赤い狼の咆哮【下】
戦場である建設現場を煌々と照らしていた照明が消え、対峙する2人は暗闇に包まれた。
ほのかな月明かりが上空から差し込んではいるが、光量は無いに等しい。
静寂な闇の中、奴の勝ち誇った声が辺りに響きわたった。
「アイザワ、これでお前はÈchec et mat【詰み】だ!ククク……お前も夜目は効く方だろうが、俺の能力は知っているだろう?」
「……真っ暗闇でも暗視装置を装着したかのように視界を確保できる特異体質、たしか真夜中の旅人【ナイトウォーカー】だったな」
奴のカラーズとしての能力は、暗闇の戦闘に特化した能力だったのか。であれば、この状況は奴にとっては「水を得た魚」のようなもの。
いかに相沢が近接戦闘の技術で奴を上回ったとしても、はたして勝つ事ができるのか……?
「フフフ……俺が何の手土産も無しに、お前と勝負するとでも思ったか?この右目の装置は熱感知の能力を俺に与えてくれたのよ……まさに【死神の目】ってやつをなぁっ!!!」
突然、真っ暗闇の中で金属音が連続して鳴り響くと、幾つもの小さな火花が散った。
こちらからは何も見えないが、奴が相沢に襲いかかったようだ。
「ククク……この暗闇の中でよく防いだ。だが、手応えはあったぜぇ。ホールチーズを削るかように、その黄色い肌を少しずつ削いでいくとしようか」
まずいな……どうにか攻撃を防いだようだが、劣勢ある事にはかわりはない。
俺が相沢の身を案じていると、身体が燃えるように熱くなり、目の奧に違和感を感じた。
この身体の感覚はZEが発現した時の……だが、ゾンビに襲われているわけでもなく生命の危機に瀕しているわけでもない。
何故、発現したのか…………?
目の違和感が治まると、先程まで暗闇で見えなかった周辺がハッキリと見えるようになっていた。
月明かりの光量が強くなったのではない。
猫は人間よりも夜目が効くと言う。それは猫の網膜には反射板があり、暗闇の中の僅かな光を「その板」が増幅して視界を確保していると聞いた事がある。
人間が猫が持つ反射板を持って産まれるハズが無い。奴のコードネーム【緑の猫】は、夜目が異常に効く事から名付けられたのだろう
先程の目の違和感……2人の戦いを目を通して観察したいZEが、「猫の目」のように俺の目の中に反射板を作ったのか?
ともあれ、これで2人の戦いを観る事が出来るようになった。
「ククク……諦めろ。しょせん劣等人種である有色人種が優等人種である白人に勝つ事など出来んのだっ!」
「へッ……人の優劣を肌の色で決めやがって。相変わらず胸糞ワリー野郎だ」
相沢は足場にしていた鉄骨から地上へと飛び降りた。
英断ではある……地上に降りれば少なくとも「下」からの攻撃はない。
それでも不利な状況には変わりはないが……
「無駄な事を……地上に降りた所で、お前に何が出来ると言うのだ? …………ぬっ!?」
相沢は四肢を脱力し、前のめりな前傾姿勢をとった……その瞬間。
これは……殺気なのか? 距離が離れた俺の肌にも突き刺さる威圧感。
相沢の身体から溢れんばかりの殺気が放たれている。
「……どうした? かかってこいよ……コーツ。怖じけついたか?」
「ククク……何をするかと思えば、ただ殺気を纏わせただけだろうがっ!なめやがってっ!!!」
奴は足場から跳躍し、上空から勢いよく斬擊を放ったが……相沢は人間とは思えない速度で攻撃を避けて奴の背後に回り込んだ。
「フン……大した動きだ。だが、それがどうした? 俺には【死神の目】がある。この目からは逃れる事は出来んぞ!」
たしかに、奴には暗闇でも獲物を捕らえられる目の能力がある。
いかに相沢が素早く動いても、いずれは捕まってしまうだろう。
「1つだけ誉めてやるよ……この技を決闘で出させたのはテメェが初めてだ。血に飢えた魔狼の一撃をなっ!」
相沢が先程と同様の速度で奴の周りを高速で回り始めた。
だが、凄まじい速度で走っているにも関わらず、足音は皆無……これは相沢の能力である無音高速移動術【狩りの領域】を使用しているようだ。
「ハハハ……バカめっ!貴様の能力は足音を消して獲物に感づかれずに殺る技っ!殺気まみれの今の貴様の位置など手に取るように分かるわぁっ!」
奴の言う通りだ……相沢は殺気を放ちすぎている。
あれでは自分の位置を相手に教えているようなものだ。
「ククク……分かるぞっ! そこだぁーーーっ!」
奴が確信を持ってナイフを振り下ろした場所に相沢はいなかった。
瞬間……相沢は幻影のように姿を現わすと奴の脇腹にナイフを突き刺し、そのまま無情に斬り裂いた。
「ぐばっ…………バカなっ!そんなハズは……こっ、この……俺がぁーーーっ!」
奴は大の字になって地面へと伏した。
相沢は頭に巻き付けていたバンダナを取ると、空を見上げて呟いた。
「許してくれ、アレックス……お前の仇はとったぜ」
カラーズ同士の死闘の決着はついた。




