斥候【中】
「斥候」とは偵察と同意義……目的地に潜入し目視による状況把握をする事に他ならない。
主目的は化物との戦闘ではなく、脱出に使う都営バスが使用出来るのかを確かめる事だ。
とすれば……体育館に来た時のように隠密行動が必要不可欠。
携帯する武器としては「除雪用のスコップ」や「金属バット」は好ましくない。
軽くて扱い易く、相対した敵を無音で殺れる物がいい。
俺は工具箱の中から「マイナスドライバー」と「レンチ」を選んだ。
ドライバー等の「突き刺す武器」の有効性は、先の戦闘で実証済み……レンチを使っての「打撃」は、致命的な殺傷効果を望めないが、頭部にダメージを与える事によって、大きく体勢を崩す事が出来る。
レンチで機先を制し、ドライバーで殺る……
状況にもよるが……単体の化物なら、この方法で対処できる。
俺は武器を上着のポケットにしまいこみ、武志を手伝うために倉庫を出た。
倉庫を出た途端、女の声の罵声が聞こえてきた。
どうやら、武志と斉藤と名乗った女が言い争っているようだ。
生存者の群衆も、二人を取り囲んで見守っている。
「武志君っ!!それは何なの!?何故、そんな物を作っているの?」
「えーと……何て答えたらいいのかなぁ……ははは」
激しい剣幕に押されていた武志は、歯切れの悪い言葉を絞り出すのが精一杯のようだった。
俺は群衆を掻き分け、武志と斉藤との間に割って入った。
「俺が武志に頼んだ……カーテンを利用して地上に降りるロープを作ってくれってな」
彼女は、明らかな嫌悪感を示した。
「へぇ……自分だけ、ここから逃げだそうってワケ?アナタって、随分と薄情な人間なのね」
彼女は呆れたような目で俺を見ている。
まぁ……状況的に勘違いされてもおかしくはないが。
「俺一人で地上に降りて確かめたい事がある。別に迷惑をかける気はない。だが、少しでも協力してもらえるなら、あまりヒステリックな声で叫ばないでもらえると嬉しい……奴等は音に反応するからな」
「な……っ!?ーーなんですって!!私がいつヒステリーを起こしたっていうの!?だいたいアンタがっ!……」
俺に詰め寄ろうとした彼女の腕を、すぐ後ろで見ていた高槻が掴んだ。
「まぁまぁ……そう熱くならずに落ち着いた方がいい。葛城君は単独で地上に降りると言っているんだ。我々には何の危険もない。好きにやらせておけばいいんじゃないかな?」
冷静さを取り戻した彼女は頷き、無言で俺達の前から去っていった。
同時に俺達の周りを取り囲んでいた群衆も解散していく。
笑顔の高槻は俺の横に来ると、小声で囁いた。
「葛城君……ああいった愚図の相手は僕に任せてくれ。それよりも、急いだ方がいい。何をするにしても日が暮れてしまっては脱出どころでは無くなってしまうからね」
そう……高槻の言う通りに日が暮れる時刻は迫ってきている。
当然の事ながら、視界が悪くなる夜に脱出は不可能。
もし、このまま夜を迎えてしまったら、脱出は翌日となってしまう。
俺と武志は、ロープ作りの作業に早速取りかかった。
外したカーテンを捻るように巻き、二つのカーテンの端と端を、ほどけないように繋ぎあわせ、一つのロープにする。
二人で作業をすれば、疑似ロープを作り終えるまで、さして時間はかからなかった。
作ったロープの両端をお互いに持って、綱引きのように強く引っ張ってみたが、ほどけずに張っている……不恰好な形だが、強度は申し分ない。
「これで下に降りる準備は整った……あとは」
俺は窓から地上を覗き見た。
この建物から大学の敷地内を取り囲んでいる壁まで30……いや、40メートル位か。
地上には5体の化物が、ふらつきながら歩いていた。
「武志……すまないが。もう一度、倉庫に行って「バスケットボール」を、いくつか持ってきてくれないか?」
「……え?……バスケットボール?わ……分かった。ちょっと待っててくれ」
化物は音に反応する……ここからバスケットボールを、進行方向とは違う方角へ投げれば、化物達は音がした方向に向かって歩き出す。
その隙に通り過ぎればいい。
これからの事を考えながら窓から化物達を眺めていると、武志がバスケットボールを抱え込んでやってきた。
「……すまなかったな。では、俺が降りる為のプランを話す。よく聞いてくれ……ここからは、一手間違えると大変な事になるだろうからな」
俺は武志にプランを話し始めた。




