使徒【上】
「相馬ー!いつまで寝てるのー?早く起きなさい」
「…お袋の声…ここは…俺の部屋か?」
懐かしい声で俺は目覚る。
そこは見慣れた光景…つけっぱなしだったテレビからは、ニュースキャスターがコメンテーターと共に笑いながら全国の天気予報を伝えている。
「あれは夢…だったのか?」
いつも通りの日常、俺はタバコを口にくわえて火をつける。
窓の外には雲1つない青空が広がっていた。
ふと自分の腕を見ると「感染者」に噛まれた腕の傷跡はない。
何もかもが夢だったのだ…俺は溜め息をついて吸い終わったタバコを灰皿に押し付け、込み上げてくる笑いを押し殺しながら、部屋の扉を開けて1階の台所へと向かう。
台所には制服姿の正平が台所の椅子に座りながら、俺を待ちわびていた。
「ようやく来たかよ兄ぃ!早く席についてメシ食おうぜ!俺、腹減ってたまんねーよ」
手招きする弟の姿に相づちをうちながら、俺は台所の席に座った。
笑顔のお袋は、俺と正平の席の前に台所から持ってきた料理を並べる。
「うはぁー!あいからわず旨そうだなー!なぁ?兄ぃ」
喜ぶ弟を尻目に俺は並べられた料理を目にして驚愕した…
…………皿の上には人の腕が置いてあった。
腕の切断面からは血が流れ出ていて、まるで今切ったばかりのようだった。
「どうしたの?相馬…あなたの好きな物でしょ「コレ」は」
不思議そうに俺を見つめるお袋…正平は出された腕にかじりつき、口のまわりを真っ赤に染めながら夢中になって食べている。
俺は慌てて席を立ち、後退りした。
「お袋!これは一体何の真似だ!こんな…」
お袋は怒鳴った俺を黙殺し、自分の「食べ物」を食し始めた。正平とお袋は狂ったように「腕」にむしゃぶりついている。
俺は台所にあった包丁を手に取ると、2人から距離をとって構えた。
ようやく自分たちの「食事」が終わると、お袋達は俺に向き合った。
「あら…そんな物をもってどうする気なの?相馬…まさか、私を「また」殺す気なの?」
「兄ぃ…なんで食べないんだ?もう俺達の仲間になったんだろ? それとも…」
2人は気が触れたように笑いながら、俺に切断された人の腕を持ってこようとする。
俺は手に持った包丁を降り下ろす事も出来ずに、ただ後退していた。
「やめてくれ…こっちに来ないでくれ…お袋…正平」
全身からいやな汗が吹き出てくる…お袋は、自分のえぐられた喉を見せて俺に話しかけてきた。
「お母さんを刺すなんて…私はそんな子に育てた覚えがないのに…悪い子ねぇ。正平はそんな事はしなかったわよ?」
俺の脳裏には「あの時」の映像がハッキリと写し出されていた。
そう…俺は
「もういい…やめろ!やめてくれぇーーーっ!!」
…次の瞬間、俺は腕の痛みと共に目を覚ました。
「ここは…?さっきのは夢だったのか?」
見知らぬ部屋のベットで仰向けに俺は寝ていた。
体を動かそうとしたが、俺の体は頑丈なロープでベットにくくりつけられていて、微動だに出来ない。
「俺は…意識を失って…それからどうしたんだ?」
侵入した家で意識を失い、誰かが家の扉を開けた所までは覚えていたが…それから先は分からない。
1つ分かる事は俺を縛りつけたのは人である事くらいだ。
扉を開けたのが「感染者」なら、こんな事はせずに俺を「処理」しているはずだからな。
ぼんやりと部屋の天井を見ながら考えていると、俺が寝ている部屋の扉が開く音がした。
「どうやら…お出ましのようだな」
呟いた俺に扉を開けた人物は近づいてくる。
寝ていた俺の横に来ると「ソイツ」は俺を縛っていたロープを切り始めた。
「おめでとう。相馬君…やはり君は僕が見込んだ通りに選ばれたようだね」
縛っていたロープがほどけ、俺は優しく話しかけてきた人物を見る。
そこには、大学の講義で一緒だった見知った顔がいた。
「安西…どうしてお前がここに」
安西 優…哲学の講義で一緒だった奴だ。所謂、文化系といった感じで体つきは華奢だが、講義内容で腑に落ちない点があると、大学の講師の研究室まで押し掛けるほど真剣に講義を聞いていたのが印象に残っている。
…たしかクリスチャンだったとか。
「僕も選ばれたんだよ…そう、君と同じく神に」
そう…これは歪んだ妄想ゆえに狂信者に成り果ててしまった男…安西 優との出会いだった。