袋小路
化物に向かいながら、俺は考えていた。
目の前の化物を出来るだけ素早く……そして確実に殺ることを。
……方法は2通り
硬い鈍器で頭を「カチ割る」か、鋭利な刃物で「脳を損傷させる」かだ。
所持しているコンパスの針の長さでも「脳を損傷させられる事」は実証済み。
だが、有効距離が短いコンパスやペーパーナイフを至近距離以外で使用するのは「予期せぬ反撃」を喰らう恐れがある。
消音殺人の必要性が無くなった今…より安全な方法で化物を殺る方法はある。
それは、飛び蹴りによる先制攻撃……
単純な方法ではあるが、悪くはない。
奴等は、こちらの攻撃に対して防御をすることをしない。
……いや、出来ないと言った方がいいのか?
先手を取るには有効な手段だ。
勿論、優しく蹴りとばす必要はない。
胸の胸骨を叩き折るくらいに、体重を乗せた重い蹴りを叩き込むつもりだ。
俺は陸上競技の走り幅跳びのように、地面を勢いよく踏み切り、化物の胸元目掛けて「飛び蹴り」を叩きこんだ。
全体重が乗った「蹴り」を食らった化物は、渡り廊下の床に派手に転がる。
充分すぎるほどの手応えはあったが、これでも再び起き上がり、俺に襲いかかってくるだろう…
間髪いれずに、床に倒れながら蠢いている化物に近づき、化物の首筋を足の踵で踏み潰した。
枯れ枝を踏み潰したような感触……
化物は奇妙な声をあげた。
今の手応え……首の頸椎を損傷させたようだな。
俺は痙攣を繰り返す化物の側頭部に、コンパスの針を突き刺して、トドメをさした。
頭部からコンパスを抜き去り、渡り廊下を振り返ると、事前に予想した通りの光景が目に飛び込んできた。
先ほどの3体の化物は、十字路から渡り廊下へ引き返してきている。
他のエリアから化物が来るのも時間の問題だろう。
ここで俺がとれる選択肢は3つある……
1つ目は、この渡り廊下の窓から地面に飛び降りて逃走する事。
2つ目は、このまま突き当たりのT字路まで進み、当初の予定通りに屋内体育館の入口まで行く事。
3つ目は、迫り来る3体の化物を始末し、十字路へと引き返す事。
1つ目の渡り廊下から飛び降りる事を選択したいところだが、この渡り廊下から地面までは、ビルの三階程の高さがある。
おまけに地面はコンクリート……とてもじゃないが無事に着地は出来ないだろう。
無理に着地して足に怪我を負い、化物達に取り囲まれてゲームオーバーでは、あまりに情けない最後だ。
3つ目の三体の化物を始末して、来た道を引き返す事だが……化物に気付かれてしまった今、渡り廊下の先に一階から引き返してきた化物達がウヨウヨいる可能性が高い。
やはり、2つ目の屋内体育館へ向かうしかないようだ。
足元にいる化物が完全に沈黙したのを確認し、すぐさま突き当たりのT地路へと駆け出した。
背後から聞こえる唸り声を黙殺し、屋内体育館の入口までたどり着いた。
入口のノブを回すが、鍵がかかっていて扉は開かない。
体育館の入口扉には、爪で引っ掻いたような傷がいくつも刻まれていた。
これは体育館の中に生存者がいるために、化物達が中に入ろうと引っ掻いた傷痕の可能性が高い。
生存者が本当にいるかどうかは分からないが、呼び掛けてみる価値はある。
俺は扉を叩きながら、大きな声で呼び掛けた。
「……俺は法学部2年の葛城相馬だっ!誰かいないか!化物に追われているっ!中にいるなら開けてくれ!」
すぐさま扉に耳をあて、中で反応があるか確める。
すると微かに人の話し声が聞こえた。
「……おい……なにか聞こえなかったか?…………助けがきたのかな…………あいつらじゃないの?…………いや、確かに人の声が外から……」
生存者の声……!どうやら、予想は当たっていたようだ。
扉を再度叩きながら、俺は呼び掛けを続けた。
「……奴等に追われているんだ!中に入れてくれっ!俺は化物じゃないっ!」
「……やっぱり人だよ……あいつらじゃない。追われているって言ってる。はやく……入口の物をどけて入れてあげないと…………」
物……?入口が破られないようにバリケードを築いていたのか?
俺が化物ではなく、生存者として逃げてきた事は伝わったが、この扉を開けてもらえるまでに時間がかかるようだ。
渡り廊下の化物達は、こうしている間にも近づいてきている。
ホラー映画なら、間一髪で扉が開いて助かるという場面ではあるが、現実はそうはいかない。
時間を稼ぐには、奴等との戦いは避けられそうもなかった。
渡り廊下を見ると、先ほどの三体の化物は廊下の半分以上は進んできている。
さて、どう戦うか……
同時に複数の化物を殺るには、手持ちの武器では心もとない。
だが、贅沢は言ってられないようだ。
俺は武器を構えて、迫り来る奴等を迎え撃つ。
打撃による効果は今一つではあるが、組み合って勝てる相手ではない。
どういうわけか、化物は見た目では考えられない筋力がある。
まずは1人……強烈な一撃を喰らわせてダウンさせ、残り2人を対処するしかない。
ほぼ、横一列で歩いてくる三体の化物の1人に狙いを絞り、全力の上段回し蹴りを顎へと叩きこんだ。
回し蹴りを喰らった化物は、悲鳴をあげて床へと転がった。
常人なら昏倒……少なくとも脳震盪は避けられないほどの手応えは感じた。
だが、暫くすると何事もなかったかのように立ち上がってくるだろう。
その間に残りの奴等をどうにかしなければならないわけだが……
倒した化物に近寄る間もなく、すぐ横にいた化物が、俺を捕まえようと両手を広げて掴みかかろうと襲ってきた。
俺は咄嗟に反応し、右手に持ったペーパーナイフを掴みかかろうとした化物の右目に突き刺し、そのまま顔面に右フックを叩きこんで倒した。
安堵したのも束の間、最後の1人が口をあけながら俺へと突っ込んできた。
……ほんの数センチ。
あと数センチ前にいたら俺の鼻は、化物に食いちぎられていただろう。
間一髪のところで、俺は上体を反らして「噛みつき」を避けた。
避けたのと同時に、左手に持っていたコンパスを化物の側頭部に突き刺し、前蹴りを腹へと打ち込んで地面へと倒した。
肩で息を切らしながら、辺り見渡すと……
最初に回し蹴りを叩きこんで倒した化物が、再び起き上がろうと上体を起こしているのが見えた。
「……この野郎っ!」
上体を起こした化物の顔面に、靴の先がめり込む程の強烈な蹴りを喰らわせてやった。
喰らった化物の大量の歯が、吹き出した血と共に廊下に散乱する。
俺は床に倒した化物の頭を、一体ずつ踏み潰してトドメをさした。
座り込みたくなるぐらいに体力を消耗し、息をきらしながら、渡り廊下の先に目をやると……そこには、大量の化物達が此方に向かってくる絶望の光景があった。
「3体で……この有り様だ。とてもじゃないが……相手にできない。ここまで来られたら……終わりだ」
この袋小路の戦いは、さらに絶望なものへとなっていく。




