友の願い
「いでぇっ!……痛えよぅ~~死むぅ!ひいぃ~~」
足に刺さったバタフライナイフの痛みで、中年は手に持っていた出刃包丁を床に落とした。
俺は泣き喚く中年の脂ぎった髪の毛を掴み、頭部を壁に押し付けた。
「テメェの「処理」は後だ……今は寝ていろ」
恐怖と痛みで、だらしなく鼻水をタレ流していた中年の鼻っ柱に強烈な「肘打ち」を俺は叩き込んだ。
「ぷぎぃっ!?………ぶぺっ!」
中年は体を小刻みに痙攣させながら、ゆっくりと床に倒れ込んで気絶した。
今はコイツに構っている暇はない……武志の出血を止める為に迅速に行動しなくては。
俺は台所や洗面所からタオルを集めて武志の傷口を必死に押さえた。
だが、どれだけ強く押さえてもタオルは血で赤く染まるだけで出血は止まらなかった。
すでに武志の顔色は青みがかり、呼吸は不規則になっていた。
「クソッ!……血が止まらない。武志……死ぬなっ!」
「そ……相馬。いいんだ……俺は……もう」
武志は血で真っ赤に染まった俺の手を掴み、か細い声で呟いた。
状況は絶望的だった……武志は人体の機能が保てなくなるほどの出血をしていた。
そして、それを防ぐ手段がない……俺は徐々に弱っていく友の姿を見ているしかなかった。
「や……やっぱり……俺じゃ……お……お前になれなかったよ」
「俺にっ!?……一体何を言ってるんだ」
意識が朦朧としている武志は視線が定まらず、うわ言のように喋っていた。
「もう……か……母さんの所に逝くよ。ありがとう……ありがとう……相馬。俺なんか……の為に」
「諦めるなっ!しっかりしろっ!お前の妹はどうなる。兄貴のお前が守らなきゃならないだろ!妹を見捨てるのかっ!?」
妹と聞いて、武志は閉じかけていた目を少しだけ開けて涙を流した。
「さ……桜。ごめんな……兄さんは……お前を守れなかっ……た。相馬……最後の頼みが……あるんだ」
武志は最後の気力を振り絞り、俺の顔を見ながら話した。
「桜を……見かけたら……助けてやってくれないか?あいつは……気が弱くて……臆病なんだ。頼む……た…の……」
武志は最後まで言い切る前に息を引き取った……。
「武志っ!?……ウソだろっ?くそぉーーーっ!」
俺は自分の右拳を思いっきり床に叩きつけた。
自分では最善を尽くしたつもりだった……だが、俺は友を……武志を助ける事が出来なかった。
暫く無力感に打ちのめされていると、先ほど気絶させた中年が起き上がった。
「は……ハニ(鼻)がっ!折れちまったよぅ~死むぅ~ちにたくなぃ~」
中年は情けない声で叫びながら、折れた鼻を押さえていた。
俺は床に転がっていた出刃包丁を拾い、無言のまま中年の目の前に立った。
「ヒっ!?……オリをこりょすのかっ!? け……警察だっ!弁護士をよべぃっ!こ……この国ぃは法治国家だぞぅ!お……オリをこりょしたら、お前も犯罪者だぞぅっ!」
中年は自分勝手に2人も殺害していながら、自分の持っている「人権」を必死に説いてきた。
その醜い様子を俺は冷たい目で見下ろしていた。
「お前が司法の裁きを受けるまで待つほど、俺が「お人好し」に見えるか?」
「べべべべ……べんぎょ……ウィっ!?」
俺は持っていた出刃包丁を耳障りな台詞を吐く口に突っ込んだ。
「弁護士?……あぁ、好きなだけ呼ぶがいい。ただし「あの世」でな。先に武志と母親が待っている……ワビもその場でキッチリいれてこい」
俺は動かなくなった中年に吐き捨てるように言った。




