいるのか……その真意を私は知りたかった」
「ま、俺が相馬の護衛依頼を受けてるなんてソチラには分からないからねぇ、さっきの対応は間違ってないよ。相馬のパパ♪ それよりも……」
相沢の目がギラリと光る……と同時に、千月に高速で接近した相沢は、優しく彼女の肩を抱き、手に持っていた散弾銃を静かに取り上げた。
「先ほどは失礼しました。しかし、いけませんな……貴女のような可憐な女性が、こんな物騒なモノを持っては。今後、君の身に降りかかる火の粉は、私……相沢が払って差し上げましょう。どうですか……?お互いの親睦を深める為に、お酒でも嗜みながら、2人で大人の会話を楽しむというのは?」
若い女性に飢えていた相沢が、さっそく行動を始めた……切り換えが早いと言うか、本能に忠実と言うべきなのか。
千月を口説こうとする相沢を見て、小野は苦笑しつつ、俺達を施設の奥へと案内する。
若干、迷惑そうな素振りをしている千月は「のらりくらり」と相沢の口説き文句を避わしているようだった。
そんな相沢を尻目に、俺は施設に入る時に手助けをした「アイツ」が気になり窓から外の様子を見た。
ゾンビ達の死骸が死屍累々と転がってはいたが、どこにも「アイツ」の姿は見当たらない……一体、奴の目的は何だったのか。
俺を施設に入れさせる事が奴の目的だったとすれば「何の為に?」と言う疑問が出てくる。
奴が感染者である事は間違いない。
人間に対して協力的なゾンビもいる……
そのように楽観的に考えたい所だが、それは状況的に「ありえない」だろう。
奴が「協力者」なら、施設内に立て籠った人間達にとって脅威であるゾンビを全滅させているはず。
これは俺の直感だが……奴の目的は【施設に人間を集めている】のではないだろうか?
そんな事を考えながら小野達の後について歩いていると、施設の中心部にたどり着いた。
六角形の吹き抜けの天井を見上げると青空が見える。
この天井は電気制御による開閉式で、普段は閉まっているようだが、アウトブレイクが起きた時に開放していたようで「そのまま」になっているらしい。
常に天井が開いたままではセキュリティーの部分で不安もあるが、利点もあるそうだ。
最下層の床には雨水を貯める工夫がなされた簡易装置(キャンプ等で使用するテントを利用)を設置しており、生活用水として雨水を利用している、と千月は言った。
その装置の考案と設置は、小野の指示によって行われたとの事だ。
どうやら小野達は、この施設に避難している人間達の指示役として活動しているらしい。
「この施設には外資系の大型スーパーや飲食店がテナントとして入っていた為、食料品や飲料水は十分にあります。ですが生活用水に回すほどの水の備蓄はありません。雨水を利用する事で、その問題を解決出来ました」
貯めた雨水のおかげで毎日ではないが、簡単にだが体を洗う事や洗濯も出来るようになったらしい。
これは水の無駄使いとも思えるが、重要な意味があると小野は言った。
「……慣れない長期の集団生活は、体より精神に負荷がかかる。まして危機的な状況では尚更だ。蓄積された負荷は他者への嫌悪の感情を高め、やがて嫌悪は暴力へと形を変える。そうなれば集団は内部から自然崩壊する」
なるほど、生存者達へのストレス緩和策か……雨水は空気中のホコリ等を含んでいると聞いた事はあるが、贅沢を言っている状況ではない。
皮膚病対策の為、ウェットティッシュで体を拭いて済ませている俺達に比べれば、ここにいる人間達の方が清潔そうだ。
「フーム……流石に組織を率いていただけはあるねぇ。そーゆー細かい所に気を配るのは感心するわ。集団ってのは【作る】よりも【維持】するのが大変だからなぁ。お前の父ちゃんは有能だぜ? 相馬♪」
相沢は腕組みをしながら頷いていた。
組織の維持、か……たしかに人数が多ければ多いほど、集団において「人の軋轢」は生まれる。
俺も「アウトサイダー」と呼ばれた愚連隊を率いていたから、組織の維持の大変さは理解出来る。
……人は何か特別な理由が無くとも特定の人間を拒絶するものだ。
それは「性格」だったり「顔」「雰囲気」など……自分や家族に直接的な危害を加えた人間でもないのに、そのような「理由」をつけて嫌悪する。
俗にいうと「自分に合わない」というやつだ。
小野がとった緩和策は、ささやかではあるが一定の効果があるのだろう。
これまで食料品の配給に不満をこぼす者や、暴動などは起こっていないとの事だ。
「小野さんっ! 先ほどの銃声は…………っ!?」
俺達の元に急いで駆け寄る避難民がいた。
「おや、誰かと思えば葛城君じゃないか……フフフ。やはり生きていたんだね。安心したよ」
その顔……その声は忘れる事はない。 友人である安藤武志の足をナイフで刺し、土壇場で俺達を裏切った男。
ーーーー高槻 勇ーーーー
奴の顔を見た瞬間、俺の視界が赤く染まった。
俺の体の内から憎悪と力が溢れ出てくる……ZEが勝手に発現してしまった。
これは俺の憎しみに反応したのもあるが、ZEの意志も感じる……ZE細胞が俺に「要求」する。
…………奴の存在を許さない、と
相沢の制止を無視して、高槻の首を「ねじ切る」ために飛びかかろうとした、その時…………
「ーーー兄ぃっ!!」
懐かしい、その一声で俺は理性を取り戻した。
声がした方に振り返ると弟の葛城正平がいた。




