赤い狼の咆哮【上】
仮設階段を上がり終えた相沢は、およそ足場とも言えない鉄骨の上を渡り始めた。
落下の危険性がある不安定な足場の上で戦うなど常人では考えられない。
だが、あの2人は異能とも呼べる特殊能力を持つ精鋭部隊の人間。レッドウルフのコードネームを持ち、近接戦闘のスペシャリストの相沢……かたや西側で死神の異名を持つ元カラーズのガーランド・コーツ。
彼らにとっては平地で戦う事と何ら変わりの無い事かもしれない。
互いに殺意を持って向き合う2人の光景を見て、俺は胸が高揚する感覚を覚えた。
だが、これは俺の意志ではない……どうやら俺の中のゼロが2人の対決に興味を示しているようだ。
人間同士の争いには関与しないと思っていたが、達人同士の命を賭けた戦いには興味があるのか……?
それとも命を懸けた「決闘」と言う場面に興奮しているのか……
いずれにせよ、2人の戦いを俺は見守る事しか出来ない……奴は相沢にとって親友の仇。
決着は自分の手で着けたい、無粋な横槍は相沢も望まないだろう。
「ククク……この時を俺は待っていた。テメェに取られた右目の礼を返す時をなぁっ!」
「俺は後悔してるぜ。何故、お前みたいな奴に恩情をかけちまったのか……その事にな」
相沢は続けて話した……
部隊の夜間訓練の最中、自分の殺害を企てたコーツを退けた際に、奴の命を奪わずに利き目だけを奪った過去を。
たとえ自分を殺そうとした人間とはいえど、同じ釜の飯を食った者同士……トドメを刺す事が出来なかった。
だが、結果的にそれが友の死につながってしまった事を今は後悔していると……
「……お前を生かしてはおけねぇ。今度はキッチリと地獄へ叩き込んでやるぜっ!」
「俺に情けをかけただとっ!? ククク……言えや!クソ猿がぁーーっ!!!」
コーツは怒号を吐きながら手にしたナイフで相沢に斬りかかった。
ナイフの刃で奴の斬擊を受けとめた相沢だったが、奴の凄まじい腕力で身体ごと押し潰されそうになっていた。
「……ぐっ! この力は……っ!」
「ククク……どうしたぁっ!? そんなに力は入れちゃいねぇぞ。非力な猿野郎がっ!」
奴が装着しているグラビティスーツの補助機能は想像以上のようだ。
人間離れした身体能力を装着者に与える戦闘服……それは接近戦では驚異となる。
つばぜり合いでは圧倒的に不利とみた相沢は、即座に前蹴りを奴の腹部に打ち込み、反動で危機を脱した。
「……あがけあがけ。テメェにはそれくらいしか出来ないだろうからな。ゆっくりと絶望を味わせてやる」
十分な余裕を見せるコーツに対して、相沢はナイフを両手で持ち、まるで剣道の「中段の構え」ような型をとった。
「なんだそれは……サムライのつもりか?」
相沢は奴の問いに無言で答えた。
その所作に苛立ったのか、コーツは先程より勢いを増して相沢に斬りかかった…………だが。
相沢は体勢を崩すことなく、奴のナイフの斬擊の軌道をそらした。
力任せに弾いているのではない……刃先を合わせて受け流しているように俺は見えた。
恐ろしい速度で繰り出される高速の連擊をいとも簡単に捌いていく……これが相沢の「戦闘技術」なのか。
「チィっ!……味な真似を」
「これでお前に勝ち目はねぇ……いや、最初からテメェは俺に負けていたのさ。己の技術を高める事をせずに「戦闘服」に頼った時点でな」
強い……これが本気になった相沢の力か。
異能集団ともいえる精鋭部隊カラーズの中でも接近戦においては、自分の右にでるものはいないと豪語するだけの事はある。
「勝ち目が無いだと……? この俺を見下した台詞を吐くんじゃねぇーーっ!」
激昂した奴は相沢の周りを狂ったように縦横無尽に飛び回った……大きな円の中心を相沢とし、その円の中を飛び回るムササビのように。
「黄色いバナナの皮を剥いでやるぞっ!日本人がぁーーっ!」
「へっ……曲芸が奥の手とはな。足りねぇ脳ミソもここまでくると笑えてくるぜ」
反動を使った3次元の攻めを仕掛けるコーツだったが、相沢の「受け流し」には通用しなかった。
逆に受け流がされた間際に軽く斬撃を入れられ、奴のスーツはキズだらけになっていく……
「バ……バカなっ!? こんなことがっ!! この俺がぁっ!!」
「終わりだぜ……コーツ。アレックスがあの世で待っている。せいぜい可愛がってもらうんだなっ!」
息を切らし立ち止まったコーツに相沢が攻撃を仕掛けた瞬間…………2人を照らしていた照明の明かりが無くなった。
「……なにっ!? コーツ……貴様っ!」
「ククク……やはり保険を掛けておいて良かったぜぇ。Bienvenue!アイザワ……俺の独壇場へ」
突然の闇……2人の姿がまったく見えなくなった。
どうやらコーツは、俺達をココに招き入れる前に照明に細工をしていたようだ。
戦いはさらに混迷を極めていく……




