守護者【下】
笹本さんの話によると本日、全警察署員に緊急に通達された命令があったそうだ。
それは、全国緊急配備……本来は指名手配された犯人を検挙する際に行われるものらしいが……実施されるのは検問ではなく封鎖だった、との事だ。
「とにかく全ての機動車両で主要道路を封鎖し、市民の県外への移動を禁止しろ、と上からの命令だった……おまけに警戒にあたる全ての警察官は拳銃を所持するようにと……な」
この命令が本当なら警察庁の上……つまり、政府は化物が街に現れる事を事前に知っていた、と言うことか。
……だが、現場で警戒にあたる警察には、化物どもの情報を与えず「捨て駒」にしたようだ。
いかに日本の警察といえど、事前に情報も無く化物達を目の前にして対処など出来るわけがない。
「笹本さんも警戒任務を?」
「あぁそうだ……あれはまさに「地獄絵図」と言うに相応しいものだったよ。理由もなく道路を封鎖された市民は暴徒のようになっていてな……まぁ、それは何とか抑えてはいたんだが……」
笹本さんは重い口調になり、話しを続けた。
「突然、押しかけた群衆の中から悲鳴が上がり「奴等」が市民達を襲い始めた……立ち往生していた市民達は逃げる事も出来ず、1人……また1人と喰われて化物になっていった。我々も必死に応戦したのだが……」
「……そうですか」
胸ポケットから煙草とライターを取り出し、笹本さんは暗い顔をしながら火をつけた。
「俺はな……相馬。あの現場から逃げたんだよ……決して許される事じゃない。たとえ死のうが俺は市民を守る警察官として最後まで戦うべきだったんだ」
笹本さんは、直属の部下であった若い警官に現場を離脱するように促され持ち場を離れたらしい。
恐怖に負けて警察官としての使命を果たせず、自分の命を優先させてしまった……その事を酷く後悔していると。
「あのまま逃げようと思えば逃げれたろう……だが、そんな事をすれば、俺は一生後悔する事になる。恥をさらして生きて何になる、とな」
「俺も同じです……」
俺は笹本さんに自分に起きた出来事を話した。
「そうか……お袋さんと弟を。さぞ辛かったろうに……」
笹本さんは親身になって聞いてくれた。
「相馬……俺が言えた義理ではないが、あまり自分を責めるな。お前が生き残ったのは俺と同じ、何か理由があるはずだ。亡くなったお袋さんも弟も、お前が無駄死にする事を望んではないはずだ……さて、俺はもう行かねばならん」
着ていたコートの襟を正しながら立ち上がり、笹本さんは家の玄関へと向かった。
「……どこへ?」
「まだ街にいる市民を助けなければならん……この年寄りに何処まで出来るのかは分からんがな」
「死ぬつもりなんですか……?」
笹本さんは苦笑しながら、俺に敬礼をすると家から出ていった。
あの顔は死を覚悟した顔だった……だが、あの人は自ら死地へと歩んでいった。
一度屈した死の恐怖をも勝る「決意」……自らの命を賭してでも守らなければならない使命を背負った人間の魂を、老いた警官の中に俺は見た。




