凶宴
時刻を確認してはいないが、すでに日が没しかけていた……
俺が大学に到着し、武志を救出するまで4時間……いや、5時間程だろうか?
そう……たった数時間で町は「地獄」と化していた。
環状線に近づいた俺達は、化物達の狂喜に似た唸り声と、生存者達の張り裂けんばかりの悲鳴で「ソレ」を実感した。
化物達は渋滞で立ち往生している車を次々と取り囲み、車内にいる人間を強引に引きずりだし、貪り喰っていた。
奴等の腕力は常人とは比べ物にならない……止まっている車の窓ガラスを割る事など簡単だ。
車外に連れ出された人間は大声で泣き叫び……そして、断末魔の叫び声をあげて次々と死んでいった。
そして補食された者が新たな「捕食者」となり「被食者」を襲っていく……
まさに地獄絵図だ……俺達が目にしたのは化物達の死の「凶宴」だった。
「こ……こんな事って……。まるで世界の終わりじゃないか」
武志は凄惨な光景を目にしながら呟いた。
「人間が見ていい光景ではないな……ん?あれは……」
少し先に高槻達が乗ったバスが渋滞の列を押し分け、中央分離帯に乗り上げているのを見つけた。
大量の化物達が取り囲み、バスは身動きがとれないでいる。
「そ…相馬。あれじゃあ、高槻君達は……」
「……あのバスの中にいるのは高槻以外の奴等だけだ。アイツが、あんな間抜けな行動をするとは思えん。俺の予想だと、奴は環状線に合流する前に1人でバスから飛び降りたはずだ」
「えっ!?……じゃあ彼等は……ま……まさか」
「そうだ……始めから高槻は奴等を助ける気なんて無かったのさ。バスで逃げきれなかった時の保険として利用していただけだ。化物の注意を引き付けるための「エサ」としてな」
武装した数人がバスの車内で抵抗すれば、ある程度の時間稼ぎにはなる……1人で逃げ出すには充分な時間だ。
俺はバイクのエンジンを切り、奴等を動向を見た。
「相馬……何でエンジンを?」
「今、環状線は化物で溢れかえっている……歩道にもだ。このままでは通れん……だから、俺も奴等を「利用」しようと思ってな」
「バスの……彼等を?」
武志は俯いたまま、それ以上何も言う事はなかった。
俺の予想通りに被食者を喰い尽くした奴等達は、ケーキに群がるアリのようにバスへと向かっていく。
非情であるが俺の良心が咎める事はない……バスの奴等は土壇場で高槻に従い、無情にも俺達を裏切った。
裏切りの代償としては相応しいものだ。
俺は頃合いを見計らってバイクを発進させた……化物を避けながら歩道を走り、武志の家へと進んでいく。
風を切る音と共にバスの方向から微かに悲鳴が聞こえた気がした……




