情報
俺達はパラベラム部隊が宿舎として利用していた仮設事務所へと足を運んだ。
奴等が保管していた医療品や食料品、弾薬や使えそうな物を頂戴するためだ。
仮設事務所の電力を賄う発電機を再起動させ、いざ物資の品定めを始めようとしたとき……腕の傷の治療をさせて欲しい、と相沢が言ってきた。
今まで暗闇の中で気付かなかったが、ライトで照された室内で見せてくれた左腕は、奴の闘いの最中に負った刃物による創傷の出血で赤く染まっていた。
傷の治療を俺は直接手伝う事は出来ない……万が一、傷口から俺のZEが混入してしまったら、相沢が感染してしまうからだ。
出来る事と言えば、治療の為の医療キットを室内から探してやる事ぐらいだった。
鋭い刃物などで負った創傷は、適切な処置を素早く施せば案外治りは早いらしい……相沢は椅子に座ると治療の為に上半身の服を脱ぎ、止血帯で最小限に出血を抑え、テーブルに置いてあったテレビのリモコンにタオルを巻きつけて口に咥えた。
創傷の深さが皮下脂肪にまで届いている為、針と糸による縫合の必要性があると言う。縫合の際に麻酔を使用しない時は、痛みに耐えるために物を口に咥えた方がいいらしい。
そんな事をしなくとも医療キットの中にあった麻酔薬を使用した方がいい、と進言したが……【どうせ麻酔が切れたら痛くなる、俺は強い子だから大丈夫】と言って却下された。
腕の感覚が鈍るのを嫌っているのか、あまり麻酔を使用したくはないようだ。
相沢は医療キットから消毒液と縫合用の針と糸を取り出し、傷口をサッと消毒液で洗い流すと、テキパキと手慣れた手つきで傷の縫合を始めた。
「ふぁったくっ!ほへはまのファーヘェクトホヘーに、ほへふぉふぇははって……はのふほはろっ!【まったくっ!俺様のパーフェクトボディに、傷をつけやがって……あのクソ野郎っ!】」
……何を言ってるのか理解不能だが、自分の身体に傷をつけられた事にブツクサと文句を言っているのは予想できた。
傷の縫合が完了し、短時間で止血作用が見込める止血パットを貼り終えた相沢は、おもむろに煙草を取り出して一服し始めた。
出血が酷い時には煙草は吸わない方がいいと聞いた事があるが……その辺は気にしてないようだ。
「フィ~……痛みに耐える訓練は腐るほどしてきたつもりだが、やっぱイテェもんはイテェぜ!」
椅子の背もたれに無気力に寄りかかり、テーブルに無作法に両足を乗せながら、旨そうに煙草を吸っていた相沢に俺は質問をした。
「……お疲れのところにすまないが、ひとつ聞きたい事がある。奴が最後に言っていた事なんだが……」
この世界が死に満ち溢れてしまった原因……それは、まぎれもなく【ゼロ】によるものだ。
マリアは「ゼロを含んだ隕石」が世界中で同時に破裂し、その場に居合わせた人間がゾンビとなって感染拡大を起こした、と言っていた。
しかし、奴の言葉は……そこに至るまでに何か2次的な要因があるような含みを持たせていた。
感染拡大を意図的に起こしたのはライオットカンパニーであるような……
その部分を、俺は相沢に問いただした。
「オイオイ……俺達は「人類存続」の為に、今まで命懸けで戦ってきたんだぜ?そんな「人類滅亡」を企むような事をするわけないっしょ。あのヤク中の戯言をマトモに聞いちゃダメだぜ」
奴が使用していた「オーバードライヴ」という薬は、肉体の苦痛を消し去る効果と凄まじいほどの筋力増強を使用者に与える代償に酷い幻覚作用と精神錯乱を起こすらしい。
肉体の機械化は拷問に等しい苦痛を所有者に与え続ける……奴は右目を機械化した時から苦痛を和らげる薬を常時服用していると推測され、そんな人間の戯言は信用に値しない、と言った。
「……俺より年下の人間が、目をキラキラさせながら【俺も人類の為に戦う】って入隊してきてよ。翌月に遺体袋で拠点に帰還する光景なんざ嫌になるくらいに見てきたぜ……」
相沢は煙草の煙をジッと見ながら寂しそうに話した。
「そんな奴等の思いや意志を俺達は継いでるんだ。それを裏切る奴なんかいやしねぇよ。そんな奴がいたとしたら……俺がそいつを殺してやる」
「相沢……すまない。どうかしてたようだ、カラーズを疑うような事を言ってしまって……」
椅子から立ち上がった相沢は、奥の棚にあった洋酒とグラスを手に取ると「乾杯をしよう」と持ち掛けてきた。
「ハイッ!湿っぽい話はこれまでっ!俺達は前に進むしかねぇだろ? まずは乾杯をしようぜ」
あまり気乗りがしない俺に、相沢は兵士達を始末する前に有益な情報を聞き出した、と言ってきた。
「この近くに大型商業施設があるらしいが……どうやら生存者が多数いるって話だ。もしかしたら、弟さんもソコにいる可能性が高いぜ」
ショッピングモール……たしか、オープン当時にお袋の買い出しに付き合わされて行った覚えがあるな。
家から遠い場所にあるから、まだ探索していなかったが……生存者が立て籠っていたとは。
「わずかな希望が見えてきたってことだ。ホレ……」
相沢はグラスに並々と度数の強い洋酒を注ぎ込み、俺に渡してきた。
弟が生き残っていれば、そのショッピングモールにいる可能性は高い……か。
調べてみる価値は大いにありそうだ。
「今日の命に乾杯!」
相沢の掛け声と同時に、俺はグラスの中の酒を飲み干した。




