人間
俺達は化物達の「凶宴」からは逃れる事は出来た……
環状線から少し離れると奴等の姿は見られなかった。
だが、安堵するも束の間……俺達は人間同士の「醜い争い」を目にする事となる。
化物の情報を入手した人々が、食料と日用品を手に入れようと、最寄のスーパーやコンビニに雪崩れ込んでいた。
誰もが他人を押しのけてまでも、物資を手に入れようとしている……中には物資を手に入れた老人から「略奪」している者もいた。
しかし、それを咎める者はいない……必死の形相で物資を奪い合う人間達を見て、俺は高槻の言葉を思い出した。
人間は自分に余裕がある時にしか助け合わない……と言った事を
争いを続ける者達を尻目に、俺達は閑静な住宅街にある武志の一軒家へとたどり着いた。
「武志……ようやくお前に家に着いたぞ……歩けるか?」
「あ……あぁ。ありがとう……相馬。ち……ちょっと、軽く目眩がしてるが大丈夫だ」
目眩は出血の影響だろう……短時間に体内から多量の血液を失うと目眩や息切れをおこすと聞いた事がある。
すでに武志の顔は青白く…冷や汗をかいていた。
本来ならインターホンを押して、家の人間を呼び出す所だが、武志の容態に焦っていた俺は、先にドアノブに手をかけて開けてしまった。
だが、その事で俺は「ある事」に気付く。
「……鍵が開いている」
おかしい……テレビやインターネットで「異常事態」を武志の母親も把握しているはずだ。
自宅の鍵をかけない事があるだろうか?
俺の頭に先程の「醜い争いをしていた人間達」がよぎる……火事場泥棒と言う言葉があるが、武志の家に「物取り」が侵入したのでは?……と。
音を立てないように、ゆっくりとドアを開けた俺達が目にしたのは……薄暗い家の廊下で、うつ伏せになりながらピクリとも動かない武志の母親の姿だった。
遺体は腹部から出血しており、床には大量の血だまりが出来ていた。
「そ……そんなっ!?……母さんっ!!」
「まてっ!!家の中に入るなっ!武志っ!」
俺の制止を聞かず、武志は傷の痛みを忘れて家の中に飛び込んでいった。
武志が母親に近づこうとした瞬間……左の部屋から黒い影が武志に襲いかかり、刃物のようなものが武志の首筋を切り裂いた。
「あぐっ!?……あぁ……か……母さん……」
切られた首からは鮮血が吹き出し、武志は膝からゆっくりと床へと倒れた。
「武志っ……!クソッ!誰だお前はっ!!」
黒い影は俺へと向き直ると、刃物をチラつかせながら近づいてきた……紺のパーカーのフードを目深にかぶって、顔がよく見えなかったが、太った中年男性のようだった。
「ヒっ!……ヒヒっ!な……なんだょ……が……餓鬼じゃねぇか。このババァの旦那かと思ったぜぇ……安心したぁ」
「テメェが武志の母親を殺ったのか……」
中年は気味の悪い息づかいをしながら、武志の母親の頭を踏みつけ勝ち誇ったように言った。
「俺に金と食いもんを黙って渡さないから、こうなったんだょ。俺は悪くねぇよん。こいつが悪いんだょん……ヒ……ヒヒヒっ」
「本当に救いようのねぇ野郎だ……お前……覚悟は出来てるんだろうな?」
俺は拳を握りしめながら中年へと、にじり寄って行った。
「おおっと!?こいつが見えないのかょ?近づいたらブスッとイクぜぇっ?ヒヒ……拳で刃物に勝てるわけがねぇよん…ヒヒ」
何体もの化物を処理して麻痺しているのか、刃渡り20センチ以上ありそうな出刃包丁を持った中年に対して、自分でも驚くほどに恐怖を感じなかった……。
逆に不用意に詰めてくる俺に、焦った中年は後退りをしていた。
「お……お前っ!頭おかしいのかっ!?こっちは刃物を持ってんだょっ!何でビビらないんだょっ!くそぉーーーっ!」
中年は刃物を振り回し俺へと襲いかかってきた……だが、その時。
「ぎゃあぁーーっ!!痛えよぅーーっ!足がぁ~っ!あっあっ!」
武志が自分の足に刺さったバタフライナイフを無理矢理抜きとり、寝ながら中年の足へと刺した。
「か……母さんの……仇だ……ざまあ……みろ」
俺は武志の決死の一撃に怯んだ中年に向かって行った




