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準備と覚悟

化物(ゾンビ)の無数の足音や唸り声が聞こえてくる……。


俺は校舎の一階にある用務室に隠れていた。


ロビーから二階へと進もうとしたが、上の階から化物(ゾンビ)どもの唸り声が聞こえたので、あわてて用務室へと逃げ込んだのだ。


俺は入り口の扉を内側から押さえつけるように座り込み、じっと息を殺していた。


やはり、化物(ゾンビ)は音で獲物を探すようだ……

もし、匂いで獲物を追っているのなら、この部屋で隠れている俺をとっくに認識しているだろう。


……それほどの距離に奴等(ゾンビ)はいる。


足を引きずるような音をたてながら、大勢の化物(ゾンビ)達は用務室の前の廊下を歩いている。


このまま、この部屋に奴等がなだれこんできたら、俺は「食料」となってしまうだろう。


ふと、手に持った特殊警戒棒に目をやる。


伸縮式の警戒棒は歪みが酷く、とてもじゃないが武器として使用する事が出来そうにもない。


無理もない…名前の通りに日本の警備員が所持している警戒棒は相手を「制する」ためであって、殺傷するものではない。


人間の頭を何度も殺意をこめて激しく叩けば、こうにもなる。


化物(ゾンビ)どもの足音が遠くなったのを確認した俺は用務室の中を静かに物色することにした。


警戒棒に代わる武器を探すためだ。


用務室といえば聞こえはいいが、畳五畳ほどの小さな部屋だ。

日誌を書くための小さな机と椅子、着替えをするためのロッカー、仮眠用に敷いてある布団がある。


後は清掃用具……バケツやモップ等だ。


当然ながらロッカーは施錠されていて開く事は出来ない。


音が鳴り響くバケツは論外……モップは一回殴り倒しただけで、へし折れてしまいそうなほど頼りない細さだ。


俺は机の引き出しから雑貨を取り出した。


使えそうな物は……ペーパーナイフ……円を書くためのコンパス……ボールペン……こんなところか。


武器ではなく普通の文房具だが、使い方によっては武器にもなる。


とはいえ、これらは化物(ゾンビ)を倒すというよりは「突き刺して怯ませる」と言った緊急避難的なものになりそうだが。


………!?


…………突き刺す…か…



……一体どこを?



…… 頭?……それとも目?



それとも、悲鳴をあげさせない為に喉をエグるか?



机の上に並べた文房具を見ながら俺は考える。


校舎には大学の知り合いもいる……そいつらが襲いかかって来た時に、咄嗟に殺れるだろうか?


昨日まで挨拶をしながら、笑いあった人間の目や頭に鋭利な物を突き立てる事が出来るのか……?


たしかに俺は化物(ゾンビ)と化した講師と警備員を殺った。


だが、それは咄嗟の事で自ら進んで殺したわけじゃない。


校内で武志を見つけるためには、化物(ゾンビ)を自分の意志で殺らなければならないのは分かっている。


そう……奴等は人間ではなく


ただ、人肉に喰らいつこうとするゾンビなのだから……。



「覚悟」を決めた俺は、机の上に並べた文房具からコンパスを選び、右手へ持った。

左手にはペーパーナイフを握りしめ、用務室から出る決意を固める。



俺は音を立てないように扉のノブを回し、少しだけ開く……どうやら奴等はいなそうだ。


さらに扉を開けて用務室から出ようとした…



その時……



低い唸り声が耳に入った。



用務室の扉の横には、女がふらつきながら立っていた。



この待ち伏せは意図的なのか……化物(ゾンビ)と化した女は白く濁った目で、呆然とする俺を見つめていた。



左耳は無く…左頬から頬骨が露出している女の顔は、さながらホラー映画に登場するゾンビそのものだった。


女は、待ちわびたかのように俺に向かって手を伸ばし掴まえようとする。


すかさず、右手に持ったコンパスの針を女の額に突き刺した。

針がズブズブと額の中に入っていく……こんなにも人間の額とは柔らかいものだったのか。


針が人間の体内に入っていく気持ち悪い感触を堪能する間もなく、俺は左手に持ったペーパーナイフを女の首に突き刺した。


こいつの悲鳴を他の化物(ゾンビ)に聞かせてはマズイ……それは咄嗟の行動だった。


紙を切るためのナイフとはいえ、躊躇いがなければ皮膚を突き刺す事は可能なようだ。

ナイフは女の声帯を封じ込めるには充分なくらいに埋没する。


ゾンビ女は声をあげる事も出来ずに、瞳がない目で俺を見ていた。


やがて、コンパスの針が致命的なダメージを与える深さまで達したのか、女は激しく痙攣すると何も言わずに倒れた。


無造作に女の額から抜き取ったコンパスを持った手が少し震えていた。



俺は初めて「自分の意志」で人を殺った。



正確には人であったものだが……



不思議と講師と警備員を殺った時に感じた罪悪感には襲われなかった。


「慣れ」と言った方がいいのか……俺は自分でも驚くような冷静さと、冷徹な目で骸と化した女を見据えていた。


これは土壇場の居直りか?……いや、違う……


例えるなら……そう……


「童貞」を卒業した感触に似ている。


一度、経験したら「どうという事はない」というやつだ。



俺は少しだけ深呼吸をすると、さらに探索を続けるために校内の奥へと歩き始めた。





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