決行
ようやく脱出する準備は整った……
脱出する人数は、俺と高槻と武志を含めて9人となった。
工程としては、体育館の窓を外して、丸めた床マットの束……いわゆる「手製のセーフティマット」を着地地点へ放り投げる。
当然、マットが地面に落ちた音で化物達は寄ってきてしまうが、時間差で残ったバスケットボールを使い、化物達を出来るだけマットから遠ざけるように誘導する。
最初の人間が着地した後、後続が飛び降りやすいようにマットの位置を調整し、丸めたマットの中心に差し込んだ武器を取り出し、状況を見つつ応戦する。
重要なのは飛び降りる順番だ……戦える者から飛び降りなければならない。
最初は俺……その次に高槻が降りる。
あとは、面子の中でも腕力がありそうな者を順番に降りさせる事に決めたが……武志は最後に降下してもらう事にした。
理由は脱出する人間の中に1人だけ女がいるからだ。
彼女には窓から飛び降りる際の注意事項……つまりは両足でマットに着地せず、背中や尻から着地する事や、化物との戦闘は極力避けるように、と指示はしたが……どうにも歯切れが悪い返事しか返ってこない。
彼女は武志と一緒に降りてもらった方がいい。
「葛城君……そろそろ夕暮れになる。急いだ方がいい」
高槻が言うように日が暮れかかっていた……夕闇の中では化物が視認しづらくなる。悪条件になる前に素早く行動しなければならないようだ。
俺達はマットの束を窓から立て続けに放り投げた。
予想よりも地面に落ちた音が大きかったが、落下した位置は悪くはない……マットが多少重なってしまったが、少し手直しをすれば理想的な横並びに配置できそうだった。
「まずまずといったところか……バスケットボールを持った者は出来るだけ遠くに投げてくれ」
体育館の窓から見える化物達の正確な数は分からないが、ざっと20体程……半分以上は陽動にかかってくれないと、脱出は厳しいものになる。
予想した通りに、武志達が投げたバスケットボールのバウンド音に向かっていく奴もいたが、比較的マットの近くにいた奴は動かずに、その場で立ち尽くしていた。
……奴等は音の強弱で獲物の対象を選んでいるのか?
だとすれば、マットの近くにいる化物は直接的な方法で素早く排除せざるを得ないようだ。
「武志……後を頼む」
俺は窓から身を乗りだし、迷うことなくマットの上へ飛び降りた。
束ねたマットの上とはいえ、それなりの衝撃はある……が、着地の体勢が悪くなければ何て事はない。
問題なのは、周りにいる化物達だ……近くにいた2体が俺を補食対象として認識し、唸り声をあげながら近づいてきた。
俺は丸めたマットの中心部分に差しておいた「除雪用のスコップ」を素早く抜き取ると、刀で斬首するように化物の首筋をめがけて振り抜いた。
しっかりと体重を乗せて振り抜いた鈍器の破壊力は、充分すぎる程の殺傷力を持っていた。
神経ごと頸椎をへし折られた化物は、地面に倒れると小刻みな痙攣を繰り返し……やがて動かなくなった。
倒した化物を尻目に、俺はハンマー投げの如く鈍器を振り回し、次の標的の頭に勢いよく振り下ろした。
だが、鈍器の爪の部分が化物の頭頂部から額の部分まで刺さってしまった……これでは押そうが引こうが簡単には抜けない。
俺は化物を地面へと蹴り倒して、顔面を踏み潰しながら鈍器を引き抜いた。
爪の部分に引っ付いた赤黒い粘液のような物がドロリと地面へとこぼれ落ちていく……同時に気分が悪くなる異臭も感じた。
これで近くにいた2体の処理は完了した……あとは後続の為に用意をしなければならない。
俺がマットの方に振り向いたのと同時に、誰かがマットの上に飛び降りてきた。
「葛城君……こちらの用意は僕に任せてくれ。君は化物達の迎撃に専念して欲しい。無論、準備が整ったら僕もそちらへ加勢する」
高槻……どうやら、こちらの状況を見て即座に飛び降りてくれたようだ。
何にせよありがたい……この状況では1秒とて無駄には出来ない。
俺は鈍器を握り直して化物達に向き直った。




