偵察
目的地の大型商業施設の名は「パラダイスシティー」……【日々の暮らしに必要な物は全て揃います】を売り文句に、数年前に広大な土地を「地上げ」して出来た商業施設だ。
この「売り文句」に相違はなく、有名ブランドを扱うアパレル店や高級料理をはじめとする数多くの飲食店、日用雑貨を安く販売する大手チェーン店など多種多様なテナントが入居している。
「生活品が全てが揃う」とは聞こえがいいが、この辺りに住んでいる地元民にとっては「無用の長物」と言っていい。
市の中心の駅前には大きな商店街があり、大概の生活品はソコで購入出来る。
わざわざ駅から遠く離れた商業施設になど買いに行く必要性が無いからだ。
PR広告に莫大な費用をかけた割に地元民の利用は少なく、利用客は市外からが多いと聞く。
この街の出身である「大物政治家」が口利きをした「肝いり案件」との事だが……噂では採算がまったく合わず、撤退する店舗が続出しているらしい。
近隣住民から【事業失敗】と陰口を叩かれているのも頷ける話だ。
……その「大物政治家」は、先程まで俺達がいた大型公共施設の建設も手掛けていて、市民からは【箱物行政野郎】と批判されている。
「しかしコイツは、たまげたぜ……チョイとしたコンサート会場が満員になるぐらいに奴等がウジャウジャいやがる……」
俺達は大型商業施設から少し離れた場所に拝借した装甲車を停め、近場の雑居ビルの屋上から双眼鏡で様子を伺っていた。
商業施設の利用客用の広大な駐車場には、数えきれない程の大量のゾンビ達が蠢いていた。
そのゾンビの大群の中には、以前に戦った「包む者」(カヴァー)の姿も少数だが確認出来た。
「ああ……とてもじゃないが2人で処理出来る人数じゃない。せめて装甲車に機銃があればな」
パラベラム部隊が使用していた装甲車は、通常なら車体上部に設置してある固定機銃が全て取り外されていた。
相沢が言うには、ミスト部隊がライオットカンパニーから装甲車両を買い上げた後に【日本仕様】として固定武装を取り外し、単なる兵員輸送車両として運用していたのではないか、と言っていた。
「……どうやら施設の正面入口は封鎖されているようだ。装甲車の体当たりで突破は可能と見るが、そういうわけにもいかないしな」
おそらく施設内にいる生存者達の仕業だろう。
入口に物か何かを積み上げて、ゾンビ達の侵入を防いでいるように見えた。
……単純に施設内に侵入する事は容易い。
乗ってきた装甲車で入口を破壊しながら、意気揚々と生存者達に会えばいい。
だが、そんな事をすれば俺達が破壊した入口から大量のゾンビ達も施設内へ侵入してくる。
「……何か上手い手はないものか。 ……むっ!?」
ふと施設の屋上に目をやると、男性と思われる者達が2名……互いにリクライニングチェアに座りながら、優雅に本を読んでいるのが見えた。
「相沢、屋上に誰かいるぞ……」
「オヤオヤ……呑気に読書中とはね。ずいぶんと余裕がありそうじゃないの」
どうやら、あの商業施設に生存者がいるのは間違いなさそうだ……そして、施設内にいる生存者達は比較的争いも無く治安は維持されている、と見ていい。
もし生存者達が食料等で争い事を起こしていれば、あんな場所で本を読んでいたりはしないだろう。
「……あの2人に俺達の存在を知らせてみないか? 何らかの行動があるかもしれない」
「そうだなぁ、こっちから押しかけるのはキツいが……あの施設の中から手を回す事は出来るかもしれねぇ。よぉしっ!やってみっかっ!」
相沢は懐から出した発炎筒を炊いた。
これならば目視でも発炎筒の赤い煙に気付いてもらえるはずだ。
だが、肉眼で俺達の姿を確認出来る距離ではない……もう少し施設に近づきたい所ではあるが、ゾンビ達に発覚されてしまっては色々と不味い事になる。
「あの商業施設は【複合施設】だったよな? だとしたら双眼鏡の1つや2つぐらいは置いてあるだろ。余程のアホじゃなきゃ確認してくれるとは思うが……」
「……っ!? 煙に気付いた奴が双眼鏡でコッチを確認しているぞ」
なるほど、あの2人は休憩をするために屋上にいるわけではなかったようだ。
おそらく【見張り】……自分達を救助してくれる者を確認する為にいたのではないか?
「……なんだ? 緑色の光が見えるが」
双眼鏡で俺達を確認している男が、ライトをコチラに向け、光を不規則に点灯させている。
「オイオイ……あの野郎は船乗りか? これはモールス信号じゃねーか。ライトの光で会話しようとしてるぜ」
モールス信号……無線等で使われているイメージだが、光の点滅で信号を伝える事も出来ると言う。
俺には全く分からないが、相沢はモールス信号を解読し、相手に伝える事も出来るようだ。
「なかなか優秀な人間がいるじゃないの。これで「会話」は出来そうだ。奴に施設内に入る手段を考えてもらおうぜ」
まさか施設内の人間と意志疎通が出来るとは、これは嬉しい誤算と言ったところか。
はたして弟の正平は「あの場所」にいるのだろうか……




