血族
どうにか3階の侵入口にたどり着いたが、俺の目に映ったのは「一触即発」の状況だった。
丸腰の「あの男」に向かって拳銃を突き付ける相沢……その相沢に向かって散弾銃を構える黒いスーツ姿の女がいた。
……施設の屋上を双眼鏡で覗いた時には服装からして男性2人組だと思っていたが、片方は女だったのか。
「……無事だったか相馬。こっちはチョイと物騒な事になっちまってな」
「……そのようだな」
男の立っている場所から、少し離れた所に「見慣れない拳銃」が床に転がっていた……これは相沢の仕業だと思われる。
先ほどの銃声……理由は分からないが「あの男」と相沢が交戦状態になり、相沢が男の拳銃を弾き飛ばした。
それを見た女が、相沢に対して散弾銃を構えた。これまでの経緯を予想すると、そんなところだろう。
この状況、俺が拳銃で女を制すれば分はコチラ側に傾く……
「あの男」と女に気付かれないように、ゆっくりと右手を後ろに回そうとしたが、この行動を察知した女は、即座に警告の言葉を発した。
「妙な真似はしない事です。貴方が背後に隠した銃を取り出す前に、私は彼を撃ちます。この距離なら外しようがありません……カラーズの相沢直樹といえども避ける事は不可能でしょう」
「ほう……どうやらカラーズをご存知のようだな。こんな美人さんに俺の事を知っててもらえてるのは嬉しい事だが、不可能なんて言われちゃ火ぃついちまうな……いっちょ試してみるかい?」
余裕ぶった笑みを浮かべる相沢だったが、この状況で有効な打開策でもあるのだろうか?
あの女……わずかな俺の動作を察知するなど隙がない。かなり実戦慣れをしているようだ。
「銃を下ろせ……千月。彼は本気のようだ……殺られるぞ」
上司と部下の関係なのか「あの男」が、そう命令すると「ちづき」と呼ばれた女は迷うことなく銃を下ろした。
続けて相沢も銃を下ろし、女に向き合った。
「へぇ……アンタが【征龍会】のナンバー2と言われる「散弾の千月」か。こんな美しい女性だったとは驚きだぜ。いい駒お持ちじゃないの……征龍会の会長【小野 刃】さんよ」
…………っ!?
あの男が【小野 刃】だとっ!? まさか、こんな所に……
「カラーズの赤い狼……やはり私を知っていたか。自己紹介する手間が省けて助かる。それと……相馬。本当に久しぶりだな」
唖然としている俺の顔を見て、相沢は不思議そうに首を傾げていた。
「へっ? おたくら知り合いなの?」
俺は顔をうつむけながら相沢に説明をした。
「……知り合いどころじゃない。征龍会の【小野 刃】は俺の父親だ。籍は入れてないが、妻の名前は葛城 小夜子……それが俺の母親の名だ」
目の前にいる男【小野 刃】は、俺が幼い頃に何も言わずに家を出ていった。弟の正平は父親の記憶すらないだろう……お袋が俺にだけ父親の事を話してくれていた。
どんな人間で……何をしていたのかを。
「さっきから驚きの連続だぜ……まさか【小野 刃】に身内がいたとは。それも相馬、お前が息子だったなんてなぁ~。お前の闘いのセンスは親譲りって奴なのかもな」
相沢は俺が【小野 刃】の息子である事を納得しているようだが、俺自身は「コイツ」を父親と認めてはいない。
お袋は苦労しながら「女手一つ」で、俺と正平をここまで育ててくれた……血縁上の父親である「コイツ」は家族としての責務をとっくに放棄した人間だ。
「……小夜子から私の事を聞いたようだな。お前達の前から突然姿を消した事は、心から申し訳ないと思っている。だが、それは家族を守る為でもあった……」
「笑わせる……家族を守るだと? お袋は感染拡大後にゾンビとなった。そのお袋を殺したのは俺だ……挙げ句、弟の正平は行方不明。俺達が1番いて欲しい時にソコに居なかった貴様が吐いていい言葉じゃないだろう?」
憎悪を込めた視線に耐えられなくなったのか、小野はカウボーイハットを深く被り直し、俺の視線を遮った。
「……若様っ! 刃様は家族を思って苦渋の決断をなされたのです。どうか思い違いをなさらぬよう…………うぐっ!?」
「女……俺の事を「若」と呼ぶんじゃねぇっ!」
「若」と呼んできた千月に無性に腹が立った俺は、片手で彼女の胸ぐらを掴み、締め上げながら身体を持ち上げた。
この力……「憎悪」による怒りにZEが呼応し、無意識のうちに「発現」したようだ。
「おぉーっと! チョイまち相馬! それ以上やったら駄目だぜ? とりあえず落ち着こっか」
相沢の言葉で冷静さを取り戻した俺は、即座に彼女を解放した。
千月は呼吸が出来なくなっていたのか、地面に伏せて咳き込んでいる。
「相馬……信じてもらえないかもしれないが、私は家族を守る為に、再びこの街に来た。お前の弟……正平は施設にいる」
小野の言葉は衝撃的だった。
弟が……この街で探し続けていた弟の正平が、この施設にいると言う事。
ようやく俺の旅路は終着点をむかえた。




