始まり
この悪夢のような出来事の始まりの日……
まずは、そこから話を進めようと思う。
--2020年 5月20日 東京都内--
俺はスマートフォンをベッドの上に置くと、テレビのチャンネルを民放に変えた。
全てのチャンネルには、壇上に立った大臣が報道陣の激しいフラッシュを受けて答弁をする様子が写し出されていた。
「えー…今、政府としては事実確認をしている所でして、国民の皆様方には安全が確認されるまで、自治体を通じて外出を控えるように呼びかけております」
のらりくらりと答えていた大臣に苛立ったのか、報道陣の一人が席を立ち、大臣に向かって怒鳴りつけていた。
「…確認?確認だって!?大臣!!アンタはネットの動画を見ていないのか?人を襲う化物が現れたってのに、今さら確認も何もないだろ!」
「えー…ですから。そういった情報もふまえて現在確認しております。今、有識者を呼びまして安全対策会議を行っている次第でございます。どうか、国民の皆様には冷静になって行動して頂きたく…」
大臣は額にかいた汗をぬぐいながら、用意された紙に書いてあった模範的な回答をしようとしていたが、どうにも歯切れが悪い。
俺には…重大な「何か」隠しているように見えた。
このテレビの内容を見ていても何も得る事がない。
俺はテレビの電源を消し、机から単車の鍵を取りだして台所に向かった。
お袋と弟の正平は、相変わらずテレビに釘付けになっていた。
「あら…?相馬、何処かに出掛けるの?外出しない方がいいって大臣さんは言っていたけど」
「…大学の知り合いが足止めをくらってるらしい。ソイツを迎えにいく。お袋は外に出るなよ」
俺が持っていた単車の鍵を見て、正平は興奮気味に話してきた。
「うっひょー!!久しぶりに兄ぃの単車を出すのかよ!俺も乗りてぇなぁー!なぁ…2ケツさせてくれよ~」
「…駄目だ。お前も外に出るなよ。それと…押し入れにしまっていた、災害用の備品を出しておけ…たしか、手巻きラジオと保存水、乾パンも少しあったはずだ」
いつだったか、お袋が知り合いの付き合いで買ってきたものだ。
万が一という事もある…用意しておいた方がいい。
「…それじゃあ。行ってくる」
俺はガレージにしまっておいた愛車に股がり、エンジンをかけた。
マフラーからの重低音のサウンドが響く…
「…久しぶりに乗るな。錆びついていないといいが」
俺はタバコくわえながら、クラッチを繋ぎガレージから大学へと向かった。
案の定、環状線の道路は渋滞していた。
お袋が買い出しをするために使う車を使わなかったのは正解だった。
もっとも、この渋滞が「この騒ぎ」によるものなのかは分からない……町は混乱しているようには見られなかった。
暫く進んでいると、信号待ちで横に止まっていた車から俺を呼ぶ声がした。
「…相馬サン…ですよね?」
黒塗りでフルスモークの「いかにも」という車が窓を開き、車内にいる若い男が話しかけてきた。
「…そうだが?」
「ヤッパリ!いや~このへんでフルカスタムした旧車でメットがファイヤーパターンは、相馬サンぐらいしかいないと思いまして……正平サンの言っていた通り、いい音出してますね」
やはり、正平の悪友か……
こういう手合いがいるから、大学には電車で通っていた。
まぁ、俺の単車は目立つからな…
「流し…っスか?俺も集会に行く途中なんスけど、相馬サンもご一緒してくれません?相馬サンが来てくれたならビッと気合が入りますから」
「…俺は大学に行く途中だ…そんな暇はない。この渋滞は随分続いているようだが、脇道に入った方がいいんじゃないか?」
家から随分と進んできたが、渋滞は途切れる事もなく続いていた。
まるで、もっと先の道路で封鎖しているようかのように。
「いや~脇道も駄目ッスよ。なんか、だいぶ先の方で警察が道路を塞いでいるとかなんとか…事故ッスかねぇ」
「…事故…か。そうであればいいが」
イヤな予感がした俺は、正平の悪友と別れて大学へと向かった。
俺の通う大学は町の郊外にある。
都内では名の知れた有名大学ではあるが、学部によっては、このような寂しい場所に2年間、通わなくてはならない。
夢のキャンパスライフとは、程遠い環境だ。
どうにか大学の近くにきたが、不気味な程に人のいる気配がしない…
「妙だな……民家の人間が少しも歩いていない。あのテレビの報道を見て、外出を控えているのか?」
そして、俺は大学についた。
この後、俺はこの大学内で「ゼロ」と初めて出会う事になる。
それは、決して覚めることない悪夢の始まりだった。




